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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
ソルディトでルネサンス

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2-23 時間稼ぎの処方箋

(テオ、結局、皇立図書館で集めたデータの分析では、解呪薬を作れそうなデータはなかったのよね? ソレイユ家と近い症例の資料を抽出してくれる? )


船室の小さな窓から差し込む光が、机の上に広げた帝都で買い求めた珍しい薬草の束を照らしている。デッキから船員のざわめきが聞こえ、時折、甲板を歩く足音が響く。


『承知いたしました。ソレイユ家のように直系の男子に何某かの症例が続いた家系を抽出いたします。資料番号順に画面表示いたしますので、ご確認ください』


次々と浮かび上がる資料の中から、特に気になる記述を選んでいく。


════════════════════

A-029 『ガイレン家の血の呪い』 

4代続けて20代後半で早世、吐血、呼吸困難


A-087 『サリュナート家の呪われた血筋』 

7代続けて30代前半で早世、肺病もどき


A-126『マリソン家の短命の宿命』 

5代続けて20代前半で早世、筋力低下

════════════════════


記録されている症状は違うが、どれも直系の男子に限った話だった。そして、どの家も断絶していた。これにエイレニアの王立図書館で見つかった家系を足すと、9家にもなる。


(こうやって並べてみると、呪いだなんて思えないわよね。もしも本当に呪いだったら、同じ症状でばかり亡くならずに、違った死因が混じりそうだし……)




侯爵家への報告書用に似た症例のデータを整理していると、昼食の時間を知らせる鐘が鳴った。食堂に向かうと、商人たちのテーブルに混ざって食事をすることになった。商人の噂話はネタの宝庫なので、喜んで聞き耳をたてる。小娘バンザイだ。


「おまえも商人なら、これだけは覚えとけ。船が港を出る時に黒イルカが三匹跳ねたら、その航海は儲かるんだ。逆に白イルカなら、絶対に取引には手を出すなってことだ」


年配の商人が、若い商人に熱心に語っている。みんな真剣に聞いているから、人望がある人なのだろう。


「嵐の前に、エメラルドグリーンの鳥が甲板に止まるんだ。俺は三回、見たことがある。その度に早めに港に避難するように船長に話して、荷物が助かったんだよ」


ベテランの商人の話に、周りから驚きの声が上がる。その場にいた誰もが、それぞれの経験した不思議な出来事を語り始めた。


デッキに出て、海風に吹かれながら、アイリスはテオに話しかける。


(面白かったわね。この世界では迷信や呪いを、本当に信じている人が多いのね)


『はい。科学的な説明が困難な事象を、人々は物語として理解しようとする傾向があるようです』


(そうよね。科学が発展した前世でも、結構、迷信は信じられてたもの。金曜の13日は嫌だなとか、黒猫が目の前を横切ると不安になるとか)


『科学的な説明と感情は、必ずしも一致しないということですね』


(うん。私も科学的におかしいって分かってても、仏滅の結婚式とか気になった覚えがある。日本には言霊って考えもあったからかな。そうね……だから呪いの説明も、科学的な証明だけじゃダメかもしれない)


デッキから見える水平線の彼方で、雲が流れていく。




(さて、もう一度データを見直しましょ。画面に、8代分の家系図を出して)


『かしこまりました。ソレイユ家の家系図を表示いたします。赤でマークしてあるのが、25歳前後での死亡例です。全て直系の男子であることがお分かりいただけるかと』


(うーん、男子のみってことは染色体で発病が決まる……あっ)


言葉が途中で止まる。この世界には遺伝子という概念がない。親から子へ、特徴が受け継がれていくという事実はみんな知っているのに、その仕組みを説明する言葉がないのだ。


(テオ、報告書で何て説明すればいいかな? DNAとか遺伝子とか、私もよく分かってないけど……でも、そういう説明をすると、この世界の進歩へ干渉し過ぎるよね。帝国の最新の研究でさえ、髪色の遺伝を血液の成分で解明しようとしていたレベルだもん。治療方法も難しいけど、治療方針の説明も何か考えなくちゃ……)


『アイリス様、正しい判断ですが……』


いっそ、血液のせいにして説明しようかなと考えていると、テオが思ってもみなかった方向からの提案をしてきた。


『アイリス様、これは時間稼ぎにしかなりませんが、収集した中に、呪いの発症を遅らせるようなデータがございました』


(え! どんな内容?)


