待ちきれないトゥーナ
トゥーナは、俺の家に住んだり俺のいる学校に通ったりカレーメーカーのCMに出演したりやりたいことをやっているように思えるが、彼女が我儘を言うことはかなり少ないと思う。
実際、彼女の要望で通うことになった学園生活も、ほとんど政府から要望された外交の仕事やダンジョン局から依頼されたクエスト発行の業務、他にも断り切れないテレビ出演等で週に二日通えたらいい方だったりする。
ちょっと散歩に出るだけでも護衛がついて回ることになるので小腹が空いたからと気軽にコンビニのにカレーパンを買いに行くこともできない。
その生活に不満はないかと尋ねたが、彼女は言った。
「……不便は感じない。女王だった頃の生活はもっと窮屈だった」
エルフの姫として生まれ、女王になった彼女にとって、護衛がいるのは当たり前のことだし、プライベートの優先度が低いことも常だった。
そんな彼女が言った。
奈良県の謎のダンジョンに行きたいと。
その理由が「気になる」というだけ。
できれば彼女の要望は聞いてあげたいと思う。
だが、現在の彼女の護衛はあくまで地上の、対魔物ではなく対人の護衛である。
ダンジョンの中に現れる魔物相手には無力に等しいし、彼らの持っている銃火器や連絡手段の通信機器は一切使えない。
それなら、探索者の護衛を付ければいいと思うかもしれないが、そうもいかない理由があった。
かつて、彼女は護衛に裏切られて死に瀕したことがある。
その護衛というのは、終末の獣に操られた西条さんだ。
その時は事なきを得たのだが、しかしそれはあくまで結果論に過ぎない。
あとから知った話だが、国際的に大きな問題になった。
護衛を付けたのにトゥーナを危険な目に合わせた。
日本政府に任せておけば、また彼女が危険な目に遭うかもしれない。
エルフの女王は我が国で保護するべきである。
と、まぁそんな内容だったそうだ。
トゥーナがこの国――というか俺の傍にいることを望んでいること。
それに加え、自分をこの国に留める代わりに他国の探索者にもクエストを発行する約束――裏を返せば無理にこの国から連れ出そうとすればその国の探索者にはクエストを発行しないという脅し――によりこの国に留まることが認められている。
そんな状況なのに、またトゥーナを危険な目に遭わせたら、また他国から要らぬ茶々が入ることは間違いない。
トゥーナの要望を彼女の護衛についていた公安の人間には伝えたが、二つ返事で許可が出ることはなかった。
「俺たちが一緒に行くとは伝えたけど……それだけだと無理だろうな」
「……ん。仕方ない」
トゥーナが夕食のカレーコロッケにウスターソースをかけながら言う。
使い終わったウスターソースを受け取り、千切りキャベツにかける。
「だいたい、なんでそのダンジョンに行きたいんだ?」
「……情報に不確定要素が多い。推測で語れない」
「もしかして、危ない話なのか?」
「……黙秘権を行使する」
それって、トゥーナの推測が正しければ危ない状態ってことなのか。
そして、それを伝えたらダンジョンに入る許可が貰えないと思っていると?
