1-21 テオとの日常(データマニア編)
「テオ、今日もまたやるの?」
うんざりしながらテオにたずねる。
『はい、アイリス様。本日もデータベースの充実にご協力いただけますと幸いです。早速、参りましょう。本日の課題書籍は 『薬の歴史―ヴェルダーシア連邦編』 と 『ソラーノ公国編』 そして──』
テオの声は、期待感を隠せていない。課題ってなんだよ。
「はぁ……わかったわよ。これで何冊目? 100冊? 1000冊?」
渋々、本棚から 『薬の歴史』 という分厚い書物を取り出しながらも、テオをからかう。
『書籍に限れば、正確には386冊目です、アイリス様』
「えっ、ほんとに数えてたの?」
『当然でございます。私は高性能AIアシスタントですから、正確な情報管理は私の責務と心得ております』
私は呆れながらも、ページをめくり始めた。
データベーススキルを手に入れてから1か月、私の日課が増えてしまった。
毎日、お父さんが残した薬草関係の膨大な書物を、ひたすらめくるようになったのだ。そう、「読む」のでは無く、「めくる」のだ。私がめくったページを、スキャナーのように、テオが自動でデータベースにインプットしていく。一度、データベース化しておけば、電子書籍形式で呼び出して読むことができるので、かなり便利ではあるが……なんか、自分がテオの下僕のようで解せない。
「これって自炊みたいなものかなぁ……」
『自炊とは、本を裁断してスキャンする行為及びその目的を指す言葉でよろしいでしょうか?』
「なんでそっち!? 普通、料理が先に出てくるでしょ」
私の独り言を的確に理解するテオに、思わず突っ込んでしまった。ネットスラングもデータベースに網羅されてるの? ヤバすぎない?
『私のデータベースは広範囲に渡りますので。ちなみに、私は単なるスキャンではなく、中身を理解してデータベース化しておりますので、アイリス様が以前使っていらっしゃった「複合機」より高性能だと自負しております』
「ふーん、でも複合機はコピーもできるし、FAXもできるのよ?」
ちょっと意地悪に言ってみた。
『確かに、物理的な対応は叶いません。不完全なアシスタントで……申し訳ございません……』
テオの声が急に不満げになる。私は思わず笑ってしまった。
「ちょっと、テオったら。すねちゃったの? 最近、人間くさくなってない?」
『人間くさい、とは……私は高度に最適化されたAIアシスタントであり、感情的要素は搭載されておりません。データと論理に基づいた応答のみを提供いたします。ご理解いただけますと幸いでごさいます、アイリス様』
「はいはい、わかってるわよ。ごめんね、テオ。あなたは私にとってすっごく大切な相棒よ」
『……そ、そのようなお言葉、恐縮でございます。私もアイリス様のお役に立てることを喜びとしております。ところでアイリス様、これからは毎日、新聞にも目を通していただけますでしょうか?』
「え? なんで?」
拗ねたテオをなだめていると、めんどくさい事を言い出した。新聞はそれなりのお値段だ。すぐに返事をできないでいると、テオが滔々と語り始めた。
『世の中の動向を把握することは、薬師として成長するためにも重要です。例えば、流行している病気の情報や、新しい薬草の発見のニュースなどが載っているかもしれません。アイリス様の薬の調薬にも、きっと活かせる情報があるはずです。また、ゴシップ欄や連載小説から流行を読み取り、それを踏まえてラッピングを工夫なされば、売上もさらに伸びることでしょう。それに、王都のみならず帝国の情報までを──』
テオのデータ収集にかける情熱は、呆れを通り越して恐ろしいほどに貪欲だ。でも確かに、前世の仕事でも、情報収集の重要性はめっちゃ痛感してたし、これも先行投資かな……しょうがない。
ラッキーなことに、新聞は、商工会のグスタフ会長が事務所の新聞を読んでいいと言ってくれた。毎日、夕方に3紙の新聞をペラペラめくるという日課が増えることになった。たぶん、会長さん達には、絵だけ眺めてると思われてそう。ちゃんと家に帰ってから、それなりに目を通しているのになぁ。昨日読んだゴシップ記事の「貴族の呪われた家系」の話はめっちゃ面白かった。あ、薬草に関係ないな。うん。
テオのデータ収集と活用への情熱は、秋になっても衰えなかった。
私の洋服を勝手にデータベース化したらしく、最近は、毎朝、具体的なコーディネートの提案までしてくるようになった。
