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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
相棒テオとの日々

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1-19.5【閑話】 アザランス帝国の薬師見習い

若き日のアイリスパパの話しです。





エイレニア王国の北方、ボレアリス地方の片田舎。緑豊かな丘陵地帯に囲まれた小さな町ヘルバで、ザイラス・ヴェルダントは生まれ育った。深緑の森に囲まれた町は、四季折々の美しい景色に彩られていたが、ザイラスの心は常に遠くを見ていた。


ザイラスの父、サージ・ヴェルダントは近隣でも有名な薬屋を営んでいた。緑知の指スキルを持つサージは、薬草の採取から調薬まで、感覚ですべてを理解する特別な才能の薬師だった。しかし、その才能が受け継がれなかったことを、15歳になった息子のザイラスはステータス画面で確認した。




18歳になったザイラスは、父サージから突然の命令を受ける。


「ザイラス、お前をアザランス帝国へ行かせる」


サージの深緑の瞳には、息子を思う複雑な感情が宿っていた。


「向こうの知り合いの店で、住み込みで修行してくるんだ。帝国なら最新の薬学を学べるだろう。そこで得た知識と経験は、人を助ける手助けにきっとなるはずだ。」


ザイラスは複雑な思いを抱えながらも、「サージの息子」から初めて抜け出した開放感で、新天地に胸を躍らせた。




馬車を乗り継ぎ、アザランス帝国の首都に到着したザイラスを迎えたのは、目を見張るような光景だった。空には巨大な飛行船が悠々と浮かび、鉄とガラスで作られた巨大な建物が立ち並ぶ。大きなターミナル駅から蒸気機関車が各地に走り、夜になると電灯が町を明るく照らしていた。


ザイラスは帝都で最も有名な薬屋「シルバームーン・アポセカリー」に住み込み従業員として働くことになった。真っ白な大理石の外壁に、シルバーの月のマークが輝く3階建ての店構えは、まるで異世界のようだった。


最初の難関は言葉の壁だった。アザランス語は、エイレニア王国の共通語とは文法構造が大きく異なり、ザイラスは苦戦を強いられた。


「おはようございます、ザイラスさん。今日の調子はいかがですか?」


店主のヴィルヘルムが毎朝声をかけてくるが、ザイラスには半分も理解できない。必死に辞書を引き、夜遅くまで勉強を重ねた。


「Du……あ、違う。Sie……薬草を……neräuter……採取しなければ……なりま……せん?」


ぎこちない言葉で薬草の採取を提案するザイラス。周りの従業員たちは優しく微笑みながら、正しい言い回しを教えてくれた。


言葉の壁に苦しみながらも、ザイラスは最新の薬学技術に夢中になっていった。特に、薬草の効能を分析する装置に魅了された。緑色の液体で満たされたガラス管の中で薬草エキスが旋回し、その成分を分析する。緑知の指がなくても、この機械があれば正確な効能が分かる。ザイラスは毎晩遅くまで、この装置の使い方を学んだ。真面目に仕事をこなし、素直に教えを乞うザイラスは、店の先輩からもかわいがられ、次第に言葉の壁もなくなっていった。



帝国に来て3年目、ザイラスは夜間学校に通うことにした。自分で調薬に便利な機械を作りたいという目標ができたのだ。2年前とは見違えるような強い眼差しを持つ二十歳の青年へと成長していた。


ある日の夕暮れ時、ザイラスは薬の配達の帰り道で、思わぬ事故に遭遇した。空を悠々と進んでいた小型飛行船が、突如エンジントラブルを起こし、街路に不時着したのだ。


真鍮と木製のパネルで覆われた飛行船の船体が、石畳の上でぎしぎしと軋む音。煙を上げる機関部から、乗客たちが慌てて逃げ出してくる。ザイラスは咄嗟に駆け寄った。


「大丈夫ですか!?怪我はありませんか?」


アザランス語と母国語が混ざった言葉で、ザイラスは負傷者の確認を始めた。周囲は混乱に包まれ、悲鳴や叫び声が飛び交う中、ザイラスは冷静さを保とうと必死だった。


飛行船からは、まだ数人の乗客が脱出できずにいた。船内から助けを求める声が聞こえる。ザイラスは持っていた即効性の痛覚麻痺の薬を噛み砕き、迷わず、煙の立ち込める船内に飛び込んだ。煙の中、ザイラスの脳裏に、『薬は人を救うためにある』という父の言葉が蘇る。