あぁ、なんか面倒なことになりそうだな。
でも、いまあのダンジョンは閑を含め多くの研究員さんが調査している。
今のところ死者は出ていない。
単純にダンジョンに入るだけなら危険ということはない。
きっと、数日以内にダンジョンに入る許可が出ることだろう。
そう思っていた。
そして一ヶ月が経過した。
「かんぱーい!」
今日、俺たちの家でパーティが行われていた。
参加者は俺たちチーム救世主と、トゥーナ、青木、水野さん、明石さんといったほとんど身内だけのパーティだ。
俺の家ではない。
俺たちの家――正しくは俺、ミルク、アヤメ、姫の四人の家が完成したのだ。
これはその家の完成記念パーティである。
水野さんの所の豪邸にも勝ると思う。
ただ、重要なのは見事な外観でも、俺たちの座っている柔らかいソファや大きなテレビや一枚岩から作られたそこまで金を掛ける必要があるのかと思うようなテーブルでもない。
厳しいセキュリティだ。
玄関がカードキーと顔認証の両方の一致が必要とか、どこの施設だよって思う。
そして、この家を建てているとき、両隣と正面も同時に建築が始まっていた。
俺たちは知らないが、たぶん公安の詰め所だと思う。
外は公安に見張られ、最新セキュリティで守られたこの家に潜り込める泥棒はまずいないだろう。
このセキュリティにも意味はある。
まず、PDの存在だ。
これまで俺たちは庭からPDに入っていた。
入るときは細心の注意を払い、周囲に誰もいないことを確認して中に入る。
あの存在を外部の人間に知られるのはマズい。
PDは俺が行った全てのダンジョンをコピーし、探索できる。
しかも、PDの中の時間の速度は外の百倍で流れている。
つまり、PDの中で100日いても現実には1日しか経過していない。その間の老化も百分の一に抑えられる。
さらに、PDのダンポンはアイテムを販売でき、その中には便利なスキル玉も含まれる。
俺たちチーム救世主の四人が何らかの方法でレベル上げをしていることは、恐らく外部も気付いている。だが、恐らく高価な経験値薬の暴飲、経験値の取得率が数十倍にもなる装飾品の所持等その程度だと思っているだろう。
もしも、全てが知られたら、そして俺と結婚することでその恩恵にあずかれるのだとしたら――たとえば俺を拉致して自国の人間と結婚させ、その人間にPDを使わせることも可能ってことになる。
そして、なによりPDはどこでも設置でき、そのPDに片足を突っ込むことでダンジョンの外でも魔法やスキルを使うことができる。
それこそ、戦略兵器にも等しい魔法ですら。
そんなの知られたら、トゥーナ以上に他国から狙われ、俺にも護衛をつけられかねない。
そのため、PDの入り口は引っ越し後、この家の秘密の地下室に設置されることになる。
これで、周囲の目を気にすることなくPDに入ることができる。
この家は俺たち四人だけでなく、トゥーナも一緒に住むことになっている。だからこそ、公安も近隣に居を構えているのだ。
彼女にとって俺はエルフの世界を救う唯一の希望であり、離れて暮らすことは絶対にない。
そのトゥーナだが、この新居完成パーティで不満そうにしている。
彼女が不機嫌なのは今日だけではない。
ここ最近ずっとこの調子なのだ。
普段から口数は少ない方だが、いつもより少ない。
それに、ゲストとして呼ばれた青木や水野さんも心配そうにしている。
「なぁ、泰良。トゥーナちゃん、どうしたんだ? 黙々とカレー味のタンドリーチキンばっかり食べてるけど」
「……あぁ。一カ月前からある要望を政府に出してるんだが、その返事が全くなくてな」
トゥーナの奈良のダンジョン行きの許可がまだ出ていないのだ。
あまりの雰囲気に、みんな声を掛けにくい。
姫が俺を見て念話を送る。
なんとかしろと。
やれやれと俺はトゥーナの隣に座る。
「トゥーナ、少し落ち着けって。ほら、口が汚れてるぞ」
「……ん」
トゥーナの口を紙ナプキンで拭く。
トゥーナはそれを受け入れる。
「お前が何を考えてるかわからないが、政府だって何もしてないわけじゃない。準備はしてるって言ってるんだ」
「…………」
「それに、いまはめでたい席だ。せめて今日くらいは楽しく飯を食おうぜ」
「…………ん。ごめん。今日は楽しむ」
トゥーナはそう言って俺の顔を見る。
じっと見てくる。
「何をしてるんだ?」
「……笑ってる。わからない?」
わからねぇよ。
いつも通りの無表情すぎるわ。
でも、まぁこれで暫くは大丈夫だろう。
俺もレベルを上げて新しいスキルも手に入れた。
何かあっても対応する準備は整いつつある。
政府の準備ももう少し時間がかかってくれた方が俺としてはありがたい――
「ご歓談のところ少々よろしいでしょうか?」
明石さんが俺に声を掛ける。
「トゥーナ様のダンジョンに行きについて話があるそうです」
……俺の幸運ってこの程度なのか?
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