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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
ソルディトでルネサンス

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2-21 木枯らしと冬企画

「テオ、紅芋フラペ……じゃなくてフラジェリーノの売上データを見せて」


『はい。予想以上に好調です。南国フルーツの時期を過ぎても、一日平均186杯の販売。特に女性客に人気で、南国フルーツフラジェリーノの売上と比較しても遜色ありません』


「へぇ。もうすぐ10月だから、売れなくなるかと思ってたのに」


『キャラメリゼした紅芋と生クリームのトッピングの評判が良いようです』


自分専用の商品開発室のカウンターに寄りかかりながら、データを見つめる。秋の日差しが窓から差し込み、カウンターの上の試作品の瓶を透かして美しい光の模様を作っている。春の王都のカフェでも、こんな風に光が差し込んで……。


『アイリス様?』


「あ、ごめん。考え事してた」


急いでデータに目を戻す。紅芋の甘みと香り、そこにほんのり胃がスッキリする効能を加えた薬草のブレンド。季節外れの冷たい飲み物なのに、こんなに人気が出るとは。冬はさすがに休みにするけど、次の春のアイデアを考えなくちゃ。桜は見たことないけどあるのかな? 菜の花? 早採れのイチゴの値段はいくらだろう。ビニールが無いからハウス栽培はないよね……


「おや、アイリス。今日も熱心だな」


振り返ると、レオン会長が立っていた。最近は私の企画に目を付けすぎて、本当にちょくちょく様子を見に来る。この人、めっちゃ忙しいはずなのに、解せぬ。


「会長、お疲れ様です。ドリンクの売上報告なら、まだ集計中で──」


「いや、今日の冬商品の企画会議の件だ。午後一番に、大会議室に来てくれ……んん? 今日はフラジェリーノの試作は無いのか? 試飲するぞ?」


会長はキョロキョロしている。目的はそっちかよ……

早々に会長を追い出して、新商品のアイデアのデータを呼び出す。冬用の温湿布、陶器製加湿器とアロマオイルセット、マスク、ホットドリンク……午後イチなら、新商品の資料を急がなきゃだな。以前は、新商品の企画は商品開発室とやっていたが、最近はアイデアの段階からレオン会長やトバイアス事務長、各売り場の責任者も参加する会議をすることになっている。


『アイリス様、僭越ながら、在庫データの確認をお勧めします。新商品の前に……』


「在庫かぁ。気にはなってたのよ。いつも事務長がボヤいてるしさ。……うん、そうよね。コンサルタントなら、商会全体の売場のことを考えないと。テオ、ありがと!」


自分の開発室を出て、商会の売り場を回る。1階は活気があるけれど、2階の専門店はやはり人が少ない。高級品は、時期を選んで買いに来るものだし、ポンポン売れるものでもない。

メガネ売り場の展示ケースは、この一か月、展示商品が全く変わってない。衣料品売り場の片隅には、夏物の残りが少し。宝飾品の店主は、商品を磨きながら溜息をついていた。


(テオ、在庫データを全部出してくれる?)


『承知いたしました。今期の在庫データと開店から4年分の在庫データを分析いたします』




「冬商戦」。この世界では、特に何もなく1月後半に冬物の値引きセールが始まる程度だ。

午後の企画会議で、前世のお正月恒例のアレを提案することにした。


「みなさん、お配りした資料をご覧ください」


会議室で配布した資料に、参加者たちが目を通していく。レオン会長は興味深そうに、トバイアス事務長は厳しい目で読み進めていた。一部の売り場責任者は、口を押えて目を輝かせている。


『アイリス様、ホワイトボードを展開します』


(ありがとう、テオ。みんなの意見をメモしておいてね)


「冬商品の企画でお集まりいただきましたが、今回は新商品ではなく、『福袋』 という新しい販売方法を提案いたします。これは、単なる年始の特別企画以上の価値があります。まず、主な目的として5つ挙げられます」


