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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
王都でカデンツァ~悲喜交々~

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2-14 王都出張2日目(2)

王都支店のショーウィンドウに映る姿を確認する。


「テオ、今日の服装はこれで大丈夫よね?」


『はい、アイリス様。王都の雰囲気に合わせつつ、商会の一員としての品格も感じられる素晴らしい選択です』


テオの自画自賛コーディネートは、淡い薄紫色のブラウス、濃紺のショートジャケット、濃紺のふわっとしたロングスカート。花飾りとリボンがついたドレスハットも紺色だ。足元は、歩きやすさを考慮した3センチヒールのこげ茶のショートブーツ。図書館で借りた本が入っている大き目の茶色のカバンが少しコーディネートを崩しているけれど、仕方ない。

今日はメイクも少し濃いめで、目元にはパープルのアイシャドウを、アイライナーとマスカラもバッチリ、唇はローズのリップにグロスも重ねてツヤツヤだ。初デート並みの気合の入り方だ。それにしても、マツエクもマツパもいらないこのまつ毛は、前世の苦労を思い出すと泣けてくる。まつ育なにそれ状態だ。


「王都では商会の制服を着る必要がないから、テオコーディネートが多くなりそうね」


『光栄です、アイリス様。ファッションデータベースを更に充実させていただきます』


用意していた手土産のリラックス薬草茶を確認して、シルヴァークレスト商会の王都支店のガラス扉を開けた。


店内に一歩足を踏み入れると、思ったより広く空間が広がっている。床は黒と白の大理石が模様貼りされており、壁はダマスク柄が入ったベージュの壁紙、筆記具など並べられた什器は重厚なマホガニー製だ。繊細な金箔の装飾が施された天井からは、クリスタルのシャンデリアが柔らかな光を放っている。


右手の名刺注文カウンター手前の上質そうなソファには、数人の客が順番を待っている。カウンターには様々なデザインの名刺サンプルが整然と並べられていた。カウンターの奥には様々な紙のサンプル、インクやアロマオイルなどが美しく飾ってある。

左手の文房具コーナーには、主に筆記具が陳列されている。ガラスケースの中の金や銀で装飾された高級万年筆が、まるで宝石のように輝いている。壁際の棚には様々な色と質感の上質な紙が整然と並び、その隣には色とりどりのインクボトルのコレクションだ


『アイリス様、このインクは全て帝国製です。1本あたりの価格は3金貨からですね』


(高っ! ソルディトの10倍じゃない)


空間全体が上品で落ち着いた雰囲気に包まれており、訪れる客の多くが貴族や富裕層であることが窺える。ソルディトの活気のある雰囲気とは全く異なる、静謐な空気が漂っていた。

受付のとてもゴージャスお姉さんに、ちょっと怯みながら声をかける。


「シルヴァークレスト商会本店から参りましたアイリス・ヴェルダントと申します。支店長にお目にかかりたいのですが」


「はい、かしこまりました。少々お待ちください」


待つ間、私は売り場の奥まで目を凝らした。文房具売り場の向こうには、半個室の商談スペースが3室。壁には、よくわからないけどありがたそうな認定証のようなものが飾られている。さらに奥には、高級革製品のコーナーがあり、名刺入れや財布が展示されていた。




数分後、メガネをかけた爽やかな笑顔の男性が現れた。


「アイリスさん、ようこそいらっしゃいました。支店長のエトラ・ソリスです」


思わず見とれてしまう。どちらかというと野性的なレオン会長とは対照的で、いかにも王都的な洗練された身なりだった。深いネイビーのスーツは完璧な仕立てで、シルバーのカフスボタンが控えめに光る。淡いブルーのシャツとグレーのネクタイの組み合わせで、とても爽やかな印象が強調されている。王都の洗練された文化を体現しているような、そんな雰囲気の持ち主だ。


(テオ、支店長さんも貴族なの?)


