PDの思わぬお客様
俺も更衣室で着替えて地上に出る。
そういえばトイレの隣から出てきたんだったな。
遠くに大鳥居が見える。
京阪伏見稲荷駅から来る観光客は裏参道から、JR稲荷駅から来る観光客は表参道から本殿に行くんだろう。
時間があるのなら観光地周りしたかったが、アヤメがあんな状態だと俺も遊ぶ気にはならない。
しばらくボーっとしていたのだが、そういえば、ダンポンにPDに来るように言われていたんだった。
PDの回収もしないといけないし、いまのうちに行ってみるか。
そう思ってPDを設置した場所に行こうとするとダンジョンからアヤメが出てきた。
「アヤメ、もう大丈夫なのか?」
「はい、少し休んだらスッキリしました。本当にご迷惑をお掛けしました」
「そっか……本当によかったよ。ミルクと姫は?」
「着替えてます。私はもう着替えてたので先に出て、壱野さんにもう大丈夫だと伝えるようにと。あと外の空気を吸っておいでって二人が」
「外の空気って言ってもトイレだけどな」
「ふふ、そうでしたね」
うん、いつものアヤメだ。
よかった。
うん、安心した。
病み上がりだし、観光はまた今度だな。
と、姫たちが来る前にPDに行かないと。
「安心したらちょっとトイレに行きたくなってきた」
「あ、私も――」
アヤメも行くのか? と思って振り返ると、彼女はそこにいなかった。
あれ?
「アヤメ?」
もうトイレに行ったのか?
いまのうちにPDに行こう。
俺は周囲を確認し、石の裏に持っていたスマホを隠すと、近くの木の陰に設置したPDの階段を降りていく。
「おーい、ダンポン。遊びに来たぞ……って……ん?」
人がいる?
PDに俺以外の人が――どういうことだ?
「よぉ、壱野。待ってたぞ」
「青木っ!?」
そこにいたのは青木だった。
まるで一緒にゲームセンターに行く約束をしていて、教室の前で俺が出てくるのを待っていたかのような口調で声を掛けてきた。
なんでここにこいつがいるんだっ!? おかしいだろ。
青木はいま響さんと一緒にダンジョンに潜っているはずだ。
そもそも、PDには俺しか入る事ができないはず。
それに――
「お前、本当に青木か?」
「どういうことだ?」
「いや、さっきそんな恰好していなかっただろう。女装をするのは水曜日だけって言っていたじゃないか」
青木の姿は女装をしたときの姿だった。
すると、青木は自分の姿を見下ろし、そして二っと不敵な笑みを浮かべた。
「美しいからだ。私は美しい姿に化けるのが好きなんだよ、人間」
と言うと、青木の頭の上に突然獣の耳が生える。
かと思うと、巫女服姿の黒髪おかっぱ美少女に変わった。
なんだこいつは?
「タイラ、来てたのですか。待ってたのですよ」
ダンポンが奥からやってきた。
「ダンポン、こいつはなんなんだ?」
「ミコトちゃんなのです」
「ミコト?」
名前を聞いてもわからないが、ちゃん付けで呼ぶってことは仲がいいってことか。
ダンポンの言っていた友だちなのか?
「妾の名前はミコト。聖獣と呼ばれている」
「聖獣!? それに狐耳に狐目……おま、いや、あなたはもしかしてお稲荷様ですか!?」
神の遣いじゃないかっ!?
そんな凄い人とは知らずに偉そうなことを言ってしまった。
謝罪しようとしたが、
「違う違う。そうではない」
違うらしい。よかった。
「あながち完全に違うとは言えんがのぉ」
どっちだよ。
ただ、最初に青木に化けていたせいか、敬う気はほとんど失せたので敬語とかはいいか。
ダンポンの友だちとして紹介してくれるって話だし。
「で、聖獣って魔物なのか?」
「魔物ともいえるし、魔物ではないとも言えるな?」
「だからどっちだよ」
「そもそも、お主。魔物とは何か知っておるのか?」
ミコトが俺の眼を見て言う。
ダンジョンの中にいて、人を襲って来る怪物。
異世界からやってきたダンポンに作られたっていうんだから、異世界生命体だろうか?
倒すとDコインやアイテムを落とし経験値が手に入り、レベルが上がる。
そんなところか?
「18点、落第点じゃな」
「受験生に落第点って言葉は禁句だぞ。何がダメなんだよ」
「ほとんど駄目じゃ。特に異世界生命体? そんな意味がわからないもの、ダンポンとダンプルの二体で十分じゃわ。おかしいと思わないのか? 異世界の生物というには、お主の常識の範囲内の生物ばかりじゃったじゃろ? 異世界というのじゃから、目が百個あったりする怪物がいてもおかしくない」
それはそれで、百々目鬼ぽくて日本の魔物――というか妖怪っぽいんだけど。
でも、ミコトが言う通りダンジョンの魔物って俺のよく知ってる動物がモデルだったり、ゲーム等に出てくる敵キャラが元に作られていたり、ハニワや招き猫のような俺のよく知る物だったり、異世界っぽくはないんだよな。
「じゃあ魔物ってなんなんだ?」
考えてもわからないので尋ねた。
「魔物とはこの世界の記憶と異世界から流れて来る力の核が結びついて生まれた生物じゃよ」
この世界の記憶と異世界の力の核?
