水野さん、鍛冶師になるってよ
鉄人形は、ハニワ兵や石人形の上位種って感じだな。
大きさは一メートルくらい。シンプルな形で武器も何ももっていない。
だが、身体が鉄というだけで、攻撃も守備も両方跳ね上がる。
鉄の塊に体当たりされたら、ステータス初期値だとあばら骨粉砕コースだ。
弱点は雷と火なんだけど、中途半端な攻撃をして仕留め損ねたら、帯電したり熱を帯びた鉄の塊が襲い掛かって来るので注意が必要。
さて――まずはこっちでいくか。
俺は布都御魂ではなく、石切剣を取り出す。
日下遊園地跡Dで手に入れたものではない。あそこで手に入れたものは全て政府に売却済み。
これは日下遊園地Dのデータから作られたPDで手に入れたものだ。
手元に十二本ある。
使い潰しても後悔はない。
「必中剣!」
俺の剣が鉄人形と衝突する。
火花が散った。
石をも切り裂くと言われる剣だが、貫けない。
浅い傷を作っただけだ。
鉄人形が殴りかかってくるが、後ろに引いて距離を取る。
俺が有利なのはリーチの長さだ。
インファイトに持ち込まれるつもりはない。
見た目のダメージは小さいが、人形系の魔物は手足や首を斬り落とすだけでなく、体内への衝撃が蓄積されても死ぬ。
俺の場合、さっきのように5回突いたら鉄人形は死んだ。
そして、黄色のDコイン――100D=5000円1枚と、鉄のインゴットを落とす。
姫からダンジョンに潜る前に見せてもらった資料では、鉄人形の経験値は約2000。スライム2000匹分、経験値薬2本分か。薬を作る手間を考えると、薬を飲むよりここでレベル上げをした方が効率がいいな。
出てくる魔物は鉄人形だけではない。
ゴブリンの上位種のゴブリンリーダーが現れて、全員鉄の剣や槍、弓矢などを持っている。しかもゴブリンリーダーはチームワークが抜群だ。全員リーダーって名前がついているんだから、船頭多くて船山登れよ。なんで最高の連携できてるんだよ。
もっとも、こいつらの守備値は大したことがないので、全員一撃で倒せるのはありがたい。
十二体目の鉄人形を倒したところで、石切剣が折れた。
使い捨てだからと適当に使っていたが、こうも簡単に折れるとは。
ちょうどいいので、少し戻ってみんなと合流しよう。
今日はミルクの作ったお弁当で昼食だ。
この前の日下遊園地Dの昼食は携帯食だったが、土日のダンジョン探索ではアヤメとミルクが交代でお弁当を作ってくれる。
俺も作ろうかと言ったのだが、二人とも料理が好きだからと言った。
俺の料理が下手だと思っているのかも。
ちなみに、姫は作らないのかと聞いたら――
「私に何を期待してるの?」
とのこと。
姫に頼んだら、ホテルのシェフが代わりに作ってくれそうだ。
「この牛筋煮、めっちゃ柔らかいな」
「うん、圧力鍋でいっぱい煮込んだからね」
卵焼きもふわふわだ。
本当に、幼馴染の女の子の手作りお弁当を食べられるって、いまどきギャルゲーの世界でも滅多にない最高イベントだぞ。
それを毎週味わえるって、役得だよなぁ。
「壱野さん、鉄人形はどうでした?」
「ああ、十二匹倒したよ。ただ、予備の剣がボロボロになってな」
「魔法は使わなかったの? 泰良、火魔法使えるでしょ?」
「俺の火魔法は熟練度が低いから一撃で倒せなかった時のことを考えるとな……。ゴブリンリーダーたちには結構使ったぞ」
姫の質問に答える。
俺はあくまで前衛だからな。
魔法の戦いは厳しそうだ。
「アヤメとミルクは次々に新しい魔法を覚えていくんだが、俺はほとんど増えないんだよ」
俺はフレイムアローしか使えないんだよ。
こっそり、トレジャーボックスTから出る一時的に魔法の熟練度の成長率が上がる薬も飲んでいるんだが。
「覚醒者以外は魔法の熟練度が上がりにくいから仕方ないわね」
「そういう違いもあるのか」
てことは獄炎魔法も地獄の業火以外は使えないと思った方がよさそうだ。
四人集まったので、久しぶりに五階層でキューブ狩り競争をした。
今回はトレジャーボックスの数ではなく、Dコインの額で勝負となった。
気配探知を使える俺が有利だと思ったが、結果は姫の圧勝だった。
分身を使って二手に分かれて狩った姫の作戦勝ちだな。
もちろん、トレジャーボックスの数だけなら俺の一人勝ちだった。
翌日、姫、アヤメ、ミルクがそれぞれ開けられそうなD缶を三個見繕ってプレゼントし、同じようにダンジョン探索をした。
俺以外の三人のレベルが上がったが、俺だけはレベル35のままだ。
レベル30になったら極端にレベルが上がりにくくなるって姫から教わったが、成長しないのは面白くないんだよな。
やっぱりPDでレベル上げをする必要がありそうだ。
魔法熟練度成長薬を確保するためにも、帰ったらクロと一緒にミミック狩りだな。
月曜日が来た。
疲労が抜けきっていない。
もう少しPDの中で寝てきた方がよかっただろうか?
