徹夜の代償
魔物寄せの笛は同じ階層で連続で使っても効果が薄いので、四十一階層、四十二階層、四十五階層、休憩を挟んでもう一度四十一階層に戻ってと繰り返し戦った。
四十三階層は祭壇があるので休憩部屋代わりに利用、四十四階層には、鰐霊神のような霊型の魔物が複数いたので、そこはスルーする。
四十四階層と言えば、湖の中から舟幽霊のような白い手が現れたときは本当にビビった。
姫が泡を吹いて倒れたくらいだ。
鰐霊神は平気だから、苦手なのはゾンビだけなのかと思ったが、ああいうのも苦手なんだな。
まぁ、得意な人間の方が少ないと思うが。
さすがに四十六階層より下は敵も強く、魔物寄せの笛を使ったらリスクが高すぎる
「少し仮眠を取って、もう一周行って終わりにするか」
四十三階層の祭壇で休憩して言う。
「そうね。結局やってることはいつも通りね」
魔物の量が十倍のPDと、魔物寄せの笛で魔物を集めているのでは後者の方が魔物の数が多いが、しかし俺たちも強くなったため、しっかり戦えている。
「ところで、今何時ですかね」
「PDに潜っていたときは時間とか気にせず戦ってたもんな――えっと」
アヤメに言われて懐中時計を取り出して時刻を確認する。
二時半か。
「まだ潜って五時間半? 変だな、もっと潜ってると思ってたが」
「あれ? 結構前に時計を見たときも三時だったよ?」
ミルクが言う。
……ん?
もしかして――
と思ったとき、姫の腰のポーチに入れていた配信クリスタルが光った。
手に取ってスイッチを入れる。
〔サポート:お嬢様がまだホテルに戻っていないと西条様より連絡がありましたが、ダンジョンの中ですか?〕
明石さんから安否確認の連絡が来た。
どうやら十七時間半も潜っていたらしい。
途中に仮眠や休憩を何度も挟んだせいで時間の感覚がおかしくなっていた。
「ええ、ダンジョンの中よ。戦いに夢中で時間を忘れていたの。もうホテルに戻ることにするわ。彼にもそう伝えておいて」
姫が配信クリスタルを起動させて言った。
そして、俺たちは急いで一階層に戻り、更衣室でシャワーを浴びて、女性陣が着替え終わるまでの間にPDを回収してタクシーの手配をする。
ちょうど姫たちが着替え終わったところでタクシーがやってきた。
深夜なのにテンションの高い運転手さんに俺たちの正体がバレて、「やっぱりチーム救世主ってこんな時間までダンジョンに潜ってるんですね」と感心され、そしてホテルに着いたときには午前四時前になっていた。
そして四人全員バラバラに部屋に戻った。
シャワーを浴びたし、風呂はもういらないか。
俺はそのままベッドに横になる。
何か忘れているような気がするが、まぁいいか。
翌朝はミルクに起こされることなく一人で起床。
時計を見ると朝の十時だった。
ホテルのチェックアウトの時間はとっくに過ぎているが、まぁ姫がいるから怒られることはないだろう。
持つべきものは社長令嬢だ。
ミルクに念話を送ると、彼女も今起きたところらしい。
姫とアヤメも出発の準備をしている感じ。
俺も着替えて、四人で合流。
ホテルのレストランはランチ営業前の準備中で店内も清掃中だった。
しかし、そこは系列グループを纏める社長の娘の姫の力もあり、会議室に料理を運んでもらえることになった。
そして朝飯――量的にも時間的にも昼飯と兼用――が運ばれてきたところで思い出した。
「今日は妃さんを朝食に誘うように頼まれてたのに忘れてた」
まぁ、朝の八時に起きるのは無理だっただろう。
もしかしたら、昨日の夕食も一緒に食べたかったかもしれない。
妃さん、落ち込んでないといいけど。
「それで、今日はどうするんだ? いまからダンジョンに潜るのか?」
「そうしたいんだけど、明石から怒られたのよ。国の命令でダンジョンに潜ってるのに無茶をしたらダメだって。だから、今日は昨日の戦利品を資料にまとめるのと、反省会にしましょ。泰良、昨日手に入れたアイテム全部出せる?」
「待ってくれ――うん。Dコインと魔石はそれ以前に手に入れた分と混ざってるから難しいが、それ以外なら入手順に並んでるから全部取り出せる」
「じゃあ、机に出して――あ、濡れてるものとか汚れそうなものは下にレジャーシートを敷いてよね」
「わかってるよ」
全部取り出す。
いやぁ、魔物を大量に倒したから戦利品も凄い量だな。
しかし、ほとんど扱いの難しいものばかりだ。
「これ、俺たちが纏めるのか?」
「今日の夜にダンジョン局大阪支部の人間が進捗の確認に来るから、私たちは別に何もしなくてもいいわよ」
「そっか」
ダンジョン局に滋賀支部はないのか。
大阪支部の人、忙しいのに色々と仕事増やしてごめんなさい。
「反省会といえば、やっぱり俺の魔法の汎用性の無さと、姫が舟幽霊相手に気絶したことか?」
「違うわよ! あれは舟幽霊じゃなくて、ゴーストハンズ! 手の魔物なの。幽霊じゃないから物理攻撃も通じる。あと気絶はしてないわ。意識を手放して見ないようにしただけよ!」
姫が強がって言う。
意識的に意識を手放すとかできるわけないだろ。
「そういえば、泰良の剣、亀の魔物に弾かれてたよね」
「ああ。これまでの敵なら甲羅ごと斬り倒すことができたんだけどな。攻撃値が足りないのか?」
「攻撃値じゃなくて、武器の切れ味の問題でしょ。新しい武器を用意したほうがよさそうね」
「これって伝説の剣だろ?」
レプリカだけど。
それでも日本の神話に登場する由緒ある剣だ。
八岐大蛇だって倒してるのに。
「泰良だってゲームはするでしょ? どんな優れた武器だって強化しないといけないのよ」
「つまり、水野さんのレベルを上げないといけないってことか?」
昨日も姫がそんなことを言っていた。
ただ、今でも十分すぎる程頑張ってくれている。
これ以上負担を強いることはできないだろう。
「別に真衣じゃなくても、外部に依頼するのよ」
「外部って、どこの?」
「GDCグループよ。私の兄がアメリカで鍛冶師をしているわ。レベルはそろそろ200になるって言ってたわね」
鍛冶師でレベル200。
姫の兄ってことは、俺たちより当然年上で、何年も前からダンジョンに潜っているのだろうけれど、それでも凄いな。
「でも、俺たちにとって鍛冶師って言ったら水野さんだからなぁ」
「一つの案ってことですよね? それだけ忙しい人なら日本に来てもらうことは難しいでしょうし、私たちもアメリカに行く時間はありませんから」
アヤメが言った。
今すぐってわけじゃない。
硬い魔物以外は普通に倒せるわけだし、硬い相手でも斬れないだけでダメージは通っている。
と考えていたら扉がノックされた。
ダンジョン局の人がもう来たのだろうか?
そう思って扉を開けると、そこにいたのは牛蔵さんだった。




