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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
全力疾走のガールズストラテジー

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2-6 天気予報ローカライズ作戦

シルヴァークレスト商会の薬売り場で働き始めてから1ヶ月が経った頃のことだった。ヘルバ町でお得意様だった、旅商人のカイさんが突然訪ねてきた。


「いたいた! アイリスちゃんだー!」


「ふぁ?」


カイさんの大声に、私は思わずカウンターの裏で変な声を出してしまう。商会のお高いガラスの天井に響き渡る声量に、鑑定していた薬の瓶を落としそうになった。


「カイさん! こんなところでお会いするなんて~」


『前回、カイさんにお会いしたのは83日前です。その時はエルドミア王国へ向かうとおっしゃってました』


(テオ、購入履歴を画面表示して~)


カイさんは、商会の高級な空間に不似合いな姿で近づいてきた。大荷物を背負ってくたびれた服装の旅商人と、厳かな大理石の柱。なかなかシュールな光景だが、その懐かしい笑顔は変わってなかった。


「久しぶりにヘルバ町に寄ったら、アイリスちゃんがソルディトに来たって聞いてさ。アイリスちゃんの腰痛緩和の薬草が欲しくて来たんだよ。俺の拠点はここだから、嬉しいなぁ」


───────────────────

カイ氏 購入データ

腰痛緩和薬草:月影草と星霜草

配合比率:月5星2

昨年は3回のリピート

───────────────────


「カイさん、薬草を調薬室に頼んでくるから、少し待っててください。いつもの薬草に疲労回復効果のある朝露草を少し足してもらいますね」


「さすがだな、頼むよ! それとな、アイリスちゃんに頼みがあるんだよ。いつも天気予報を教えてくれてただろ?」


確かに、カイさんが寄るたびに天気のお喋りをすることが多かった。気圧の変化で頭痛や腰痛になる人は多いし、旅商人にとって天気は大事な情報だ。


「次は、ソルディトから船でヴェルダーシア連邦に行くんだ。また1週間の天気予報を教えてくれないかな?」


「ええ、いいですよ」


少し躊躇いながらも答えると、すぐにテオの声が響いた。


『アイリス様、天気予報スキルを起動いたします。明日の午後から3日間は大雨で風が強く、その後は晴れが続き、気温も上昇する予報です』


「カイさん、明日の午後から大雨で風が強くなります。4日後からは晴れが続くようですよ。雨の後は気温もグッと夏らしく上がるみたいです」


「さすがアイリスちゃん! 本当に助かるよ」


その時、急に割り込んできた声に、飛び上がりそうになる。


「お久しぶりです、カイ先輩。お元気そうですね。私より先にアイリスのところに顔を出すなんて薄情すぎませんか。一緒に旅した仲なのに」


振り向くと、そこにはレオン会長がいた。カイさんと行商仲間だったんだ。 カイさんは少し困ったような表情を浮かべている。


「いやいや、レオンは大商会の会長様だから、オレには敷居が高くなっちまったよ。すまんな」


「気軽に声かけてください。俺は何も変わってないですよ。……ところで、ちょっと聞こえたんだが、アイリスは天気がわかるのかい?」


「あ……あの、薬草採取のために森に入っていたので、気温や湿度に敏感になってしまって、何となーく天気がわかるんです。何んとなーくなので、外れることもよくありますよ?」


「そんなことないぞ、レオン。アイリスの予報は百発百中なんだよ! 正直、薬草より天気予報目当てな旅商人は多かったんだぜ?」


ふんわり誤魔化そうとしてるのに、カイさんが背中から撃ってくる。人の親切を仇で返すなんて……次に来た時は苦い薬草を混ぜてやる! それにしても、薬草より天気予報が目当てだったなんて......


『アイリス様、過去のステータス画面の天気予報の的中率は確かに98.7%を記録しております。これは天気予報スキルのデータ精度が──』


(テオ、そんな分析より誤魔化す方法を考えて……)


レオン会長の目が輝いた。嫌な予感しかしない。


「なるほど、これは使えるな……船乗りにとって、天気予報は命にかかわるし。よし! 店の入口に天気の掲示板を作ろう!」


「よし、じゃないですよ! 本当に外れることもありますから! あの、えっと、私が風邪ひいて休むことだってありますから!!」


必死にレオン会長を止めようとしたけど、「サービスの一環だから外れても気にするな」と、軽くあしらわれてしまった。


翌日、出勤すると、入口横の壁に木製の天気予報ボードが設置されていた。今はレオン会長の行動力が恨めしい。なんで一日でこんなシックでおしゃれなボードができてんのよー!


「毎朝、アイリスさんがその日のお天気マークを掲示してくださいね。1週間の予報は店内の受付で配布することに決まりましたので、事務室に行って伝えてください」


笑顔で教えてくれる受付のお姉さんに対して、私の笑顔は引きつっていたと思う。変な目立ち方をして、ステータス画面やテオのことがバレたらどうしよう。翻訳と違って、わざと外すなんてできないし。はぁ……どうしよう。




天気予報ボードは予想以上の人気を呼んでいた。ある日、ボードのお天気マークを架け替えていると、外国の船長さんが声をかけてきた。


「いつも正確な予報をありがとう。シルヴァークレスト商会の天気予報のおかげで、安全に航海ができているんだよ。ソルディトには、遠回りしてでも寄港しろというのが、最近の船乗りの常識だよ。ははは」


「ありがとうございます。でも、この予報は外れることもありますから、あくまで参考程度に……」


船長は笑って首を振った。


「謙遜しなくていいよ。本当に助かっているから、これからもよろしく頼むよ」


爽やかな笑顔を残して、船長さんは店内の受付カウンターに向かっていった。


『アイリス様、天気予報ボード設置後の来客数と売上げのデータを分析いたしました。来客数は前月比で11%増加し、それに伴い売上げも7%上昇すると予測されます。この新しい業務の対価として、レオン会長には給料の増額か臨時ボーナスの交渉をするべきです。技能の安売りはこの世界にとっても良くないことではないでしょうか』


