2-30 幹部会議(2)王都支店と貴族
幹部会議の議題は、帝国支店の話から王都支店の話へ移った。こっちの話しなら、前世のプレゼンと一緒だから、失言はないはず。いや、気を抜かずに行こう。目標、レオン会長の目を光らせ過ぎない。うん、大事。ってか、この話があるから私が幹部会議に呼ばれたのね。
『いえ、アイリス様が凄い人指数4,238だから呼ばれたのです』
(テオ、うるさい)
追加資料がエトラ支店長から配られ、レオン会長から声がかかる。
「アイリス、説明してくれ」
「はい。お配りしている企画書は、昨年提出した 『王都支店(百貨店形式)出店計画』 に、エトラ支店長の意見と最新のデータを盛り込んだ改定版です」
「待てよ待てよ、アイリス。1年前の3倍くらい分厚くなってんじゃね? 図書館の目録かよ。エトラさんと2人で、どんだけ追加したんだ」
ザイール副会長の言葉は、ニッコリ笑顔でスルーだ。テオが企画書に載せきれなかった資料を展開してくれる。企画書通りの順番で進めていこう。
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目次
1. 概要
2. 市場環境分析
3. 貴族対応サービス拡充計画
4. 庶民向け小売事業の展開
5. 財務計画
6. リスク分析と対応策
7. 実行スケジュール
8. 結論と提言
【添付資料】
・現状データ
・フロア設計図案
・収益予測モデルの詳細
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「王都支店は文具と名刺の専門店の形態で年数と共に評価と知名度を上げ、順調な売上を記録しています。しかし、フロアの狭さ故に、機会損失が多すぎるのが1番の課題でした。これは、ソルディト本店のような百貨店形式に移転リニューアルする計画書です」
テーブルの上に、現在の王都支店とソルディト本店のフロアマップ、そして新支店のフロア構想案を並べる。
「うわっ、王都支店ってここの1/10くらいじゃん。せっまー! そりゃ小物の文房具しか扱えねーよ。こっちの新店舗でも半分以下だし。俺、こんな狭いとこムリ」
ザイール副会長が腕を組んで顔をしかめてるけど、かなり失礼な発言だ。自由人め。
「ソルディトと王都では、顧客層に大きな違いがあります。1つはエトラ支店長が再三おっしゃっている貴族層への対応です。また、王都では人口増加と産業の発展に伴い、庶民のライフスタイルも変わりつつあります。つまり、王都支店には二つの異なるアプローチが必要となるのです」
『アイリス様、1-4ページの成果目標の説明を』
(うん。まずはインパクトが必要よね)
「そこで本計画では、売上を2年で現在の5倍、5年で20倍を目標としています。貴族層の顧客満足度を半年以内に現在の2.5倍に、庶民層の新規顧客を初年度で2万人獲得するという目標を掲げました」
「ふむ。アイリスさんらしい強気な数字ですが、最初の目標は抑えた方がよろしいのでは?」
事務長が眉を上げるが、エトラ支店長が事務長の疑問に答えてくれる。
「いえ、十分可能です。王都では帝国からの産業改革の波が押し寄せ、新しい価値に貴族は飛びついています。名刺の高額オプション売上は、トバイアスさんも月次報告でご存知でしょう。貴族の顧客が増えれば、客単価はずば抜けて高いので、売上も確実についてきます」
私は2章の市場分析のページをめくり、現状の説明を始める。
「2-1 王都支店の現状をご覧ください。王都支店の売上比率を見ますと、貴族層15%、富裕層55%、庶民層30%となっています。特に貴族層のシェアは、支店の立地や知名度を考えると低すぎます。理由は、3-1 貴族対応サービスの課題にありますように、特別感を演出した購買行動に応えきれていないからです」
エトラ支店長が補足してくれる。
「昨年までは、貴族層の来店はほとんどありませんでしたが、名刺の窓口を設けてからは少しずつ増えています。しかし、狭さゆえに貴族層も富裕層もまとめてVIP対応としているのが現状です。富裕層と差をつけた特別待遇を用意できれば、貴族層の顧客が確実に増えると考えられます」
「まず、新店舗の最上階を、完全会員制の貴族専用フロアとします。フロアには商談などに使えるプライベートルームやティーサロンを設けます。会員は既存会員2名以上の推薦を必要とし、年会費は120金貨。これは王都の社交クラブの相場に合わせています」
「かなり高額な年会費ですね」
事務長が眉をひそめるが、エトラ支店長が答える。
「某侯爵家を始め、すでにいくつか好感触をいただいています。特に、紹介制を取り入れた会員制度への関心は高いですね」
「貴族の中でも、更に選ばれた貴族しか会員になれないとなると、かなりのステータスになりますし、新規会員の希望者をうちで断る必要がないのでトラブルも避けられます」
「うまい仕組みを考えてんな。でもよ、おキレイな場所だけ作っても120金貨は払わねーだろ。このコンシェルジュサービスってーのは何なんだ?」
ザイール副会長は、まだ半信半疑って感じだ。
「顧客の色々な要望を解決し、快適な体験を提供するスペシャリストをコンシェルジュと言います。例えば、貴族の趣味や好みを把握し、プライベートルームの装飾や、お茶菓子の選定まで、きめ細かいサービスを提供します。これらをご覧ください」
テーブルの上に、様々なプライベートルームのデザインスケッチを広げた。
「まず、会員の方々のご趣味や嗜好品をデータとして管理し、プライベートルームをご来店前に好みの装飾に変更します。例えば、乗馬がお好きな方にはAタイプの馬具のコレクションを飾り皮革製の家具を、読書がお好きな方にはDタイプの稀覯本を飾り寛げるゾファとサイドテーブルをといった具合です」
