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元コンサル女子の異世界商売~ステータス画面とAIで商売繁盛!~  作者: 雪凪
とにかく生活費を稼ぐべし

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1-10 目覚めて半年後のアイデンティティ

ちょっとgdgdシリアス回です。





初秋の風が町を優しく撫でる10月に入り、あっという間に転生してから半年がたっていた。

薄紫色の夕焼け空の下、露店を畳みながら、私の心は静かに揺れていた。


「ふう、今日も一日お疲れさま」


そう呟いた瞬間、アシスタント君から報告が入る。


─────────────────

本日の売上: 246銅貨

過去3ヶ月の売上平均:245銅貨


平均売上を達成しました。秋冬に向け

た薬草の準備が必要です。

─────────────────


「よかった、平均いったのね? 午前中のお客さんが少なかったから心配だったのよ」


思わず声に出して答え、周りの人に怪訝な顔をされてしまった。未だにやってしまう。気をつけてるつもりなんだけど。


ヘルバ町は、来週開催される秋の収穫祭の準備で賑わっていた。広場には丸太が運び込まれ、焚き火の準備が進んでるし、祭りのオレンジの衣装を着た気の早い子供たちが元気に走り回ってる。私もオレンジのリボンを結び、露店にもオレンジ色の花を飾っている。


「アイリスちゃん、今日もありがとうね」


振り返ると、常連のマリアおばあちゃんが、優しく微笑んでいた。私も元気な笑顔で応える。


「いえ、こちらこそ! あ、そうだ。マリアおばあちゃん、来週の祭りで踊るんでしょう? これを飲むと、きっと足取りも軽くなります。売れ残りで申し訳ないですけど、常連さまサービスです!」


片付けかけの木箱から、特製の薬草を取り出して渡した。


「あらあら、アイリスちゃんったら。でも嬉しいわ。ありがとうね」


マリアおばあちゃんが去った後、残った薬草を片付けながら、また最近の悩みを思い出していた。


「これからどうしよっかなぁ……」




それは3日前の事だった。

アイリスの両親の遺品を整理していた時に、そこで見つけた走り書きのメモが、私の心を大きく揺さぶったのだ。


『愛する娘アイリスよ。ヴェルダント家に伝えられてきた薬草と薬の知識を、どうか多くの人々のために使ってほしい。君には、人々を癒す緑知の指の力がある。その力を信じ、慈しみの心で接すれば、きっと多くの人の助けになるだろう。君の幸せを心から願っている』


走り書きされた紙はかなり古びていたので、きっとアイリスが小さい頃に書かれたのだろう。この言葉を読んでから、ずっとモヤモヤしている。

転生してから今まで、稼いで生活を安定させることだけを考えてきた。早朝から薬草を採りにいき、その日の天気や季節に合わせて薬草を販売し、夜はアイリスの父親が残した記録や書籍を調べて、販売戦略を練る。この繰り返しだ。

薬草の知識は使ってはいる。目の前の困っている人の症状は緩和してあげたいとも思う。でも、『慈しみの心』というほど崇高な理念なんて全くない。今のままでいいのかな。それに、これからどうするべきなのかな……




今日も少し暗くなった夜道を発光画面に守られて帰宅する。

体重が平均になってからも、ちゃんとバランスの良い夕ご飯を食べ続けているので、誰か褒めてほしい。アイリスの身体をボンキュッボンのお姉さんにするためだけど。えぇ、前世は大変スレンダーな体型だったので。

今日のメニューは、かぼちゃとバラ肉の煮込みとキノコたっぷりサラダとクルミ入りパンで、露店から買ってきたものだ。最近は、自炊は休みの日だけにしてる。冷蔵庫が無いと、一人暮らしの自炊のハードルがめっちゃ高いことにやっと気づいたのだ。




食後の紅茶を飲みながら考え続ける。


なんで私はアイリスに転生したんだろう? 

最近、前世の記憶、住んでた住所とか携帯番号とか……使わない記憶がどんどん薄れ始めている。

現実問題、アイリスとして生きるしかないんだけど、このまま薬草を売って、いつか誰かと結婚して、ずっとこの町で生きていくの? 

正直、ピンとこない。アイリスはそれでいいかもしれないけど、私はいつかは外の国にも行ってみたい。薬草の工夫のためだけではなく、もっと色々なことにコンサルの経験を活かしたい……それは間違った考えなのかな……




急に、アシスタント君からのメッセージが届いた。


─────────────────

アップデートに入ります。その間、シ

ステムはご使用いただけませんので、

ご注意ください。


【アップデート終了まで 残り60分】

─────────────────


あれ、珍しいな。アップデートすることは、今までもたまにあった。時計スキルにアラームだけじゃなくて、ストップウォッチやタイマーが増えたりしている。料理する時に便利になった。

でも今までは、私が寝ている間にやってくれていたのに、どうして今なんだろ……待つしかないけど、急ぎなのかな?




