1-23 コラボの女王
今回も振り返り回になります。
いよいよ、スプリングフェスティバル当日になった。私は、朝露が光る市場の石畳を、早足で売り場へ向かおうとしていた。露店の主人たちが次々と店を開け始め、八百屋の新鮮な野菜や、パン屋から漂う焼きたてのにおいが、春の空気に混ざっていく。
「ねぇテオ、この世界の暦ってさ、前世と一緒で都合が良すぎない?」
『アイリス様、そのような疑問は生産性がございません。むしろ、年3回しかないフェスティバルの準備に集中なさってはいかがでしょうか』
「もう! いつもそうやって話をそらすんだから」
『いえ、単に優先順位の問題です。現時点で、昨晩の準備の疲れから4分23秒のスケジュール遅延が発生しております。スプリングフェスティバルの準備に集中されないと──』
「はいはい、わかったわよ」
私の住むヘルバでは、年に3回フェスティバルがある。4月最初のスプリングフェスティバル、8月最初のサマーフェスティバル、そして12月最初のウインターフェスティバル。この3回が、市場の一大イベントで、稼ぎ時でもある。他にも地域密着の町おこしイベントや、街コンなどのアイデアは商会長さんに伝えてあるので、そのうち実現してくれると思う。
『市場の皆様、今日も活気がありますね。そして、またアイリス様のお名前を借りた看板が増えているようですが』
市場の入り口には、手作りの看板が並んでいた。
「アイリス薬草店お墨付きコラボ!」
「アイリス推薦! 春の新作!」
「アイリスちゃんコラボ第3弾!」
「うわぁ……また増えてる」
『皆様の商才には感心いたしますね。もっとも、事前相談なしでアイリス様のお名前を使用されるとは、コンプラ違反も甚だしいです。訴訟で賠償金をたっぷりと……』
「テオ、今の声、かなり悪どいよ?」
◇
すべては、私が2年前にウインターフェスティバルの改革案を商工会で話した日に遡る。その会議から3日後のこと。惣菜売りのトムさんが息を切らして、私の店に駆け込んできた。
『トムさん、お急ぎのようですが、清潔感が大事な薬草店でその前掛けは……』
「おーい、アイリス!」
走ってきたトムさんの前掛けには、お総菜の汁がべったりとついている。
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「いや、早く相談したくてさ。ほうれん草を使った惣菜はいくらでもあるけどよ、なんか変わった新しいヤツを出したいんだよ。アイリスが会議で、ほうれん草料理に合うスパイスを売るって言ってただろ? うちの分も考えてくれないかな」
「炒め物じゃダメなんですか? トムさんの料理はいつもめっちゃ美味しいですよ」
『アイリス様、惣菜屋の売上データによると、通常の炒め物は──』
(テオ、今は黙ってて! ってか、何でよその店の売上データを知ってんの?!)
「みんなが驚くようなおしゃれなのがいいんだよ!」
「えぇぇ、……いきなりおしゃれって」
そこに、タイミングよく肉屋のおじさんも、前掛けに肉汁を付けたままやってきた。
『お二人とも、せめてエプロンを……いえ、アイリス様へのご相談とあらば致し方ありませんね。アイリス様、店から2m以上距離をとってください』
「おい、アイリス! なんかアイデアくれよ」
二人のおじさんに囲まれて、私は一瞬たじろぐ。そして、ふと思いついた。思いついてしまった。
「じゃあ、お二人でコラボしては?」
「「コラボ……?」」
ここで私の口から出た言葉が、すべての始まりだった。
『アイリス様の優しさが、また新たな騒動の……いえ、素晴らしいアイデアの発端になりそうですね』
私は少し考えて、キッシュのアイデアを説明した。私の大好物だが、まだこの世界では目にしていないので、私利私欲で提案しただけだった。
「周りは甘くないクッキーみたいにサクサクに焼いてー、その中にほうれん草とベーコンと卵と生クリームとチーズをいい感じに混ぜたのを入れてー、温度も時間もいい感じに焼けばいいですよ。大きく焼いて切り分けてもいいし、1人分のミニサイズでもかわいいです!中身も工夫次第でいろんな具材にできますよ」
説明しながら、自分の曖昧な表現に内心ちょっと焦る。「いい感じ」って何よ、私。
しかし、おじさんたちの目はキラッキラに輝いていた。
「よし、パン屋とチーズ屋にも声かけようぜ!」
二人は嬉しそうに帰って行った。その背中を見送りながら、私は不安を覚える。
「テオ、あんな説明で大丈夫かな……」
『アイリス様、ご心配なく。皆さん、プロフェッショナルです。それに、既に4軒のお店で試作会の予定が組まれているようですよ』
「えっ、もう!?」
『皆様の笑顔は素敵ですが……それよりアイリス様、また巻き込まれそうな予感がしますね』
テオのフラグは見事に回収され、ウィンターフェスティバルまでの1週間、私は毎日のように呼び出された。
「アイリス!これはどうだ? このくらいのサイズが食べやすくないか?」
