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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
ソルディトでルネサンス

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2-20 薫風とアイスドリンク

のんびりした日差しが差し込む馬車の窓から、移り変わる景色を眺めていた。王都の整然とした石畳の街並みから、徐々に建物は低くなり、緑が増えていく。1時間も走ると、王都の高い尖塔も見えなくなった。


二日目の夕方、行きがけに寄った宿場町に近づいた。


「テオ、あそこに翠風草が咲いてる! もうすぐ、あの私塾がある所よね?」


『はい。翠風学舎ですね。寄っていきますか?』


「もちろん! お土産を持って行かなくちゃ」


馬車を降りて学舎に向かうと、子供たちが駆け寄ってきた。


「アイリスおねえちゃん!」

「帰ってきたの?」

「お土産は? ねぇ、お土産はー?」


王都で買い集めた本を、一人一冊ずつ手渡す。子供たちの目が輝いていく。


「わぁ、きれいな挿し絵!」

「薬草の本だ!」

「僕のは動物図鑑!」


「みんな、薬草は見つかってる? 商会で待ってるわよ」


「うん! 新しいのも見つけたんだ!」

「先生も驚いてたんだよ!」


ルーファス学舎長が近づいてきた。


「おかげで、子供たちの勉強への意欲が本当に高まりました。薬草の採取と観察が、自然科学への興味につながっているようです」


心が温かくなる。私も、この子たちみたいに純粋に頑張ろう。

王都での経験は、きっと無駄じゃない。むしろ、もっと多くのことを学ばなければ。図書館で見つけた新しい調合法も、早く試してみたい。


学舎長に、東方の最新の薬草辞典を渡して、また何か見つかったらシルヴァークレスト商会に連絡してほしいと頼んだ。呪いの解呪についても聞いてみたが、心当たりはないが注意しておくと笑顔で請け負ってくれた。




いつもの開店1時間前に、ソルディトのシルヴァークレスト商会本店に到着した。出張帰りの初出社だ。手には分厚い 『王都支店(百貨店形式)出店計画』 を抱えている。

入り口横の天気予報ボードを掲示してから中に入ると、受付のお姉さんが優しく微笑みかけてくれる。


「おはようございます、アイリスさん。お帰りなさい。早速、天気予報を復活してくれて助かるわ。レオン会長が執務室でお待ちです。それから、出張中の気象の記録は事務室で受け取ってくださいね。私もちゃんと毎日、店舗裏の百葉箱のメモをとったのよ」


「おはようございます。気象記録は皆さんにご協力いただいて、本当に助かりました。これからも頑張ってお天気システムを開発しますね」




会長室に向かう途中、ミナさんとばったり出会った。


「アイリス! やっと帰ってきたのね!」


「ただいま戻りました」


「もう、心配したのよ。突然の帰還って聞いて……」


彼女は一瞬言葉を濁したが、すぐに明るい声を取り戻した。


「でも、あなたが戻ってくれて本当に良かった。薬売り場、大変なの」


「どうかしたんですか?」


「新商品の需要が高すぎて、在庫が追いつかないの。特にアロマオイルは予約が殺到してて──」


「わかりました。あとで商品開発室にうかがいます!」




調薬室に荷物を置きに寄ると、キオンさんとサラさんが歓迎してくれた。


「アイリス! 王都で何か新しい情報はなかったかい?」


「キオンったら。まずはゆっくりしてもらわなきゃ」


「そういえば、サラさん。王立図書館の古い文献に、蜜漬保存とか、燻製保存とか、発酵保存とか、効能が高まる薬草の保存方法が書かれてましたよ」


「待って、アイリスちゃん、詳しく! え、どういうこと? 何で効能が高まるの?」


「後で、写しを渡しますね。蜂蜜の抗菌作用とか、発酵によって薬草の栄養価が変化して保存期間が延びるとかあるようです」


「ちょっと、蜂蜜と燻製器と発酵用のガラス瓶を発注してくるわ!」


二人の変わらぬ様子に、ホッとする。


『アイリス様、キオン様の目の下のクマが気になります。また徹夜研究でしょうか』


(相変わらずね。でも、私も負けてられないわ)




会長室に向かう途中で、事務室にお土産を渡しに行く。入室して挨拶するなり、トバイアス事務長が早速、売上報告の相談を始めた。


「アイリスさん、この計算方法についてご意見をください。月次と年次の集計が、何故か合わないんですよ。おかしいなぁ」


まるで、私がいない間に溜まっていた仕事が、一気に押し寄せてくる。でも、不思議と心が躍る。


『アイリス様、やる気が溢れていますね。心拍数も通常より12%上昇しています』


(うん。私には、たくさんやりたいことがあるの)