よくわからない話になってきた。
「そうじゃな。電気を異世界から流れてくる力の核と例えるとしよう。じゃが、それだけではほとんど使い道がないじゃろう? 電気を効率よく使うには、電気製品が必要になる。その電気製品の代わりに使っているのがこの世界の記憶というわけじゃ」
「その世界の記憶っていうのがよくわからないんだが」
「この世界に住む人の概念と言い換えればいいかの? スライムは弱い。ドラゴンは炎を吐く。ゴブリンはずる賢く、メデューサに睨まれたら石になる。これらはこの世界の人々が持つ概念じゃ」
確かにそうだな。
特にスライムが弱いっていうのは常識と言えるが――
「まったく、本来スライムといえばダ〇ジョンズ&ド〇ゴンズにおいて厄介な魔物じゃったのに。なんであんな雑魚に成り下がってしもうたのか……もっと頑張れ、世の男ども。スライムの粘液にまみれてあーれーな光景が覗けぬではないか」
「ミコト、お前何口走ってるんだよ」
「おっと、すまんすまん。それでいて、異世界から流れてくる力の正体というのがこれじゃ」
「Dコイン?」
ミコトが持っていたのは俺が良く見る黒いDコインだった。
「Dコインは何の略か知っておるか?」
「そりゃ、ダンジョンコインだろ?」
「違う。Dimension Coin」
Dimension……次元?
「つまりは、異なる次元の世界からの力の元であることを暗に示していたわけじゃ」
「そうだったのか……」
「それで妾の正体なのじゃが――ちょっと待て。妙な気配を感じるぞ」
「いったいどうしたのです?」
「ダンポン、お主も気付いておらぬのか。侵入者じゃよ」
侵入者?
いやいや、PDに俺以外の人間は入って来られないだろう。
気配探知もあるのだから魔物が入ってきたらすぐにわかるはずだし。
「泰良、背中を見せろ」
「背中?」
よくわからないがミコトに背中を見せる。
「見つけた――全く、妙なものを連れ込みよって……お主、姿を見せるのじゃ!」
俺の背中に何かついているのか?
変な物に呪われた?
ってあれ?
「何も起きないぞ」
「ふむ……どうやらこやつも困っているようじゃ。なるほど、元に戻れなくなったのか。スキルを使いこなせていないのじゃな。泰良、服を脱げ」
「服を?」
「ああ。それで解決する」
俺は言われるがまま服を脱いだ。
そして、ミコトが服の襟辺りを持つと、パンパンと振るった。
すると――
「きゃっ!」
その声は突然聞こえた。
そして――
「え?」
俺の眼の前に突然アヤメが現れた。
なんでアヤメがここに?
またキツネが化けてるのか?
~if もしも伏見稲荷参道をみんなで散策したら③~
「私も一緒に来てよかったのかな? 本当はここにいるはずないんだけど」
本当は大阪でポ〇モンをしているはずの水野さんが言う。
「いいんじゃないか? ifだし」
なんともメタな発言だ。
俺は水野さんと稲荷山を下っていた。
稲荷山からの景色は中々に綺麗だった。
京都を代表する私立大学の一つ、龍谷大学が見えて、自分たちが受験生であることを思い出させられた。
「山頂に近付くにつれて外国人観光客の数も減ったよな」
「うん、たぶんツアー旅行とかだと滞在する時間が限られているから、こっちの方に来る時間が無いんだと思う。私だったらせっかく来たんだし山頂まで登らないともったいないって気持ちになっちゃうけどね」
「それはあるな」
もったいないは日本だけの言葉なんて言われているが、特に大阪の人間はその精神が強いと思う。
食べ放題で腹八分目はもったいない、詰め放題で隙間を残すのはもったいない、無料で貰えるものを貰って帰らないのはもったいないって感じだ。
せっかく伏見稲荷に来たんだから、山頂まで行かないのはもったいないって思う。
交通費だってタダじゃないんだし。
「見て、猫がいるよ」
「本当だ」
首輪もしていないし野良猫だろうか?
しかし、毛並みは綺麗だし、水野さんが近付いても全然逃げないどころか、無防備にお腹を見せて撫でて撫でてのポーズをしている。
「カワイイかよ――よし、むにょむにょー」
独特な声で猫のお腹を撫で繰り回す水野さん。
すると別の猫も寄ってきて、水野さんにお腹を見せた。
あとでわかったことなのだが、近くのお土産物の売店で猫の写真も売っていて、その写真の売り上げなどで猫の餌や避妊手術や薬代にしているらしい。
野良猫というより地域猫なんだよな。
「かわいいねぇ……ねぇ、壱野くん」
「なんだ?」
「私たち、こんな風にただ猫を愛でるだけでいいのかな? 猫に魚の捕まえ方とか教えなくていいかな?」
「いいんじゃない? たまには山無し谷無しオチ無しの番外編も。あと、水野さんの魚の捕まえ方がどんなのかは知らないけど猫には難しいと思うよ」
「そっか。じゃあ、猫を撫でてるね。むにょむにょー」
いつもいろんな事件に巻き込まれたり、変な事情に首を突っ込んだりしているんだ。
たまにはこうして二人、猫を愛でるだけの時間を過ごすのもいいじゃないか。
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ということで、if伏見稲荷シリーズも終わりです。
これで取材費用経費で落とせます。