「ちょっと味見してくれない? チーズは何種類か混ぜた方が合いそうなんだよ」
「生地がサクサクになったよ! ちょっと高いバターにしてみたんだ~」
『お店の方々の情熱は素晴らしいですね。……ただ、アイリス様の休憩時間が日に日に減っているのが気がかりです。声をかけられる前より、9.2%の減少です』
パン屋のマルクさんが作る生地、チーズ屋のオイラスさんが厳選したチーズ、ガスさんの上質な肉、トムさんの調理の腕が一つになって、少しずつ理想のキッシュに近づいていく。
そして迎えたウィンターフェスティバル当日。市場に出て私は絶句した。
「【アイリス薬草店コラボ!】 ほうれん草キッシュ~冷え対策と風の予防にピッタリ!!」
と書かれた看板が、数か所に立てられていたのだ。
「ってか、うちってアイリス薬草店って名前だったの? ヴェルダントじゃないの?」
『アイリス様、正確には屋号は未登録ですが、市場の皆様があなたのお店をそう呼んでいるようです』
確かにコラボの話も、ほうれん草の栄養の話もしたけどさ、うちとはコラボしてないじゃない。12歳の小娘としては、あまり変に目立ちたくないのに……。
惣菜屋さんたちは工夫を重ねたようで、ひき肉とモッツァレラチーズのミートパイ風とか、キノコと3種のチーズとか、キッシュのバリエーションが増えていた。
「おぉぉ、他の種類も増えてる。やったー! キノコも大好き」
『アイリス様の一言がきっかけとなり、皆様の創造性が刺激されたのですね』
見事な出来栄えで、昼過ぎには大量に準備したキッシュが完売したらしい。夜の反省会という名の飲み会で、4人がみんなに自慢したらしく、そこから「コラボ」が爆発的に流行り始めたのだ。
ウインターフェスティバルの2日後には、なんと春のコラボの相談が!
「ねぇアイリス、春はうちのカバン屋とコラボしないか?」
『また新しいご相談ですか。アイリス様の疲労度が心配なのでお断りしていただきたく……』
テオの意見に賛成だったので、時間が無いと丁重に断って、アイデアだけ出すことにした。
が、考えが甘かったようで、スプリングフェスティバルでは「【アイリス薬草店コラボ!】 幸せの春財布~新しい季節を金運アップの黄色で始めよう」という看板が躍っていた。
『看板のデザインは素敵ですが、なるほど、アイリス様のお名前を看板に使えば売上が上がると気づかれたようですね。実に賢明な……いえ、ずる賢い……』
「テオ、本音の方が漏れてるよ?」
そして次のサマーフェスティバルは、とうとうスプリングフェスティバル前に声をかけられた。
「え? 春はカバン屋とやるのかい? じゃあうちの家具屋とは夏にやってくれよな」
『この方々は、アイリス様を便利な知恵袋だとでも思っているのでしょうか。せめて事前にアポイントメントを──』
「テオどうしよう……これってエンドレス?」
『前回のウィンターフェスティバルにおいて、全体の来店者の12%が、風邪予防の薬草を求めて惣菜屋さんからの紹介を受けて来場していたことから、コラボが相応の効果を発揮したと考えられます』
「12%! それは無視できないけど……でも薬草以外で変に目立ちたくないんだけどな」
困り果てて商工会のグスタフ会長に相談したら、にこにこしながら「コラボお見合い会」を開催すると言ってくれた。
「市場の店主たちが一堂に会して、お互いの商売について語り合う。そこでコラボ相手を見つける。面白いと思わんか? また一段と市場が盛り上がるな! ハハハ」
「いいですね! 皆さんで決めていただけたら、私も薬草店に集中できます。うふふ」
「いやいや、アイリスちゃんはオブザーバーとして参加してコラボを盛り上げてくれ」
「げっ! なんで!?」
「街コン」は他人事として提案したけど、コラボお見合い会で店同士をくっつける仲人をすることになるとは……12歳なのに仲人オバサンみたいだ。なぜだ。
この後、コラボお見合い会から、実際に結婚したカップルがでたり、軒並みコラボした商品の売り上げが上がったりで、年に一度のお見合い会は商工会の恒例行事となっていった。
ちなみに結婚が成立したカップルは、香水屋のお姉さんと、靴屋のお兄さんである。コラボ商品は、靴の香り付きインソールで、私が消臭効果がある薬草を紹介しながら仲介したのだ。えぇ、名実ともに立派な仲人オバサンになりました。
◇
春の陽気の中、市場には「アイリス薬草店お墨付きコラボ」の看板が、今日も元気に並んでいる。
こうして私は、12歳にして「コラボの女王」という異名を取ることになったのだった。でも、市場が賑やかになって、みんなが笑顔になるなら、まぁ、いいかな。「仲人の女王」よりマシだし。
『皆様のご満足が、最も重要な成果指標ですね。ただし、アイリス様の体調が崩れると、総合的な成果指標にも悪影響を及ぼすリスクがございますのでご注意ください。』
つい笑ってしまう。テオは今日も小難しい言い回しで私のことを気にかけてくれている。
さぁ、いよいよ初めて薬を販売するスプリングフェスティバルの開幕だ!