そうよ。今の私には、挑戦したいことがたくさんある。新しい薬の開発に、商品企画。王都で学んだことを、全部活かしていきたい。


『アイリス様、仕事だけでなく、休息も大切ですよ』


(ええ、わかってる。でも今は、全力で頑張らせてほしいの)


テオは黙って見守ってくれている。この世界で私が選んだ道。新しい薬を作り、多くの人を助ける。それが、きっと私の生きる意味。




最後に、会長室に向かった。ノックをして中に入ると、レオン会長が驚いた顔をしている。え、なんで? 今日から出社することは伝えてたのに……


「アイリス、お前なんだ、その書類の分厚さは。戦争のシミュレーションでもそんな厚さはないぞ」


あぁ、この 『王都支店(百貨店形式)出店計画』 に驚いてたのか。前世の資料に比べると、全然薄いもんなんだけどな。


「細かく分析してみました。王都の市場調査や、競合他社の情報、そして今後10年間の予測まで入れています。商品のサンプルは別便で送りましたので、来週には届くと思います」


レオン会長は溜息をつきながらも、計画書を受け取った。


「お前の熱心さには感心するよ。次の幹部会で、詳しく説明してくれ。あと、俺のために薄い概要版も作ってくれな? 忙しいと思うが、頼んだぞ。ところで、王都の支店長のエトラはいいやつだっただろ。同級生で付き合いが続いてる数少ない1人だ」


一瞬、王都の香りがよぎり、胸が締め付けられるのを感じたが、すぐに笑顔を作った。


「はい、聞きました。学園時代は、「彼氏ならレオン・シルヴァークレスト。結婚するならエトラ・ソリス」と言われてたらしいですね。大変、納得しました。レオン会長、頑張ってくださいね」


「エトラがバラしたのか? あいつ!!」


会長の顔が真っ赤になった。意外に触れられたくないポイントだったのか、しばらく拗ねていた。この意外な一面を見て、ついからかいたくなってしまった。


「私は、仕事に生きることに決めました! レオン会長も結婚は捨てて仕事に生きましょう!!」


「やだ。かわいい嫁と娘が俺を取り合いするのが夢なんだ!」




会長の執務室を出て薬売場に向かいながら、ぐっと拳を握りしめて、テオに決意表明する。


(テオ、私は仕事に生きるわ!)


『アイリス様、まだ16歳です。データによると女性が結婚までに付き合う男性の数は平均して3.5人です』


(いいの、仕事は裏切らない! さぁ! 出張中の売上データを見せて)


『かしこまりました。薬草茶の売上が、前年比で17.3%減少しています。特に朝露茶が大きく落ち込んでいますね』


私は商品棚を見つめながら考え込んだ。もうすぐ5月。そろそろ半袖でいい日も増えてきた。前世なら、スロベリーフラペ〇ーノが出る頃だ。はぁ、飲みたい……


(テオ、薬草茶を冷やしてアイスティーみたいにできないかしら。サッパリと清涼感がある感じに仕上げたら、これからの季節によくない?)


『アイリス様、清涼感のある薬草なら、確かにいくつか候補がありそうです。例えば、ペパーミントのような作用のある青涼草、レモングラスに似た香りの翠星草、ハイビスカスのような甘酸っぱさのある紅華草など』


(でもね、テオ。前世のハーブと違って、この世界の薬草は効能が強すぎるからさ。青涼草も翠星草も、そのまま使うと薬効が強すぎて飲み物には向かないんだよね。血行が良くなると暑くなっちゃうし)


『なるほど。では、薬効を抑えながら香りを活かす方法を──』


「うん。リラックス効果だけ残したいわ。サラさんの保存方法を応用して、一度乾燥させてから蒸気で香り付けするの。これなら効能は抑えられて、スッキリした味わいを楽しめるはず」


『アイリス様の発想は、いつも予想を超えてきますね』


「それと、お茶を入れるのを簡単にできないかしら。茶葉で淹れるのって洗い物が増えて面倒じゃない?」


『なるほど。前世のティーバッグのような仕組みですね。不織布や和紙のような素材が必要になりますが……』


商品開発室に頼む前に、自分で少し試してみたい。調薬室にお邪魔することにした。


「キオンさん、薬草を細かく刻んで布で包む実験をしてもいいですか?」


「え? アイリス、帰ってきて早々に新商品開発かい?」


「はい! 夏に向けて新しい薬草茶を作りたくて。薬草茶を濃く淹れて、それを冷たい水で割って飲めるようにしたいんです。できれば簡単に」


サラさんが興味深そうに近づいてきた。


「簡単に淹れられる薬草茶? 面白そうね。私も手伝うわ」


最初の試作は、シルクで包んでみた。


「う~ん、確かに成分の抽出は理想的だけど、これじゃ商品化するには高すぎるわね」


『アイリス様、王都で見かけた和紙のような紙の製法なら──』


(商品開発室にティーバッグの企画を出しちゃおっと!)