『子爵家の三男です。支店長という肩書きになっていますが、正確には前世で言うフランチャイズのようなもので、支店のオーナーです』


丁寧にお辞儀をして、手土産を差し出す。


「お忙しいところ恐縮です。これ、本店で開発したリラックス薬草茶です」


エトラ支店長は嬉しそうに受け取ってくれた。


「ありがとうございます。レオンが自慢していたお茶ですね。では、まずは店内をご案内しましょう」


エトラ支店長の案内で、店内をより詳しく見て回る。彼の説明は的確で、商品一つ一つに対する深い知識が感じられるし、彼自身もかなり博識な感じだ。王都だけでなく、帝国など諸外国の情報も詳しい。各コーナーの配置も、来店客の動線を考慮してかなり練られているようなので、私が改装に口出す必要は無さそうだ。だって、お貴族様の動線なんてわからない。


2階に上がると、特別注文を受け付ける部屋があった。壁一面に並ぶ見本帳には、世界中から集められた珍しい紙や、職人技が光る特殊な加工を施した名刺のサンプルが並んでいる。王都支店でしか扱っていない紙もあり、そういう特殊紙は相当な値段になりそうだ。


「こちらでは、お客様の要望に合わせて、世界に一つだけの名刺やステーショナリーをお作りしています」


「ソルディトで聞きました。王都支店の特注品の名刺は、職人さんが仕上げるそうですね。ぜひ、その工房も見学したいです」


「はい。ソルディトで印刷した名刺に、こちらで1枚1枚に箔押しで家紋を入れたりといった加工をすることがあります」


「すごいですね。ここは紙のサンプルだけではなく、革や布のサンプルも用意してるんですね。ソルディトでは名刺入れは既製品ばかりですけど、こちらではそれもオーダーですか?」


「えぇ、富裕層はこだわりが強い傾向がありますから」


「オーダーできるなら、名刺入れと筆記具入れ、万年筆の革巻き、革製書類ケース、眼鏡ケースなど一式をセットで作ったりできますね」


「おぉぉ、なるほど。それはいいアイデアですね」


「例えば、革に家紋の刻印とか、女性向けなら布に刺繍とかでもいいですね。セットでプレゼントされると喜ばれそうです。あ、学生さん向けに革製の栞とかブックカバーなんかもありですね。王立学園入学セットなんて作ったら、毎年、購入者がいそうじゃないですか?」


「ブックカバー……とは何ですか?」


「あ……えっと、取り外しができる、本にかけるカバーです。本を痛めずに持ち歩けるので、読書家や学生さんには便利だと思います」


「取り外しができるのか。それは私も欲しいな」


「例えば王立学園入学セットなら、「知は力なり」って古代語で刻むと王立学園っぽいですよね。卒業するころには、革がいい風合いになってエイジングも楽しめそうだし……あぁぁ! すみません、名刺から脱線してしまいました」


「アイリスさん、レオンからあなたのアイデアを製品化する時は、必ずトバイアス事務長と打ち合わせするように言われていたが……納得だな。本当にアイデアが泉のように湧き出るんですね。うん。王立学園入学セットはいいな。「知は力なり」のフレーズは、学園卒業生には刺ささります。しかも古代語とはね。くすぐり方を大変よくご存知だ。卒業生は自分の子供の入学祝いに、必ずオーダーするようになるでしょうね。すぐに企画を立ち上げます」


エトラ支店長は優し気な雰囲気だが、やはり中身は商売人かもしれない。決断力の早さは、レオン会長と変わらないな。




支店内の案内が終わり、執務室に落ちついた。コーヒーを飲みながら、支店長は、レオン会長との関係を語り始めた。


「実は私、レオンとは学園の中等部までの同級生なんです。高等部に上がる時に、彼は自主退学して夢を追いかけていきました。私はその後、王城で文官の仕事をしていたんです。でも去年、レオンに『俺、貴族対応は苦手なんだよ』と言われて、この支店長の仕事を任されました」


「え! レオン会長も貴族様ですよね!?」


「そういうやつなんですよ。私も最初は受ける気がなかったんです。かなりの狭き門を突破して文官になったわけですからね。でも、レオンの商会への思いや、堅苦しくない経営方針が面白そうだと思って転職を決めました」


