1-15 ウィンターフェスティバル(1)
いつもより、かなり早い朝日が昇り始める頃には、市場はすでに活気に満ちていた。今日はいよいよウィンターフェスティバル当日。この一週間、私たちは寝る間も惜しんで準備に励んできた。最後の確認をしなくちゃね。深呼吸をして、町の入口に向かう。
タスク管理のToDoリストを表示させて気合を入れた。
入口で振り返ると、鮮やかな緑の枠のサインボードが一番に目に入った。『ようこそ!ウィンターフェスティバル~ほうれん草祭りへ~』という文字が、朝日に照らされて輝いている。町の外から来る人に対しての、最初のPRポイントだ。チェックOK。
入口からの道沿いの木々には緑の布の目印が結ばれ、中央の噴水広場へ向かった後に市場へ誘うように続いている。まるで緑のモールのようだ。
これで迷う人もいなくなるはずよね。この案は、お客さんの動線分析をもとに私が提案したもの。最初は難色を示していたお役人さんも、商会長さんたちの熱心な説得で認めてくれたのだ。チェックOK。
市場に入ると、露店の配置が大きく変わっている。食べ物、衣類、雑貨と、業種ごとに集まりつつも、絶妙に間に挟んだ休憩スポットで、お客さんが自然と全体を回遊できるよう工夫されている。各業種の代表者が、遅くまで話し合って決めていた。白熱した話し合いは、殴り合い寸前までいったとか……チェックOK。
「アイリスちゃん!」
振り返ると、果物売りのおばさんが手を振っていた。
「おはよう! 今日はきっと大繁盛よ。あなたのおかげだわ~」
「いえいえ、みんなで協力したからこそですよ!」
ちょっと照れ笑いしながら答えた。確かに、この一週間はめっちゃ大変だった。でも、みんなが一丸となって頑張った成果が、今ここに本当に形になっているのを見て、ちょっと胸が熱くなる。
噴水の周りには、シンプルながらも温かみのあるベンチが並べられていた。予算の都合でテーブルはムリだったが、今回はこれで十分だと思う。少しずつ整備していく今後の楽しみも大切だ。フェスティバルは今後も続いていくのだから。
すでに何人かの人が腰掛け、朝の静けさを楽しんでいる様子を見て、思わず嬉しくなってしまった。チェックOK。
トイレや商工会の本部も確認して、ToDoリストのチェックを終わる。
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アイリス様、準備は万全です。
来場者数予測を更新しました
・予想来場者数:例年比120%増
・ピーク時間帯の混雑予測:150%
・寒暖差対策として温かい飲み物の提供
場所を確認
・屋外休憩所には防寒対策を推奨
気温:現在7℃、正午12℃予想
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「おい、アイリス!」
声の主は、会議で「緑の靴なんて売れないよ!」と文句を言っていた靴屋のお兄さんだった。
「これ、みんなに配ったんだ。お前にもな」
そう言って、視線は横を向いたまま、鮮やかな緑のスカーフを差し出してきた。周りを見回すと、他の店主たちも同じスカーフを身につけている。腕に巻いたり、腰にたらしたり、それぞれの個性が光っていた。
「ありがとうございます~! みんなお揃いですね、嬉しいっ!」
思わずお兄さんの手を握りしめてしまった。スカーフを受け取って少し考え、頭にカチューシャのように巻いて横でリボン結びにすることにした。そこに、さっき花屋さんでもらった黄色の花を挿す。
「あら、かわいい巻き方ね」
鏡を使わせてもらっていた、隣の布屋のおばさんが覗き込んできた。
「いつも文句しか言わないこの人が、こんな気の利いたことするなんてね。みんなビックリしてんのよ! アイリスちゃんのカツが効いたみたいね!」
おばさんは笑い飛ばしつつ、「次はおかみさん達もお揃いにしようかしら」と、私のスカーフを興味深そうに見ている。靴屋のお兄さんは、赤い顔をしてさっさと店に戻ってしまった。
ビタミンカラーの明るい緑のスカーフは、見ているだけで元気が湧いてくる感じだ。私は、ToDoリストに項目を増やす。『団結の緑スカーフ』 チェックOK!
そろそろ、準備の仕上げをしなくちゃ。
自分の露店に戻り、アシスタント君に今日のタスク管理を頼んだ。
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【本日のタスク管理】
天気予報:晴れ、最高気温18度
人出予想:例年比120%増
ピーク時間帯15:00-17:00
スケジュール:
09:00 開店
13:00 休憩(15分)
15:00 在庫確認・補充
18:00 閉店
18:30 片付け開始
19:30 打上げ反省会(不参加)
売上目標:1500銅貨
緊急連絡先:会長(商工会会議室) [地図]
警備担当(噴水広場) [地図]
注意点:
・薬草飴は必ず危険の説明する
・噴水広場で薬草茶の試飲を呼びかける
・15時頃からのピークに合わせて在庫管理
・売切れに備え、予約票を多めに準備
・お釣りの小銭は商工会で両替可能
目玉商品在庫:
薬草茶:各種50個 (計150個)
薬草飴:600個 (想定100回分)
バスソルト:各種20個 (計60個)
サシェ:45個
ほうれん草用スパイス:80個
薬草在庫:[リスト]
朔月草、翠風草、涼香草、紫霧草、
星月草、シェイド草、ゼフィルム草、
静水草、蒼炎草、金輝草、緋雫草、
翡翠草、霞雲草、氷華草、闇月草
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思わず声に出して笑ってしまう。
長すぎでしょ! 気合い入りすぎじゃない?
