1-16 ウィンターフェスティバル(2)
自分の露店に戻り、この日のために開発した特別商品を一つずつ丁寧に並べていく。
薬草茶は3種類用意した。
夜の寝る前用の優しい甘さの「月光のささやきブレンド」、集中力を高めたい時用の爽やかな「森の瞑想ブレンド」、ネガティブな感情をやわらげたい時用の華やかな「虹の微笑みブレンド」だ。
どれもリラックスできるけど、状況や時間帯で選べるように工夫した。3回分ずつの小分けにして紙袋に入れ、それぞれのイメージに合わせて薬草の小花と一緒に封蝋で封をし、なかなかオシャレにラッピングできた。何度も試飲して、味も効能もバランスよく仕上げた自信作だ。
薬草飴はカラフルな紙で包んで個包装にし、全部を大きなカゴに入れた。1回1銅貨のつかみ取りにしてみたのだ。前世の縁日のゲームのように、お祭り気分が盛り上がるのを期待している。そして、安い値段で試供品的に配ってリピーターをがっちりつかむ作戦でもある。
バスソルトやサシェは、顧客対象を完全に女性に絞った。
バスソルトはエッチングで模様を入れたガラスのおしゃれな小瓶に入れ、タグをレースのリボンで留めた。サシェは素朴な野の花の刺繍入りのレース生地で作った巾着袋に入れ、同じくタグをレースのリボンで留めた。どちらも、中身を使い終わっても、小物入れとして活用してもらえるだろう。
桃水晶草の濃いピンク、深海草の青紫、夕陽草のオレンジがかった黄色……バスソルトを3本並べるとほんとにかわいい。SNSがあればすぐにバズるはずだ。こういうのは、使わずに並べてるだけでもエモくて気分を上げてくれるはず。男子でいうと、何だろう……冒険王のメンバーのフィギュアを並べた感じ?
これからフェスティバルごとに色違いを販売していくのもいいかもしれない。
サシェについては、実はちょっと不安がある。昨日になって、虫除けが売れるのは『夏』だと気づいてしまったのだ。気づかなければよかった……可愛くできたから手には取ってもらえるかもしれないと希望を持つしかない。リラックス効果を推していこう。
そして、ほうれん草用のスパイスだ。これは、アイリスの記憶にあるお母さんのレシピを思い出しながら作ってみた。料理上手な優しいお母さん。滅多に怒らないけど、怒ると笑顔で静かにロジハラしてくるタイプだと思う。スパイスはほんのりカレー風味で、ほうれん草のアクを取ってくれる。もちろん、薬草ブレンドで効能もバッチリだ。今日は緑のリボンで飾った大型黒板で、このスパイスの宣伝をする。
═════════════════════
~太陽と月の恵み~
『三種の薬草ブレンドほうれん草スパイス』
★太陽根:炎症を抑え、消化促進!
★月影種:ストレス軽減、食欲増進!
★風車葉:消化不良改善、口臭予防!
【ヴェルダント家の秘伝】
極秘レシピによる究極のスペシャルブレンド
本日限り! 数量限定販売中!!
═════════════════════
こういうのは、大げさにいかなきゃね!
