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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
渾身精魂のプレゼンテーション

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2-24 商工大臣視察(1)

「無理です!」


断固とした声が、調薬室に響く。


「どうしてだ? アイリス、君なら何か思いつくはずだ!」


「だから、商工大臣がいらっしゃるのなら、まずは既存の商品をしっかりと説明させていただきます。新商品の開発なんて時間がありません」


「でも、新しい何かが欲しいんだ。商会の未来がかかってるんだぞ?」


この三日間、何度もこの繰り返しだ。断っても断っても、レオン会長が追いかけてきて無茶ぶりしてくる。自分の開発室に鍵をかけて閉じこもっても、ドアをガンガン叩いて呼びかけてくる。こうやって、この人は商売を成功させてきたのかと、納得の粘り強さだ。これでは仕事にならないので、私も投げやりな気分で大声を出した。


「あのですね! レオン会長! 相手がお貴族様でも、基本は 『お・も・て・な・し』 の心です!お茶とお菓子とおしぼりを出して、丁寧に接すれいいじゃないですか!!」


「ん? おしぼりって何だ?」


え! おしぼり文化は無いの? そういえば、アジアの文化だって前世でも聞いたような……あぁぁ、このパターンは……でも、もう遅い。レオン会長の目が期待に満ちてキラキラ輝いている。ふさふさの尻尾がグルグル回っている幻まで見えそうだ。


『アイリス様、今のは……』


(やらかしたわ……)




「つまり、手を拭く布を出すということか? たったそれだけなのか……ピンとこないな」


会長室に連行されて、詳しく説明することになった。


「温かい布で手を拭くと、とても気持ちがいいんです。薄手のタオルが最適なんですが……あ! タオルが無い……レオン会長、1週間後にご用意いたしますね、うふふ」


会長の返事も聞かずに、商品開発室に駆け込んだ。


「ティーバッグ用に開発した不織布を、もう少し厚手で肌触りよくできませんか?」


開発室のメンバーは、目を輝かせた。私が頼むことはお金になると思われているので、開発室長も協力的だ。おしぼりがお金になるとは思えないが、商工大臣の機嫌がとれれば、うちの利益に繋がるだろう。うん、私も無茶ぶりさせてもらおう。私は悪くない。


「1週間で開発してほしいんです。わが商会の未来がかかっています!」


「厚くするなら、素材の重ね方を変えるか」

「柔らかい触り心地にするなら、材料の工夫かしら」

「通気性と吸水性のバランスは……」


正直、不織布の仕組みはよく分かっていない。特殊な繊維草の特性を利用して、湿らせた繊維を木の板に広げ、蒸気で圧力をかけて繊維同士が絡み合って……とかなんとかかんとか? ティーバッグ用の不織布は、私が話したテオの前世知識と、商品開発部の情熱で作り上げられたものだった。それを1週間で、改良してもらう。


『アイリス様、不織布の厚みを調整するために、繊維の圧着角度を変更してはいかがでしょうか。現在のデータベースによれば、45度で圧着した場合の強度と柔軟性のバランスが最適という結果が──』


(テオ、また技術オタクになってるわね。そのアドバイスを伝えると、私まで技術オタクだと思われてしまうんだけど……)


様々な試作を繰り返して出来上がったのは、想像以上にふわふわした不織布だった。これを温かいお湯で蒸らして絞る。濡れてもふにゃりとならず、ちゃんと張りをキープしたままでいい感じの肌触りだ。なんなら、前世の不織布おしぼりより気持ちいいかもしれない。


「えっと、外出から戻られた会長に、これを……」


「アイリス、そこにいたか! 今日で1週間だぞ、おしぼりとやらは──」


「会長、こちらをどうぞ!」


外から戻ってきたばかりのレオン会長に、温かいおしぼりを、すかさず差し出す。


「なんだこれは……おぉぉ……なんて気持ちいいんだ! ホッとするというか、リラックスするというか」


会長は感動した様子で、両手を丁寧に拭う。その表情に、満足感が広がっていく。


「うん、よくやった、アイリス! これを大臣に出すぞ。きっと驚かれるはずだ」


珍しく、レオン会長自身が張り切ってアイデアを出す。商品開発室や印刷工房の人たちも、さすがに会長のアイデアにはNGが出せないようだ。


「商会らしく、紺色の布にしよう!」


「はい! 早急に、色落ちせず肌に優しい染料を開発します」


「それと、香りもほしいな」


「はい! リラックス効果が高い薬草をお湯に入れて蒸すように改良します」


『アイリス様、薬草の選定は慎重に行う必要があります。香りが強すぎると、お客様によってはアレルギー反応を──』


(そうね、アレルギーを引き起こす薬草のリストを準備しておいて。でも、むしろ、会長の暴走の方が心配だわ。ちゃんと念押ししとかないと)