ボードを確認しながら説明を始める。何で小娘の私が司会のようになっているのか……考えたら負けだ。気にするな、自分。


「第一に在庫処分。これは事務長にとって最も重要なポイントかと」


「在庫が、在庫が一掃できるんですね! 素晴らしい提案だと思います!」


いつも冷静なあの事務長が思わず立ち上がっている。だよねぇ。在庫って倉庫も圧迫するし、売上に計上できないし、本当に頭が痛い問題だもんね。


「ただし! 中身が期待外れだと商会のブランドイメージの低下を招く可能性があります。明らかに売れ残りの在庫ばかりだと、不満や批判につながりますので、人気商品とのバランスが大切です」


衣料品売場の責任者の女性が大きくうなずいている。頼もしい。


「第二に購買意欲の喚起。お客様に『お得感』や『驚き』を提供することで、より積極的な購買行動を促します」


資料の経済的・心理的効果の部分を指さしながら、具体的な説明を続ける。会議室の空気が、徐々に熱を帯びていく。


「第三に新規顧客の獲得。普段は手が出ないと思われている商品でも、この機会なら手を出すというお客様もいらっしゃるでしょう。リピートに繋げるために次回の割引券を入れることも有効です」


2階の専門店主たちが、急に身を乗り出した。


「第四に客単価の向上。まとめ売りによって、通常よりも高額な購入を促せます」


専門店の店主たちが、食い入るように資料を読み始めた。


「第五にプロモーション効果。話題性による集客が期待できます。福袋を見に来た人の 『ついで買い』 の誘発も期待できます」


レオン会長が静かに頷く。


「なるほど。福袋はお得でも、単なる安売りではないということだな」


「はい。むしろ、商会全体のブランド価値を高める機会にもなります」


レポートの詳細な分析を一つ一つ説明していく。デメリットやリスクにも正直に触れ、その対策まで提示する。前世のコンサル時代を思い出すような、充実感があった。


『アイリス様、会長の表情分析によると、かなりの確率で承認が──』


(うん。もう一押しね)


「はい。それに、中身が見えない分、お客様の期待感も高まります。さらに、当たり券のような特典を入れることで──」


「資料に無いぞ? 他にもアイデアがあるのか」


当たり券について説明を始めた。フラペチーノ10杯無料券、名刺無料作成券、そしてお好きな地方の天気予報引換券などを1金貨福袋にランダムに入れるのだ。


『アイリス様、企画が大きくなりすぎていませんか?』


(大丈夫よ。むしろ、もっと大きくしていくわ)


「それと、もう一つ。話題性を更に高めるために、100金貨の高額福袋を企画します。我がシルヴァークレスト商会ならではの、遊び心がある福袋、本当にお得な福袋、百貨店の総合力を活かした福袋を作るのです」


「アイリスさん、さすがに100金貨は無謀ではないですか?」


トバイアス事務長が渋い顔をしている。前世では、100金貨、つまり100万どころか1憶の福袋もあったとは言えない……


「100金貨はさすがにシークレットというわけにはいきませんから、中身は公開します。例えば、「高級服飾一式のセットをスタイリストがコーディネートし、高級レストランで貸切ディナーができる」 というように「商品+体験」の組合せにすると効果的かと思われます。さらに、「限定3個」という風にレア感を持たせたり、『憧れの生活を手に入れる』 というようなストーリー性を付加すると、購買動機を誘発させやすいと考えられます。最悪、売れなくても話題になった時点で、わが商会の勝利です」


ニッコリ笑いながらガッツポーズで畳みかけると、事務長は苦笑いしながらうなずいてくれた。


「各売り場に持ち帰ってもらって、福袋の中身の検討をお願いします。手頃な価格の福袋と少し高額な福袋など、何種類か考えてください。目安は福袋販売価格の3倍以上の価値です。特に高級専門店の皆さんにとって100金貨福袋は、認知を上げるのに役立つのではないかと思います」