『はい。3つの症例が確認できます。例えば、C-0875のアザランス帝国マルク地方の民間伝承の記録では、ある希少動物の肝を食すことによって、20代でかかる呪いを50代までかからないようにできたという話が──』


(動物性の素材か……)


去年のシャルロッテ様の時のことを思い出す。香水に使われていた動物性の材料が、薬効を体内に強く蓄積させる働きをしていた。もし、それを良い方に利用できれば……。


(テオ、動物性素材のデータと、成長ホルモン抑制とかアンチエイジングの効能がある薬草のデータを出して!)


『データベースを表示いたします。シャルロッテ様の治療記録によれば、同じ偶蹄類由来の材料が、体内での効能の蓄積を促進する可能性が──』


「うん。呪いを解くんじゃなくて、身体の成長を遅らせて遺伝病の発症や進行を遅らせる薬。解毒薬じゃなくて、遅延薬をとりあえず作る方向で考えてみる。薬の遅延効果を、動物性素材を利用して体内に蓄積させれば、かなり効果的なはずよ。……でも、そうね。かなりの副作用も考えられるかも。難しい調薬になりそうだわ。助けてね、テオ」


帆を膨らませて進む船は、ゆっくりとソルディトに向かって進んでいく。波しぶきが、春の陽射しに輝いていた。




ソルディトの港に着くと、出迎えの馬車が待っていた。活気に満ちた、少し荒っぽい港町の空気が懐かしい。魚を満載した行商人の荷車、薪を運ぶ馬車、野菜を担いだ農民たち。久しぶりに見る風景に、ほっと安心する。


商会に戻ると、早速事務長が書類を持って近づいてきた。


「おかげで冬の四半期決算も無事に終わりましたよ。次の新商品開発会議は来週です。服飾小物のテコ入れ案がありましたら、是非、発表してください。それと、エトラ支店長から手紙が届いています」


「私、さっき帰ってきたとこですよ? 早速、盛りだくさんですね」


「疲れているところを申し訳ありませんが、緊急事態が発生しましたので、対策会議を行います。荷物を置いたら、すぐに小会議室まで来てください」


えぇぇ……トラブルの予感しかしないんですけど。行きたくないぃぃ!


まずは、支店長の封筒を確認する。できるだけ、小会議室に行くのを遅らせたい。中には、紫の封蝋で閉じられたソレイユ侯爵からの手紙が入っていた。緊張しながら確認すると、手紙の内容は簡潔だった。「突然の外遊が決まり、3ヶ月ほど帝国を離れることになったので調査結果は書面で送ってほしい」という。お忙しい方だ。


『アイリス様、王都に行かなくて済みますね』


(うん。ホッとしたわ……でも、遅延薬の基本方針くらいは調査報告に入れたいわね)




調薬室に帝国の薬草を持っていくと、キオンさんは何かに興奮している様子で、両手に分厚い実験データを抱えていた。


「アイリス、帰ってきたのか! 大変なんだ。サラが新しい保存方法を開発してね、薬草の効能値が予想を超えて上がってるんだ!」


「キオン、その話は後で。それに、その保存方法はアイリスちゃんが古い文献から探してきてくれた方法なのよ?」


「でも、これは本当にすごいんだ! 朝露草を特殊な方法で発酵させて保存すると、通常の1.7倍の効能が出るんだよ。昨日から実験を繰り返して、もう3回も同じ数値が出てて──」