60分後に開いたステータス画面には、全く新しいアクティブスキルが増えていた。


「記憶回顧? なにそれ」


疑問符でいっぱいの頭で、私はその機能を起動させた。大きな画面が現れ、前世の出来事を映し出した。



◇◆◇


東京、高層ビルが立ち並ぶオフィス街。スーツに身を包んだ私が、忙しなく歩いている。


クライアント企業の会議室。ディスプレイには複雑な図表が映され、テーブルの上には資料が山積みになっている。私は熱心にプレゼンテーションを行っている。


「この戦略を実行することで、3年後には市場シェアを15%増加させることが可能です」


クライアントが何度も頷くのを見て、安心した顔をしている私と、浮かない顔をしている先輩。


クライアントの担当者が立ち上がる。


「申し訳ありませんが、上の一存で別の方向性を探ることになりました」


何ヶ月もかけて練り上げた提案が、クライアント企業の役員一人に覆された瞬間だ。


◇◆◇



記憶が現在に戻る。私は深く息を吐いた。


「あのさぁ、なんでこれなの? 思い出すなら楽しい思い出にしてくれない? アシスタント君のチョイスなの? 嫌がらせなの?」


静かに怒りつつも、こういう時はいつもシレーっと無反応なアシスタント君に操作方法を習った。

その日から、早めにベッドに入り、夜遅くまで前世の楽しい記憶を振り返るようになった。


ミヤコ先輩と2人で苦労して、頑固な建設会社の社長にDX導入を進め、最後は仲良く3人で飲みに行ったシーン。社員全員で徹夜してドロドロになっている所に、爽やかな格好の社長が笑顔で出社してきて、全員でモーニングをたかったシーン。大学の友達と朝までボイチャしながらFPSのランク上げをしているシーン。20歳をすぎて、嬉しそうな父親と初めて飲みに行ったシーン。


映画を見ているように、色々なシーンを見た。久しぶりにアヤメの両親や友達の顔も思い出した。毎日、温かい気持ちと少しの寂しさを抱えて眠りについた。





さて!いよいよ収穫祭当日である。


「アイリス姉ちゃん!」


元気な声に振り返ると、以前怪我で足を痛めたトムが、元気に走ってきた。


「おかげで足が完全に治ったよ! 今日の祭りの踊りに出られるんだ!」


「よかったね! でも、あんまり調子に乗って踊りすぎると、また痛めちゃうかもよ?」


「大丈夫!アイリス姉ちゃんのクリームを毎日塗ってるもん。それにさ……踊りの相手の子に、上手だって褒められたいんだ」


「それは張り切っちゃうわね。ほどほどにね」


トムは少し赤面していた。

私は思わず笑ってしまった。爆ぜろリア充め。


トムが去った後、薬草売りの仕事について改めて考えた。薬草を利用した人が、目の前で元気になっていく。それは直接的で、純粋な喜びだった。




夜の帳が降りてきたけれど、煌々とした灯りが溢れ、踊りの音楽が流れ、盛り上がり続ける夜市を歩きながら、私は思いを巡らせた。


前世のコンサルタントとしての経験は確かに価値ある得がたいものだ。それなりに大きな影響を与える仕事で、いつも誇りと責任感を感じていた。知的な議論も、論理的な思考も、最善を目指す行動力も血となり肉となり今の私を作り上げている。


でも、今の生活にはそれとはまた違った充実感がある。エンドユーザーとの直接的なつながり、すぐに見える成果、自分で決断できる自由、そして何より、自分の存在が確かに誰かの役に立っているというデータではないリアルな実感。




ふと、市場の衣料品売り場の隅に置かれた大きな鏡に自分の姿が映った。姿勢よく立っている12歳の少女の姿。きれいに結った艶やかなダークブラウンの髪、意思が強そうな大きな紫の瞳、少し背は低いけど、スラリとした健康的な身体、オレンジと茶色で秋らしくまとめられた洋服、そして、薬草の香りのする手。



その瞬間、私は決意した。



これからは前世のアヤメとしてではなく、アイリスとしてこの世界で生きていくことを。

アイリスの両親の思いを胸に、薬草の知識を活かして多くの人の役に立つことを。


でも、それだけではない。


私にも……アヤメにも、アヤメの両親がいる。


『アヤメがやりたい事をやりなさい。お前の前向きなエネルギーは、きっと世の中の役に立つだろう。その日がパパはとても楽しみなんだよ』


私の就活を見守って応援してくれた両親がいるのだ。


鏡に映っているアイリスの姿は、もう元の痩せっぽっちなアイリスの姿ではない。

新しいアイリスとして私は生きていくし、やりたい事をやる。もしかすると、ヘルバから離れるかもしれない。薬草から離れる日もくるかもしれない。

でも、コンサルをやめてもその経験を活かせているように、きっと薬草の知識を他の事にも活かせるはずだ。いつかはこの国中、そして世界中の人々の役に立ちたい。それが新しいアイリスとして生きる私の目標だ。




市場の出口に立ち、私は深呼吸をした。

空には、きれいな三日月が浮かんでいる。

どこか遠くで「ガチャリ」と何かが回る音が聞こえた気がした。前世との糸が切れ、この世界に自分が根付いたことを、私は何故か理解していた。




家に着くと、私はすぐに話しかけた。


「ねぇ、アシスタント君。これからはアヤメじゃなくて、アイリスって呼んでくれる? 私は、この世界でアイリスとして生きていくわ」


─────────────────

かしこまりました、アイリス様。疲労

度が上昇しています。水分補給と十分

な睡眠をおすすめします。睡眠前の記

憶回顧の使用時間にご注意ください。

─────────────────


「えっ! 反応かるすぎない?! めっちゃ人生の分岐点なのに……それに風紀委員長すぎ!」


文句を言いながらも、私にはわかっていた。

アシスタント君は、新しいスキルを作り出して、私が決断するのを何も言わずに見守ってくれた。

私が今の生活に流される不安をわかってくれていた。

きちんと前世を思い出してから、次のステップへ進めるようにしてくれたのだ。もちろん、偶然かもしれない。自我が無いはずのAlなのだ。でも、それでもきっと……




その日の夢の中で、28歳のアヤメと12歳のアイリスはお互いを抱きしめていた。2人の周りに金色の糸が幾重にも巻き付き、やがて大きな繭になる。上空から銀色の優しい光が降り注ぐ。繭は内側から光り始めて割れ、その光は世界を満たしていった。







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