緑知の指なんて、本当に必要なのだろうか? 今、目の前で苦しむ人々を助けられるのは、これまでに得た知識と経験だ。


「こちらです!早く出てください!」


ザイラスは咳き込みながらも、奥にいた年老いた夫婦を支えながら、周りに声をかけて、熱気と煙で視界が悪い船内から外に導いた。


全員の脱出を確認すると、ザイラスは急いで負傷者の手当てを始めた。幸い大きな怪我人はいなかったが、何人かが軽い打撲や擦り傷、煙の吸引による咳に苦しんでいた。


ザイラスは持参していた薬草や薬を使って、応急処置を始めた。日々の仕事や研究で得た知識を総動員する。アルニカの軟膏を擦り傷に塗り、涼香草の香りで乗客たちの動揺を鎮める。


「これをハンカチに包んで吸ってください。咳が楽になりますよ」


ミスヴェル草と静謐草を調合した即席の吸入剤を作り、煙を吸った人々に渡す。その効果は即座に現れ、苦しそうだった乗客たちの呼吸が楽になっていく。


「ありがとう! あなたは英雄だ!」


乗客たちに感謝され、ザイラスは胸が熱くなった。スキルの有無に関わらず、知識と経験こそが人々を助ける力になるのだと、身をもって感じた瞬間だった。


事故の処理が一段落すると、現場には帝国軍や医療チームが到着した。ザイラスの迅速な対応と適切な処置に、専門家たちも感心した様子だった。


「君の名前は?」と、軍の将校が尋ねてきた。


「ザイラス・ヴェルダントです。シルバームーン・アポセカリーで働いています」


「素晴らしい働きだった。君の勇気と知識が、多くの命を救ったんだ。しかしその前に、その左手の火傷の治療をしなければな」


将校は厳しい表情の中にも、感謝の色を浮かべていた。


この出来事は、帝都中に広まった。翌日の新聞には、「勇敢な薬師見習い、飛行船事故で大活躍」という見出しで、ザイラスの行動が詳しく報じられた。


シルバームーン・アポセカリーには、ザイラスを称える声が相次いだ。ヴィルヘルム店主は、誇らしげにザイラスの肩を叩いた。


「よくやってくれた、ザイラス。お前は本当の薬師になる資質があるよ」


同僚たちも、これまで以上に親しみを込めてザイラスに接するようになった。

この経験を機に、ザイラスは自信を取り戻していった。毎日の研究にも一層熱が入る。薬草の知識を深めるだけでなく、アザランス帝国の最新技術にも貪欲に学んだ。



そして帝国に来て5年目になるある日、画期的なアイデアを思いつく。調薬において、温度と湿度の管理が最も重要だと気づいたザイラスは、夜間学校の友人らとともに、自動で環境を制御する装置の開発に取り組んだ。


真鍮のパイプと歯車、ガラス管を組み合わせた複雑な機構。温度を感知する熱電対と、湿度を測る毛髪湿度計を組み合わせ、それらの情報を基に自動で環境を調整する仕組みだ。

真鍮の配管は何度も破裂し、温度制御の歯車は噛み合わず、ガラス管は割れる。しかし、ザイラスたちは毎回の失敗から学んだ。特にザイラスは父から教わった「観察眼」と、帝国で学んだ「科学的思考」を組み合わせることで、新しい改善案を提案し続け、仲間を励まし、少しずつ前進していった。時には小さな爆発を起こして実験室中を白煙で包んだこともあった。しかし、みんなのリーダーとなったザイラスは、決して諦めなかった。


「もう少しだ…きっとうまくいく…」


眠る間も惜しんで研究を続けた。そして遂に、ザイラスたちの努力が実を結ぶ。


「完成した…」


ザイラスは、目の前で静かに動作する装置を見つめ、感動に震えた。「オートテンペレイチャー」と名付けたこの装置により、季節や天候に左右されず、安定した品質の調薬が可能になったのだ。


ヴィルヘルム店主は、この発明に驚嘆した。


「素晴らしい!これで我々の調薬技術は革命的に変わる。ザイラス、お前はもう見習いではない。正式な薬師として迎え入れよう。これで特許をとりたまえ。エイレニアに戻ってからも収入に困らなくなるぞ!」


