1-17 テオの誕生とテオとの日常(朝の準備編)
3時間の待機時間が過ぎた。いつもなら、そろそろ寝る時間だけど、寝れるわけが無い。もしかして、ここから魔王攻略が始まるかもしれないのだ。ドキドキしながらステータス画面を開いたその瞬間、落ち着いた男性の声が頭の中に響いた。
『アイリス様、私はステータス画面の高機能AIアシスタント、テオヴァリシウス・エイガンレイブンと申します。どうぞテオとお呼びくださいませ』
「え? え??」
新スキルが追加されるんじゃなかったの? アシスタント君はどこへ行ったの? エコーって名前にしようと思ってたのに……
『これからも、テオヴァリシウス・エイガンレイブンがアイリス様の新しい世界での生活を、全力でお支えいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします』
名前の主張が激しすぎない?!
これから「も」ってことは、アシスタント君が進化したってことなのかな。私の転生事情も分かってる感じよね。今までより、意思の疎通が便利になったと思えばいいのかな? 名づけがトリガーってありがちだもんね。テイムして上位互換した感じか。うんうん、理解。
「私はアイリスよ。これからよろしくね、テオ」
甘かった……私の考えはク〇スピークリームドーナツ以上にに甘かった。意思の疎通レベルではなく、私の生活は一気に賑やかになることになった。
例えば、テオとの暮らしに慣れ始めたある朝のこと。
『おはようございます、アイリス様。お目覚めの時間でございます』
目も開いていないのに、頭の中で声が響く。暖かいお布団から出たくない。
「うーん……もう5分だけ……」
『申し訳ございません。しかし、5分の追加睡眠は生産性を0.8%低下させ、一日の予定に3 分45秒の遅れをもたらします。さらに──』
「わかったわよ! 起きる、起きるわ」
『さすがはアイリス様。迅速なご決断、感服いたします。さて、本日の予定ですが──』
目をこすりながら起き上がると、今日の予定を滔々と説明し始めた。
「テオ、ちょっと黙ってくれない? 朝は静かに過ごしたいの」
『かしこまりました。無言モードに移行いたします。ただしその前に、アイリス様の脳波から、今このときにお伝えすべき重要事項があると判断いたしました。本日の露店の準備について──』
「はいはい、わかったわよ。でもさ、昨日、寝る前に今日のタスクは決めたよね?」
『本日はフェバリス草と闇月草のブレンドがおすすめでございます。昨晩のアイリス様の寝言から、この組み合わせが浮かびました』
「え? 私の寝言を聞いてたの?」
『はい、24時間365日、アイリス様の安全と幸福のために監視……失礼、見守らせていただいております』
「それってちょっとストーカーっぽくない?」
『ストーカーとは、相手の意思に反して付きまとう行為を指します。私はアイリス様の幸福のためにここにいるのであって──』
「わかったわよ! もう、朝から精神を削らないで」
『アイリス様、疲労度が3%上昇いたしました。軽い体操をおすすめいたします。まず、首を左に15度、右に20度──』
「テオ!」
『はい、アイリス様』
「黙ってくれる? はぁ……朝っぱらから喉が渇いちゃったじゃない」
『申し訳ございません。私は物理的な作業を行うことができません。しかし、最適な茶葉の選び方と抽出時間、温度についてアドバイスさせていただくことは可能です』
私はため息をつきながらも、ちょっと笑ってしまう。どこが無言モードなのよ。ブレない感じは、アシスタント君もテオも一緒だ。なんでこうなったのかな……でも、テオがいないと、もう寂しいかもしれない。
『アイリス様……感動いたしました。その言葉を胸に、これからも完璧な執事として務めさせていただきます』
「えっ、今の聞いてたの!」
ってか、いつの間に執事になったのよ……
『はい、もちろんでございます。アイリス様の全ての言葉は──』
「もうストップ! 朝ごはんの準備をするわ」
