浮空石の不具合
二十一階層に迷宮転移、そこから転移陣を使って一階層に移動。
一度外に出てPDに移動しようとしたら、妃さんたちがいた。
君代さんと剛鬼さん、静鬼さんも一緒だ。
現在時刻は朝の九時。
どうやら、妃さんたちはいまからダンジョンに入るようだ。
「あら? 姫、もう帰るのですの?」
「ちょっと休憩よ。こっちは太陽が昇る前からダンジョンに潜ってたの」
「そうだったんですの? メッセージを送っても既読が付かなかったのはそういうわけなのですね」
妃さんが安心しているようだ。
もしかして、姫と朝ご飯を一緒に食べようと誘ったのかもしれない。
「壱野様。もしよろしければ、明日の朝は姫お嬢様から妃お嬢様を食事に誘っていただけると助かります」
君代さんが俺にだけ聞こえるように言った。
やっぱり朝ご飯一緒に食べたかったんだ。
俺は頷いて「わかりました」と小声で言う。
改めて、地上に出て、琵琶湖ダンジョンの隣に設置したままのPDに移動。
「タイラ。おかえりなさいなのです」
「お邪魔してるのですよ」
二人のダンポンがゲー〇ボーイで遊んでいた。
通信ケーブルがあるってことは対戦しているのか交換しているのか。
「泰良、もう探索は終わりなのです?」
「いや、一度PDの四十一階層に潜って、そこから琵琶湖ダンジョンの四十一階層に移動しようと思ったんだ」
「この人間、管理者のいる前で堂々と不正入場するって言ってるのですよ」
「タイラはこういう人間なのですよ」
こういう人間で悪かったな。
「それより、ダンポン」
「「なんなのです?」」
「琵琶湖ダンジョンのダンポン――これについて尋ねたいんだが」
それをインベントリから取り出した。
それを見た瞬間、琵琶湖ダンジョンのダンポンは「……あぁ」と声を上げた。
心当たりがあるようだ。
「それ、浮空石なのです? なんでこの世界にあるのです?」
PDのダンポンが言った。
「この人間がD缶から出したのですよ。鑑定結果の書き換えが面倒だったのです」
「さっき席を外したのはそのためだったのですね」
鑑定結果、やっぱりダンポンが管理していたのか。
「これ、どうやって使うんだ?」
「魔力を込めたらいいのですよ」
「魔力を込めても動かんぞ?」
「……? 見せてみるのです」
琵琶湖のダンポンが念動力を使って俺から浮空石を受け取り、調べる。
「んー、どうやら魔力の質があっちの世界とこっちの世界では違うみたいなのです」
「魔力の質って、世界によって違うの? そもそも、地球には魔力なんてものはないんだから、この世界の魔力ってダンジョン由来のものじゃないの?」
「あっちの世界はダンジョンができる前から魔力があったので、ダンジョン由来ではないのです。でも、ほとんど違いはないのですよ。硬水と軟水くらいの違いしかないのです」
琵琶湖ダンジョンのダンポンが姫の質問に答えた。
今回はその些細な違いが浮空石の発動の阻害になっているらしい。
日本人は軟水に慣れているから、ヨーロッパに海外旅行に行って硬水のミネラルウォーターを飲んだらお腹を壊す――みたいな話だろうか。
「では、私たちはこの浮空石を使えないってことですか?」
「少なくともそのままじゃ使えないのですよ」
「ダンポンが使えるように設定してくれるの?」
「それはできないのですよ。やり方がわからないのです。鑑定結果も後で書き換えておくのですよ」
そういうことなら、閑さんの研究材料にしてもらおう。
さっき不正入場とか言われたので、琵琶湖ダンジョンのダンポンに改めてPDから琵琶湖ダンジョンに入る許可を貰うことにした。
管理人の許可を貰ったから、もう不正入場じゃないよな。
と思ったら、せめて四十階層のボスだけは倒すように言われた。
そうすれば、PDからの入場を認めるだけでなく、俺たちが入っていない琵琶湖ダンジョンの二十四階層から三十九階層もPDで再現してもいいと言われた。
「四十階層のボスか……あまり戦いたくないわね」
姫がそう言うのは珍しいな。
一体、どんなボスなんだ?
「四十階層のボスは鰐なんだけど――」
「鰐? まぁ、そういう魔物もいるよな」
「ただし、霊体なのよ。鰐霊神――通常の物理攻撃が無効化されるわ」
……霊体!?
かつて、ゴーストと戦ったときのことを思い出した。
あの時は獄炎魔法を一発ぶち込んだあとは撤退するしかなかったんだよな。
姫が嫌がる気持ちはわかる。
ちゃんと作戦を考えないとな。