「レオン会長、おしぼりは、最初にサッと手を拭くためだけの物ですからね?」


「アイリス、顔も拭くと気持ちいいな。首まで拭くと最高だぞ!」


(……おじさんだ。ここにもおじさんがいる)


前世でもよく見た光景だった。温かいタオルを渡すと、必ず顔まで拭き始めるおじさんたち。異世界でも同じだった。


「顔を拭くなら、もっと大きいサイズも作ろう!」


「いや、それは……」


「決定だ!」


試作品で顔や腕まで拭き始めるおじさんメンバーと、引きつった顔でそれを見つめる女性メンバーに別れるのであった。




遡ること1週間、このふわふわの不織布は、商品開発室のメンバーだけでなく、印刷工房からエリク工房長も加わって、開発が始まった。そして、シルヴァークレスト商会の裏メニューとして発展していくことになるとは、この時の私は思ってもみなかった。


「繊維を重ねる角度は45度がいいのね?」

「蒸気の圧力はもう少し弱めにしてみよう」

「この繊維草、もっと細かく裁断してみては?」


それぞれの専門家が意見を出し合う。エリク工房長は、紙のスペシャリストとして繊維の扱いに詳しく、目からうろこの助言をくれる。


『アイリス様、繊維の長さと圧着時間の相関関係のデータが出ましたが……』


(テオ、そんな細かい計算しなくても、触った感触で分かるわよ。オーバーテクノロジーにギリのアドバイスをしてるんだから、後は任せましょ)


試行錯誤の末、ついに理想的な不織布が完成した。驚くほど滑らかな肌触りで、それでいてふんわりと柔らかい。レオン会長に絶賛された後、サイズの検討を始めた時、ふと思いついた。


「これ、紙オムツにもいい素材だわ」


思わず呟いた言葉に、商品開発室のエリーさんが振り向いた。最近、出産して仕事に復帰したばかりのベテラン開発者だ。


「紙オムツ!? それ、いいわね。毎日の洗濯が本当に大変なのよ」


「でも、不織布の製造は手作業なので、使い捨てにするには値段が高すぎるのでは……」


開発室長が割り込んでくる。


「貴族なら、いくらでも買うはずですよ。お子様の肌に触れるものなら、値段は二の次でしょう」


『アイリスさま、前世ではオムツライナーという製品があって、布おむつの上に不織布のシートを敷いて汚れを軽減していたようです』


(テオのデータベースってどうなってんの? おかしくない?? とりあえず、提案してみるけどさ)


「まずは布オムツの上に敷くシートとして作ってみたらいかがでしょうか?」


「あら、それなら手頃な値段で売れそう。早速、娘で使い心地をテストしてみるわ!」


エリーさんが張り切っている。




「あの、エリーさん、ヴェガさん。ちょっとよろしいですか?」


オムツとくれば、もう一つ思いつくものがある……開発室の隅に、二人のお姉さまを連れて行って相談してみる。


「実は……これ、生理用品にもいいはずです。でも、うちの商会ってそういう生活用品は取り扱っていないですよね?」


二人は顔を見合わせた後、目を輝かせた。


「「面白そう! 私たちに任せて!」」


その日から、二人の密かな開発が始まった。試行錯誤の上、三層構造に決めたらしい。上層は肌に優しいふわふわ不織布、中間層は吸水性の高い灰色羊の毛を混ぜた綿、最下層は蜜蝋で防水性を高めた不織布。私も抗菌作用がある薬草と、匂いを消す薬草を紹介した。


「これなら、安心して外出できるわ」


「洗濯も楽になるし、毎月のあの憂鬱な日々が変わりそう」


試作品は、商会の女性従業員にあっという間に広がり、使い心地の報告をフィードバックしながら改良を重ねていく。できあがった製品は、富裕層の女性のお得意様だけにこっそりと売場の女性販売員から試供品として配られた。使った人から次々と注文が来る。「どこで買えるのか、毎月ほしい」という問い合わせも増えていく。女性だけでこっそりと進めていた開発だが、その問い合わせで、ついに事務長にバレることになってしまった。でも、その頃には女性チームができあがっていて、内容が内容だけに事務長も口を挟めなかったらしい。


