閑話 年末のダンジョン
本編はお休み、大晦日の閑話です
十二月三十一日、大晦日。
年中無休のダンジョンにとって一年の終わりのその日であっても、いつもと同じように地下へと続く入り口は門戸を開き、深淵を求める探索者を出迎える。
普段は仕事ばかりしているサラリーマンが、たまには休日にお節作りでも手伝おうと申し出たら邪魔だと言われて追い出されて、かといってカフェやレストランも年末の混雑故に入るのも躊躇われ、昔取った杵柄とばかりに数年ぶりにスポーツジャージをタンスから引っ張り出して持ってきて着替えた結果、「あれ? 俺こんなに太ったっけ?」と思いながらダンジョンに入っていく様子を傍から見ながら、俺もダンジョンに向かった。
目的は大晦日にだけ現れるという幻の魔物――なまはげと戦うためだ。
ダンジョンといえば洋物の魔物が多いんだが、しかし、和の魔物――いわゆる妖怪のようなものが出ないということはない。
「なまはげか……鬼の一種だよな? ゼンは何かしってるか?」
アヤメの使い魔の前鬼に尋ねる。
同じ鬼同士、何か情報を持っていたらありがたい。
たとえば節分の豆が苦手というわかりやすい弱点があれば是非取り入れたい。
「いや、坊主。なまはげは鬼のように見えるが本来は鬼ではないぞ。あれは神の一種だ」
「え? そうなのか? それって倒すのはヤバくないか?」
「坊主、普段からボス部屋で神と名の付く魔物を倒しておるだろう。それと同じだ」
言われてみれば猿神とか鼬神とか倒してる。
しかし、大晦日に神様を倒すって縁起が悪くないか?
明日初詣に行ったときに神様に怒られないだろうか?
「神様は寛容だから、いなり寿司でも持って行けば許してくれるんじゃない?」
「それで許してくれるのはうちにいる狐の神様くらいだよ」
俺は姫に言った。
「押野さん。それで私たち、何も聞かずに来たんですが、なまはげを倒す理由ってなんですか?」
「ダンジョン局の依頼? でも、ダンジョン局って休みだよね? 最近、残業ばかりで大変だった従業員全員が一斉蜂起して休みを勝ち取ったってダンジョン局ブログに書いてあったよ」
ダンジョン局ってブログもやってるのか。
「この依頼は常駐依頼だからわざわざ受注する必要がないの。日本医師会からの要請らしいわ」
「日本医師会? 包丁で手術でもするのか?」
「泰良は冗談で言っているかもしれないけど、ほとんど正解よ。なまはげ包丁にはタコを綺麗に取る効果があるの」
蛸? 凧? あ、いや、膨らんだ皮膚のことか。
へぇ、なまはげの包丁ってそういうのを取ることができるのか。
ポーションと違って使い捨てじゃないっていうのなら、医者が欲しがるのも無理ない。
痕が残らないっていうのなら猶更だ。
ということで、俺たちは梅田ダンジョンの三十一階層にやってきた。
梅田ダンジョンといえば砂漠の階層のはずなのに、なぜか今日、三十一階層は夕方のあぜ道だった。
前に来た時はこんな場所じゃなかったのに。
あぜ道の周りは水の抜かれた田んぼっぽい土地がある。
「大晦日限定の階層ってことか?」
「そうみたいね――」
「まだお昼前なのにここは夕方なんですね」
「太陽が見えないから空が茜色ってだけなんだけどね」
とあぜ道を歩いていると、魔物の気配が。
早速なまはげかっ!? と思ったが、水路になんかイソギンチャクみたいな魔物がうねうね動いていた。
「うえ、気持ち悪い。ローパーか」
「あれ? でもあのローパー、なんか触手が変じゃない?」
そういえば、確かに触手がおかしい。
というか、あれって触手じゃなくて、蕎麦じゃないか?
「蕎麦ローパーね。倒すとお蕎麦を落としていくわ。でも、蕎麦の触手は弾力があって簡単に千切れないから捕まったらダメよ」
うん、とりあえず近付きたくないのでミルクの銃で倒してもらった。
蕎麦が乾いた竹の葉に包まれて落ちている。
【ダンジョン蕎麦:いつでも香り豊かな新蕎麦。ザル蕎麦がお勧めだが、ワサビと一緒に食べてはいけない】
ワサビと食べたらダメなのか。
元がローパーの触手だとしたら、食べる気が起きないのだが、しかし美味しそうな見た目もしている。
いっぱい手に入ったら年越し蕎麦に使わせてもらおうかな。
しかし、目当てのなまはげがいないな。
「なまはげってどこにいるんだ?」
「なまはげは普通に捜しても見つからないわ。この先に目的のポイントがあるの」
「なんだ、前もって言ってくれよ」
なまはげの生息地があるらしい。
そこに行ってみると、先客が川辺の突き出た場所に立っていた。
男三人だ。
俺たちのようにダンジョン局の依頼で来た人間だろうな。
三十一階層まで来る探索者、きっと名の知れた探索者に違いない。
手前味噌に聞こえるかもしれないが、ここまで来られるということは、かなりの人たちと思われる。
挨拶しようとしたら――
「一カ月風呂に入ってないのに常に満員電車に乗って周囲の人に迷惑がられてたぞ!」
「バレンタインで自分で買ったチョコレートを彼女に貰ったと嘘を言って自慢してまわった!」
「ビーガンを勧めるSNSのリプに美味しそうなステーキ肉の写真をアップした!」
…………は?
