アヤメとの記念デート
水曜日の学校の授業が早く終わるのは俺が通う月新高校も、ミルクやアヤメが通う桐陽高校も変わらないらしい。
その日、俺はアヤメの家の近くの駅で待ち合わせをした。
ここの駅は俺の最寄り駅とバスで一本で通じているのだが、デパート等もあり結構栄えているイメージだ。
あとは映画館でもあればデートにはいいんだろうけれど、残念ながら俺の住んでいる市内にもこの駅のある市内にも映画館は存在しない。
自転車であと40分くらい走らせれば映画館のあるショッピングモールがあるんだけど、やっぱり遠いよな。
まぁ、デートする相手なんていないから、映画館なんて青木と一緒に見に行くくらいだけど。
行先は大阪駅。
天王寺に行くなら俺の家の近くの駅の方が便利だけど、大阪駅ならこっちの方が楽なので今日はここで待ち合わせになった。
とはいえ、俺の家から自転車で20分程なので、こちらも最寄り駅といえば最寄り駅なのだが。
約束の時間まであと1時間くらいあるな。
映画は無理だけど、何もしないのは勿体ない。
「アヤメ、どっか行きたいところある?」
「じゃあ、ダンジョンの販売所に行きたいです」
「販売所か。いいね、行こう行こう」
約一カ月ぶりの販売所だ。
探索者の数が減ったので空いているかと思ったが、そうでもなかった。
実際に探索者の数が減ったのは新人で、彼らは販売所に来る用事はないからな。レベル10以上の探索者も減るには減ったが、それ以上にこのチャンスにレベル10になった青木のような探索者もいるから、プラスマイナスゼロってことか。
ダンジョン内で使える様々な物が置いてある。
「配信者が撮影してますね」
アヤメが言った。
販売所では一応許可を貰って、他の客に迷惑を掛けないって条件で撮影することがある。
ダンジョンに興味のない人でも面白おかしく商品の紹介してくれるので、宣伝代わりになるのだろう。
って、あれ?
撮影者がちょうど撮影を終えたところで、俺はそいつに声をかけた。
「青木か?」
そこにいたのは青木だった。
「おぉ、壱野も来てたんだ。その子誰? もしかして彼女?」
「違うよ。ダンジョン探索の仲間。それより、配信か?」
「これからダンジョンに潜るからその前にな――」
「その恰好で配信やってるの?」
「お前、俺の配信見てないだろ。水曜日はサービスデーだって言われるほどの人気の回なんだぞ? と、悪い。響さん待たせてるんだ。じゃあ、君もまた今度、一緒にお茶でもしようね」
と青木はそう言い残し、販売所の店員にお礼を言って去っていった。
ミルクといい、販売所ではよく知り合いに遭うな。
ってあれ? アヤメの表情が暗い?
あ、そういえばミルクがアヤメは人見知りだって言っていた気がする。
俺とは人見知り以前の出会い方をしたし、姫には謎の対抗意識を燃やしていたが、明石さんや妃とはほとんど話していなかったもんな。
青木に対して緊張したのだろうか?
話せばすぐに仲良くなると思うんだが。
「あ、あの、壱野さん。今の人って」
「ああ、あいつは青木っていうんだ。昔からの腐れ縁だな」
「仲が良いんですか?」
「うん、仲いいと思うぞ。趣味も合うし、この前も家に遊びに来て一緒に(ド〇ゴンボールの)DVD見てたし。あいつ人見知りとか全然しないから、俺の父さんや母さんとも仲がいいんだ」
「…………とってもカワイイ人でしたね」
「俺もそう思う。マジでカワイイよな。あれぞ女の中の女って見た目してるよ」
俺は冗談でそう言ったのだが、なんかアヤメがさらに落ち込んでる。
もしかして、青木が苦手なのか?
俺と仲良くしてたら青木と今後付き合っていくのが不安だと?
