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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
あっという間に3年目

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1-27 欲ばりキャリア戦略

朝一番で、私は父の調薬室兼商品開発室の掃除を始めた。昨晩、テオの新しいスキル、キャリアパス分析で詳しく検討した後、この場所で交渉をすると決めたのだ。春の朝日が窓から差し込み、調薬台の上の瓶が美しく輝いている。


『アイリス様、棚の配置を少し左に3センチ移動させれば、日差しの角度により商品の輝きが32%増加し──』


「そんな細かいことはいいわよ。それにレオン会長がみえるのは昼過ぎよ?」


『もちろん、午後2時の日差しの角度で計算済みです。プレゼンテーションにおいて、視覚的効果は購買意欲に大きく影響を──』


「はいはい。それより、新作の薬、全部並べられてるかな?」


調薬台の上には、私の自信作が並んでいる。琥珀色の液体が入った咳止め薬は、光に透かすと淡い金色の輝きを放つ。淡い青色の胃薬は、海の深さを思わせる神秘的な色合い。透明な頭痛薬は、水晶のような純度の高さを感じさせる。瓶の影がステンドグラスのような模様を床に描いていた。




調薬室の整理が終わってから、市場へ向かった。午後は臨時休業にするため、午前中は忙しくなりそうだ。昨夜は遅くまで、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返したため、日差しのまぶしさがちょっと辛い。前世でよく味わった感覚を思い出す。徹夜明けの太陽が黄色に見えるのは本当なのだ。


『アイリス様、テンション値が低下しています。睡眠不足のせいでしょうか』


「そうかも、テオ。でも、今日のレオン会長との交渉は気が抜けないもの」


いつもの棚に、新商品の薬草ブレンドティーを並べる。香りを確かめながら、心の中で何度も提案内容を確認する。


『アイリス様、いつものようにマリアおばあさまがいらっしゃいました……どうやら昨日のレオン会長のスカウト話が町中に広まっているようです』


「え! マジで!?」


マリアおばあちゃんの後ろには、3人ほどのお客様が続いていた。


「アイリスちゃん、今日が最後なのかい?」


「いえ、まだ何も決まっていませんよ。でも心配しないでください。もしも町を離れることになっても、マリアおばあちゃんの薬のレシピは用意しますから」


『アイリス様、客足が通常の32%増です。噂を聞きつけた方々が……』




午前中は慌ただしく過ぎていった。昼過ぎ、レオン会長がお店に姿を見せた。


「やあ、アイリス嬢。決心はついたかな?」


「お待ちしてました。お返事の前に……私の家まで来ていただけませんか?」


レオンは少し驚いていたが、「面白そうだね」と微笑んで頷いた。


『アイリス様、心拍数が急上昇していますが、声は落ち着いています。素晴らしい自己コントロールです』


私は露店を片付け、レオンを自宅へと案内した。父の調薬室に入ると、既に準備しておいた新商品のサンプルが並んでいる。レオン会長は興味深そうに室内を見渡した。


『アイリス様、会長様の視線の動きから、特に調薬台の配置に関心をお持ちのようです』


(絶対に違うと思う……)


「レオン会長、まずはこちらをご覧ください」


最初の商品、透明なガラス瓶に入った薬を取り出す。陽の光を受けて、虹色に輝いている。


「これは、目薬です。特に、夜遅くまで書類仕事をされる方向けに開発しました」


瓶を開けると、爽やかな森の香りが漂う。


『レオン様の姿勢が変わりました! 商人として、この商品の市場性に興味を──』


「この香りは?」


レオンが身を乗り出してくる。


「星詠草と清涼花を基調に、目の疲れを癒す効果のある月影草のエキスを配合しています。目の周りを優しくマッサージすると、すぐに効果を実感できます」


レオンは早速、手の甲で試していた。


「ふむ。清々しい感覚だ。これは素晴らしい」


次は、翡翠色の小瓶を手に取る。瓶自体が宝石のように美しい。


「こちらは、開発中の午前と午後で香りが変化する、集中力アップの芳香剤です」


レオンの目が輝きを増す。商人だけあって、かなり好奇心が強いみたいだ。


「香りが変化する、だと?」


「はい。まだ完成はしていませんが、4種の薬草をブレンドしています。朝は知恵草と清涼花の組み合わせで、頭をクリアにする香り。午後は温かみのある星月草と安らぎをもたらす夢見草が香るように調整中です」


「ほぅ! これは……確かに頭がすっきりする」


『アイリス様、実演のチャンスです!』


小瓶から手のひらに落とし、香りの変化を見せる。


「このように、温めると午後用の香りに……」


「おぉ、本当に変わったな! しかも、眠くならない程度の心地よい温かみだ」


「そして、これが完成したばかりの商品です」


艶やかな紫紺色の布袋を取り出す。中から漂う香りに、レオンが思わず目を細める。


「この香りは……うむ。とても心が落ち着くな」


「乗り物酔い防止の匂い袋で、旅行者用の特製ブレンドです。乗り物酔い防止に加えて、長旅の疲れも癒してくれます。商人の方々に──」


「ぜひ使ってもらいたいな」レオンが言葉を継ぐ。


「これは良い。俺も欲しいし、うちの商人たちの必需品になるだろう」


『完全にレオン様の心を掴みましたね!』


「実は、これらの商品には、さらなる展開プランがありまして……」


前世のマーケティング知識をフル活用して説明する。高級路線と大衆路線の使い分け、季節限定商品、ギフトセット展開。説明するたびにレオン会長の姿勢が前のめりになってくる。