サラさんに肩を掴まれて引っ張られながらも、キオンさんは目を輝かせて実験データを広げようとしている。


「後で詳しく説明するから! この保存方法を使えば、今までの薬の効果が全然違ってくるんだ! 他の薬草の実験もしなくては!」


「はいはい、でもその前に昼食よ。朝から実験室に篭りきりなんだから」


興奮気味のキオンさんと、呆れながらも優しく制するサラさん。いつもの光景に、思わず笑みがこぼれる。気になる発見だけど、今は事務長の打ち合わせが先だった。行きたくなさすぎて、無駄に薬草をキレイに並べてみたりしてるけど。




事務長の机の上には、分厚い書類の束がいくつも広がっていた。商業ギルドからの視察に関する文書だという。お腹が痛いって帰ってもいいかな……


「この度、王都商業ギルドのローレンス・グレイストーン侯爵が視察に来られることになりました。侯爵は現在、商工大臣の要職にもついておられ、商業の近代化を強く推進されている方です」


事務長は、一枚一枚書類をめくりながら説明を続けた。


「近年の弊社の取り組み、特にブランディング戦略と新商品開発、特許出願済みの技術、そして新しい販売形態について意見交換をしたいとのことです。侯爵は、アザランス帝国への留学経験もあり、帝国式の商業システムをエイレニアにも導入しようと考えておられるようです」


「商業システムというと? 分割払いとかリボ払いとかでは無いですよね?」


「何だね、それは? いや、その話は後だ。特許制度の拡充や、商標登録制度の確立です。それに、商業に関する学校の設立も検討されているとか。実は、商業ギルドは単なる商人の組合ではなく、王国の商業政策に大きな影響力を持つ組織なんですよ」


事務長は、私からそっと視線をそらして説明を続けた。


「特に、アイリスさんの企画商品について、強い関心を示されています。名刺事業、アイスドリンク事業、アロマオイル、福袋販売……これらの特許申請と商標登録について、具体的な質問も来ています。今までは、商品開発室長や私の名前で事務手続きをしていましたが、アイリスさんの名前は、もう隠しきれませんね」


『アイリス様、商工大臣である侯爵の視察は、王国における商会の地位に大きく影響する可能性がございますね。失敗すると商会を潰されますし、成功するとお墨付きで商売がしやすくなります』


(テオ、そんなプレッシャーやめてよ!)


いかに逃げ切るかを考えながら、事務長に相槌をうつ。


「つまり、王国全体の商業政策に関わる方なのですね。残念ながら、私はソレイユ公爵様からの依頼の対応で──」


「そうなんです! 特に侯爵は、商人の社会的地位向上にも力を入れておられる。私たちのような新進気鋭の新興商会が、どのように商業を発展させていくのか。それを、この目で確かめたいとおっしゃっています」


「そういった素晴らしい貴族様のお相手であれば、王都からエトラ支店長を呼んで対応をお任せ──」


その時、レオン会長が勢いよく入ってきた。


「アイリス! 視察の件、聞いたか? とりあえず、何か考えてくれ!」


「え? 何かって……え??」


「侯爵が来た時に驚かせるようなアイデアだ! うちの印象が良くなって、名刺みたいに王都まで影響を与えるような何かだよ! 君なら何か思いつくだろう? 来月には来るんだぞ!」


『アイリス様、また無茶な依頼が……』


(前世のコンサル会社の社長を彷彿とさせる無茶ぶりだわ……)


目を丸くした事務長の前で、思いっきり深いため息をついた。そうよね。私の人生はいつもこういう人に巻き込まれてきたもんね。テオと二人で心の中で顔を見合わせる。テオの顔は知らないけど、気持ち的にね。肩を抱き合ってなぐさめあってる気分よ。だって私が巻き込まれるなら、テオも巻き込まれるんだから。


窓の外では、いつもと変わらない商会の日常が流れていた。のどかな鳥のさえずりが、今の私に悲しい慰めの歌声に聞こえた。




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