研修会場へ
「ミコト、これが何かわかるか?」
不破さんから貰った謎の液体をミコトに見てもらう。
京都ダンジョンの横にPDを作って本体のミコトに鑑定してもらおうと思ったのだが、ダンジョンを出たところで俺のことを知っているファンたちに遭遇して騒ぎになりそれどころではなかったので、結局家に持ち帰ってミコトの分体に鑑定してもらうことになった。
「ふむ……まずはこれを手に入れた経緯から聞きたいのじゃが」
「ああ、実はダンジョンで不破さんって人に出会ってな。前に話しただろ?」
と今日あったことをミコトに話すと、何故か彼女は呆れたような表情で俺を見た。
呆れられるようなことを話した覚えはないのだが――
「なんともまぁ、見事に呪いを掛けられたものじゃな」
「呪い!? 俺、呪われてるのか?」
「さっきから聞いておれば、最初はよくわからない人と言っていたのに、最後の方は『悪い人ではなさそう』とか、『大人の余裕ってああいうことを言うんだろうな』とかむしろ称賛しておるではないか」
「でも、実際悪人ってわけじゃないだろ?」
「もう一人のエルフっ子については仕方ないとしても、鍛冶師の娘っ子が危ない目にあったのにいい人と思うのか?」
「それだって元々あの不良グループが元々悪い奴で……」
違う。
確かに不良グループについては元々悪かったが、奴を倒した後に蛇が襲い掛かってきて、水野さんは危ない目に遭い、さらにクロも呪われた。
最初に会ったときは呪物を集めるなんて危ない奴に違いないと思っていた。
なのに、俺は不破さんのことを悪い人ではないと思うようになっていた。
「呪いってそういうことか? 何か洗脳のようなものを?」
「洗脳とは少し違うな。状態異常の類でもない。呪禁師は言葉に力を籠めるプロじゃが、実際は言葉の端々だけでなく、所作、立ち振る舞いに思考を誘導するものを張り巡らせる。その結果、お主は鍛冶師の娘っ子が襲われた原因は不破のせいではなく不良グループのせいだと、牧野ミルクのD缶を盗まれたのにその借りはしっかり返してもらったと自分自身の思考を変容させておる。不破を庇っておるのじゃ」
「なんかそう言われたら不破さんへの怒りより自分が情けなくて恥ずかしい感じが勝るんだが、それも思考誘導されているせいか?」
「いや、情けないぞ。大いに反省せい。そのままじゃとそのうち大きな詐欺に引っかかるぞ」
ミコトがそう言って、罰として白金の寿司折を出すように言ってきたが、晩御飯前なので却下した。
その口車に乗るつもりはない。
「じゃあ、やっぱりあの人は悪い人なのか?」
「そうとは限るまい。奴も言っているように、呪禁師の本質は呪うことではなく祓うことにあると。地脈の安定という言葉も嘘ではあるまい。それに、人間というのは善と悪では割り切れない部分があるからな。それに、その黒い液体はかなり価値のあるものじゃぞ?」
「そうなのか?」
「うむ。蟲毒の呪いじゃな」
「蟲毒ってあの!?」
呪いを煮詰めたような例のあれか!?
「呪禁師は蟲毒のせいで衰退したって前に話してなかったか?」
「別に呪禁師が蟲毒を使えないわけではないぞ? 言ったであろう、呪禁師から陰陽師になった者も多いと。それに呪いの毒じゃと法律にもジュネーブ議定書にも引っかからないから持っていても裁かれることはないから安心せい」
……ジュネーヴって何か聞いたことあるけど、どこの国の都市だっけ?
「泰良よ、言っておくが、ジュネーヴはスイスの都市じゃぞ」
「あぁ、そうだった。俺、社会は地理でも世界史でもなく日本史だから忘れてたよ」
「日本史でもジュネーヴくらいは書かれておるじゃろ? 様々な会議が行われた場所じゃ」
日本史の教科書を見てみる。
記載があった。
授業で教わったばかりだった。
推薦入試で大学に行けるからと安心しきっていたので聞いていなかった。
あの先生の授業って、なんか眠くなるんだよな。
状態異常じゃないだろうかって思えるくらい寝てしまう。
俺の幸運値もダンジョンの外だとあまり効果を発揮しないらしく、効果は抜群だ。
もしかして、八尺瓊勾玉を装備したら授業中も起きていられるだろうかと思うほどに。
「そんなことより、蟲毒だよ。そんな危ないもの処分したほうがいいじゃないか?」
「安心せい。蟲毒といってもこれは呪術の触媒に使うもので、間違えて飲んだところでそれだけで死ぬようなものではない。まぁ、酷い臭いで飲めたものではなさそうじゃが」
瓶の蓋をあけて臭いを嗅いで顔を顰めながら、ミコトは言った。
そんなもん、俺の部屋で開けるな。
「これは妾が預かってもいいか? 後日改めてお主たちが使えるアイテムに改造しておこう」
「頼めるのか?」
「白金の寿司折七つでオッケーじゃ。その価値はあると思うぞ?」
「……残り全部じゃねぇか。六つにしてくれないか?」
「残り一つはどうする?」
「水野さんに詫びの意味も込めて持って行きたい」
「謝られたところで何を言っておるのかと思うじゃろうが、そういうことなら六つで手を打とう」
インベントリから白金の寿司折を取り出すと、彼女は蟲毒もろとも虚空にしまった。
「なんだ、今食べないのか?」
「これから母君の作る夕食なのじゃろ? 明日改めてもらうとする」
ミコトはそう言って上機嫌で台所に向かった。
なんか、騙されているような気がするが、詐欺に引っかかってないよな、俺。
その日、俺とミルク、アヤメの三人は閑さんの車でダンジョン局の研修会場に向かっていた。
姫は直接現場に行っているらしく、さっきもう着いたと連絡があった。
「閑さん、ありがとうございます。わざわざ送ってもらって」
「車で移動するのに一人も四人もそんなに変わらない。それに、君たちには私の研究の協力をしてもらっているからな」
「閑さんの研究の手伝い?」
「ダンジョンの農作業だよ。黄金のいなり寿司の効果を試したいと言ったのは私だ。まさか黄金のいなり寿司だけでなく、白金のいなり寿司まで手に入れるとはな。君は本当に研究のし甲斐がある最高のモルモットだよ」
閑さんが不敵な笑みを浮かべ、横目で助手席に座る俺を見た。
久しぶりに聞いたな、閑さんのモルモット。
やっぱりカワイイ対象ではなく研究素体という意味じゃないだろうか?
「月見里先生。今日のダンジョン局の研修の内容ってダンジョンの農業の話もあるんですか?」
アヤメが気になった感じで尋ねた。
研修の内容は俺も知らないんだよな。
「それもあるだろうが、あくまで研修の内容はダンジョン内の安全と今後の方針、そしてダンジョンに関する法規制の変化などだな。あと、EPO法人は全てダンジョン学園に寄付をしているから、ダンジョン学園の成果の報告もあると思う。つまらない研修だが、しかしこれは仕事の一環だ。ちの太くん、授業みたいに寝るんじゃないぞ」
寝ないって。
今日の日本史の授業で十分寝たから、目が冴えているんだ。




