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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
渾身精魂のプレゼンテーション

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2-28 商工大臣視察(5)

「最後に当商会自慢の印刷工房をご案内させていただきます」


一度、商会から出て、裏側の人通りが少ない一角に、印刷工房の別棟がある。中に入ると、インクの香りが漂い、奥の部屋の回転式印刷機3台のガシャガシャした音が聞こえてくる。エリク工房長が、緊張した顔で丁寧にお辞儀をしている。


工房入口横のショールームには、これまでの印刷物が美しく展示されている。紙やインクの色、特別加工などの見本帳が並び、壁の額にはイスヴェーリア王族に献上された名刺が飾られている。封筒や便箋、招待状などの印刷物の見本を見ていたご夫婦がお辞儀をして出ていく。


大臣は、印刷物の中でも『翠風学舎監修 知育教材コーナー』と題された一角に興味を示した。


「ふむ、色々と見たことがないカードがありますな。ん? これは帝国語の教材ですか?」


「はい。王都郊外の私塾、翠風学舎様と共同開発した教材でございます。単語の意味や用例が分かりやすく示してあり、カードをめくりながら楽しく学習できます」


秘書官が近づいてきて、カードを手に取る。表にはエイレニア語でリンゴの文字と絵が、裏には帝国語でリンゴを意味する「كِرَافِينَا」という文字と絵が印刷され、下に例文と読み方も書かれている。幼児教育でフラッシュカードのように使ってもいいし、受験の時の単語帳のように使うこともできるカードだ。


「なるほど。子供たちだけではなく、商売人も興味を持ちそうだな。よくできている」


「語学カードは、食べ物、動植物、数字や挨拶の日常会話用単語など、テーマ別にセットを作っています。こちらは食べ物の初級ですが、中級、上級の難易度も作成する予定です」


初級は子供用に大きめで厚いカードだが、中級・上級は、前世の単語帳のように短冊型の小型のカードを紐で綴じようと思っている。


「大臣がおっしゃられたように、ヴェルダーシア連邦の商人から、ヴェル語のカードの作成依頼もいただいています」


エリクさんが奥から開発中のヴェル語のカードを持ってきて、事務官たちに見せている。


「他にも色々なカードがあるな」


『アイリス様、教育分野に興味をお持ちのようです。教材の種類を順番に説明しましょう』


(うん。みんな興味津々みたいね。お子さんがいそうな既婚者っぽい人は特に。これはいい商機になるかも!)


「こちらの 『いろはカルタ』 は、幼児が遊びながら諺と文字を覚えられます。絵が印刷されたカードをテーブルに広げ、読み手が文字が書かれたカードをめくって読みます。例えばこれ、『急いで登った飛行船、忘れた荷物は地上から手を振る』と読むと、散らばった絵のカードの中からこの飛行船と荷物がユーモラスに描かれたカードを探します。このように、カードには「い」という文字が絵と一緒に書かれていますね。読み手が、「これが「急いで」の「い」という字よ。焦って行動すると大事なことを忘れるという意味の諺なのよ」と教えてあげることによって、国語力が自然と身に付くカード遊びです」


「おぉぉ」というどよめきが広がる。じゃんじゃん行っちゃうよ!


「こちらの数字カードは算術の基礎にピッタリです。この『大きなソロバン』というおもちゃと組み合わせてゲームをすることで、足し算や引き算を遊びながら覚えられます」


大臣がカラフルなソロバンの玉をカチャカチャ移動させて感心している。


「そちらはジグソーパズルと言って、遊びながら地理の勉強ができます。エイレニア王国の地方の形にくり抜いたピースを正しい位置にはめると王国が完成します」


後ろの方の事務官が触っていたパズルの説明をすると、みんながパズルを嵌め始めた。


「大臣、私の出身地はこの右端のビジュニス地方なんですよ。あぁ、ちゃんと絹織物と紅芋の絵が書かれてますね。我が地方の特産なんです」


秘書官も笑顔でピースを掲げて説明している。よしよし、最後は男の子が大好きなバトルカードだ。みんなトリコになるが良い。


「皆さま、共同開発した翠風学舎の子ども達の中で一番人気だったのは、この歴史上の偉人バトルカードです。歴史学習の入門としてかなりの効果も実証されています」


歴史人物の絵の下に、年代と力、知力、魅力などの数値が書かれている。


「遊び方は、裏向きにした歴史人物カードを同じ枚数ずつ配ります。横に置いてある裏向きのお題カードめくり、そのお題の数字が高いカードを手持ちのカードから出します。1番低い数字の人がその場に出たカードを全部もらいます。早く手持ちのカードが無くなった人が勝ちです」


