1-14 集客向上ソリューション会議(2)
私は大人を押しのけて前まで進み、靴を脱いで机の上によじ登った。足を広げて仁王立ちし、腕を腰にあて大人たちを見回す。息を大きく吸ってお腹の底から叫んだ。
「いつやるっていうの? 皆さん、今でしょーーっ!」
突然の意味不明な言葉に、会議室が完全に静まり返る。全ての視線が私に集まった。私も色んな意味で恥ずかしいけど、今はそれどころではない。
「コホン、みなさん」
私は息を整えて、一人一人の顔をしっかり見ながら話し始めた。
「この市場、もっとお客さんが集まるように変えていきたいですよね? 隣町の市場が大きくて、賑わっているのはわかりますけど、私たちにも絶対に勝ち目はあります! そのために、いくつか簡単にできることを提案させてください」
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アイリス様、会議室の空気が変わりまし
た。3分の1が、黙って聞く姿勢に変わっ
ています。この機会を逃さないよう話を
進めましょう。
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アシスタント君のアドバイスが背中を押してくれる。背筋を伸ばして、話しを続けた。
「まず、市場の現状について分析してみました」
大きな身振りを加えて話を進める。
「私たちの市場は、噴水を中心とした放射状の配置になっていて、同心円状に横方向にも道が繋がっています。これは実はとても良い特徴なんです。お客さんが自然と市場を回遊できる構造になっているんです」
一瞬息を置き、効果を強調した。
「でも、今はこの特徴を活かしきれていません。お店の配置を少し工夫するだけで、お客さんの流れが良くなり、売上は最低でも5%はアップする見込みです」
「5%……」という呟きが聞こえる。さらに何人かが席に着き、真剣な表情で私の話に耳を傾け始めた。よし、これで半分以上の人が聞いてくれている。
「実は、市場内に小さな未使用スペースがいくつか点在しています。これらを活用して、休憩スポットや案内板を設置すれば、お客さんの滞在時間が伸びるはずです。『疲れたから家に帰る』ではなく、『疲れたからちょっと休憩する。休憩中に案内板を見て気になるお店を見つけたから、また市場を回る』となるからです」
さらに、提案を重ねる。
「さらに、噴水を活かして、中央に大きめの休憩スペースを作り、この近くに飲食のお店を並べます。今までの飲食の位置だと、食べ歩きするか、買って帰ることになってましたよね。でも、この噴水の休憩所で、家族みんなで買った美味しい食べ物を食べると、これが『市場で過ごした楽しい家族の思い出』に繋がり、もう一度来てくれるお客さんを増やすきっかけになります。うちの市場の飲食店は、めっちゃ美味しいって有名ですから、出来たて熱々を食べてもらいましょう!!」
「それな! 中央から来たお役人様は、俺たちのことなんて何もわかってないからな。いつも適当に場所を決めてやがる!」
飲食の店主から声が上がる。みんな席について強くうなずいている。
「それと、皆さんお互い仲が良いのはとても良いことです。その仲の良さ、私たちの団結力をもっとお客さんに伝えていきましょう! 私たちの団結力は、隣町に圧勝している大きなポイントです! 例えば、フェスティバルの時期に合わせた目玉商品、今だったらこの町の冬の名産のほうれん草をテーマにするんです」
具体的なイメージを描いて説明する。
「飲食店は、必ずほうれん草を使った料理を1品は販売する。商品もほうれん草や緑色にちなんだものを目立つ位置に置く。私の薬草店ならほうれん草料理に合う薬草スパイスを販売するといったように、全体の統一感を演出したら、フェスティバルの特色が出てイベント感が盛り上がり、売上もグンと伸びるはずです」
そして、大きな効果を強調する。
「実は、これらの改善策について、簡単な計算をグスタフ会長としてみました。配置改善だけで5%、テーマ設定で10%、そして当日の広報強化で10%の売上増加が見込めます。全部合わせれば、なんと売上が20%以上増加する可能性があります!」
会議室が騒がしくなる。20%という数字に、多くの店主が目を輝かせている。グスタフ会長への信頼は厚く、名前を出すだけで数字の説得力がグッと増している。次の提案に移ろうとしたら、反論の声が上がった。
