1-26 キャリアの岐路
テオが役に立たないスキルを追加するとも思えないので、迷わずキャリアパス分析のアイコンに触れた。
すると、さらに選択肢が表示された。
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【現状のキャリア分析】
【将来のキャリア分析】
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うーん、現状は見たくない。見たくないけど、キャリアの棚卸しをせずに将来を決めるのはムリよね。まずは現状を見るかぁ……
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アイリス・ヴェルダントのキャリア分析レポート
(キャリアパス分析Ver.1.0)
【職務経験】
・株式会社クリエイティブソリューションズ(5年)
シニアコンサルタントとして、多様なプロジェクトを担当
主にマーケティング戦略、商品開発支援、ブランディング方面を担当
中小企業の経営改善から大手企業の新規事業立ち上げまで、幅広い案件を経験
資格:中小企業診断士、販売士1級、商業簿記2級、ITパスポート、情報セキュリティマネジメント
・露店薬草商(2年)
薬草の採取、販売、調薬
新商品開発(薬草茶、入浴剤等)
市場でのマーケティング活動
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スキルや今まで経験したプロジェクト、強みと弱み、人脈、価値観……延々と分析されている。前世のデータが懐かしい。そうそう、社内MVPを2回とったし、クライアント満足度も高く評価してもらっていたのよね。弱みの項目は耳が痛い。何でバレてるんだろう。
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弱み:過度な完璧主義、記録・文書作成の煩雑さ、
権威への若干の反発心
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最後の総評は納得だけど……テオ、ちょっと自画自賛が入ってない?
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【総評】
前世のビジネス経験と現世の薬草知識を組み合
わせることで、独自の価値を提供できる人材で
ある。特に商品開発とマーケティングの経験は、
今後のキャリア形成において大きな強みとなる。
また、テオのサポートにより、確実なデータに基
づいた判断が可能。
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『アイリス様の才能は、まだ開花の途中段階です。適切な環境と機会があれば、さらなる成長が期待できます。なお、この分析レポートは個人情報を含むため、暗号化して保存し──』
「テオ、厳重に暗号化してよ? テオも見れないくらいにね」
『それに関しましては、後ほどご相談ということで、将来の分析に移りましょう』
「ごまかされないからね! 後で必ず確認するわよ?」
無駄だとわかりつつ、一応念を押してから将来の分析に触れた。
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アイリス・ヴェルダントのキャリア分析レポート
(キャリアパス分析Ver.1.0)
1. 現状維持(露店継続)
・5年後の予想年収:現在の1.2倍
・スキル成長率:年間5%増
・キャリア満足度:65%(現状維持)
・ストレスレベル:45%(現状維持)
2. ヘルバで薬屋の路面店を開店
・5年後の予想年収: 現在の2.0倍
・スキル成長率: 年間10%増
・キャリア満足度: 75%(現状比+10%)
・ストレスレベル: 55%(現状比+10%)
3. シルヴァークレスト商会への転職
・5年後の予想年収: 現在の3.2倍
・スキル成長率: 年間15%増
・キャリア満足度: 78%(現状比+23%)
・ストレスレベル: 65%(現状比+20%)
4. 薬草研究者への転向
・5年後の予想年収: 現在の1.5倍
・スキル成長率: 年間20%増
・キャリア満足度: 85%(現状比+30%)
・ストレスレベル: 50%(現状比+5%)
5. 起業(薬草関連ビジネス)
・5年後の予想年収: 現在の0.8倍~5.0倍(変動大)
・スキル成長率: 年間25%増
・キャリア満足度: 60%~90%(変動大)
・ストレスレベル: 75%(現状比+30%)
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「えっ……こんなにパターンがあるの?」
『はい、アイリス様。現在の状況と傾向に基づいて、最も可能性の高い5つのキャリアパスを分析いたしました。それぞれの更に詳細な説明も可能です』
「まず5つを確認するわ。 『1.現状維持』 は安定しているけど、あまり成長できない感じね」