試しに、5人ほどでやってみる。


「お題は年代か。これは昔の人の方が強いのだな、よし、私のカードは決まったぞ、同時に出すんだぞ、それっ!」

「あぁぁ、賢人ニュリテァアス様が1番強い」

「えっ、賢王ハンザスよりミトラス将軍の方が昔の人物なのか」

「力なら軍神ゼタティス様が1番だったのに」


なかなか、白熱しているようだ。


「今のルールは、幼児用の簡単な遊び方です。こちらのエネルギーカードやラッキーカードを組みあわせて手札を進化させたり、必殺技を出したりする上級者ルールの遊び方もできます」


ありがとう。ポケ○ンカード!

白熱したバトルを続ける事務官もいるが、それぞれ興味のある教材を手に取って見始めた。中でも星座盤は、驚いている方が多いようだ。


「この星座盤は、とても精巧ですね。回すと季節ごとの星空が再現できる」


「はい。天文学の入門用に開発いたしました。裏面には星座にまつわる物語も印刷されています」


事務官たちは感心した様子で、メモにスケッチを始めた。大臣が、あちこちではしゃいでいる事務官たちを見回して微笑んでいる。


「王立学校でも使えそうな教材が多いですな。全種類30点ずつ、王都の商工会議所に届けてください。まずは幼少部のSクラスあたりで試してみるよう、文部大臣に勧めてみましょう」


その言葉に、エリク工房長の目が輝いた。本当に学校で使用されるようになれば、毎年コンスタントに何百単位で発注がくるはずだ。事務長のホクホクした顔が浮かぶ。




「アイリスさん、これは何ですか?」


他のコーナーを見ていた事務官が呼びかけてきた。


「そちらは、まだ開発中の試作品です。付箋というもので、貼ったり剥がしたりできる便利な製品です」


残念ながら、まだ粘着力の調整が上手くいかず、糊の開発をやり直しているところだ。


「完成しましたら、書類などに貼って整理したり、一時的な注意点や伝達したい情報を貼ったりできる便利な商品になる予定です」


カラフルな紙の付箋を取り上げ、簡単に剥がして貼って見せる。事務官たちが驚いた様子で近寄ってくる。


「これは……綺麗に剥せるのですか?」


「はい。紙を傷めることなく、きれいに剥がすことができるように開発中です。残念ながら、まだ少しだけ糊の跡が残っていますが」


「は? この程度の跡は気になりませんよ」


「重要な書類にも使えるように考えておりますので、糊の成分を見直しているところです。例えば、予算の書類が回ってきた時に、気になるところに付箋を貼って「数量を減らせないか?」とか「計算ミスあり」とかのメモを直接書類に貼り付けるというような使用方法を想定しています」


「おぉぉ、それは便利ですね。欲しいです。今すぐ欲しいです」

「うんうん。クリップ止めのメモは他に紛れてしまうことも多いし、どこの箇所の指摘なのか探すのも大変なんですよね」

「いつ頃、販売予定なのですか? 予約はできますか?」


大臣も付箋を手に取り、貼ったり剥がしたりしながらじっくりと観察している。


「これは画期的だ。役所の書類管理が劇的に便利になりそうですな」


『アイリス様、これは早期開発商品にした方がよさそうですね』


(そうね。事務長も欲しがっていたし、予算を増やしてもらわなくちゃ)


エリク工房長が、付箋のサンプルを手に取って説明を加える。


「付箋に印刷もできます。書類確認によく使うフレーズ、例えば『締切: 月 日』や『←要確認』といった文字を予め印刷した付箋の作成も可能です」


「うむ、実に素晴らしい。これは特許を取得済みですか?」


「はい。製法特許の書類は準備しており、来月には申請予定です」


付箋は、この世界で無くて不便だった仕事道具の1つだった。雨の多くて暇だったある日、スキルの薬草辞典を眺めていた時に、月果草の樹液に関する記述に「接着剤として利用されるが、通常の接着剤と違い、乾燥後も柔軟性を保つ」と書かれていたのだ。テオにデータベースを調べてもらうと、父親の調合記録に「月果草の樹液は不思議な性質を持つ。一度接着したものを剥がしても、また付けられる」と、具体的な記述が見つかった。そこから試行錯誤し、月果草の樹液だけでは強すぎる接着力を、虹露草のエキスで調整する。紙の表面処理には、滑りの良い銀葉草から抽出した成分を使う。エリク工房長と商品開発チームが、何度も試作品を作ってくれて、あと一歩という所まできているのだ。