「あ、あの、青木さんは壱野さんの彼女でしょうか?」
「いや、あいつ男だぞ?」
「…………」
「…………」
「…………え?」
アヤメが固まった。
あぁ、そういえばそこを説明してなかったな。
俺は写真を見ていたし、動画も一度見たことがあったから直ぐに青木だって気付いたが、前知識がなかったら女の子に見えるか。
声も男にしてはソプラノ声だし。
「でも、スカートだし多様性の時代だからそういう――」
「いや、配信者の仕事。女装姿で配信してるだけで、心も男。普段の姿も男。なんか水曜日だけ女装させられてるらしい」
今日の青木の姿は配信用の女装姿だった。
確かにあれじゃわからないかもしれない。
俺はスマホを取り出し、四月にダンジョンに行く前に一緒に撮った写真を見せる。
「ほら、これが青木の普段の姿」
「本当に男の子だ……」
「だろ?」
ようやくアヤメも信じてくれた。
いやぁ、それにしても生で見ると迫力が全然違うわ。
俺も直ぐに気付かなかったもんな。
戎橋にいったらナンパ男百人くらいから声かけられるんじゃないか?
「私、勘違いしてました」
アヤメが笑顔で言う。
なんか知らないけれど、機嫌も直ったようだ。
さて、装備を見るか。
いつもは手前の比較的安価な商品を見るのだが、今日は奥の比較的高いものを見る。
「アヤメはこういうのがいいんじゃないか?」
「魔術師用のローブですか。でも、高すぎませんか?」
「確かに800万は高いけど、安物を買ったらすぐに新しいものを買わなくちゃいけなくなるぞ?」
「そうですね……でも、今は保留で。さすがに直ぐに決めるのは難しいです」
「だよな。俺も、ちょうどいいものがあったんだが――」
動きやすそうな戦闘服が売られていた。
調整費込みで2180万円。
買えないことはないが、やっぱり即決できるものではない。
どのみち、これらが必要になってくるのはもっと深い階層だろうからな。
「壱野さん、D缶が売ってますよ」
「へぇ、販売所でも売ってるんだ。一個五千円か」
オークションと値段が変わらないな。
オークションと違って詳細鑑定で開けられそうなものだけ買うことができるからむしろ都合がいい。
問題は販売個数が少ないことか。
「聞いた話ですけど、前にお金持ちの人が関西中のD缶を買い占めたせいで品不足らしいです。先月のことらしいですけど」
先月?
お金持ちが買い占めた?
……もしかして、牛蔵さんかっ!?
個人で集めていたにしてはやけに多いって思っていたが、あの人、俺にプレゼントするために関西の販売所に出回ってるD缶を全部買い占めていたのか。
何か開けやすいものはないか調べてみる。
お、これいいじゃないか。
俺はD缶を手に取った。
【開封条件:俊敏値250以上の人が10秒以上触れる】
これなら、姫が10秒触れるだけで開封する。
あいつにプレゼントするか。
「そういえば、私が借りている杖もD缶から出たんですよね。一個買ってみようかな。私、これでも運はいい方なんですよ。壱野さんと比べられると困りますけど」
と言ってアヤメが手に取ったD缶の解放条件は――
【開封条件:将棋の八大タイトルを制覇する】
いや、八冠とか無理だろ。
彼女はこれを買っても、その缶は一生開くことはない。
もっといいものはないか?
俺はその隣のD缶を見る。
【開封条件:大魔術師の杖の所有者が半日以上所有権を持っている】
……っ!?
これぞまさにアヤメのためのD缶じゃないか。
一体、これは中に何が入っているんだ?
「――壱野さんはその二個を買うんですか?」
「そうしようと思ってるんだ」
アヤメにこれを買えっていうのは不自然か?
でも、これはアヤメにしか開けられない。
彼女が今持っているD缶ではなく、こっちのD缶に興味を持つ方法は何かあるか?
俺からのプレゼントにするか?
理由は?
何かの記念日とか?
記念――記念といえば、万博記念公園――あそこで出会って何日目だ?
何も理由がないと彼女は受け取ってもらえないと思う。
俺はアヤメに貸しを作り過ぎてしまった。
「アヤメにこのD缶をプレゼントしたいんだ」
「え? でも壱野さんにはいつもお世話になっているのに、これ以上お世話になるには――」
「今日、二人で出かけた記念に――」
……ダメだ、理由がそんなのしか思い浮かばなかった。
さすがにこれはないよな。
いまからでももっとまともな理由を――
「あ、ありがとうございます」
ってあれ? アヤメ、普通に受け入れた?
会計を済ませて彼女にプレゼントする。
贈答用ということで包装もしてもらった。
「これ、私から壱野さんに――プレゼントのお返しです」
とさっきアヤメが持っていたD缶を貰った。
……いまから将棋を始めても八冠は無理だろうな。
せっかくの女の子からのプレゼントだし、部屋に飾っておくか。
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