「壱野くん、なんか疲れてるように見えるけど大丈夫?」
「大丈夫だ。水野さん、久しぶりだな」
「久しぶりって、金曜に会ったじゃない」
「あ、あぁ、そうだった」
レベル36になるまでって思ってミミック狩りを続けたが、体感二週間くらいダンジョンに潜ってたもんな。
夢の中でもミミック狩りをしていた。
全然新しい魔法は覚えないし、ミミック狩りし過ぎてトレジャーボックスTを開けるのも面倒になってきたし、身代わりの腕輪も三桁になったし。
ミミック狩りし過ぎて、宝箱とみたら条件反射的に壊してしまった結果、本物の宝箱を壊して中身がガラクタになってしまったこともあった。
前衛芸術のような置物で、とりあえず一階層に飾っている。
ダンポンから変な物を飾るなって言われたけれど、お前が作ったダンジョンから出たものだろうってツッコミたい。
そんなこんな、二週間いろいろあった。
水野さんに会うのも久しぶりだって思うよ。
ってあれ?
水野さんがじっとこっちを見ている。
「あぁ、もしかして相談?」
「うん、でも壱野くん、しんどいのなら」
「大丈夫大丈夫、精神的にしんどいだけで体は元気だから。なんでも相談に乗るよ」
俺はなんとか笑顔を浮かべて言った。
水野さんは少し考えたが、俺に尋ねる。
「昨日ダンジョン局にいって、鍛冶師の覚醒者登録したの。そうしたら、いろんなところから鍛冶師のスカウトが来てね」
「そうなのか。鍛冶師のなり手は少ないからな」
と水野さんがスマホを見せてくれた。
ダンジョン局のホームページの個人ページか。
俺は登録していないけれど、覚醒者とかが登録すると、いろんな企業からスカウトのメッセージが来るらしい。
画面は37件中31~37件となっていた。
登録したばかりなのに、37件の企業からお誘いが来てるのか。
俺でも知っている企業の名前もある。
「それでね、一つ気になった企業があったんだ。名前は聞いたことがなかったんだけど、ダンジョン局のホームページにも載ってるちゃんとした会社で、規模は小さいけれど若い女の子も多い職場なんだって。家族にも相談して、今日、私の家に来てくれるんだけど……私もお父さんもお母さんもダンジョンについてはあまり詳しくないの。だから、もしよかったら壱野くんも同席してくれないかな?」
「俺なんかでよかったらよろこんで」
そっか。
心配していたけれど、水野さんはちゃんと自分の意志で前に進むことにしたんだ。
だったら応援しよう。
もちろん、これから来る企業の説明が最低最悪の企業だったら口を挟むつもりだが、さすがにそんな企業ではないだろう。
放課後、直接水野さんの家に行く。
そういえばどんな企業か聞いてなかったな。
「なんでその企業に選んだんだ?」
「えっと、一番の理由は土日だけの出勤でも快く受け入れてくれたんだ。なんなら大学の進学支援もしてくれるって」
「へぇ、それはいい会社だな……?」
普通なら、一刻も早く卒業して就職しろって思うだろうが、土日だけでもいい、大学に行ってもいい、なんなら支援もするっていくらなんでもホワイト過ぎるだろ。
逆に怪しく見えてきた。
これは気を引き締めていかないと。
水野さんのお父さんがいるから変な契約に引っかかることはないと思うが、しかし――
「姉ちゃん、お客さんが来てるよ」
「羊羹もらった!」
弟くんと妹ちゃんが家の外で待っていた。
って、もう待ってるのか。
「お父さんの機嫌が凄く悪いから気を付けてね」
弟くん、不吉な情報をくれるなよ。
少し怖いと思いながら、俺は水野さんと一緒に工場にあるという打ち合わせ用の部屋に向かった。
水野さんが扉をノックして、失礼しますと部屋に入る。
そこには水野さんのご両親と企業の――ってえ?