4種類の料理レシピを載せたチラシも準備済みだ。念のため、帝国語バージョンも用意している。
よし、ちょうど時間だ。最後に身だしなみをアシスタント君に確認してもらい、準備を完了する。
遠くで空砲が鳴り響いた。ウィンターフェスティバルの開始の合図だ。
太鼓の音が鳴り響き、ウィンターフェスティバルが幕を開けた瞬間、市場は一気に活気に包まれた。普段でも賑やかな市場が、今日はさらに華やかさを増している。元気な客引きの声があちこちで響き、露店からは様々な香りが漂い出した。
私も大きな声で呼びかけた。
「いらっしゃいませー! 冬にぴったりの薬草茶はいかがですか! リラックスして暖まりますよー!」
私の声に合わせるように、近くの八百屋のおじさんも呼び込みの声を上げる。
「輝く緑のほうれん草、栄養たっぷりのヘルバ特産だ! 今日は大安売りだよ!!」
その隣では魚屋のお兄さんが威勢よく叫んでいた。
「氷で冷やした新鮮な魚だよ! この氷の彫刻だけでも見てってくれー!」
市場全体が一つのオーケストラのように、様々な声や音が調和して独特の賑わいを作り出していた。
「わぁ、これ可愛い!」
若い女性が私の露店の前で足を止めてくれた。
「これ、どんな効果があるの?」
彼女が手に取ったのは、レース生地で包んだサシェだった。私はリラックス推しで丁寧に説明する。
「これは虫除けのサシェです。ゼフィルム草をベースにリラックス効果がある薬草も詰めています。枕元に置いておくと良い睡眠が取れますよ」
「まあ、いい匂いね。虫除け効果があるならクローゼットにかけておきたいわ。絶対にママも欲しがるから2つくださいな!」
嬉しそうに購入していく彼女を笑顔で見送りながら、心の中では困惑していた。売れないかもと心配していた虫除けサシェが一番に売れたのだ。商売あるあるなのか。
「お嬢ちゃん、そこのカゴに入ったカラフルな包みは何かね?」
今度は年配の男性が声をかけてきた。
「はい、これは喉に優しい薬草飴です。1回1銅貨でつかみ取りですよ!」
「おや、それは面白そうだ。それじゃあ、1回やってみようかのぉ」
男性が手を伸ばすと、飴がいくつか掴めた。
「おっ、たくさん取れたぞ。ほんとに1銅貨でいいのかい? 孫たちの土産にするよ、ありがとう」
お孫さんに与えるのか。すかさず注意を促す。
「お子さんは飴を喉に詰まらせることがありますから、気をつけてくださいね」
「うちの孫は、すぐガリガリ噛んじゃうから大丈夫さ。親切だねぇ、お嬢ちゃんは」
笑顔で去っていく男性を見送りながら、小さい子は1銅貨で2回させてあげようと考える。
そんな中、困った表情の外国人が私の露店の前でうろうろしている。何か欲しいものがあるようだけど、言葉が通じないようだった。帝国語で声をかけてみる。
『あの、何かお探しですか?』
その人は一生懸命何かを説明しようとするが、全く理解できない。慌ててス翻訳スキルを呼び出して確認すると、ヴェル語が光っていた。ってことは、ヴェルダーシア連邦の方なのね。ヴェル語に触れると、話している意味がやっと分かるようになった。
『すみません、頭痛に効く薬草はありますか? お医者さんが見つからなくて』
外国人の言葉が、まるで魔法のように理解できるようになった。私もヴェル語で答える。
『はい、ございます!こちらの霞雲草がおすすめです。頭痛を和らげる効果がありますので、お湯で30分煎じて飲んでください』
外国人は安心した表情で薬草を購入していった。
その後も、様々な国からの観光客が訪れた。エルフィア王国からの若い女性は、美容効果がある商品を探していたので、夕陽草のバスソルトを勧めた。疲労回復を促進し、肌に艶を与え、リラックス効果がある商品だ。彼女は友達にも勧めると言って去っていった。
ドミレフ共和国からの頑強な男性は、疲労回復に効く薬草を探していた。今やこの薬草店の定番セットとなっている翠風草と紫霧草の「活力アップセット」を進めた。彼は「これで 明日からの鍛冶仕事も捗るぞ!」と喜んでくれた。もしや、ドワーフの末裔?
