2-4 商会勤務1週間弱経過
シルヴァークレスト商会の販売員となって6日が過ぎた。毎日が新しい発見と挑戦の連続で、前世の新入社員時代を思い出す。
『アイリス様、調薬室でのキオン様、サラ様との関係は好調です。信頼度指数は……』
「テオったら、人間関係まで数値化する気?」
『申し訳ございません。つい癖で。ですが、お二人との相性の良さは数値以上に……』
「そうね。特にキオンさんの調薬方法からは、毎日新しい発見があるわ」
調薬室との関係は、予想以上に良好だった。年齢差はあるものの、薬草や調薬の話題で盛り上がると、そんなことは関係なくなる。
「今までは、お父さんの作業風景を思い出しながら1人で試行錯誤するしかなかったから……」
『アイリス様、他者からの学びの機会は、この世界においては大変貴重です。キオン様の実験手法は、前世の製薬会社の研究開発でも通用するほどてすね』
「うんうん。テオのデータベースを見れたら、狂喜乱舞してすごい成果を出しそうよね」
王都の学校で学んでいたキオンさんの調薬方法は、精密そのものだ。計量と温度管理に細心の注意を払い、最新の蒸留器を繊細に操作して薬草のエッセンスを抽出する。帝国製の効能分析装置を使いこなし、緑知の指がなくても正確に高品質をキープしている。そして、ありとあらゆることを記録する。調薬オタクで、寝食忘れて研究に没頭し、私が出社した時に奥のソファーで眠っていることも多い。
一方、サラさんは薬草の保管方法のスペシャリストだった。湿度管理された部屋で、薬草ごとに最適な環境を整えている。乾燥させる際は陰干しと天日干しを、保存容器も透明なガラス瓶と遮光性のあるガラス瓶を、それぞれ薬草によって使い分けている。一部の薬草はアルコール漬けにされていた。どれもきっちりラベルが貼られ、丁寧に管理されている。
『サラ様の薬草保管システムは、かなりのレベルですね』
「うん、アルコール漬けは初めて知ってびっくりしたわ」
『保存期間を延ばして有効成分を濃縮させることができるようです。父上の時代には無かった、最新の保存方法ですね』
逆に、私の複数の効能を組み合わせるオリジナル調薬は、二人の興味をめっちゃ引いていた。効能の相性について聞かれたけど、辞典スキルで確認しているとは言えずに、父親の記録にあったことにして、何十もの薬草のリストを手書きでつくることになったりもした。でも、薬の販売中に、何度も聞きにこられるよりはマシである。私が試行錯誤してきた薬草の配分や、混合方法のデータも二人には教えることにした。乳鉢の材質と気温の相関関係は、キオンさんも知らなくてかなり驚かれて、論文にするべきだと熱心に言われた。が、そういうのは面倒なので共著にしてキオンさんに任せることにした。
朝日を浴びた朝採れ薬草が効能が高くなることも話した。だって、商会が買い入れている薬草に、特上品がなかったのだ。自分で採取に行けない以上、情報を開示して品質をあげてもらうしかない。この話は、ザランさんを通してレオン会長にまであがり、卸商人から薬草を購入するのをやめて、商会専属の薬草採取人を雇うことになった。もちろん守秘義務をつけて。
初めて朝採れの薬草の効能分析をしたキオンさんは、そのあと3時間うなだれていた……私のせいじゃないもん!
それにしても、お父さんとお爺ちゃんが、この国の薬草学・薬学ではかなりの有名人であることを初めて知った。何でそんな人たちが田舎町のヘルバに定住していたのか謎である。テオに聞いたら、とぼけ方が例のアレな感じだったので、私が転生したことにも関係ある何かがあるのかもしれない……うーん。気になるし、ちょっと複雑な気分だ。
今日は、午前中が調薬研究のスケジュールなので、鎮静効果のある月下草と、集中力を高める陽光草を組み合わせて、リラックスしながらも頭がクリアになる薬を作っていた。
(テオ、これって前世のエナドリに似てない?)