「どうしてここに壱野様がいらっしゃるのですか?」
「それはこっちも聞きたいですよ。いや、だいたいわかりましたが」
そこにいるのは天下無双の事務員、明石さんだった。
彼女がここにいる理由なんて一つしかないよな。
~おまけ~
俺の名前は吹雪。
小説家(自称)だ。
書いている小説はリアリティを追求するために作ったダンジョン物の小説。有名なダンジョン配信小説をいろいろと見て書き上げた。
いじめられっ子がダンジョンに潜り、男仲間とともに最強となる小説だ。
我ながら傑作だと思うのだが、しかし俺はダンジョンに潜ったことがない。
リアリティーに欠けると思われるのは嫌だ。
そんな中、クラスメートに探索者がいることを知った。
壱野泰良――まぁ、時々話すし、いい奴だと思う。
だから、俺は恥を忍んで奴に相談することにした。
「小説を読んで欲しい?」
壱野の問いに俺は頷いた。
リアリティーを追求していると伝え、思ったことは何でも教えて欲しいと。
本来、素人の小説を読むのは人によっては苦行なのだが壱野は快く受け入れてくれた。
次の日、壱野は俺が渡した小説を持って言った。
「面白かったよ」
「そういう話じゃない。リアルだったか?」
「あぁ……どうだろ」
壱野の反応が優れない。
「言いたいことがあれば言ってくれ。探索者ならではの視点があるだろ?」
「そうだな……仲間四人に好かれるコミュニティ能力があるのに、なんでいじめられてたんだ、こいつ? って思ったことはあったな。いじめる側に原因があるのはわかるけど、これだけのコミュ力があればもっと無難に解決できただろって」
「……いや、ダンジョンの方でだな……」
「あ、ダンジョンの話だったか。悪い」
くそっ、壱野の奴め、痛いところを突きやがる。
だが、仕方がないのだ。
あぁ、仕方がないのだ。
「はじめてのダンジョンに緊張しているってあるが、はじめてのダンジョンはむしろ拍子抜けだったぞ。なにしろ、ブルーシートの上に座ってスライムが湧くのを待つだけだからな」
「そうなのか? でも、配信だと――」
「あれは四階層以降の有名配信者だからな。初めてのダンジョン探索タグの動画を見てみなよ。視聴者数が最弱なのも頷けるくらいくそつまらないから。ダンジョン内を歩いて魔物を狩るなんて無理だ。フィクション小説としては面白いけれど、リアリティはない」
「くっ、やっぱり自分でダンジョンに行くしかないのか」
「そうだな。今度初心者講習に行ってみるか?」
「そんなのがあるのか? ぜひ行きたい!」
壱野はどこかに電話をした。
そして、電話を切り、オッケーだって伝えてくれた。
土曜日、俺は天王寺のダンジョンに行く。
なんと、俺が初めて潜るダンジョンはてんしばダンジョンだった。
押野グループの宿泊客しか入れないレアダンジョンのはずだが、壱野の奴、どんなコネで初心者講習の予約をしてくれたんだ?
いきなりリアリティーに欠ける展開だ。
お金は要らないって言っていたが、俺、騙されたんじゃないか?
結局壱野は来ず、「え? お前あれ信じたの?」って言われないか?
もしかして、壱野の奴、俺の虐めの描写力が悪いと思って、虐めるつもりじゃないだろうな?
と不安に思っていたが、
「吹雪、お待たせ!」
壱野は本当に来た。
壱野を疑ったことを心の中で恥――そして――
「い、いちの? その、彼女たちは?」
「ん? 俺のパーティメンバーだ。毎週彼女たちとダンジョンに潜ってるんだよ」
と壱野はさも普通のように言った。
作家の俺だからわかる。
ピンク髪ポニーテールちゃんと緑髪ショートヘヤちゃん、露骨に「相手が男でよかった」って顔をしている。
二人とも、絶対壱野のことが好きだろう。
それに、金髪のツインテールのロリっ子、え? まじで彼女18歳以上? 合法ロリ?
しかも、全員が美人だ。
どこのアイドルグループだよって思う。
可愛すぎてリアリティに欠ける組み合わせだ。
「どうした? 吹雪」
「い……」
「ん?」
「壱野のバッカヤロー! こんなのリアリティーじゃねぇっ!」
俺は逃げ出した。
俺はリアリティ―を書きたいんだ。
リア充を書きたいんじゃねぇ!