高級品は普段なかなか手が出ないけれど、福袋なら……。王都で見た貴族たちの買い物を思い出す。あの時の経験が、きっと活きるはず。彼が買い物する時は、まず──


ハッとして、自分の考えを振り払う。今は企画のことだけを考えなきゃ。


『アイリス様の心拍数が上がっています。休憩を──』


(大丈夫、テオ。仕事に集中するから。大丈夫)




1週間後の大会議室は、予想以上の盛り上がりを見せていた。各売り場から副責任者も参加しているし、特に2階の専門店主たちの目が輝いている。


「皆さん、本当に100金貨の福袋をいくつも作るんですか!?」


普段は月に数件しかない高額商品の商談が、福袋という形なら売れるかもしれないという期待と、店名を広くアピールしたいという思いが重なり、店主たちは次々とアイデアを出してきた。


「私のところは、宝石の一部の仕上げ加工を購入者に体験していただくという趣向で」

「うちは、一流家具職人の家具セットを部屋に合わせたオーダーメイドで」

「名門ワイナリーのヴィンテージワイン10本セットはどうでしょう」


眼鏡職人さんも興奮気味に手を挙げた。


「アイリスさん! うちも高額福袋に入れてほしいんです。帝国製の特注眼鏡で、通常900金貨のものを……」


「お待ちください。眼鏡現品では、さすがに他の商品と価格差がありすぎます」


「そうですよね。赤字でも参加したかったのですが……」


眼鏡職人さんは肩を落とす。


「では、高額福袋の中身は拡大鏡と望遠鏡のセットにして、それに眼鏡の特別割引券を入れるのはどうでしょう? 拡大鏡は老眼の方に喜ばれるし、望遠鏡は船旅をする富裕層に人気あります。両方の革製収納ケースを目を引く特別仕上げにするといいですね。そして、割引券があれば眼鏡を作ってみようと思う方もいるかもしれません」


「それは! 素晴らしいアイデアです! うちも参加します」


眼鏡職人さんは、子どものようにキラッキラの笑顔になっていた。ぐうかわ。推せる。


服飾、服飾小物、食器、文房具、雑貨など、各売り場からお得な福袋の案が出てきた。特に服飾売場は在庫と今年の新商品を上手く組合わせて、年代別の福袋をいくつも作っていた。


「アイリスちゃん、ありがとう。流行りがあるから、在庫はいつか捨てるしかないと思っていたのよ。バイヤーの皆さんが、各国からせっかく集めてきた商品を捨てずに着用していただけるなんて、本当に本当に嬉しいわ。おかげで、春物を予定より多めに発注できるわ!!」


最後の一言が本音だろうけど、服飾福袋は残り物もうまくコーディネートに活かせるような福袋の作り方をしていて、さすがという感じだった。当日はコーディネート例のマネキンも飾るらしい。食器とワインと食材の組み合わせ福袋も企画されていた。

ヘルバのフェスティバルコラボを思い出す。新商品を作るのも楽しいけど、商会全体が盛り上がる企画もやっぱりとっても楽しい。コンサル冥利に尽きる。幸せだ。




年の瀬に、エトラ支店長が事務室に顔を出した。年末の決算報告会議のために来たらしい。


「アイリスさん、今年は素晴らしい活躍だったね。王都支店では、ブックカバーセットが予約待ち状態で大人気だよ」


「これから新学期に向けて、もっと予約が増えそうですね。高級な革製だけではなく、布製の既製品もいいかもしれません」


「うえっ、宿題を増やさないでくれよ。フラジェリーノは応接室対応の来賓にしか出していなかったのに、王城の秋の舞踏会でふるまうことになって、本当に大変だったんだよ。まさか王城の料理人が支店にくるなんてさ。トッピングでバリエーションを増やすアイデアを教えてもらっていて助かったよ」