(テオ、それより気になることがあるの)


『はい? なんでしょうか』


(この予報って、あきらかにオーバーテクノロジーよね。私が田舎町で薬草を売りながら話す雑談と、領都の大商会から発表される天気予報では、全く重みが違うわ。いつか天気予報の情報源について問い詰められる日がくるとしか思えない……)


田舎町と違って、影響力が高いソルディトでの行動は、慎重に慎重を期すべきなのだ。


『さすがアイリス様です。事業の継続性を考えても、スキルに頼らない天気予報の仕組みは必要かと。それでは、我々でこの世界に合った天気予報システムを開発するのはいかがでしょうか?』


「どうやって? 気象衛星もコンピューターもない世界なのよ?」


『以前の世界でも、17世紀には、温度計や気圧計が発明されて、基本的な気象データが記録されるようになりました。我々も、毎日、ソルディトと周囲の天候の様子、気温、湿度、風速などのデータ収集を続け、数年後には、それらから天気の予報ができるような分析方法を作るのは可能です。ただし、精度は落ちますが』


「かなりの長期計画ね。でも、それがいいわ。この世界の技術でも可能な天気予報の仕組みを作りましょう。精度を上げる方法は、これから考えていけばいいわ。テオの大好きなデータ収集ができるわね?」




それから、私は外を歩く時はグルっと見回して自然を観察するようになった。空の色や雲の様子、風の向きや強さ、星や月の明るさ、テオのデータベースには情報が蓄積されていった。


「今朝は、東の空が薄紅色だったわ。精密なデータをとるためには、カラーチャートが必要ね」


『東の空が薄紅色で雲が無い場合、当日の晴れの確率は78%ですね。空の色見本を作るという案は、大変素晴らしいかと』


──また、別のある日。


「ここは、海からの風の影響が、かなり天気に影響してそうよね」


『地形学も取り入れた分析を進めましょう。大陸全体の地形と海流を把握できましたら、天気予報システムの精度は格段に上がると予想されます。早速、図書館へまいりましょう』


「テオ、めっちゃイキイキしてるわね?」


こうやって、天気予報をシステムの開発は、テオと二人だけで地味に続けていた。




そんなある日、レオン会長が私を呼び出した。


「アイリス、天気予報の評判がとてもいいよ」


「ありがとうございます。でも、まだまだ改善したいと考えています」


「ほう、どんなことを考えているんだ?」


「はい。今の予報は私個人の感覚に頼っている部分が大きいので、継続が難しいと思われます。ですから、もっと一般的な方法で予報ができないかと研究しているところです」


レオン会長は目を輝かせた。この人は、本当に好奇心旺盛で、新しいアイデアには子供のように飛びついてくる。


「それは面白いな! どんな方法を考えているんだ?」


テオが何も言わずに、プレゼンテーションモードのメモ帳を起動してくれた。


「毎日、気温や湿度、風向きなどを記録して、それらの数字データと空の観察から天気の傾向を見出そうと思っています。この土地の地形学的な傾向も調査中です。また、ベテランの航海士さんや、近くで昔から農業をされている方に、天気予報関係の伝承を聞く予定です」


「なぜそんな古くさい迷信を集めるんだ?」


「例えば、『アエロ鳥が低い位置を飛ぶと雨が降る』という民間伝承がありますよね。これは、湿気が高まると虫が地面近くに集まるため、アエロ鳥も餌を求めて低く飛ぶようになることがあるからです。実際の湿度の変化に関連しているため、一理あると言えます」


「なるほど、全部が迷信ではなく、信憑性がある民間伝承もあるわけか」


「はい。天気に敏感な航海士や農民が信じている伝承は、ある程度は信用できると考えています。数年かかるかもしれませんが、数字データ、空の観察、民間伝承の観察を組み合わせた精度の高い天気予報システムを構築するつもりです。例えば、「早朝の東の空が薄紅色で、北に見えるソエレス山に雲がかかっていなければ、晴れの確立が97%」というように、かなり正確な予報が誰でもできるようになるはずです」


レオン会長は深く考え込んでいた。


「数年か……長い時間だな。でも、それが実現できれば、我が商会にとって大きな財産になる。よし、やってみろ。必要な機材は何でも用意しよう」


「ありがとうございます。頑張ります」


会長室を出た私は、胸をなでおろした。


「テオ、プレゼンボードありがと。ツバメをアエロ鳥に直していてくれて助かったわ」


『さすがでした、アイリス様。レオン会長の理解を得られたことは大きな前進です。これで本格的なデータ収集と分析が──』


「ふふっ、テオのターンね」


『い、いえ、これは純粋に科学的な興味から......』


「はいはい、わかったわよ。私も楽しみだもの。せっかくの会長の申し出なんだから、百葉箱を何か所かに作ってもらいましょ。テオ、場所の選定をお願いね。ある程度、形になったら、引き継ぐ前提でシステムを考えないとね」




それからの日々、私は通常の仕事をこなしながら、天気観測にも力を入れていった。日々の観測は、私にとって新しい発見の連続だった。雲の形と雨の関係、風向きと気温の変化、月の満ち欠けと潮の動きなど、自然界の様々な現象が、密接に結びついていることを実感していった。とても豊かな時間をテオと二人で楽しんだ。




三年後に完成した天気予報システムは、その後、ソルディトだけでなく大陸の各地に広がっていくことになった。そうして天気を読む文化は、テオの大好きなデータと、私の大切にしてきた経験が溶け合って、この世界に根付いていったのだった。




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