新たな黒のダンジョンの候補地
キングさん、ヤバすぎるだろう。
そして、納得もした。
何故、上松大臣が俺たちが持っているのがその夜月神の腕輪だと思ったのか?
富士の裾野で俺が魔法を使って魔物の大群をやっつけた伝説――あれが夜月神の腕輪の効果だと思ったのだ。
夜だったし、いま思うと星も綺麗に見えていたっけ。
考えていなかったことはない。
上松大臣は俺が富士山から溢れた魔物を倒したことを知っている。
だが、あの時のことは詳しく聞いてこなかった。
俺への気遣いや、自衛隊員を救ったり生駒山上遊園地で地球を救った恩返しかと思っていた。
だが、ダンジョンの外で超常的な現象を引き起こす得体の知れない能力について何も知らないままでいていいのか?
不思議に思っていた。
しかし、夜月神の腕輪の効果を知っていたのだとしたら、それによるものだと思ったのだろう。というか、キングさんがその腕輪の使用を匂わせるようなことを言ったのかもしれない。
「壱野くん、君の気持ちはわかった。太陽神の首飾りについては公表しないと約束しよう。その上で、月見里研究所の月見里閑さんに預けて研究をしてもらうというのはどうだろう?」
「閑さんにですか?」
「彼女はダンジョンの外でもダンジョン内の能力の一部を解放させる薬の研究をしている。この太陽神の首飾りの解析を行えばその薬の成分の向上に役立つかもしれない。それに、彼女の研究所は日本でも随一のセキュリティシステムを誇っている。太陽神の首飾りを保管するにはそこほど適した場所はないだろう」
閑さんならまだ安心できるか。
姫とアヤメを見ると、二人も頷いた。
ただし、一つ付け加えることがある。
「ただ、黒のダンジョンから魔物が溢れたときは使ってもらいたいんです。牛蔵さんのこともありましたし」
「心遣い感謝する。そうだな、自衛隊の新兵器で対処できないときは必要になるだろう。ただ、それが必要ない方がいいんだが」
それについての取り決めも契約で纏めることになった。
上松大臣と姫、そして明石さんも加わり、契約の草案が練られていく。
そして、俺たちが提供できるアイテムについても話し合いをする。
状態異常を引き起こす麻痺石、猛毒石、鈍重石についてはとても興味を持ってもらった。
それと――
「秘密ついでに、これも大量にあるので使ってください」
俺はそう言ってインベントリから大量の腕輪を取り出した。
てんしばダンジョンの26階層のネオキューブのドロップ品であるトレジャーボックスNから出て来た身代わりの腕輪Nだ。
時々思い出したようにネオキューブ狩りをするものだから、身代わりの腕輪Nの数もそれに伴い大量に保管されている。
「……感謝する」
上松大臣の顔が少し引きつっている気がする。
なんなら、おかわりだって用意できるけど?
「それと、確定ではないのだが、黒のダンジョンを作る場所についておおよその場所に目途がついた。恐らく琵琶湖の周辺のどこかになるだろう」
「琵琶湖……なんか富士山とか琵琶湖とか、日本一が好きなんですかね、ダンプルって」
生駒山上遊園地は俺たちを誘い込むための例外だったのだろう。
「地脈の関係らしい。琵琶湖に流入する河川の数は四五〇本。それに対して放出する河川は瀬田川の一本のみ。川の水に瘴気が溶け込んでいるわけではないが、そのような立地が琵琶湖に瘴気を溜め込むのに適している環境らしく、その場所に黒のダンジョンを生み出すことにより、日本国内の瘴気を集約する役目を担う」
「周辺住民からしたらたまったものじゃありませんね」
「無論、ダンジョンが生まれる場所については今回はダンプルくんとともにしっかり吟味させてもらうつもりだ」
上松大臣の発言から、富士山のときはじっくり吟味する時間がなかったのだろうということが容易に想像できた。
まぁ、富士山の山頂なんて言われたら、神社の関係者以外で住んでいる人はほとんどいないだろうけれど、日本の象徴でもあり観光資源でもある。
そんな場所にダンジョンなんて作ってほしくなかっただろう。
他の国も象徴的な場所にダンジョンができているし、本当に話し合いをする時間がなかったのだろう。
「それで、EPO法人天下無双に依頼がある」
「私たちにですか? ダンジョン局を通さない依頼……」
まさか、俺たちに黒のダンジョンに潜れっていうのだろうか?
「琵琶湖に黒のダンジョンが現れた場合、琵琶湖ダンジョンの四十階層より下の魔物を倒し続けて欲しい」
「琵琶湖ダンジョンの? 黒のダンジョンじゃなくて?」
「ああ。そちらは師しょ……讃岐造に対応してもらう」
竹内さんたちに?
でも、なんで俺たちが琵琶湖の――あぁ、そうか。
生駒山上遊園地にダンジョンができたとき、その近くにダンジョンを作ることで力の流れを削ごうとしたことがあった。
それと同じことを琵琶湖ダンジョンでしようとしているのか。
でも、なんで俺たちに?
「俺たち、こう言ってはなんですが少数精鋭で魔物の数を減らす仕事には向いていないと思いますが――」
「魔物の瘴気というのは深い階層の魔物を倒すほど消費する量が増える。浅い階層の魔物を何百匹と倒すより、四十階層台の魔物を一匹倒す方が効率がいい」
「でも、俺たちじゃなくても――学校とかもありますし」
「正直な話、四十階層より下に安定して潜れる探索者は国内でも限られている。君たちの実力は既に国内でもトップクラスだ」
「でも私たち、ようやくランキング69位ってところですよ? 押野さんも67位ですし、私たちより強い人があと66人もいるんですよね?」
アヤメが不思議そうに尋ねた。
「君たちのランクは把握している。だが、ステータスのランキングは所詮は換金額のランキングであり、強さとは異なる数値だ。たとえば牛蔵は関西ランク三位、国内十一位だが、実力なら五本の指に入る。君達チーム救世主もパーティの実力ではやはり上位の実力者だ。本来、君たちやミルクくんのような高校生を巻き込むのは不本意であるが、しかし讃岐造を黒のダンジョンに送る以上、空いた富士山の黒のダンジョンの魔物の駆除作業を任せるパーティも必要だし、魔物がダンジョンから溢れそうになったときに対処できる探索者も必要になる。そうなると人員は限られてしまう」
成長しているとは思っていたが、俺たちっていつの間にかそんな強くなっていたのか。
そして人員不足の理由もわかった。
高校の出席日数は大臣がどうにかしてくれると思うし、推薦入試の試験の日くらいは帰ってもいいよな?
だけど、これは俺一人の問題じゃない。
アヤメとミルクの意見も聞かないと。
「返事は今すぐ必要というわけではない。いったいどれだけの期間、拘束することになるかわからない。正直、この太陽神の首飾りと状態異常の石、そして身代わりの腕輪Nの提供。これらだけでも天下無双のEPO法人としての役割は十二分に達成できている」
俺たちEPO法人の正会員が税制優遇やダンジョンの優先入場といった利益を享受しているのは、こういう時に国の命令に従わないといけないからだ。
そういう意味でいえば、命令ではなく俺たちの判断に任せてくれる彼の言葉は非常に優しいとも言える。
ミルクとも話し合い、しっかりと決めなくてはいけない。




