サキュバスとの戦い
ダークネスウルフと戦ってわかったことがある。
あの時、俺が戦ったダークネスウルフは弱かったのだと。
と考えたら、影の中でクロがムッとした感情を送ってくるが、別にクロの前世の個体が弱かったと言っているのではない。
単体だから弱かったのだ。
ダークネスウルフだけでなく、狼というのは群れで狩りをする魔物なのだ。
バイトウルフやバイトウルフリーダーもそうだった。
ただ、バイトウルフやバイトウルフリーダーとは明確に違うことがある。
明らかに連携がうまく取れている。
ダークネスウルフは群れで行動することで、何倍にも何十倍にも力を増すことができる。
一匹が注目を集め、その隙に死角から攻撃をしてくる。
もしも、あの時、二匹のダークネスウルフに襲われていたら、きっと俺はここでこうして生きていないだろう。
二十一階層以降はレベルだけでは通じない、死者も出る。
なるほど、もしもレベル100になりたての大したスキルを持たない探索者が単身でこのダークネスウルフの群れに襲われたら簡単に死ぬな。
とはいえ――
死角から襲い掛かってきたダークネスウルフを俺は拳で殴り飛ばした。
吹っ飛ぶダークネスウルフの影の中から、別のダークネスウルフが飛び出した。
最初から影の中に潜んでいたのだろう。しかし――
「そのくらいわかってたさ」
俺の気配探知スキルは、しっかりダークネスウルフの影の中にいる敵の気配も探知していた。
なにしろ、こっちはダンジョンにいる間、ほとんどクロを影の中に入れているのだ。
影の中の気配を知るもののスペシャリストだぞ。
と思っていたら、クロが戦いたそうな気配を出して来た。
同胞のみっともない姿に自分が喝を入れてやる! とかそう言っているようだが、やめてほしい。
同族同士の殺し合いを見たくないというわけではない。
ここでクロが出てきても他のダークネスウルフに負けるとは思っているわけでもない。
巻き添えに攻撃してしまいかねないからだ。
クロは偽りの首輪のお陰で周囲の人間からは普通のペットの黒犬にしか見えなくなっているが、俺には小さなダークネスウルフにしか見えない。
そして、襲撃しているダークネスウルフの中にも小さな個体がいる。
そりゃ、しっかり注意して見れば、クロと他のダークネスウルフの区別くらいつけられるが、0.1秒を争う事態になったときに見分けるのは難しい。
「さて、じゃあ倒すとするか。解放、短距離転移」
俺は魔法を唱えてダークネスウルフの背後に一瞬で移動し、背後から剣で斬った。
突然の俺の移動にダークネスウルフの反応が遅れ、さらにその隣にいるダークネスウルフも二本の剣で切り裂く。
剣技を使うまでもない。
ワンテンポ遅れて飛び掛かってきたダークネスウルフの首を掴み、エナジードレインでその体力を吸った直後に、仲間のダークネスウルフに放り投げ、
「解放:爆焔領域」
ダークネスウルフたちの足下が赤く染まったかと思うと、その範囲が爆発した。
これで――
「……倒せるわけないよな」
炎の中からダークネスウルフが飛び出して来た。
だいぶ使える魔法が増えてきたが、威力はまだ足りないか。
だが、それで十分だ。
真っ赤な炎はダークネスウルフから影を奪う。
影の中に隠れていられなくなった残りのダークネスウルフも姿を現し、炎の中から一斉に飛び出してくる。
その行動は決して計算ではない。
だから、乱れが出てくる。
「得意の連携が全然取れていないぞ!」
俺はそう言って、二刀流応用剣術の双剣竜巻切りを放つ。
二本の剣を回転させるように、ダークネスウルフたちを一斉に屠った。
残ったのは、大きな魔石に、ダークネスウルフの毛皮、そして――
【最高級ドッグフード:どんな犬でもまっしぐらの栄養バランスの優れた最高級の犬のご飯。食べ過ぎ注意】
缶詰タイプのドッグフードだ。
それが十個もある。
おかしい、ダークネスウルフの情報は調べたが、ドッグフードを落とすなんて情報はなかったはずだ。
ここのダークネスウルフだけ特別?
そうか、犬好きを選んで犬に近い狼と戦わされるなんて、なんという嫌がらせかと思ったが、犬好き用のアイテムをドロップする魔物と戦えるということを示唆していたのか。
クロが食べたいと言ったが、ご飯の時間にはまだ早いので却下する。
晩御飯の時に出してやるから、それまで待ってくれ。
え? シロの分も?
わかった、半分は水野さんのところには持っていくよ。
ただ、このダークネスウルフは選択肢の末に出てきた魔物だから、次、またこの階層に来たとしても手に入るかわからないぞ?