アシスタント君の張り切り具合が、チームって感じで嬉しい。そして、久しぶりに、前世の仕事の時に欲しかったと嘆きたくなった……
「アイリスちゃーん! こっちこっち!」
振り返ると、八百屋のおじさんが手招きしていた。
「ちょっと来てくれ。ほうれん草の並べ方、これでいいかい? 確認してくれよ」
「はーい、今行きます!」
急いでおじさんの元へ向かった。ほうれん草が緑の扇のように綺麗に積み上げられている。間にカブや人参も積まれて、すごいインパクトだ。
「すっごく印象的! 芸術品みたいですね」
「お前さんのアイデアのおかげだよ。ありがとな」
「もう、あなたったら。この人ね、昨日の夜中までこれの練習してたのよ」
おじさんが照れくさそうに頭をかく横で、奥さんが笑っている。
「アイリス!こっちも確認してくれよ!」
今度は魚屋のお兄さんが声をかけてきた。いつもは水を張った桶に無造作に入れられている魚が、今日は氷の彫刻と一緒に、飾り付けられている。
「すごいです!まるで海の中にいるみたい」
感嘆の声を上げずにはいられなかった。
「へへ、俺、実はこういうの作るの得意なんだ。ここにちゃんとほうれん草があるんだぜ!」
お兄さんが得意げに、氷の下の方を指さす。
その後ろで、妹さんが「兄ちゃん、朝まで寝てないくせに」と冷やかしている。
「でも、冬とは言え昼間は暖かいし、氷の彫刻って溶けちゃわないんですか?」
心配して尋ねると、お兄さんは笑顔で答えてくれた。
「そこなんだ。聞いてくれよ! アイリスが言ってた『お客さんの流れを良くする』って言葉で思いついたんだ。氷が溶けていくのを見るのも楽しいだろ? だから3時間おきに彫刻を変えるんだ。そうすれば、お客さんが『次は何の形かな』って楽しみに何度も来てくれるはずだろ?」
感心した。めっちゃ感動した。
「素晴らしいアイデアです! そんな風に工夫するなんて……きっと、お客さんは何度も見に来ますよ」
お兄さんは照れくさそうに頭をかいた。
「いやあ、アイリスのおかげだよ。みんなで反省会したんだ。人に文句言ってばかりじゃなくて、自分らで変えていかなくちゃってな」
アシスタント君からのメッセージが届いた。
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分析:市場関係者の意識変化
・積極的な改善提案:前回比300%増
・自主的な装飾努力:前回比500%増
・コミュニケーション活性度:過去最高値
注目すべき点:アイリス様の提案による
「連鎖的な意識改革」が確認されました。
これは、前世のコンサルティング手法の
応用が功を奏した結果かと。
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ちょっと泣きそう。自分のアイデアが、ここまで大人たちを変えるとは思ってもみなかった。
周りを見回すと、みんな、それぞれ工夫を凝らしている。普段は無愛想な乾物屋のおばあちゃんも、今日は緑のスカーフを首に巻いて、笑顔で「アイリスちゃん、ありがとね。今度から婦人会にも顔を出しとくれ」と声をかけてくれた。
市場全体が、お祭り前の高揚感に包まれている。みんなの顔が輝いて見えるのを感じた。
「アイリスちゃん!」
声の主は会長さんだった。
「みんな本当に頑張ってくれたよ。こんなに全員で団結したフェスティバルは初めてだ。これも君のおかげだ。今日は売上なんか関係なく大成功だよ」
「私も、ここまで皆さんが変わると思ってなくて、泣いちゃいそうになりました」
今の気持ちを正直に答えた。
ほんとだ。まだお客さんが入る前だけど、フェスティバルは大成功だと胸を張って言える。売上げを上げるより、意識を変える方がどれだけ大変か、前世のコンサルの仕事でよく知っている。
「みんなでお金を出して、新聞の広告も出したんだ。今日は忙しくなるぞ! さあ、みんな、そろそろ開店の時間だ。自分の持ち場に戻ろう」
会長さんの声に、みんながそれぞれの露店へと戻っていく。私も自分の露店に戻り、今度こそ、最後の準備にとりかかった。心は期待と緊張で高鳴っている。
今日という日が、きっと素晴らしいものになると信じている。