「なるほど。お茶や菓子の種類も、その方の好みに合わせて用意するわけだな。おしぼりの香りや色も大切だぞ」
レオン会長のおしぼり贔屓は続いているようだ。そんなにか。そんなに顔を拭きたいのか。
「そうですね、おしぼりもとても大事ですね。えっと、そして、プライベートルームにお見えになったお客様に、商会の枠を飛び越えたサービスを提供します。例えば、予約が取りずらい観劇のチケットの手配や、記念日のサプライズプレゼントのサポートなど、NOと言わないのが、コンシェルジュのサービスの基本です」
エトラ支店長が、優雅に手を広げて説明する。
「貴族の方々は、自分のための特別な配慮に価値を感じます。それに加えて、商品の特急配送や店舗の貸切対応など、会員限定の特別なサービスも提供します。特に重要なのは、新商品の優先案内ですね」
「へぇ、それはウケそうじゃん。北方の国じゃ、貴族様に真っ先に新商品情報を伝えるのが当たり前なんだぜ?」
ザイール副会長の感触がよくなってきた。
「特に香水や装飾品など、流行に敏感な商品については、あらかじめ商品案内を送り、一般販売の1週間前から会員向けに展示即売会を行います。また会員からの要望も随時受け付け、可能な限りのオプション化も検討します」
「ふむ。発売後の貴族からの無茶な要求も減りそうですね。ですが、コンシェルジュの教育とサービスの準備には、相当な時間と費用がかかりそうですね」
事務長が、現実的な問題を検討し始めた。ということは、乗り気になりつつあるということだ。
『アイリス様、3-7 コンシェルジュ導入効果の説明を』
「実は、昨年の名刺注文で試験的にコンシェルジュサービスを導入したところ、追加注文や紹介による新規顧客の獲得率が3倍に上がりました。コンシェルジュが対応して提案した名刺の注文から、執務室の文房具のコーディネートへ繋がり、その後も印刷物の発注を定期的に受け続けている例もあります。人件費は確かに高額ですが、十分な投資効果が見込めます」
エトラ支店長も答える。
「すでに王都の高級店で経験を積んだ人材数名にあたりをつけています。彼らの人脈も、サービスに役立つはずです。しかし、一つだけ大きな課題があります」
「ここまで詳細に詰めてあるのに、何があるんだ? 資金か?」
レオン会長が身を乗り出す。
「物件です」
支店長は冷静に、しかし重みのある声で言った。
「この計画には、かなりの広さが必要になります。しかし王都、特に貴族地区での大規模な物件確保は、単なる資金だけの問題ではありません」
「なんでだよ?」 と首をかしげるザイール副会長。
「なるほどな」 とうなずくレオン会長。
「例えば、現在空いている物件が3つほどございます。ルミナリア通りの旧アデリア侯爵邸、シャルロット大通りの旧シャンブル商会跡地などです」
「良さそうじゃん。何が問題になんだよ」
「いずれも、『商業施設不可』という但し書き付きです。王都の一等地では、よくある話です。近隣住民が商業施設が増えるのを嫌がるのです」
私も王都で調査したデータを付け足す。
「そもそも、王都の大通り沿いでは大規模な物件自体が滅多にでません。このソルディト本店レベルの建物を建てられるような土地の出物があったのは120年前が最後ですし、この半分の面積だとしても26年前です」
「不動産屋にはあたってみますが、適切な物件を見つけるのは数年かかるかもしれません」
「ちっ」 ザイール副会長の舌打ちが聞こえる。
「ですが、その間に、やれることは沢山あります。アイリスさんが用意した、7.1 フェーズ別実行プランのB案を見てください。今の王都支店の隣の物件が、来年から賃貸に出される予定との情報を掴みました。この物件で、プレ会員として年会費を抑えた貴族会員を募り、コンシェルジュサービスを始めたいと思います。広くはありませんが、由緒ある物件です」
エトラ支店長の熱がこもった説明をする。めっちゃやりたがってたもんね。うんうん。こっちがこの計画書の本丸だ。腹黒エトラ支店長から、貴族対応サービス拡充計画のプレゼンの順番については、指示されていた。
『アイリス様、エトラ支店長の後ろには、九尾のシッポが見えるようですね』
(うん、見える見える)
「先日の大臣の本店視察が、王都の商人の間で話題になっています。『シルヴァークレスト商会は、商人の品格とは何かを体現している』 と商工会の会議におしぼりを持ち込んで発言されたようです」
「は? つい先々週だぞ、視察があったのは」
レオン会長もトバイアス事務長もびっくりしている。ザイール副会長は、ヒューと口笛をふいた。ほんと自由人だな、この人。
「商会の評判が上がっている今こそが、この計画書の実現に相応しい時期かと。商品を売るだけでなく、お客様との関係を大切にする。その精神が、このコンシェルジュ制度には込められているのです」
「よし、わかった。その物件は抑えよう。うまくいかなかったら倉庫でも、印刷工房でも使いようはあるだろう」
レオン会長の決定に、事務長が冷静なつっこみをしながら無茶ぶりをする。
「倉庫は単価的にありえません。印刷工房も騒音問題で難しいでしょう。うまくいかなければ、またアイリスさんが何か素晴らしいアイデアを考えてくれるでしょう」
事務長よ、おまえもか……半眼で事務長をみつめてみた。
「でー、お貴族様対応はエトラさんに任せるとして、この4. 庶民向け小売事業の展開の 『SVC24』 ってのは何なんだ?」
それはアレですよ。前世日本で小売り業界を大きく変革し、日常生活に深く根付く存在となったアレです。アレの3分圏内に住みたいです。はい。