『アイリス様、そのような比較は……ですが、確かに効能は類似していますね』
(つまり、飲みすぎ注意ね。キオンさんに見つかる前に隠さなきゃ……)
調薬の新しい経験が増え、密度の濃い楽しい1週間だ。
でも、ミナさんとの関係は全く改善されていなかった。
今日も、薬の処方箋について質問したら、嫌味な返事が返ってきた。
「あら、アイリスさんは優秀でいらっしゃるから、私なんかに聞く必要はないでしょ? 午前中は売り場も放って調薬室で研究なさってたようだしぃ~販売員なんて辞めたらどうなの?」
この冷たい視線と言葉が、頭の中でリピートされる。
『アイリス様、ミナさんの行動パターンに変化が見られます。最初はレオン会長からのスカウトに対する反応が主でしたが、最近は……』
「気になる様子があるの?」
『はい。アイリス様の行動を注視する頻度が増加しており……』
「私の何を見てるのかしら」
自分の行動を振り返ってみる。毎朝、テオと相談しながら、最新でありつつも清潔感を前面に出した髪型とメイク。
『本日は湿度が高めですので、軽くアップにした髪型が最適なのは間違いありません』
「ありがとう、テオ。私の外見だけじゃなくて、言動にも気を配ってね」
『承知いたしました。ですが、アイリス様の接客態度は申し分なく、顧客満足度もミナさんより高い数値になっています』
グレーの上品な制服はきちんとアイロンをかけ、身だしなみには細心の注意を払っている。接客態度も問題ないのであれば、何をどうしたらいいのかわからない。できるだけ認めてもらおうと、文具を使いやすい配置に変えて整理したり、見本を作って顧客リストの変更提案をしたりしているが、どんどん態度が硬化している気がする。
寮の食堂では、サラさんやキオンさんが仲介してくれて、徐々に他の社員たちに受け入れられ始めていた。
「レオン会長が引き抜いてきた人は何人かいるけど、14歳なんて年齢の子はいなかったのよ」
「うんうん、何かすごい裏事情があるのかと思って、ちょっと近づきにくかったの。アイリスちゃん、ごめんね」
「どっかの貴族の縁故採用って噂も流れてたからさ。噂を鵜吞みにしてすまなかった」
そう言われて複雑な気持ちになる。14歳の引き抜きは確かにレアだと思う。
『アイリス様、年齢による先入観は、むしろチャンスかもしれません』
「どういう意味?」
『予想以上の実力を見せることで、より強い印象を……』
「なるほどね。強気なテオらしい発想だわ」
一昨日は、眼鏡売り場での通訳で、初めて一時的に持ち場を離れた。東方の国ヘギスウルリアからのお客様で、私以外に通訳できる人がいなかったのだ。
『翻訳機能はご注意ください。不自然さを避けるため、時々聞き返すことを──』
「心配性ね。ちゃんと気をつけてるわ」
昨日は、自分が開発した商品の品出しと在庫管理。前世の販売戦略の知識を活かして、より見やすい配置に変更した。
『新レイアウトによる効果測定をいたしましょうか?』
「うん、お願い。でも、お客様の反応も注意して見てね」
効果はすぐに現れた。夕方、一人のお客様が大量の商品を買ってくださったのだ。
「実は薬以外を買う気はなかったのよ。でも、目に入ったら興味を引かれて購入してしまったわ。薬草茶にも朝用や夜用があるのね」
つい熱が入る。「はい! 朝用には目覚めを促す陽光草とエネルギーを与える朝露草、夜用には鎮静効果のある月下草とリラックス効果の夜風草を配合していて……」
『アイリス様、お客様の表情が輝いていますよ』
(うん、この方なら専門的な説明も大丈夫そう)
「それと、効果を最大限に引き出すには、適切な保管が大切です。1階の密閉容器がオススメですよ」
『素晴らしいクロスセルでございます』
うん、やはり問題なく成果をだしているはずだ。
夕食後は、いつもの月ちゃんタイム。窓辺で夜空をながめながら、まだ芽を出さない月詠草に語りかける。
「ねぇ、月ちゃん。今日も1日頑張ったよ。でもさぁ、ミナさんとの関係はまだうまくいかなくて……何でかなぁ。変な噂の誤解も解けてるはずだし、ちゃんと仕事の成果もだしてるのよ?」
『アイリス様、対応策の分析結果が……あ、申し訳ございません。月ちゃんタイムでしたね』
「ふふふ。気遣ってくれてありがとう」
静かな月光が部屋を照らす中、決意を新たにする。誰にも見られなくても、土の中で目を出そうと頑張っている月ちゃんに話すと、いつも私も頑張ろうと素直に思える。
「よし、明日からもっと頑張ろう。きっと、いつかはみんなに認めてもらえるはず」
『アイリス様、明日は初めての休日ですが……』
「明日はちゃんと図書館へ行くわ。市場の様子も見たいわね」
『ありがとうございます。では、まず明日の天気予報からご報告を……』
明日の天気は晴れ、髪型は活発に動けるポニーテール。今週の売上分析、マーケットトレンド、私の接客スタイルの分析……。テオの几帳面な報告を聞きながら、私は幸せな気持ちになる。
「テオ、いつもありがとう」
『いえ、アイリス様こそ、私のデータ収集癖に付き合ってくださって……』
「私たち、相性いいのかもね?」
ベッドに入って、日課のステータス確認をする。昨日まで変化が無かったのに、職業とスキルが変化していた。
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【名前】 アイリス・ヴェルダント
【年齢】 14歳
【職業】 商会販売員 兼 調薬師 兼
商会コンサルタント
【スキル】 緑知の指
(採取、鑑定、探知、調合、栽培、抽出、
調薬、治験、保存、伝承)
【所持金】 286金貨8銀貨3銅貨
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ん? 何で職業に商会コンサルタントが増えてるのだろう……やっちゃっていいのかな? スキルに 『保存』 の技能が増えたのは、確実にサラさんのおかげよね。 『伝承』 子供を産むか、弟子をとらないとムリと思っていたんだけど、調薬室の二人にヴェルダントのレシピを教えたからかな? よくわかんないけど、何はともあれ、技能コンプおめでとーだー!!
次の新しい1週間への期待して、私は静かに目を閉じた。14歳の少女の体で、28歳のビジネス経験を活かす。そして、薬草の才能を開花させる。私にできることを一つずつ積み重ねていきたい。
『アイリス様、おやすみなさい。良い夢を』
「テオもね。……でも、私が寝てる間も分析してそうだけど」
『そ、それは……』
「いいの。それがテオらしいもの」
今日は、テオのスクラップブッキングASMRを聞きながら眠りについた。
──テオが、緑知の指の上位スキルを調査しているとも知らずに。
週休1日と思ったら、微妙なタイトルになってしまいました。次話でモヤモヤは解決し、開発&コンサルモードに突入していきます。




