1-13 集客向上ソリューション会議(1)
穏やかな冬の風が町を包む中、私は今日も楽しく忙しく働いていた。空は曇っているけど、ここヘルバは雪が降るほど寒くはならない。前世に比べると、夏も冬も過ごしやすい気温だ。それでも、吐く息は白くなるし、通りを行き交う人々は暖かな上着に身を包んでいた。ウィンターフェスティバルまであと1週間。市場全体が、どことなくソワソワした雰囲気になっている。
「いらっしゃいませー! 本日のオススメは『寒い朝でも目覚めスッキリセット』ですよー!」
元気よく声を張り上げていると、商工会のグスタフ会長が近づいてきた。
「やぁ、アイリスちゃん。今日は胃に優しい薬草があったら欲しいんだけどなぁ……」
会長さんの表情には、いつもの穏やかさが見られない。私は慌てて薬草辞典を呼び出した。
薬草辞典は最近アップグレードして、めっちゃ便利になっている。効能別やレア度別で検索ができるようになったし、組み合わせの結果を見られるのだ。最近は、アイリスの薬草知識の記憶を探るより、もっぱら辞典で検索するようになっていた。もちろんアシスタント君に聞く方が早いんだけど、自分で調べるようにしてないと、私の経験が上がらないからね。
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【薬草検索結果】
最適薬草:静水草 + 蒼炎草
効果:胃粘膜保護、消化促進
推奨使用法:30分煎じて飲用
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「では静水草と蒼炎草の組み合わせはいかがでしょうか。静水草には胃を保護する効果があり、蒼炎草は消化を促進します。ちょっと時間がかかりますが、お湯で30分ほど煮出してお飲みください」
「おぉ、ありがとう。それをもらうよ。フェスティバル前は揉め事が多くてねぇ」
会長さんは少し背を丸め、お腹をさすりながら言った。かなり痛そうだ。寝不足気味なのか、目の下にクマができている。
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アイリス様、ストレス性の場合は痛み
を抑えるだけでなく、原因となってい
るストレス要因を特定して解消するこ
とが大切です。
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アシスタント君にアドバイスをもらって、薬草を渡しながら、ちょっと踏み込んでみた。
「グスタフ会長、原因が無くならないと、胃痛は治りませんよ。何かお悩みですか?」
「アイリスちゃんもお母さんに似てきたなぁ。いやぁでも……アイリスちゃんに相談するのはさすがに……」
会長さんが困った表情を浮かべたので、私はすかさず椅子を勧めた。
「来週のフェスティバルに向けて開発した、薬草茶を試飲していただけませんか? 飲みやすくてリラックス効果があるんですよ」
会長さんは少しためらったけど、ゆっくり椅子に腰掛けた。試飲用に作り置きしておいた温かい薬草茶を渡すと、目をつぶって静かに味わっている。
「うむ。この薬草茶は苦くないな。香りも薬草臭くないし、確かにリラックスできそうだ。それに、何となく活力が静かに湧いてくる気もするな」
「そうなんです。薬草を煎じるより効果は控えめですが、その分、薬草茶は3分で淹れられて、とても飲みやすい風味にしています」
会長さんが、急に目をギラりと開ける。
「ちょっと待て、3分だと? 3分でこれが飲めるのか! それならかなりの人気が出るな。できるだけ多めに用意して置いた方がいいぞ。そうだな……フェスティバル1日で150はいくだろうな。フェスティバルが終わった後の、通常販売も準備しておきなさい」
「ありがとうごさいます。会長の読みは外れないので、心強いです! それで、お悩みごとは……」
「うむ……おじさんの独り言と思って聞き流してくれよ? 実はな、会員からフェスティバルの文句が多くて、明日の夜に緊急会議を開くことになったんだよ」
「文句……ですか?」
「隣町のイベントの方が派手で人気があるってね。うちのフェスティバルも同じようにしろって言うんだけど、予算がないし、あと1週間でどうにかしろと言われても難しくてなぁ 」
私は頭の中でスイッチが入ったのを感じながら答えた。きっと口角も上がってる。コンサル知識が役に立ちそうな難題は大好物だ。
「そうなんですね。私も予算をかけずに解決できないか考えてみますね」
「おぉ、そうかい。アイリスちゃんの店は、あっという間に人気店になったからな。期待しているが、くれぐれも無理はしないようにな」
最後はそう言って会長さんは帰っていったけど、もちろん私の頭はスイッチ入りまくりでバチバチに分析を始めている。その日の残りの時間、私は市場をくまなく観察し、仲の良いお客さんに質問を重ねた。
家に帰ると、夕ご飯も食べずにアイデアをまとめ出す。こうなるとお腹が空かなくなるのは前世からだ。
まずメモ帳を展開する。先日、アシスタント君に欲望をぶつけまくってアイリスカスタムにアップグレードしてもらったものだ。今では私がアイデアを考えようとしただけで、ホワイトボードの大きさに広がるようになったし、図形や手描き線の挿入、付箋、色つきマーカーなど、一通りの作業ができるようになった。マインドマップでも1人ブレストでも大活躍だ。
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【現状分析】
1. 立地:町の中央から1ブロック離れた所に
市場がある。人通りはあるが、初め
て訪れる観光客にはわかりにくい。
2. 店舗構成:商品販売が6割、飲食が3割、
行商が1割。バランスは良い。
3. 評判:飲食店は近隣でも美味しいと評判。
この強みを活かせていない。
4. 観光:イベント時は観光客も訪れるが、知
名度は低い。PRが不足している。
5. コミュニティ:市場の商店主の仲は良い。
協力体制は整っている。
6. 予算:イベント予算は少ない。
7. 時間:期日は1週間後。
