トゥーナの懸念
「クロ、帰るぞ」
水野さんの家からの帰り道。
クロにそう声を掛けると直ぐに駆け寄ってきて俺の影の中に入ろうとするが、待ったをかけ、鞄の中からリードを取り出した。
「ついでに散歩して帰るぞ」
「わふ」
クロは頷き、首輪にリードを装着する。
そしてシロにまたなと別れを告げ、自転車を押して帰路についた。
「寒いな。これから冬本番って感じだよな」
「わふ」
「お前はこのくらい寒い方がいいか。まぁ、雪が降ると犬は喜んで庭を駆けまわるって言うしな。」
「わふっ!」
「悪い悪い、狼だったな」
俺が謝ると、クロは大きく頷いた。
クロが鼻をすんすんしながら慣れた道を先導する。
川辺のベンチに座り、鞄からチュールを取り出してクロに食べさせる。
クロの大好物だ。
こうしていると、ただの犬にしか見えないんだよな。
「平和だな」
「わふ」
チュールを舐める舌を止めて頷いた。
奈良の謎のダンジョンに、石切ダンジョンの謎の通路。
そして、奈良のダンジョンで見つかった青木の生徒手帳。
いろいろな謎があるが、難しいことを考えるのは俺の仕事ではない。
調査をするのは閑先生や、竹内さんたちトップの探索者の仕事だしな。
俺たちがするのはレベル上げとスキル集め、そして強くなってDコインを集め、エルフの世界を救うことに意識を集中するべきか。
何と言っても俺はエルフの世界を救う勇者らしいからな。
「クロ。エルフの世界を救うために異世界に行くとしたらお前もついてきてくれるか?」
「わふ」
「はは、そうだな。何をいまさらって感じだな」
クロの頭を撫で、チュールの続きを食べさせていると、彼女が近付いてきた。
「チュール……じゃなくてトゥーナか。どうしたんだ?」
トゥーナだけでなく、遠巻きに護衛のスーツの男たちがいる。
「……ん、テレビ撮影の帰り。徹〇の部屋に出演してきた。二人の姿が見えたから車を停めてもらった」
「そうなのか? トゥーナが出演するなら見てみたいが、放送どうせ平日だろうな。録画するか」
「……大丈夫。放送データは事前にメールで送ってもらえる」
トゥーナがサムズアップして言う。
そうか、トゥーナもすっかりこっちの世界に馴染んでしまったな。
たった半年なのに順応性高すぎるだろうと思っていると、ミコトが出てきた。
彼女はトゥーナの召喚獣ということになっているので、護衛たちも驚いたりはしない。
「泰良は何か気味の悪い笑みを浮かべておったが何をしておったのじゃ?」
「気味悪くて悪かったな。束の間の平和を噛みしめていただけだよ」
クロがチュールを食べ終えたので、ゴミを袋に入れて鞄にしまう。
「トゥーナは一緒に歩いて帰るか? それとも車で帰るか?」
「……ん、一緒に歩く」
「そうか」
後ろの護衛の人たちも歩かせることになるが――まぁ、いいか。
トゥーナの自由意思が最優先だ。
「ミコトは――っていないし」
『妾は歩くのは面倒じゃ』
こいつ……まぁ、いざとなったら頼りになるし文句は言うまい。
しかし、クロがいるとはいえトゥーナと二人で散歩っていうのも久しぶりな気がする。
「そういえば、最近クエストの発行業務はどうなんだ?」
「ん、ボチボチ」
「ボチボチか」
俺もクエストは最近停滞気味だな。
剣術Ⅱを剣術Ⅲにしたら強くなれるのだろうか?
魔法を素早く詠唱するために速読を速読Ⅱに上げたりもしたい。
ただ、クエストで高い技能を得ようとすればそれだけクエストの難易度も上がり、時間を取られる。
だったらその分レベル上げに時間を費やした方がいい気がする。
「俺の方も忙しいんだよな。新しいダンジョンの調査とかいろいろあったし」
「……新しいダンジョン?」
「言ってなかったか? できたんだよ。ダンポンもダンプルも関わっていないダンジョンがな。ただ、有刺鉄線があって誰かが管理しているような雰囲気もあるし、いろいろと謎なんだよ」
「…………」
トゥーナが何か考え込むように俯く。
どうしたんだ? 急に。
「……そこに行きたい」
「え? いや、無理だって。そのダンジョンはまだ調査中だから一般人の立ち入りは禁止されてるし、お前だってダンジョンみたいな危ない場所の入場は禁止されてるだろ?」
「……なんとかして」
「なんとかって……なんでそんなに行きたがるんだ?」
「……気になる」
気になるってそんな曖昧な。
……どうしたらいいんだよ。
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そしてコミカライズ1巻の発売日は恐らく来年の1月になると思います