うん、大切な眷属のシロにプレゼントしたいのか。
優しいな。
さて、次に行くか。
「あなたはどっちに行きたい? 短い道なら左、長い道なら右か」
長い道を選んだ。
長い方がいろいろなものが見られるだろうと思ってのことだ。
長い道は一直線の道だった。突き当りや曲がり角が見えない。
なんて長さだ。
俺は全力で走った。
途中で魔物が出て来たが、隠れる場所もなければ避ける場所もない。
戦略の幅も少ないこの場所では俺の敵ではなかった。
遠距離攻撃をしてくる敵もいたが、短距離転移で一気に近付いて倒した。
ようやく曲がり角につく。
ヘアピンカーブ並みの百八十度方向転換をしてまた走る。
これは長い。
ド〇ゴンボールの蛇の道を彷彿とさせる。
一時間くらい走ったところで、一方通行の扉を通ってようやく次の選択肢の部屋に辿り着いた。
「あなたはどっちに行きたい……って、さっきの部屋じゃねぇかっ!」
あれだけ苦労して走った結果、元の部屋に戻ったのか。
実は似た部屋じゃないかとも思ったが、クロも同じ部屋だと伝えてくる。
騙された。
短い道を選ぶと、直ぐに次の部屋に辿りついた。
「どっちと戦いたい? サキュバスなら左、インキュバスなら右……か」
俺は左の道を進む
さて、どんな姿をしているのだろう。
見た者は誰もが言う。
絶世の美女だと。
何故か、サキュバスと戦っているダンジョン配信の映像や画像は一切ない。
そういう画像はいの一番にネットに広まりそうなのに。
そりゃ、一度は見てみたいだろう。
大丈夫、魅了はされない。
ただ、美女相手に本気で戦えるだろうか?
クロは同族を相手に戦えると言っていたが、俺は人間と似たような種族と戦えるか?
いざとなったら逃げる。
そう思って、前に進んだ。
……そこにいたのは、ゴブリンに似た醜悪な外見の魔物だった。
なんなんだ、あれは。
まさかサキュバスなのか?
とりあえず倒す。
やけに弱かった。
そして、その先に向かって進んだが、結局サキュバスはどこにもいなかった。
あの質問はなんだったんだ?
※ ※ ※
「それがサキュバスなのですよ?」
ダンポンが言う。
それというのは、黒いゴブリンみたいな魔物のことだ。
「は? いやいやサキュバスって綺麗な女性の姿をしている魔物だろ?」
「サキュバスは幻惑の魔法で偽りの姿を見せてから相手を魅了するのですよ。でも、泰良は八尺瓊勾玉を着けているから幻惑の効果も打ち消したのですね」
日本人にとっての美人像とアメリカ人にとっての美人像、アフリカ人にとっての美人像は異なる。
そして、同じ日本人でも現代日本人と平安時代の美人像は異なる。
全ての人間を魅了するには、相手にとって魅力的な姿になるのが一番だとダンポンが語った。
ただし、男性の思考しか読めないため、女性相手には男性から得た美しい女性像の平均値の幻惑を見せるらしい。
「そうなのか……まったく。でも、妙だよな。サキュバスを相手にするのなら、状態異常対策くらいするだろうし。なんでサキュバスの正体がゴブリンだって知られていないんだろう?」
「サキュバス相手に状態異常の対策をするのは男性だけだからなのですよ」
「……? 意味がわからない」
とりあえず、青木に愚痴をこぼすか。
俺はPDから出て、青木に電話をして、今日、サキュバスと戦ったことを告げる。
『本当かっ!? 泰良、サキュバスってどんなお姉さんだったんだっ!? 俺が聞いた話だと、サキュバスのお姉さんは2.5次元女子だって聞いたことがあるんだが――あぁ、くそっ、羨ましい。映像とかないのか?』
いつも笑って話を聞いてくれる青木が食いついた。
醜悪なゴブリンの姿をしていた――と言おうとしたが、やめた。
「魅了されそうになって直ぐに逃げたよ。危なかった。一瞬しか見れなかったが、綺麗なお姉さんだったと思う」
『そうか……やっぱりお姉さんなのか』
青木が納得するように言った。
やっぱり男が男の夢を潰したらダメだよな。
こうして、サキュバスの話は噂だけが一人歩きしていく。
~ボツ会話~
ダンポン「ちなみにインキュバスは幻惑ではなく本当に男の娘の姿をしていて男性も女性も魅了されるのです。今度はそっちと戦ったらどうです?」
泰良「興味ないな」
ダンポン「男性ファンも多いのですよ? インキュバスの映像はネットにも出回っているのです」
泰良「その映像は見たことあるけど、青木の方が普通にかわいかったんだよ」