「うちは靴屋だよ? 緑の靴なんて売れないよ」
お兄さん、わかります。そうですよね。もちろん意見は想定済みだ。何も言わなくても、アシスタント君が質疑応答一覧を画面に映してくれる。気が利く後輩君のようだ。
「そうですね……洋服やカバン、靴屋さんは、一部を緑にした商品を『フェスティバル限定』として販売してはいかがでしょうか? 一部分だけなら、今から1週間で用意できますよね。例えば靴紐を緑にした靴を販売し、お祭りが終わったら普通の革紐に変えられるようにするんです。こじつけでも何でもいいんです。「このお店のほうれん草は何かな? あぁーそうきたか!」ってお客さんに楽しんでもらえるんですから」
さらに、将来の展望も示す。
「さらに、次回のスプリングフェスティバルは早めにテーマを決めれるようにすれば、限定イベント商品を共同で作成することもできると思います。これで、オフシーズンの間に計画的に生産することができるようになります。例えば、靴屋さんと服屋さんで、同じ柄のコラボ……連携した商品を開発するのも面白いですよね」
この提案に、あちこちで店主さんたちがアイデアの出し合いを始めた。靴屋さんと服屋さんは、早速握手をしている。八百屋さんとジュース屋さんも楽しそうに肩を組んでいる。みんなが自分たちでアイデアを膨らませていく様子を見て、私は心の中でガッツポーズをした。最後は、締めくくりの言葉だ。
「お金があまりかけられないことはわかっています。でも、こういったちょっとした工夫で少しずつ変化を生み出すことができるんです。他にもいくつかアイデアがありますから、最初はとりあえず試してみて、うまくいったら、また次の段階を考えていきましょう。うまくいかなかったら、みんなで考えて改善していきましょう。こうして少しずつ進めていけば、きっと市場がもっと賑やかになって、お客さんも増えていくと思います!」
みんなが聞いているか怪しい締めくくりだったけど、少なくとも会長さんは真剣に聞いてくれたようだ。
「アイリスちゃん、ありがとう。1日でこんなにアイデアを出してくれるなんて……君のおかげで、みんなの気持ちが一つになったよ。」
会長さんの目が少し潤んでいる。
「こちらこそありがとうございます。グスタフ会長の計算で、皆さんが私の言葉を信用してくださいました。私もこの市場が大好きなんです。みんなで力を合わせれば、もっと素敵な場所になると思います」
私はニッコリ微笑んだ。
ぶっちゃけ、イベントの改善内容は、前世でよくあるアイデアだ。それよりも、言葉を考える方がめっちゃ大変だったのだ。「ポテンシャル」という言葉を「勝ち目」に変更したように、ついつい使ってしまう「セグメント」や「ペルソナ」といったカタカナビジネス用語を封印するのがほんとにほんとに大変だった。最終的には、アシスタント君に校閲を頼んだほどだ。
これは前世の職場の悪癖かもしれない。これからは、言葉遣いもこの世界に合わせていこうと強く決意した。
会議室は終わらない熱気に包まれていた。店主たちは興奮して話し合い、具体的な実行計画を立て始めた。会長も連れていかれて、スポット休憩所の場所を決めるように迫られている。
「やりきったわね……お疲れさま」
私は小さくつぶやいた。12歳の少女の体で、大人たちを説得することができた。前世のコンサル時代の経験も、かけがえのない財産であることを、私は再確認した。
家に帰る道すがら、私は空を見上げた。満点の星空に浮かぶ銀色の月が、優しい光を私に降らせていた。
ねぇ、お父さん。薬草の知識じゃなくて、前世の知識だけど、私、みんなのために頑張ったよ。これでもいいよね? 認めてくれるよね?
夜空を仰いで少し感傷的に考えていると、アシスタント君からのブレないメッセージが届いた。
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アイリス様、フェスティバル準備の進捗
は57%です。薬草茶150袋に必要な薬草
も足りません。至急タスク管理で予定を
建て直すことをおすすめします。
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「そうね、あんな強気な演説をしておいて、私の売上がサッパリってことになったら笑われちゃうわ。気合いを入れて準備を進めなきゃ!!」
私は、アシスタント君とリスケしながら、アサップで家路についた。…………あ!