エトラはニヤリと笑った。


「実は私、王都支店を本店以上に大きくしたいと密かにたくらんでいるんですよ」


『アイリス様、優し気な雰囲気ですが、貴族様のお相手をするだけあって、なかなかに腹黒そうな一面をお持ちのようですね』


(腹黒そうというか、野心家というか……さすが王都の支店長って感じよね)


エトラ支店長の表情が少し真剣になった。


「それで、アイリスさん。あなたの噂は、王都でも広まりつつあります。さる貴族のご令嬢から、是非会いたいとご伝言を承ってます。また、薬関係の知恵を借りたいという問い合わせも侯爵家から来ています」


「え、あの、お貴族様はちょっと……お断りさせていただく訳には──」


エトラ支店長は爽やかなニッコリ笑顔で遮った。


「無理ですね。侯爵家に睨まれると、シルヴァークレスト商会くらい直ぐに潰されますから」


「…………承知いたしました」


マジか。商会が潰されるって、さすがお貴族様。プレッシャーしかない。


「では、日にちが決まったら連絡します。それから、王都支店もソルディトと同じ制服や包装紙を使用していますが、少し王都風に違いを出したいと考えています。その件についても後日、ゆっくりお時間をとっていただきたいですね」


「田舎者ですので、少し王都の雰囲気に慣れてから打ち合わせをお願いしたいです。支店の改装の話も、ゆっくり聞かせてください」


「レオンには言っておいたんですがね。貴族からアイリスさんの指名が来ている件は……」


「そうなんですね。アハハ」


会長めぇー! 貴族対応が出張のメインだったのか。どうりで休暇まで付けて期間を長くしたわけだ。やられたわ。許すまじ。


支店を後にする頃には、私の背筋が、妙に凝り固まっているのがわかった。はぁ、疲れた。温泉入りたい。マッサージでゴリゴリにほぐしてほしい……ピチピチの10代なのに。




とぼとぼとホテルに戻り、食堂で早めの夕食を食べ、賑やかになる前に部屋へ戻った。図書館で借りてきた本をスキャン読みし始める。ペラペラめくりながら、つい不安でテオに話しかける。


「侯爵さまって、前世で言うと大臣みたいな感じかな?」


『そうですね、エイレニア王国の貴族は、上から順に公爵家が2家、侯爵家が3家、伯爵家が7家ですから、王家を除けば、国のTOP3~5になります。アイリス様、めくる手を止めないでください』


「はぁ……憂鬱」


『アイリス様、明日はマナー辞典を中心に学習しましょう。午前中は貴族の礼儀作法について、午後は会話のマナーと薬学の最新情報を組み合わせるよう予定を組みます』


テオが提案してくれたけど、プレッシャーがさらに高まっただけだった。しかも、何気に一日中、図書館にいる予定にしてるし。さすがです。テオサマ。でも今は策士はおなかいっぱいです……




「月ちゃん、聞いてくれる? 今日ね、すごく大変なことになっちゃった。王都支店は、ソルディトとは全然雰囲気が違うのよ。すっごく静かで、お客様はみんなお金も落ちっぽい人ばっかり。フワフワの扇を持ってる人を初めて見たわ。それに、お貴族様のご指名を受けちゃったのよ? はぁ……月ちゃん、私にそんな大役が務まるのかなぁ。侯爵様ってどっちだと思う?「庶民の分際で無礼者めぇ!」ってタイプか、「身分なんて単なる肩書ですよ、フッ」ってタイプか……あぁぁ、ほんとヤダ。逃げたい」


月が優しく輝く夜空の下、私の不安は膨らむ一方だった。でも、乗り越えなければいけない試練が、また一つ増えたということ。その覚悟を決めるのに、今夜は長い「月ちゃんタイム」が必要になりそうだ。




この後、「知は力なり」と古代語で刻印されたブックカバーは、売りに出されると直ぐに爆発的な人気となり、このカバーをつけるために書籍の売上が伸びるという現象を引き起こした。続けて発売された「武は道なり」と古代語で刻印された小型ナイフ用の革ケースと合わせて、入学祝いの定番セットとなるのであった。




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