「なるほど、キミはただの薬売りではないと主張したいのだな。商品開発の才能があるうえに、販売の企画力もあるということか」


深呼吸をして、私は切り出した。


「レオン会長。私はシルヴァークレスト商会で働きたいと思います。でも、単なる販売員としてではありません」


「ほう?」


「商品企画と開発、そして調薬も続けたいのです。私の知識と技術を、商会のブランド力で育てていただきたいと考えています」


レオンは腕を組んで考え込んだ。沈黙が続く。


『心拍数は安定しています、アイリス様。自信を持ってください』


レオンがようやく口を開いた。顔つきが厳しくなっている。


「大きな野望だな。だが、君はまだ若い。そんな重要な仕事を任せられるとでも?」


「確かに私は若いです。でも、それは新しい発想ができるということ。今お見せした商品は、すべて私が一人で開発したものです」


「では、なぜ一人で起業しない?」


「それは……より多くの人に届けたいからです」


私は真剣に話を続けた。昨夜、考えに考えて出した結論だ。


「私一人では限界がありますが、シルヴァークレスト商会には、私のアイデアを大きく育てる力があります。人脈も販売網も広く、私がこの町で商品や薬を販売するより、もっと多くの困っている人に届けることができるでしょう。私の目標は、自分の能力を活かして、できるだけ多くの人の助けになることです。お互いの強みを活かし合える関係こそが、私がシルヴァークレスト商会で働きたいと思った一番の理由です」


レオン会長が満足そうに頷いた。


「わかった。既存の専門家との調整が必要だが、販売、調薬、商品企画と開発、アイリス嬢の希望はできるだけ優遇すると約束しよう。そして、開発商品の販売時はしっかりとしたアイデア料を支払う。どうだ?」


「ありがとうございます!」


『プレゼンは大成功です! 条件も理想的ですね』




その後、細かい契約内容の確認が始まる。給与、開発予算、権利関係……細かく記された書類をレオン会長が置いていき、1ヶ月後にソルディトへ向かうことが決まった。

テオは一つ一つの条件を分析し続けるけど、私の頭には徐々に別の考えが浮かんでいた。


これが、私の新しい道。お父さんの遺志も、前世の経験も、すべてを活かせる場所。


『アイリス様、契約書の第三条に──』


(うん、見てるわ。でも、テオ。ありがとう)


『え? 急に、どうされました?』


(だって、ここまで来れたの、あなたのおかげでもあるでしょ?)


『……申し訳ございません。感動度を測定してデータベース化させていただきたく……』


「もう! 台無しじゃない」


夕暮れの調薬室に、私の笑い声が響いた。窓から差し込む夕陽が、瓶たちを最後に輝かせている。


新しい生活が、また一つ始まろうとしている。


『アイリス様、寮に入ることになりますので、まずは持参品リストの最適化から──』


「はいはい。でも、その前にお茶を飲ませて。緊張で喉がカラカラよ」




準備の一か月間は瞬く間に過ぎていった。

寮生活になるので、荷造りはすぐに終わった。

ヘルバの薬屋さんに、いくつかの薬のレシピを無料で渡し、お客さんにもそちらを利用するように案内した。二日酔いの薬のレシピはかなりの高値で買い取ってくれた。たぶん商店主さんたちからのお餞別が入っている気がする。

露店は迷ったけど、香水屋のお姉さんが独立するということだったので、格安で売ることにした。代わりに、珍しい香木などをいただいた。

そして、市場の人々との別れの挨拶も始まった。八百屋のマルコさんが、新鮮な野菜を詰め合わせてくれ、パン屋のリリーおばさんからは、長持ちする特製ビスケットを、魚屋のゴードンさんからは、干物の詰め合わせを。みんな、私の旅立ちを祝福してくれる。商工会のグスタフ会長は、何も言わずに優しく抱きしめてくれた。


マリアおばあちゃんが最後に寄ってくれた時は、思わず涙が出そうになった。


「また会えるわよね、アイリスちゃん?」


「はい、馬車でたったの二日です。戻ってきます!」




出発の朝。私は家の前に立ち、深呼吸をした。月詠草の種が植えられたプランターを抱えながら、空を見上げる。『古代ニナリア博物誌 上巻』 に月ちゃんの情報は無かったけど、賢者が記したというその博物誌はとても興味深いもので、テオがかなり長い間、無言になっていた。下巻に植物の情報が載っているようなので、いつか巡り合えるといいなと思う。


『アイリス様、月詠草は必ず手に持って運んでくださいね』


「うん、わかってる。テオがそう言うなら、きっと意味があるのよね」


玄関の鍵をかける前に、もう一度、家の中を見回した。


「お父さん、お母さん、行ってきます」


『アイリス様、駅馬車の出発時刻まであと16分43秒です』


「テオのブレなさで、涙も引っ込むわ……」




馬車が動き出す。窓から見える故郷の風景が、少しずつ遠ざかっていく。市場、父の薬屋、思い出の詰まった通り。転生したのがこの町でよかった。


『アイリス様、新しい冒険の始まりですね』


「うん。少し怖いけど、でも楽しみよ」


馬車は揺れながら、私たちを新たな人生へと運んでいく。抱えているプランターの中で、月詠草の種は静かに眠っている。この種はいつか芽を出すのかな。


「テオ、月ちゃんのこと、何か知ってるでしょ?」


『申し訳ございません。ただいまデータ更新中で──』


「またそうやって逃げる!」


穏やかな風が、馬車の窓から差し込んでくる。新しい季節の始まり。どんな困難があっても、このうるさくて優しいテオがいれば、きっと大丈夫。


馬車は、陽光の中を走り続けていた。



(第1章 完)







明日から2章の領都ソルディト編が始まります。大商会でも、前世のビジネス知識とテオのデータ分析で、アイリスが活躍します。

 

1章を楽しんでいただけましたら、ブクマ・評価をどうぞよろしくお願いいたします(_ _*)

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