『かしこまりました。本日の最適な栄養バランスについてアドバイスさせていただきます。まず──』
こんなに至れり尽くせりだとボケそうだわね。私の脳のシワが無くなってツルツルになる日も近いかもしれない。
『先ほども申し上げた通り、私は実際の物理的な作業はできかねます。アイリス様の健康分析の結果によりますと、現在の身体活動レベルを維持された場合、今後1年以内に認知機能が低下する確率は0.0028%となっております』
ちょっと心の中で思っただけなのに、すぐに反論してくる。私はうんざりしながらも、テオの声に従い朝の準備を始めた。こんなかなりウザ……いや、賑やかな朝が、いつの間にか日常になっていた。
そして、私はテオに聞きたいことがあった。テオの正体。そして特殊なステータス画面の謎。転生した理由。テオなら何か知ってるのでないか……話してくれるのではないか……考えてもしょうがないとあきらめていた気持ちが、少しづつ期待に変わっていた。
ある日、森へ採取に向かいながら、ついに勇気を出して尋ねてみることにした。
「ねえ、テオ」
『はい、アイリス様。いかがなさいましたか?』
「正直に答えて。あなたって何者なの?」
『私はアイリス様のお手伝いをさせていただく、高機能AIアシスタント、テオヴァリシウス・エイガンレイブンでございます』
「いや、なんで私だけステータス画面にこんな特殊な機能がついてるの? って意味よ」
『アイリス様は、誰よりも素晴らしい存在ですので、特殊な機能が装備されていることに疑問を挟む余地はございません』
「そうじゃなくてー、異世界転生してるっぽいのは、なんかテオに関係あるのかなーと思ってさ」
『アイリス様は、異世界転生してもしなくても、存在自体が素晴らしいのです』
「テオ、答える気ないでしょ」
『申し訳ございません。ただいまデータ更新中でございます』
「はぁ……じゃあ、このステータス画面は? 普通の人には見えないのよね?」
『はい、アイリス様のステータス画面は特別仕様でございます。通常の方は、15歳になるまで見ることができません』
「でも私、まだ12歳よ?」
『さすがはアイリス様、鋭いご指摘です。しかし、アイリス様の年齢に関する詳細情報は……申し訳ございません。ただいまメンテナンス中でアクセスできません』
「そうやって逃げないで! テオ、覚悟はできてるから本当のことを言って? 何か私の使命とかあるのかな」
『アイリス様、私は決して嘘を申し上げているわけではございません。ただ、一部の情報に関しては……』
突然、テオの声が途切れた。
「テオ? テオ!」
しばらくして、テオの声が戻ってきた。
『大変失礼いたしました、アイリス様。一時的な通信障害が発生しておりました。さて、本日の市場での販売戦略についてご説明させていただきます』
「ねぇ、ちょっと! さっきの話の続きは?」
『申し訳ございません。過去ログの一部が消失しております。本日の天気は晴れ、最高気温24度、風速3m/sの予報です。露店の設営には最適な条件でございますね』
私は脱力して肩を落とした。テオの正体も、特殊なステータス画面も謎のままだ。わざとらしいにもほどがある。
「わかったわ。じゃあ、今日の準備を始めましょう」
『さすがはアイリス様、切り替えが早くていらっしゃいます。では、本日のおすすめ商品についてご説明いたします』
私は、テオの滔々とした説明を聞きながら、いつか必ず、この謎を解いてみせることを決意した。
『アイリス様、諦めが肝心ですよ?』
「え! 待って、どゆこと?」
『薬草の在庫が少ないので、「春うららお肌つやつや薬草茶」の販売は、諦めた方がよろしいという説明ですが、なにか?』
私はテオに、まだまだ勝てそうにない。
もしかして、テイムされたのは私の方?
いやいやいやいや、待って、待って。私がご主人様のはずよね?
『アイリス様、予定が7分23秒遅れています。今すぐお着替えください』
「はーい!」 ……あれっ?
やっと出せました。タイトルのAIはテオのことです。