8. 競合:隣町のフェスティバルが大規模で
店舗数が多く人気。差別化が必要。
9. 特色:ヘルバ町ならではの特徴が不明確。
アピールポイントの発見が課題。
10. 人材:若い世代の参加が少ない。新しい
アイデアの導入が難しい。
11. 配置:露店の配置や広さは役人が決めて
いる。柔軟性に欠ける。
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画面いっぱいに書かれた分析を眺めて、項目ごとにアイデアを書き込み、私は深いため息をついた。
うーん、やっぱり一番の課題は、『お金をかけずに』ってところかな。予算がない地方の地域活性化の定番はクラファンだけどここではムリだし。
予算の項目を赤字に変え、グリグリと丸で囲む。
予算が限られている場合、既存のリソースを最大限に活用するのが基本よね。それと、この市場ならではの魅力……それを見つけ出さなきゃ……
地図を展開し、市場の配置を確認してみる。よくある地方の町の構造だ。メモ帳に地図の画像を貼り付けて、分析を付け足す。
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【市場配置分析】
・噴水を中心とした放射状の配置
・それを一周する同心円状の大きな道が二本
・自然と形成された業種ごとのゾーニング
・未使用の小スペースが点在
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これを上手く活かせればワンチャン……
アイデアを精査し、いくつものシミュレーションを行い、確実な売上の数字を弾き出す。宙に浮かんだメモボードには、手書きの表やグラフが並んでいた。サンタさん、表計算ソフトが切実に欲しいです。
会議でのプレゼン手順について考え始めると、つい前世と比べて独り言がこぼれた。
「この表とグラフを地図と一緒に見せたら説得力があるのになぁ。言葉で説明するより、この画面を見てもらったら早いのに」
アシスタント君からのメッセージが表示された。
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アイリス様、他人のステータス画面に情
報を表示させることは不可能ではありま
せんが、おすすめはしません。
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「え! 可能なの? なんでもありなのね……アシスタント君、心配してくれてありがとう。わかってるから大丈夫よ。私だって平和に暮らしたいもん」
私は、違う意味で少し勇気づけられた。
そうなると、数字と論理的な説明で正面突破するしかないかな。うん、そういうのも好きだったわ。あの緊張感が滾るのよね!
前世を思い出す。クライアントの前でプレゼンし、厳しい質問にも的確に答え、信頼を勝ち取ってきた。今の私は12歳の少女の姿だけど、きちんと説明すれば、 大人たちも真剣に聞いてくれるだろう。
やるしかない! この町のために、そしてこの市場で働く人々のために。
翌日、私は朝から晩まで露店で薬草を売りながら、頭の中でアイデアを整理し続けた。こういう時、お釣りの自動計算は便利だ。ボーッとしてても間違えない。
夕方、一度店をお休みにして、グスタフ会長と打ち合わせをする。そして、いよいよ会議の時間が近づいてきた。
夜の市場は静まり返り、商工会の会議室に明かりが灯る。私は少し緊張して会議室に入った。大人たちの視線が一斉に私に向けられた。1番後ろの席に座る。会長さんが立ち上がり、咳払いをして言った。
「えー、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。来週のウィンターフェスティバルの改革案について話し合いたいと思います」
会場がざわめく中、会長さんは続けた。
「最初に、皆さんもご存じのアイリス・ヴェルダント嬢より、フェスティバル改善のアイデアを話してもらいます」
私が立ち上がろうとした瞬間、前の方から声が上がった。
「なんだって?そんなお嬢ちゃんに何ができるってんだよ。こっちはフェスティバルに生活がかかってるんだぞ!」
「そうだそうだ! 会長、変な贔屓すんなよ」
同調する声と嘲笑が次々と上がる。私は一瞬たじろいだ。この空気感は久しぶりだ。コンサル時代でも、若い女性だからと侮られることはたまにあったのだ。その時、アシスタント君からのメッセージが届いた。
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緊張度が上昇しています。自信を持って
話し始めましょう。
話し相手を理解することが大切です。
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私は深呼吸をし、肩の力を抜いた。呼び出したメモ帳を素早く確認し、準備した数字を思い出す。相手は商売人だ。売上の数字を出せば、必ず賛同してもらえるだろう。
「皆さん、私にアイデアがあります。まず、現状分析から始めさせてください」
しかし、私の声はかき消されてしまう。大人たちの議論が白熱し、私の存在は完全に無視されてしまった。
「隣町のように花火を上げろ」
「いや、予算がないんだろ?」
「じゃあ、屋台の数を増やせばいいんだ。お前のとこ、人手があるんだから2店舗出せよ」
「それじゃあ、品質が落ちるだけだろ」
議論は平行線をたどり、解決の糸口は見えない。
うーん、会長さんは商売には強いけど、議論の舵取りは苦手みたいね。そりゃ胃も痛くなるでしょ。でも、私も読みが甘かったなぁ。予算や時間がないことより、この12歳の身体で大人を説得しないといけないのが一番の難題だったのか……
私は静かに席に座り、状況を観察してタイミングを計った。一通り、文句を言っていた大人たちが黙り、ざわめきが落ち着いてきた瞬間、私は立ち上がって前まで進み始めた。
相手は、提案を聞く体勢でいるクライアントではない。データや理論は後回しだわ!




