1-10.5【閑話】マリアおばあちゃんの独り言
「アイリス見守り隊1号」のマリアおばあちゃん視線です。
ああ、今日も市場は賑やかだねぇ。若い子たちが元気に走り回って、商売人たちの威勢のいい掛け声が響いているよ。でも、この老いた目は自然とあの子の露店に向かってしまうんだよ。
アイリスちゃん……あの可愛らしい女の子さね。
昔のことを思い出すわねぇ。お父さんの薬屋さんで、きゃっきゃと楽しそうに遊んでいた姿をよく見かけたものよ。薬屋の看板娘でねぇ、みんなあの子に飴やクッキーを渡したもんさ。薬草の香りに包まれて、両親に愛されて育った子だったねぇ。
「マリアおばあちゃん、今日は何にしますか?」
にっこり笑顔で声をかけてくれるアイリスちゃん。今じゃすっかり立派な薬草売りさんになってさ。でもね、ここまでの道のりは決して平坦じゃなかっただろうね。
両親を亡くしてからのアイリスちゃんったら、まるで別人のようだったねぇ。お父さんの薬屋を手放してから笑顔が消えて、うつむき加減で薬草を売る姿を見るたびに、この年寄りの胸が締め付けられたもんだよ。両親と住んでいた家で一人暮らし。10歳から働く子も珍しくはないけど、一人きりの生活は寂しかったに違いないねぇ。
「おばあちゃん、明日から3日間、雨が続くのよ。この薬草はどうですか? 頭痛と腰痛に効きます!」
アイリスちゃんには、わからないだろうねぇ。あなたの天気予報つきの薬草が、本当に助かるんだよ。私みたいな年寄りには、天気で変わる痛みがほんとに厄介でねぇ。あなたのおかげで、随分と楽になったわね。
思い返せば、半年ちょっと前にね、娘の出産を手伝って戻ってきた時かねぇ。私がこの町を離れる前には、ほっそりと痩せてしまったアイリスちゃんが本当に心配だったんだけど、帰ってきて久しぶりに見たときの驚きといったら、言葉にならないくらいだったよ。
あの小さな、か細い声で薬草を売っていた子が、堂々と大きな声で笑顔を振りまいているじゃないか。売っている薬草の効き目も良くなって、珍しい薬草まで扱うようになっていてねぇ。それに、薬草の組み合わせ……あれは難しいのに、上手に組み合わせた薬草セットを売っているんだよ。この年寄りには驚きの連続さ。
「このセットは、私が特別に調合したんです。リラックス効果抜群ですよ」
なんて言って、得意げに説明してくれるんだ。まるで、お父さんの薬の知識を全て受け継いだかのようで、見ているこっちまで誇らしくなっちゃうねぇ。
ときどき、アイリスちゃんが空中をじっと見つめていることがあってねぇ。そして、にっこり笑ったり、ムッとした顔をしたりして、ぶつぶつと宙に向かって独り言をつぶやいているんだよ。きっと、亡くなった両親のことを思い出しているんだろうねぇ。そう思うと、少し切なくなっちまう。
それでもね、今のアイリスちゃんは、元気に声をかけてくれて、親身に薬草の相談に乗ってくれる。彼女は今や、この市場には欠かせない存在になったんだよ。みんなが「アイリスちゃんの薬草」を求めて来るんだからねぇ。
アイリスちゃん。あなたの成長を見ていると、本当に嬉しくなるんだよ。まるで、孫を見ているような気分さ。同じようにあなたを見守っている大人は、結構いっぱいいるんだよ。気づいていないだろうがね。
ああ、そうそう。この間、市場の帰りにアイリスちゃんが困っている旅人さんに道を教えている姿を見かけたんだよ。驚いたことに、その人は外国の人で、アイリスちゃんったら流暢な言葉で案内していわねぇ。あなたの才能には本当に驚かされっぱなしだよ。
アイリスちゃんのお父さん……ザイラスも若い頃に帝国に薬の勉強に行っていたわね。きっとそれで帝国語を教えてもらったんだろうねぇ。ザイラスの話をすると懐かしくなっちゃうねぇ。
ザイラスのお父さん……アイリスちゃんのおじいちゃんのサージさんは、そりゃあもう若い頃から薬の天才でね、「ヘルバの薬仙」と呼ばれていて遠くの街からもサージさんを尋ねて来るほどの腕前だったもんさ。そんな父親を見ていたザイラスも自然に薬に興味を持ったんだろうね。サージさんはザイラスを帝国で修行させることにしたんだよ。思い切ったもんだ。
この田舎町に、帝国帰りの薬屋さんができるだなんで、想像もしてなかったねぇ。
ちゃっかりお嫁さんを連れて帰ってきたのには、サージさんも驚いていたっけね。
サージさんのことを思い出すと、アイリスちゃんが生まれた時のことを思い出すよ。サージさんは、もう体も弱っていたけど、産まれたばかりのアイリスちゃんを抱いて、こう言ったんだ。
「この子は特別な子だ。わしの全てを継いでくれるだろう」
って。そう言いながら涙を流して喜んでいたんだよ。その数日後に亡くなってしまったけど、最期にかわいい孫の顔を見られて幸せだっただろうねぇ。
アイリスちゃんのお母さん、ヘレーネさんのことも覚えているよ。すごいべっぴんさんでね、賢くて優しくて、笑顔の絶えない人だった。町の人たちの相談にも親身になって乗ってくれて、みんなに慕われていたもんさ。アイリスちゃんの優しさは、きっとヘレーネさん譲りだと思うよ。ヘレーネさんに似て美人になるのは間違いないねぇ。
ザイラスとヘレーネさんは、本当に仲の良い夫婦だったねぇ。二人で薬草園を手入れする姿をよく見かけたもんだよ。アイリスちゃんを真ん中に、三人で仲良く薬草を摘んでいる姿は、まるで絵のように美しかったわね。
アイリスちゃんは、そんな素晴らしい家族の血を引いているんだ。薬草の知識はもちろん、人を思いやる心、そして新しいことに挑戦する勇気……全てが受け継がれているんだねぇ。
そうそう、今度アイリスちゃんに会ったら、サージさんたちの話をしてあげようかねぇ。きっと喜ぶだろうし、もっと頑張る励みになるかもしれないしね。この歳になると、昔話をするのが楽しみの一つになるんだよ。アイリスちゃんが聞いてくれるなら、もっと色々な話ができそうだわねぇ。




