閑の研究成果
「牛蔵さんっ!?」
「パパっ!? なんでパパがっ!?」
まさか、俺とミルクが同じホテルに泊まっているから心配になってきたのか!?
昨日の朝、ミルクが俺の部屋に来たがあれは夜這い、いや、朝這いではなく普通に起こしにきてくれただけで――いや、厳格な父親としては、嫁入り前の娘が男性の部屋に入るのはアウトなのか?
PDの判定では、ミルクは嫁入り前ではなく嫁入り後なんだけど――それを言ったら無事では済まない。
「えっと、牛蔵さんはどうしてこちらに?」
「私もいるぞ、ちの太くん」
「え?」
と牛蔵さんの陰に隠れる場所にいて気付かなかったが、閑さんも一緒にいた。
珍しい組み合わせだな。
と閑さんが何か装置を取り出した。
「何をしてるんですか?」
「盗聴器などの装置が設置されていないか調べている」
それだけで、周囲に聞かれたら困る話をするのだろうと予想がついた。
問題なかったのだろう、機械のスイッチをオフにすると、今度は別の装置を起動した。
そして、別の機械、別の機械と調べていく。
「何種類調べるんですか」
「一つの機械で全ての盗聴器を見つけられるわけないだろ? 最後に――」
何かのゴテゴテした装置を置く。
「閑さん、それは?」
「盗聴防止くん十四号だ。通常の電波や赤外線のみでなく、魔道具やスキルによる通信も遮断できる」
スキルによる通信?
俺はミルクに、アヤメに、姫に、ついでに水野さんに念話を送る。
返事がない。
クロは――あぁ、うん。クロの意識は感じる。
クロとは影で繋がっているから通信が遮断されても平気ってことか。
ただ、クロも眷属であるシロと会話ができないようになっているらしい。
「それ、閑さんが作ったんですか?」
「盗聴防止用の魔道具を組み込んでいるから、一から開発したわけではない」
「それで? それだけ厳重に情報漏洩の対策をしているってことは、何か大切な話があるんでしょ?」
「ああ、薬の試作品ができてな――」
と閑さんがアタッシェケースを取り出し、何やらボタンを押す。
とても慎重に一個一個ボタンを押していく。
もしかして、押し間違えたら爆発したりするのだろうか?
話しかけないでおこう。
ボタンを押し終えたあと、なんか指紋認証と網膜認証をして、ようやくアタッシュケースが開いた。
中に入っていたのは、太陽神の首飾りと、そして栄養ドリンクサイズの薬瓶だった。
「その薬はなんですか?」
「先日、ちの太くんにダンジョンの外でもある程度動けるようになる薬を渡しただろう? あれの改良版だよ。ダンジョンの外でも夜は一割のままだが、昼間は四割までダンジョン内の力が発揮できるようになっている。治験も一度だが済んでいる。本来ならば、実戦投入まであと何度か治験を行いたかったのだが時間がなくてね。ただ、治験での効果は完璧だったので安心したまえ」
閑さんが白衣のポケットに手を突っ込んだまま自慢気に言う。
四倍の効果っ!?
凄いな。
「五本しかないんですか?」
「ああ。量産が難しくてな。それに、薬を作るための素材もダンジョン産の貴重なものが多い。それで、押野くん。例のものはどうなった?」
「安心して、無事に借りることができたわ」
姫がそう言って、アイテムボックスから魔物寄せの笛を取り出した。
それを閑さんに渡す。
「おぉ、これがそうか――魔物が好む音が出る笛。興味があるな。音波に何か秘密があるのか、それとも音に魔力が乗るのか――」
閑さんがニタニタと笛を見て言う。
ちなみに笛の歌口は洗浄消毒済みらしい。
「姫、魔物寄せの笛を頼まれたのって、閑さんに頼まれてたのか?」
「先生じゃなくて、上松大臣に頼まれてたの。世界に数える程しかない貴重なアイテムだから、私の伝手でなんとか手に入れられないかってね。デクランが持っていることは知っていたみたい」
「上松大臣に? なんでまた――」
琵琶湖ダンジョンで効率よく戦うために手に入れたとばかり思っていたが。
「ダンジョンの外に出た魔物をダンジョンの中に戻すためだ。諸刃の剣だがな」
牛蔵さんが説明をした。
「……あ、そういうことか」
魔物寄せの笛は魔物を呼ぶことができる。
つまり、ダンジョンから出た魔物もダンジョンの中に呼び戻すことができる。
しかし、ダンジョンの外に出た魔物に使う場合、笛の効果を考えると最初に笛を吹くのはダンジョンの入り口付近――外になるだろう。
そんな場所で笛を吹けば、当然、ダンジョンの中からも魔物が出てくるだろうし、挟み撃ちになったら大変なことになる。
諸刃の剣とはそういうことだ。
そうならないためには、魔物寄せの笛を使うとき、ダンジョン内でも魔物の動きを抑える人間が必要になってくる。
しかし、ダンジョンの外だと自衛隊でも歯が立たない魔物だ。
それをダンジョンの中に戻すことができるというのは有用なアイテムと言えるだろう。
もしかしたら、魔物寄せの笛のレンタル料や販売価格が出鱈目に高いのも、そういう事情があるのかもしれない。
「それで、パパは何でここに来たの?」
ミルクが尋ねる。
「それと閑さんも――」
「私はダンジョンの中に入って瘴気の変化を調べるためだ。牧野氏は」
「新しくできる黒のダンジョンは琵琶湖ダンジョンと同じ湖のマップになるそうだからな。環境になれるためにも暫く潜ろうと思ってきた」
「パパ一人で?」
「来週にはパーティメンバーが集まるが、ひとまずは一人だな。五十四階層の大型の魔物と戦う予定だ。私と相性がいいのでね」
五十四階層ソロ攻略っ!?
うわぁ、牛蔵さん、マジでパネェ。
「それと、黒のダンジョンが設置される日と場所が決まった。十二月八日。そして、場所は矢橋帰帆島公園だ」
「矢橋帰帆島公園っ!?」
……ってどこだ?