ミルクやアヤメも引いている。
一体何の自慢をしているんだと思っていたら、男たちは大きくため息を吐いて振り返った。
そして俺たちがいることに気付くと――
「す、すみません」
「失礼しました」
「いまのは聞かなかったことに」
と慌てて去っていった。
「なんだったんだ?」
「悪さの告白ね。あそこの川辺の突き出た場所で己の悪行を叫ぶと、なまはげが現れるのよ。ただし、殺人とか放火、窃盗とかいう本当に悪質な犯罪はダメ。子どもの悪さ程度で、なまはげがこらしめないといけないと判断したときに現れるの。もちろん嘘も見抜かれるわ。チャンスは一人一回!」
なるほど、それでさっきの告白か。
「じゃあ、さっそく私から行くわね」
姫が自信ありげに言う。
いったい、どんな悪行を重ねたというのか。
「二度漬け禁止がルールの串カツを二度漬けしちゃったの!」
「「「それはダメだ!」」」
俺たちは一斉に叫んだ。
「いや、姫、それは犯罪だろ」
「会社のオフィスでやった串カツパーティだし、合法じゃない?」
「関西人としては重罪ですね」
「姫、それはダメだよ……でも、なまはげ出てこないね?」
確かに、なまはげが出てくる様子はない。
なまはげ的に、これはセーフなのか? それともガチアウトだと思ったのか?
「なまはげと言ったら男鹿半島の神様ですから、もしかしたらソース二度漬けの文化を知らないのかも」
ミルクが気付いたように言った。
なるほど、そういう可能性があるか。
「じゃあ、私が行くね――初詣で引いたおみくじで二回連続同じ数字を引いて、前回が凶だったから一つ数字をずらして申告しました! ……あれ? ダメ?」
「うーん、悪さとしては弱いんじゃない?」
「むしろ、二回連続凶を引いたことで同情されたのかもしれませんね」
「おみくじの棒を戻したらちゃんと振らないとダメだぞ?」
「ちゃんと振るとか振らないとかじゃなくて、別の筒から出したんだけどね」
……さすがミルク、持ってるな。
でも、それで当たりのみくじ引いてうれしいか?
「次はアヤメね」
「え? 私ですか?」
「頑張って、アヤメ!」
姫とミルクに見送られ、アヤメが困った様子で川辺に立つ。
アヤメの悪いこと――想像がつかないが。
彼女は考え、そして言った。
「い、妹のプリンを食べました!」
かわいいかよ!
当然、なまはげは出てこない。
「アヤメ、泰良がいるからってぶりっ子はなしだよ。しかも、間違えて食べて謝って許してもらったって言ってたやつでしょ?」
そりゃ無理だわ。
「こうなったら泰良が頼りね」
「泰良、頑張って!」
「壱野さん! たとえ壱野さんがどんな悪さをしていても嫌いになりませんから!」
「いやいや、俺って至極まっとうに生きてきたからな。悪いことなんて何もしてないぞ」
「「「あはははは」」」
なんか女性陣が笑った。
そんなに信用できない?
とはいえ、何を言ったらいいんだ?
正直、ソースの二度漬け以上の悪行なんて思いつかないぞ。
そもそも、なまはげが怒ることってなんなんだ?
なまはげも、大晦日くらいはゆっくり家で過ごして家族サービスしろよ。
……そういえば、前にテレビで見たことがあるな。
なまはげに扮して行事に参加できる人は、その昔、未婚の男性しかなれないってしきたりがあったと。
そこに活路を見出せるんじゃないか?
俺は一歩前に出た。
「俺は――」
川に向かって叫んだ。
「美少女三人に告白され、誰か一人を選ばずにずるずると三人の女性と同時に付き合い、年末もこうして一緒に過ごしています!」
そう叫んだ途端、川の中から泡がぶくぶくと――
『悪い子はいねえぇぇぇぇえかああああぁぁぁぁぁっ!?』
そして大量のなまはげが現れた。
これまで感じたことのない殺気とともに。
こうして俺たちは大晦日に大量のなまはげと争いを繰り広げることになるのだった。
本年もありがとうございました。
良いお年をお迎えください。