アシスタント君からの黄色注意でお昼休憩をとり、急いでサンドイッチを頬張っていると、突然ステータス画面が光って「翻訳」のアイコンが消えた。
え、ヤバい! お客さまの対応どうしよう……めっちゃ焦っていると、数分後、アシスタント君からメッセージが届いた。
─────────────────
アイリス様、翻訳はパッシブスキルにな
りましたので、今後は翻訳スキルに触れ
る必要はございません。
─────────────────
驚いて、アクティブスキル設定を確認すると、確かに翻訳スキルは消えていた。
─────────────────
5.自動翻訳(ON/OFF)
─────────────────
代わりに、パッシブスキルを見てみると、確かにスキルが増えて、設定がONになっていた。ホッと胸をなでおろした。自動計算の時のように頭が痛くならなくてよかった!
午後の外国人対応は、めっちゃスムーズになって、周りのお店からも翻訳係として声がかかるようになった。たまに、困った顔をしたり、わざとたどたどしく話したりしてわからない感も出しておいた。子芝居大事。バレルな危険。
そうこうしているうちに、あっという間に時間が過ぎ、夕方の締めの時間になった。
「アイリスちゃーん、ちょっと来てくれない?」
斜め前の露店のおばさんが声をかけてきた。
「うちの売上、ちょっと計算が合わなくてさ……外国のお金も混ざってよく分からなくなっちゃったんだよ」
「はい、お手伝いします!」
パッシブで所持金自動計算ができるため、計算は一瞬だが、ここでも一応バレないように、少し時間をかけて露店の売上計算を手伝った。おばさんは大喜びだ。
「ありがとね、本当に助かったわ。これ、お礼よ」
おばさんは、新鮮な大根と白菜をくれた。
その後も、いくつかの露店から声がかかり、計算を手伝った。みんな結構なお礼の品をくれた。もしかして、計算も商売になるかも?
「アイリスちゃん!」
今度はニコニコ笑顔のグスタフ会長が近づいてきた。
「今日は大成功だったよ。どこの店も売上が上がったらしいぞ。アイリスちゃんは打ち上げに参加できないから、代わりと言っちゃなんだけど、これ、お礼だよ。美味しいから、お家でゆっくり味わってね」
お高い串焼肉をくれた。しかも3本も!!
お肉は嬉しいけど、複雑な気持ちになってしまう。前世では「キックオフとクロージング飲み会は朝までコース主義」だったし、ビールもワインもおしゃべりもカラオケもめっちゃ大好きなのだ。でも、今の私はピチピチの12歳。諦めるしかない。本気で心の底から残念。何なら、この世界に来てから一番悲しい気持ちかもしれない……くすん。
「次は市場の大きな地図の看板を作ろうぜ」「春のテーマは野菜以外がいいよな」と話しながら移動していく大人たちの姿を、羨ましい気持ちで見送る。
それでも、ウィンターフェスティバルは大成功だった。みんなの笑顔につられて、私も気持ちを少し持ち直した。家で少しなら飲んでもいいかしら……ダメか。
家に帰り、高級串焼肉を美味しく食べながら、この8ヶ月を思い出した。アシスタント君に助けられて、ここまで来られた。最初は戸惑うことばかりだったけど、今では市場の人たちとも仲良くなれて、自分の薬草店も軌道に乗せることができた。
突然思い立って、質問をしてみた。
「ねえ、いつまでもアシスタント君って呼ぶのも変だから、あなたに名前を付けてもいいかな? かっこいいのを考えるから!」
アシスタント君はスルーのようだ。返事がない。
ステータス画面を開いてみると、そこには見たことがない表示があった。円がクルクル回っていて、その下に『アップデート中です。3時間お待ちください』という文字があった。
「え? アップデートが3時間もかかるの? 何で今なの?」
このアップデートで、どんな新機能が追加されるのだろう。カメラとかの撮影機能が欲しいんだよなぁ。ニュースアプリも欲しいけど、それは無理だよね。
窓の外を見ると、フェスティバルの余韻なのか、まだ街は賑やかだった。遠くから聞こえる笑い声や音楽。そして、夜空に広がる満天の星。
「なんていう名前にしようかなぁ……」
そう呟いて、ゆっくりと目を閉じた。アップデートが終わるまでの3時間、少しだけ仮眠を取ることにした。