「お貴族様の情報網は早いですからね。特に女性人気の商品は。王城の宴なんて、とても華やかそうですね」


穏やかに答える。半年という時間が、少しずつ心を落ち着かせてくれていた。


「それで……」


支店長は言葉を選ぶように間を置く。


「ソレイユ侯爵から、これを預かってきた」


私の背筋が一瞬、ピクッと反応する。支店長が差し出した封筒には、見覚えのある紋章が押されている。噴水と指輪が頭をよぎる。


「帝国の皇立図書館特別室入室の紹介状だそうだ。侯爵も、君の研究に期待しているようでね」


『アイリス様の心拍数が上昇していますが、呼吸は安定しています。大丈夫です。キレイな笑顔です』


「ありがとうございます。貴重な機会なので、しっかり活用させていただきます」


支店長の目を見ながらしっかり返答する。支店長は、私の落ち着いた対応に驚いたような表情を見せ、それから温かな目で見つめた。


「ほんの数ヶ月で、ずいぶん大人になったな」


一瞬の沈黙。事務長が咳払いをする。


「んんっ、エトラ支店長、本店では年始に面白い企画をしますよ。この福袋企画です」


支店長は、私から事務長に視線を移した。そして、企画書に目を通すと、突然声をあげた。


「トバイアス! なぜこんな面白い企画を教えてくれないんだ! 今からじゃ間に合わないじゃないか。ああぁ、文具福袋を出すなら相談してくれよ」


「いや、これはアイリスさんが──」


「それだよ! アイリスが企画することは、新商品だけでなく全てを王都支店にも連絡してほしいな。これからは、 『アイリス連絡便』 を毎週送ってくれたまえ」


「支店長、私はそんなに毎週、新しい企画をたてていませんよ……」


結局、事務長は支店長に無理やり約束させられていた。そっと事務室を出ると、廊下の窓が木枯らしで震えていた。季節の変わり目を告げる風のように、何かが確実に変わっていく気がした。




年が明けて最初の営業日。商会の前には、まだ暗いうちから長蛇の列ができていた。


(テオ、人数は?)


『およそ300人。その内、貴族や富裕層の使いの者が2割ほど。100金貨の高額福袋を狙っているのでしょう』


開店と同時に、福袋は飛ぶように売れていった。1銀貨の薬草茶福袋も、5銀貨の薬草グッズセット福袋も、あっという間に完売だ。1金貨の衣料福袋を抱えて喜ぶ若い娘たち。話題性のために用意した100金貨の高額福袋30点も、午前中で売り切れてしまった。2階の専門店の店主や職人さんたちが手を取り合って喜んでいる。


(すごい人気ね。あの殺気だった雰囲気は、前世もこの世界も変わらないわ)


『特典の天気予報引換券が、予想以上の反響です。旅商人たちが、福袋購入者に買取り提案をしてまわっているようですよ』


その通りだった。天気予報引換券30枚は、旅商人だけではなく、旅行前の富裕層に大人気となり、あっという間に使用され始めた。後で聞いた話では、裏では券が高値で転売されていたそうだ。来年は転売対策もかんがえなきゃだなぁ。オンライン対応が必要ないだけマシかな?


事務長は、在庫の大幅減に大喜び。レオン会長からは「またやろう、春にもやろう!」と言われたけれど、年に一回だからこそ特別感があるのだと説得するのが大変だった。




窓辺の月ちゃんに水をやりながら、今日一日を振り返る。


「ねぇ、月ちゃん。今日は良い日だったわ。みんなが喜んでくれて、私も嬉しかった」


『アイリス様、確かに大成功でした。次は帝国出張ですね! 皇立図書館特別室の蔵書リストはデータベース化してありますので、効率的なデータ化のご提案ができます』


「テオ……まだレオン会長に話してもないのよ? 先走り過ぎ」


いつものテオ。データマニアのテオ。支店長とのやりとりについて、一言も触れないでいてくれる優しいテオ。


窓の外では、新年の花火が夜空に咲いて、船の警笛がいっせいに鳴り響いた。新しい年が始まった。私は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。花火の光が窓辺を照らす。その光の中で、月ちゃんの埋まった土だけが、変わらずに静かな空間だった。




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