お茶の方は、青涼草をベースに、爽やかな香りの翠星草を加え、最後に紅華草でアクセントをつける。乾燥と蒸気処理を繰り返して、やっと理想的な味が出てきた。


「これくらいなら、普通の飲み物としてゴクゴク飲めそう」


『薬効値は通常の12%まで抑えられていますね。リフレッシュ効果は期待できますが、薬としての過剰摂取の副作用は心配ありません』


試作品をと一緒に商品開発室に持ち込むと、いつものように熱烈な歓迎を受けた。


「おお! これは画期的だ!」

「夏の目玉商品になりそう!」

「パッケージデザインは私に任せて!」


「氷を入れたらすぐ冷えそうだね。でも冷ましても薬効は落ちないのかい?」


熊さん開発室長が心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫です。むしろ、冷ました方が香りと成分がバランスよく出る配合にしています。これは、緑知の指で確認済みです」


「おお、さすがだな。ところで、このティーバッグという画期的な方法特許を取った方が──」


「ふふふ。ティーバッグには、水につけても破れにくく、布と紙の中間のような素材が必要なんです。王都からサンプルを取り寄せますので、開発をお願いしますね!」





数週間後、新商品のアイスティー用薬草茶とティーバッグが発売された。


「レオン会長!新商品が好調です」


会長に報告に行くと、満足げに頷いていた。


「おぅ、ここにも常備してるぞ! 来客者に好評だ。帝国製の冷凍庫が来週届くから、もっと冷たいアイスティーが飲めるようになるぞ」


「え! そんな機械があるんですか?」


「あぁ、1200金貨するが、最新式でかなりの大きさらしいぞ。来たら、また何か新しい商品を出してくれ」


氷があるなら、アレでしょ。アレしかないでしょ! 念願のマンゴーフラペ〇ーノ!!


「それなら、 『ミキサー』 も帝国から取り寄せてください! 王都で見かけました!!」


「みきさぁ?」


「はい! 果物や氷を細かく砕いて、なめらかな飲み物を作る機械です。これを使えば、もっと冷たい新商品が作れます」


「わかった。取り寄せてみよう。アイリスの新商品は氷を使った飲み物なんだな? トバに直ぐに言っておかないと……うん、みきさぁは10台くらいか? 冷凍庫も追加注文が必要かもしれんな。そうだ、王都のエトラにも情報を流しとかないとうるさいし……」


ぶつぶつつぶやいているレオン会長を残して、私が薬売場に戻ると、「アイリスさん! 夏の新商品、詳しく!」と事務長がすぐに駆け込んできた。




日差しが容赦なくなり始めた7月、シルヴァークレスト商会から「南国フルーツのフラジェリーノ」が売りに出された。果物と氷、そして薬草エキスを混ぜ合わせた新感覚の飲み物は、たちまち1時間待ちの大人気商品となった。王都ではVIP対応時に出す飲み物として大好評らしい。


アイリスは、行列に並ぶ人々を見ながら、胸が熱くなるのを感じた。自分のアイデアが、多くの人々に喜ばれている。この感覚は、何物にも代えがたいものだった。


「テオ、見て。みんな笑顔よ」


『はい、アイリス様。あなたのアイデアが多くの人々に幸せをもたらしています』


「そうね。これからも、もっともっと頑張らなきゃ」




その夜、アイリスは月ちゃんに水をやりながら、静かに語りかけた。


「月ちゃん、私、少しは成長したかもしれない。辛いこともあったけど、それを乗り越えて、新しいものを生み出せたわ。彼も飲んでくれてたらいいなって素直に思えたの。これからも、もっともっと頑張るわね」


窓の外では、今日も月が優しく輝いていた。深呼吸をして、明日への決意を新たにした。


「さあ、明日は秋の新商品開発会議だわ。もっともっと頑張らなくちゃ」


部屋の中には、新しい薬草の香りが漂っていた。それは、新たな挑戦の象徴のようだった。




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