『おっしゃる通りです。しかし、ストレスレベルが低く、緑知の指スキルは着実に成長することが予測されています』
「で、考えていた 『2.路面店』 は、収入も増えるし、スキルも伸びる」
『はい、責任は増えますが、それに応じて成長の機会も増えます。アイリス様の才能を存分に発揮できる場になるかもしれません。コンサルスキルも成長すると予想されます』
「『3.シルヴァークレスト商会』 は……大商会だけに収入はすごいけど、ストレスも20%増なのね。それに私のキャリアがどのくらい活かせるかは気になるわね」
『そうですね。大きな組織での仕事は、新しい経験と知識を得る機会にはなりますが、アイリス様の特殊なスキルを活かせる場面は限られるかもしれません』
「うーん。レオン会長にもう少し詳しく話を聞くべきかもね。次は 『4.薬草研究者』 ……こんな選択肢もありなのね。元のアイリスなら向いてそう。満足度が高いし、緑知の指も活かせる。でも、収入はそんなに増えないのね。この世界でもワープア問題かぁ」
『はい、純粋な研究職は金銭的報酬よりも、知識と技術の追求に重きを置く傾向があります。アイリス様の好奇心を満たすには最適かもしれません』
「最後は 『5.起業』 かぁ……これはハイリスク・ハイリターンよね。前世の仕事でさんざん見てきたけど、ストレス半端ないし、軽い気持ちで始めると痛い目をみるのよね」
『その通りです。起業は大きな可能性を秘めていますが、それに伴うリスクとストレスも無視できません。アイリス様の判断力と柔軟性が試されることになるでしょう』
はぁ……結局、どれも一長一短ね。昔なら、新しい商会での仕事か起業を考えたかもしれないけど、ここではまだ14歳だし、この世界のことも把握しきれていない不安がある。しばらくは、この町で安定した生活を送るべきなのかな……でも、大商会からのスカウトなんて二度とないかもしれない。うーん、収入は現状で問題ないし、ストレスは自分でコントロールすればいい。ってことはスキルとキャリアの数値を優先かしらね、データ的には……
『アイリス様、新スキルはご用意いたしましたが、キャリアパスの選択は、最終的にはあなた様ご自身が決めるべきものでございます。このデータは参考程度に留め、何より自分の心に正直になることをおすすめいたします』
ハッとした。確かに人生は分析だけで決めるものではない。
「ありがとう、テオ。そうよね、データも大事だけど、自分の気持ちも大切よね」
窓の外を見た。月明かりに照らされた静かな町並みが広がっていた。夜市は終了したようだ。
この町で生まれ育ったアイリス。でも、その中には28年間の別の人生の記憶がある。
「テオ、私にはアイリスの記憶とアヤメの記憶、両方があるわ。それぞれの経験や知識を最大限に活かせる道を選びたいわ」
『素晴らしい考えです、アイリス様。あなた様の独自の立場を活かすことは、非常に重要です』
「緑知の指は、ヴェルダントとして大切にしたい。でも、前世のコンサルの経験も無駄にしたくないわ。そして、テオ、あなたの力も最大限に活用しないともったいないと思うの」
『私は常にアイリス様のサポートをさせていただきます。どのような道を選ばれても、私の全機能をお使いいただけます。 『起業』 を選ばれるのなら、資金計画や市場分析を──』
「まずは、1つずつ詳細に確認していきましょう。メリットとデメリット、課題、短期的・長期的な目標設定、具体的なアクションプラン。一つずつ検討したいわ。検討用のホワイトボードメモ帳を出してくれる?」
『アイリス様、キャリア分析の結果、『起業』 という選択肢が最も私の機能を活用できると考えられます。データベースを駆使した市場分析、多言語翻訳による外国人観光客対応、天気予報と連動した需要予測──』
「あ、テオが本音モードになってきた」
『い、いえ、これは純粋に分析結果に基づく……しかし、新商品開発の時に私のデータベースが活用でき、薬の治験データも取れて……』
「テオ、あなたデータ収集を楽しみにした 『起業』 推しでしょ?」
『そ、そんなことは! ……ただ、御社の経営指標を週次で分析し、商品開発のトレンドを追跡し、お客様の体調管理データを……あっ』
「やっぱり! データマニアの本性が出たわね?」
『申し訳ございません。つい興奮して……ですが、アイリス様の前世のコンサル経験と、緑知の指の能力、そして私の分析力を組み合わせれば、成功確率は──』
「うんうん、それでデータ収集量は?」
『はい! シルヴァークレスト商会就職の場合と比べ、起業時のデータ収集量は約8.7倍となり……あ、これは……その』
「ムリ! データ狂のテオと起業なんて、ストレスやばすぎるでしょ」
『アイリス様、失礼ながら、それは偏見です。私の分析によれば、私との協業におけるストレス値は、むしろ──』
「それ以上言わなくていいから! まずは他の選択肢もちゃんと見てみたいの」
『……はい。申し訳ございません。ついデータの夢に見惚れてしまい……』
「テオ、今のは可愛かったわよ?」
明日、私の人生は大きく変わるかもしれない。でも、どんな選択をしても、私には今まで磨いてきた才能と、頼もしい相棒テオがいる。未来は、可能性に満ちているわ。