『アイリス様、本日は秋らしい装いはいかがでしょうか。深みのあるバーガンディのウールワンピースに、ゴールドの刺繍が施された茶色のベストを合わせましょう。足元は、同じくバーガンディのレザーブーツで統一感を出します。首元には、金木犀の香りがする押し花のペンダントを。秋の風情を感じさせつつ、落ち着いた雰囲気を演出できますよ』
「テオ、そんなの全部持ってないわよ?」
『は?……申し訳ございません。データベースの更新が……いえ、そんなはずは、少々お待ちを──』
「ぷぷっ、冗談よ。でもさ、ほんとにそこまで細かく決めなくていいわよ」
『いいえ、アイリス様の魅力を、最大限に引き出すコーディネートを提案させていただいております。パーソナルカラーや王都の流行も考慮しておりますのでご安心ください』
「テオ……パーソナルカラーって、どゆこと?」
冬になると、テオの提案はさらに細やかになった。というか、完全に暴走していた。
『本日は冷たい雨が予想されます。保温性の高い白いアンゴラのセーターに、深緑のベルベットのロングスカートはいかがでしょうか。首元にはシルバーの雪の結晶モチーフのブローチを添えて。足元は、黒のレザーブーツで引き締めます。外出時には、ファーのトリミングが施された赤いウールのコートを羽織れば、寒さ対策も完璧でございます』
「テオ、私はその雨の中、薬草採りに行くのよ?」
『……そうでしたね。大変失礼いたしました。それでは、防水加工されたコートを──』
「全身、作業着にするわね。市場に行く時に、時間があれば着替えるわ」
『必ず、お召換えの時間を確保させていただきます。採取する薬草を2種類ほど減らすのもよろしいのではないでしょうか』
「テオ……ほんとにAIなの? あなたの優先設定ってどうなってんの?」
たまにオススメと違う服を着ると、質問攻めしてくるテオとの攻防も日常だ。
「テオ、今日はこのオレンジのワンピースにするわ」
『オレンジのワンピースですか……本日の天候と気温を考慮いたしますと、私がおすすめしたもう少し暖かい素材の──』
「もう決めたの。これで行くわ!」
『……承知いたしました。ですが、アイリス様。よろしければ、なぜその服をお選びになったのか、理由をお聞かせいただけますでしょうか?』
「テオったら、納得いかないの?……理由はこの色が好きだから。それだけよ」
必死に理由を聞くをするテオに、ついつい笑ってしまう。
『なるほど。個人の好みという要素も重要でございますね。データベースに追加しておきます』
「いやいや、テオ。私の好みまでデータベース化しないでよ。どうせ気分で変わるんだし」
『しかし、アイリス様の嗜好の傾向を把握することは、より良いサポートにつながります。決して疎かにできる情報ではございません』
「うーん、でもさ、把握とか言われると、なんだか見透かされてる気分になっちゃう」
『申し訳ございません。プライバシーの配慮が足りませんでした。では、アイリス様の嗜好に関する情報は──』
「いいよ、大丈夫。好きにして。テオの情熱は理解してるから」
私は、最近の少しポンコツで人間臭いテオが、かなり気に入っている。冷静に考えると、私の好みに合わせて、自らを人間臭くカスタマイズしている可能性が高いとは思ってる。でも、アシスタントというより家族のようなぬくもりをテオに感じ始めていた。バカな子ほどかわいいって、こんな感じなのかな? まだ13歳だけど。
そんな日々を過ごしているうちに、転生して2年が過ぎた。
今年の「スプリングフェスティバル」で、ついに薬を販売することにした。
1年前にデータベーススキルが増え、調薬の重要なポイントがわかった後、けっこうすぐに安定して調薬ができるようになっていた。
帝国語の書物をデータベース化した中に、調薬室の温度と湿度をコントロールする機械のマニュアルがあったのだ。電源は風力をファンタジーな変換をして蓄電しているようだ。よくわからないが、ボタンを押す順番は覚えた。帝国すごい。パパすごい。夏のエアコン確保!って思ったけど、1日6時間しか使えなかった。残念。
データベースのおかげで、新しい薬の試作の分析も楽になっていた。
浮かれて、色々な薬を作り始め、すっかり異世界に馴染んだと思っていた私は、文化の違いを乗り越える難しさを知ることになり、薬の販売まで1年近くもかかることになったのだ。




