明かせぬ情報
一度弁当箱の蓋を閉じる。
さっきまで美味しいと思っていたステーキソースの玉ねぎの味が口の中に残っているのが気になっているが、これから始まる話の雰囲気を考えるとペットボトルの御茶を飲むのも憚られたし、中途半端に食べたせいで余計にお腹が空いた気がするが、でも食事どころではない、と俺はスクリーンを見た。
『急な呼び出しに応えてくれたことにお礼を言わせて欲しい。そして、既に話はあったと思いますが、これから話す内容について一切口外しないと約束してください』
重い口調で上松大臣が言った。
一体何が始まるというのだろう?
上松大臣が口を開いてからその声が聞こえるまで、僅かなタイムラグが存在した。
通信に使っているネット回線のせいか、それとも光と声の速度の違いか、もしくは俺の鼓膜に届いた音がそれを情報として認識するのが遅いか、原因はわからない。
もしかしたら、上松大臣がいっ〇く堂さながらの腹話術を披露して声が遅れて聞こえて来たのかもしれない――なんて馬鹿なことを一瞬で思うくらいに俺の脳は無駄な高速回転をしていた。
そして、ようやく情報が俺の脳に届く。
『近々、新たな黒のダンジョンが現れ、そこから魔物が溢れることになっている』
どうやら人間というのは情報が届いてもそれを処理するのに時間が必要らしい。
俺はその意味が最初はわからなかった。
一体何を言っているんだ?
『またか』
それを言ったのは、スクリーンの向こうにいる牛蔵さんだった。
「ちょっと待って、上松大臣。もしかしてだけど、あなたたちは知っていたの!? ゴールデンウィークに富士山の山頂に黒のダンジョンが現れることも、そこから魔物が溢れる可能性があることも!?」
姫が声を上げた。
『ごく一部の人間だけだが、知っていた』
「その様子だと、讃岐造の皆さんも知っていたようですね」
本城さんが言う
「なるほどな。黒のダンジョンが現れたとき、本来であれば、ダンジョンに入らないように指示を出せばいいはずなのに富士山への入山そのものを規制する必要はないから妙だと思っていた」
富士山の入場が規制されたのは、マンハッタンの黒のダンジョンから魔物が出て来るよりも前だった。
あの事件が起こるまで、ダンジョンから魔物が出て来るなんて事例は聞いたことがない。
そう考えると、確かにあの時の動きは違和感があった。
まるで、黒のダンジョンの危険性を最初から知っていたような動きだった。
『最初の始まりは、今年の四月、本来は現れないはずの魔物が別の階層に現れたことだった。その原因を私は師匠――竹内氏のパーティとともに調査した。ダンジョンの奥深くに蠢いている瘴気が浄化しきれずに溜まっていたことが原因だった。このことを知ったとき、ダンプルくんが現れた。ダンプルくんのことは以前からダンポンくんに教えられて知っていた。そして、彼は私に語った。このままでは全てのダンジョンの魔物が溢れる危険がある。新たなダンジョンを作ってそこに瘴気を集めないといけないと――』
「上松大臣、話の腰を折るようで申し訳ないのですが、瘴気とはなんですか?」
『すまない、本城さん。それについて詳しく語ることを禁じられている。ただ、ダンジョンの奥底に魔物を生み出す原因となるものがある――そう思ってほしい』
本城さんは何か言いたげにしていたが、引き下がった。
封印されている終末の獣のことだろう。
竹内さんや不破さんはミレリーについて、そして終末の獣についてトゥーナが語った以上の知識があった。
それならば、地下に封印されている終末の獣について知っていても不思議ではない。
そして、その情報を上松大臣と共有していても不思議ではない。
ん? ちょっと待てよ?
瘴気が原因で魔物が移動?
それっておかしくないか?
万博公園ダンジョンや石舞台ダンジョンで魔物が移動したのはダンプルが原因だって聞いたはずだが、そうじゃないってことか?
そのことを聞こうかと思ったが、それを教えてくれたのはダンポンだ。
上松大臣たちには俺とダンポンが繋がっていることはあまり知られたくない。
それなら、今度ダンプルに直接聞いた方が良さそうだ。
青木ならダンプルの連絡先も知っているだろうし。
『瘴気がそのまま増え続けた場合、どこから魔物が溢れるかわからない。そのため、瘴気を一カ所に集める必要があった。それが富士山の黒のダンジョンだ』
「上松殿。それでは生駒山の黒のダンジョンも同じ目的で作られたのか?」
閑さんが尋ねる。
『いや、あれは別だ。その目的は私も知らない。ただ、必要なことだと言われた』
「必要だと言われてそれを信じたと?」
『これも詳しくは語れないが、我々には信じることができる材料があった』
その理由については俺も詳しくは知らないが、キングさんが関わってるのは確かなんだよな。
『富士山の山頂にダンジョンが作られたお陰で瘴気もだいぶ落ち着いたかに思えた。だが、最近になって再び瘴気の量が増え始めている。ダンプルくんは語った。このままでは危険だ。他のダンジョンも暴走の危険がある。新たな黒のダンジョンを生み出す必要がある。そして、黒のダンジョンが作られ、暫くしたら魔物が溢れる危険があると。しかし、場所はまだどこかわからない』
なるほど、黒のダンジョンが現れる原因はわかった。
『最後に、君たちに集まってもらった理由だが、我々には力が足りない。ダンジョンから溢れた魔物、十階層程度の魔物であれば、新装備でも対処できるという算段がついているが、それ以上の魔物が出てきた場合、対処できなくなる。どうか、力を貸してほしい』
上松大臣はそう言って頭を下げた。
日本の防衛を司る長が、民間人である俺たちに、自分たちでは日本を守れないから力を貸してほしいと言っているのだ。
こんなの世間に言えるはずがない。
口外できるはずがない。
トヨハツ探索と月見里研究所の理事長である二人が呼ばれた理由はわかった。
今回の件、彼らの兵器の開発が重要になってくる。
だが、俺たちが呼ばれた理由は別だろう。
恐らく、彼が求めているのは富士山の山頂から溢れた魔物を一掃した俺の力。
PDに足先を入れて獄炎魔法を使ったときのあの力だ。
だが、どうする?
二十階層や三十階層の魔物であれば、片足をPDの中に突っ込み魔法を放つ例の作戦も使える。
だが、それについて詳しく話していいのか?
もしも知られたら、今後、俺はどうなる?
今回のような魔物相手だったらまだいい。
だが、他の、それこそ人間を相手にするような命令をされたら?
上松大臣のことはそこそこ信用している。
今回、富士山の黒のダンジョンについて黙っていたことについては思うことがあるが、それについては牛蔵さんも黙っていたしな。
だが、防衛大臣なんていつ交代になるかわからない。
別の大臣が俺をどう扱うかわかったもんじゃない。
無理だ。
PDのことは絶対に話せない。
「わかりました」
姫が凛とした声で言う。
「我々天下無双が現在開発中の装備があります。ダンジョンの外でも使えるため、扱いに慎重になっていましたが、提供させていただきたく思います。ただし、その際に契約を結んでいただく必要がありますので、直接お会いして話す機会を頂きたく思います」
姫の提案を上松大臣は快く受け入れた。
姫が一人で東京に行くと申し出たが、上松大臣が大阪に来ることになった。
そうして話し合いは終わった。
腹が減っているはずなのに、弁当の蓋も開けずに俺は座って動かなかった。
~お知らせ~
第十二回ネット小説大賞にて本作が小説部門で受賞しました
ブシロード様より出版されることになります
詳しい情報は公開できるようになり次第、後書き及び活動報告にてお知らせいたします。