『アイリス様、事務官全員がサンプルを確認しています。秘書官も熱心にメモを取っていますよ』


大臣は工房長に細かい質問を投げかけていたが、ふと私の方を向いて尋ねてきた。


「これもアイリス嬢が考案したものですか?」


「私はアイデアだけで、エリク工房長を始め、多くの専門職の方々が試行錯誤を繰り返して商品化を目指しているところでございます」


工房長が照れくさそうに頭を下げる。確かに、工房のみんなには随分と無理を言って、試作品を作ってもらった。でも、その甲斐あって、使い勝手の良いものができつつあるのだ。


「驚くべき才能ですな。こちらの教材開発も、あなたが中心なのでしょう?」


「いいえ、これも最初のアイデアだけです。中身の監修は、全て翠風学舎の先生で、実際に子どもたちに使ってもらって、使いやすさやデザインを工夫したのは専門職の方々でございます」


大臣は、にこやかに私を見つめながら、また秘書官に何やら指示を出している。




「ご視察の記念に、お一人ずつ特製の名刺を作らせていただきました」


工房を出る際、エリク工房長が丁寧に包装された名刺を一人一人に手渡していく。帯締めの紺色の包装紙は、マーブリング染めしたもので、商会のロゴが銀色に輝いている。


『アイリス様、みなさま、とても喜んでいらっしゃいますよ』


大臣が真っ先に包みを開くと、他の面々も続く。真っ白な厚手の上質な紙に、銀箔のエンボス加工で施されたエルトリア王国の紋章が、光を受けて美しく浮かび上がる。王国の紋章は、王冠の下に知恵の象徴のフクロウと力の象徴のライオンが並んでおり、細部までキレイに見せるのは大変苦労した。日の丸が懐かしい……と、前世の記憶を蘇らせながらエリクさんと開発した新しいエンボス加工だ。



「これは見事な出来栄えだ。私も名刺は何種類か作ったが、こんなに精巧なエンボス加工はされていない。外交に使いたいと、外務大臣あたりがうるさく騒ぎそうだな」


大臣が満足げに微笑む中、秘書官が名刺を光にかざして見ている。


「実に繊細な仕上がり。紋章の細部まで美しく表現されていますね。この加工をした名刺は大量に作れますか? できるなら、全文官に持たせるのもよいかと」


事務官たちが、目を輝かせて意見を出し合っている。その様子を見ながら、私は密かにほっとした。エリク工房長の腕の確かさは、やはり本物だ。


「侯爵様、こちらは、夫人へご用意させていただきました」


大臣には追加で特別な名刺を手渡す。侯爵夫人の名刺は、マーブリングされた華やかなローズピンクの紙に、名前と、夫人が理事を務めている慈善団体の名前を金のインクで入れている。そして、繊細なレースカット加工で、四隅をレースの形に型抜きしている。

大臣はじっと名刺を見つめ、とても嬉しそうに微笑んだ。


「これはまた見事な……言葉にならないな。カメリアがどれほど喜ぶか。何よりの土産になるだろう」





玄関に戻ると、レオン会長が待っていた。大臣一行を夜の会食に案内するためだ。私の案内はここまで。長い視察が、ようやく終わる。マジで疲れた。


「大変、有意義な視察だった。最近、ソルディトの経済が飛び抜けて活発になっていたが、やはりシルヴァークレスト商会の功績が大きいようだな」


レオン会長は謙虚に頭を下げた。


「ありがたきお言葉にございます」


そして、大臣は突然レオン会長の肩を叩きながら爆弾発言をした。


「シルヴァークレスト卿、早く王都に支店を、イヤ本店を移転しなさい。協力は惜しまないよ」


一瞬、辺りが静まり返る。事務官たちの動きが止まり、レオン会長の口が開いたまま。私も思わず息を呑んだ。事務長も固まっている。

大臣は満足げな笑みを浮かべたまま、レオン会長を促して馬車へと歩き出した。その背中を見送りながら、私は深いため息をついた。


これから、また色々と大変になりそう。今日の月ちゃんタイムは長くなりそうだなぁと、夕焼け空をながめながら、やり切った満足感とこれからの不安を抱えながら考えていた。








閑話を挟んで、あと4~5話で2章ソルディト編が終わります。

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― 新着の感想 ―
お正月から読み始めました。 風邪でふらふらでしたが楽しく読ませていただきました。 続きが楽しみです。テオ推しです。
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