ザイラスは、喜びと誇りで胸がいっぱいになった。


「いえ、特許はとりません。知識と経験で人々を助ける。それが父からの教えです。それに、あの装置は、電気が普及していない周辺国では使えないでしょう。まだまだ改善の余地があります」


緑知の指がなくても、自分の力で大きな成果を上げられたのだ。父に胸を張って報告できる。



そんな自信を取り戻したザイラスの前に、運命の人が現れたのは、ある春の日のことだった。

その日、店に漂う不思議な香り。普段は薬草の匂いに埋もれる店内が、まるで春の花園のよう。後にザイラスは知ることになる。それは、ヘレーネが身につけていた香水「春の目覚め」の香りだった。


店の扉が開き、淡いブルーのドレスに身を包んだ女性が入ってきた。金色の髪が陽光に輝き、優雅な立ち振る舞いに思わず息を呑む。

ザイラスは考えるより先に声を上げていた。


「僕と結婚してください!」


店内が静まり返る。女性は驚いた表情で、ザイラスをじっと見つめた。

ハッとしたザイラスは、顔を真っ赤に染めながら慌てて言葉を続けた。


「あ、あの! 申し訳ありません、突然なことを。僕は……僕はザイラス・ヴェルダントと申します。エイレニア王国から来た薬師見習い……いえ、もう見習いではないのですが……とにかく! 本当に申し訳ありません!」


ザイラスの必死の様子に、女性はクスリと笑みを浮かべた。その笑顔に、ザイラスの心臓は大きく高鳴った。


「まあ、突然の求婚にはびっくりしたわ」


透き通るような声で、女性は答えた。


「でも、あなたのお気持ちは伝わったわ。私はヘレーネ。ヘレーネ・ド・ロゼンブルクよ」


ヘレーネは、ザイラスの真っ赤な顔を見て、やさしく微笑んだ。


「まずは、お茶でもどうかしら?」




◇◇◇◇◇


埃まみれの箱から出てきた古い日記。アイリスは思わず手に取った。


「テオ、これ……お父さんの日記だよ。アザランス帝国で修行してた時のみたい」


『アイリス様、読み込みますので、全頁をめくってください』


───────────────────

分析:ザイラス・ヴェルダント 24歳時点


・アザランス帝国滞在期間:5年2ヶ月

・習得技術:薬草栽培自動化システム開発、

 成分分析技術

・言語習得度:アザランス語 会話力98%、

 読解力95%

・重要な転機:飛行船事故での人命救助


結論:緑知の指の不在を、知識と技術で補

完することに成功。


注目すべき点:挫折を経験しながらも、独

自の方法で課題を克服

───────────────────


「マジでスゴイ!お父さん、緑知の指なくても頑張ったんだね。って、ちょっと待って。テオ、飛行船事故って何?」


『はい。日記によりますと、ザイラス様は不時着した飛行船から乗客を救助し、薬草や薬の知識を活かして応急処置を行われました。この出来事が、ザイラス様の転機となったようです』


「えっ!?お父さんそんなかっこいいことしてたの!? 私が知ってるお父さんは、いつも穏やかで……」


『興味深いことに、この経験がザイラス様の研究開発への情熱を加速させたようです。特に、温湿度制御システムの開発は画期的でした』


「へぇ……そうだったんだ。私、ちゃんとお父さんの装置のマニュアルを読み込むわ!」


『アイリス様、その前に本日の薬草在庫と売上分析を──』


「もう! テオってば! でも……お父さんみたいに、私も自分なりの道を見つけなきゃね。てか、お父さんとお母さんの出会いのとこ読んでみよう!」


『ザイラス様は緑知の指がなくても独自の方法で道を切り開かれました。アイリス様も現在、既存の常識に囚われない発想で市場を変革されています。問題解決へのアプローチが実によく似ていますね』


「似てるなんて不思議ね。ってか、なんでデータ分析してんの!?」


『申し訳ありません。ついデータ分析グセが……ではヘレーネ様との出会いのページをお開きしましょうか』


アイリスは頬を膨らませながらも、優しく日記のページをめくった。そこには、春の日差しの中で運命の出会いを果たした若き日の父の姿が、克明に記されていた。


「私もいつかはそんな運命の出会いをしたいなぁ。テオ、うるさい! 無理じゃないから!!」







明日から、1日1話、夜19時過ぎの更新になります。

 



少しでも気に入っていただけましたら、ぜひぜひ評価やブクマをお願いいたします(* ॑꒳ ॑ )ノ☆

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