「通信販売という形にしましょう」

「そうね。買いに来るのは恥ずかしいって声もありそうですね」

「専用の女性チームで全てを担当しましょうね」


エリーさんとヴェガさんの熱意は、他の女性職員にも広がり、誰も止められなかった。かくして、商会の"女性向け裏メニュー通販事業"が爆誕した。この通販カタログは王都まで広がり、この後、かなりの利益をあげることになるのであった。




話は、おもてなしに戻る。


「アイリス、それで、飲み物のアイデアはどうなんだ?」


「移動で疲れていらっしゃると思うので、冷たいレモンティーはいかがでしょう。ミルクティーはありますが、レモンティーは珍しいかと思います」


「レモンティー?」


ほんとはレモネードを夏に新商品のアイデアにするつもりだったんだけどしょうがない。

疲労回復効果の説明をすると、レオン会長の目が再び輝いた。幻の尻尾もグルグルだ。


「それも良さそうだな! 早速作ってみてくれ!」


商品開発室で試作品を作ると、真っ先に熊さん開発室長が試飲する。


「うっ……これは酸っぱいな。なんだか違和感がある」


「あ、酸味が苦手な人は、砂糖か蜂蜜を入れてみてください」


開発室長は、渋々砂糖を入れたレモンティーを一口。その表情が、みるみる明るくなっていく。


「お、おお! これはいける! これはすごくいける! なんかスッキリするな」


おもてなし会議(レオン会長命名)で、試作品を出すと、事務長も絶賛する。


「これは……爽やかですね。今まで味わったことのない清涼感です」


『砂糖の分量により、満足度が大きく変化するようですね。アイリス様、戦国武将の三献茶方式でおもてなししてはいかがでしょうか』


(いや、ほんと、テオのデータベースはどうなってんのよ……でも、3杯は多いかな)


「事務長、おもてなしであれば、最初に冷たいレモンティーをたっぷり出して、その後で温かい紅茶を出すのはどうでしょうか」


「アイリスさん、それは良いと思います。確かに最初は一気にゴクゴク飲みたいし、落ち着いたらゆっくり味わいながら飲みたいですね」


「アイリス! お菓子はどうする? 何か新しいのはないのか」


「いえ、お菓子はソルディトらしさを大切にした方がいいと思います。地元の菓子職人さんとの関係も大切ですし」


「そうか……それもそうだな」


やっと、やっと一つ、押し戻すことができた。




それからというもの、レオン会長は客が来るたびにおしぼりを出すようになった。むしろ、客が来るのを今か今かと待ち構えているような……


『アイリス様、会長が接客に前向きになったことで、商談の成立率が13%上昇しています。これは非常に興味深いデータですね』


商談を終えた取引先が帰り際、「シルヴァークレスト商会は、おもてなしの心が違いますね」と褒めてくれるようになった。商会の名物になりそうだ。事務長も、最初は「特別なお客様以外におしぼりを出すのは、無駄な出費では」と渋っていたが、売上に結びついていることを数字で知ってからは、文句を言わなくなった。念のために、外出から戻った事務長に、おしぼりを体験してもらう。


「これは……これは……」


両手を丁寧に拭い、そっと顔も拭く……。あぁぁ、事務長まで。でも、いつもマジメな顔をした事務長の表情が、まるで別人のように柔らかくなっていく。


「アイリスさん、確かに……これは良いものですね。室内にずっといた時より、外出から帰った時の方が真価を発揮します。これは、今までにない、新しい価値を提供できるようになりそうです」


「そうなんです、事務長。汗をかいた後や、疲れている時に、より効果的なんです」


「高級レストランなどに売り込みができそうですね」


続けて事務長は気持ちよさそうに、首筋を拭いている。もう、何も言うまい。


王都のエトラ支店長からも、おしぼり用不織布の大量注文が入ったそうだ。貴族対応に使うため、紺地に銀色でシルヴァークレスト商会のロゴを印刷してほしいという要望つきだった。印刷工房長のエリクさんと商品開発室が張り切って染料を開発しているらしい。


(まさか、あのおしゃれなエトラ支店長まで……おしぼりで顔を……?)


上品なお顔をおしぼりで拭く姿を想像すると、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「おしぼりって本当にすごいな!」


今日も来客を驚かせてご機嫌なレオン会長の満面の笑顔に、テオが囁く。


『アイリス様、前世では考えられなかったような形で、新しい文化が生まれていく様子を観察できますね』


(そうね。まさかおしぼり一つで、こんなに影響が広がるなんてね)


ティーバッグ用の布から、思いがけない形で生まれたおしぼり文化と不織布事業。薬草の香りが漂う温かいおしぼりを疲れた目に乗せて、私も笑顔になる。誰もが笑顔になれる商品を作れたのなら、それはそれで良かったのかもしれない。




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