EPO法人への道
その日の夜。
クロに芸を仕込んでいると、姫から連絡があった。
EPO法人の申請が無事通ったとのことだ。
「どういうことだ? そんな話聞いてないぞ」
『ダメ元だったのよ。たった三人の、しかも低レベルのEPO法人が認められるなんて思っていなかったの。押野グループの力かしら? やっぱり持つべきものはコネよね』
姫は悪びれる様子もなくそう言った。
「俺はスキルを公にするつもりはない」
EPO法人の正会員になると、税制優遇が受けられるが、政府からの要請に従う必要が出てくる上に、正会員の情報を政府に提供しないといけない。
獄炎魔法のことを語れば、富士山の仮面の男と俺が結びつくだろうし、PD生成や詳細鑑定など公にしたくないスキルが山ほどある。
『公にしなければいいじゃない。スキルなんて、実際に見せなければどんなものを持っているか知りようがないんだから。泰良の場合、鑑定と基礎剣術さえ書いていたらあとは好きに隠したらいいわ』
「法律では――」
『法律にはひっかかるわね。でも、それだけ。スキルの秘匿に罰則規定がないのよ。自転車に乗るときはヘルメットを着けないと法律に違反するでしょ? でも、それは努力義務。泰良は自転車に乗る時ヘルメットしてる?』
「……してないな」
『そういうことよ。そして、政府は罰則規定を今後も設けない。圧力がかけられるから』
「誰から?」
『探索者の全てから。探索者を支援するための法律を作って探索者に嫌われたら意味がない。政府は――いいえ、官僚はそれを理解している』
そんなこと牛蔵さんは語らなかった。
いや、当然か。
あの人の性格からすると、法律に引っかからないから隠しておけなんて言えない。
彼はまともな大人なのだ。
「でも、人数は? まさかずっと三人だけでやっていくのか?」
『さすがにそれは目立ちすぎるから。うちには探索者がいっぱいいるわ。ダンジョンで初心者用の講師をしている探索者ね。彼らに入ってもらう。人数合わせには十分でしょ。すでに役員会議で了承は貰ってる』
「手回しのいいことで――」
『私たちが強くなるには、安全マージンの大幅な緩和が必要よ。そのためにEPO法人の――ギルドの参加は必須。それも自分たちで管理できる自分たちのギルドがね』
「わかった。あぁ、それと、一人。俺たちのパーティに入りたいって奴がいるんだが」
『それって、牧野ミルク? 彼女、アメリカに行くんじゃなかったの?』
「お前、そこまで調べてたのか。いや、ミルクだけ日本に残るらしい」
『そう……オーディションは受けてもらうけれど、審査は公平にするわよ』
「わかった。伝えておく。日付はもう伝えているんだが、今度の日曜日でいいよな? ダンジョン探索開始の二時間前に会ってほしい」
『オッケー、問題ないわ』
よし、これでミルクの件は解決だな。
またクロと遊ぶ。
俺がか〇はめ波ってやったら、気絶したフリをするんだぞ。
とよくある芸を仕込んでいたら
アヤメから電話がかかってきた。
『壱野さん、聞きましたか?』
「EPO法人の件だよね。さっき聞いた。あ、そういえば桐陽高校って進学校だからバイトは禁止じゃないの? 大丈夫?」
『私みたいな覚醒者は総合型選抜の対象で国公立大学への入学もできますから、むしろ高校は推奨してくれてるので大丈夫だと思います』
「総合型選抜で国公立も行けるの?」
『はい。あ、でも国公立大学の場合、共通テストの成績で足切りを受ける可能性もあるので、勉強はしないといけませんが』
「覚醒者以外も、たとえば高レベルでも可能なのかな」
『それは難しいと思います。それが可能だったら、四月生まれと三月生まれの生徒に大きな差ができて不公平感が出ると思うので』
あぁ、そうだよな。
俺はたまたま四月生まれだったから、高校三年生になってすぐにダンジョンに行くことができたけれど、三月の中旬から下旬生まれの奴は受験シーズンが終わってもダンジョンに入れない。
勉強やスポーツでも差があると言われている早生まれ遅生まれ問題だが、努力でカバーできないのは流石に可哀そうだ。
覚醒者も努力とは無関係なんだけど、それは才能ということで。
「ってごめんね、話が逸れた。じゃあ、アヤメも正会員になるんだね」
『はい。お母さんに相談したら探索者を続けるなら、そんなお嬢様と出会えるチャンスなんて滅多にないんだから是非なりなさいって。押野さんに会ったことを話したら詐欺じゃないかって疑われていたんですけど、27万円振り込まれているのを見たあと、テレビに映ってる押野さんを見て信じてくれまして』
「そっか。俺はまだ親に話してなかったわ」
母さんと父さんには、そんなことよりもPDのことやクロのことを話しているからな。
EPO法人の正会員になるなんて聞いても今更だろう。
「あ、そうそう。この前、一緒にダンジョン探索に行くって言ってたけれど、突然キャンセルになった子がいるって話したよね? その子も同じパーティを組みたいらしくて、今度の日曜日、約束の時間より先に行って、姫が審査をすることに――」
『私も行きます!』
「え?」
『少し遅れますが、私も行きます! 場所は押野さんの部屋ですよね?』
うーん、いや、むしろ好都合か?
姫は見た目はロリっ娘だけど、結構高圧的な態度を出すこともある。
同年代のアヤメがいた方がミルクも緊張しないかもしれない。
「わかった。うん、姫の部屋であってる。その後はてんしばダンジョンに行くからそっちの準備も忘れないでね」
『はい! 頑張ります』
「うん、頑張っていこう」
アヤメならきっとミルクといい友だちになれるだろうな。
俺は安心し、クロに芸を仕込もうとしたら――クロの奴、俺のベッドの上を占領して寝てやがった。
やめろ、布団に毛がつくだろうが。
※ ※ ※
約束は日曜日でも、俺にはPDでやることがある。
レベル上げもいいけれど、D缶の開封作業が残っているのだ。
一人では開けるのが難しかったものも、二人だと開けられるものもある。
「クロ、行くぞ」
「わふ!」
D缶を投げる。
クロが口でキャッチする。
そして首を振って俺の方に投げる。
俺がそれをキャッチする。
キャッチボールならぬキャッチD缶10往復。
それで手に入ったのは、
「グローブだ! 新しいのが欲しかったんだ。これで明日はホームラン――打てるかっ! 俺は野球少年じゃねぇよ」
ノリツッコミ。
詳細鑑定で調べても普通の野球用グローブだ。
インベントリに収納。
次。
「5分以内に一人で牛乳を5リットル飲む」
牛乳パック6本買ってきたが俺が飲むわけではない。
「クロ、本当にいけるのか?」
クロが頷く。
「余裕だって? むしろ飲みたいって? 本当にいけるのか? 無理なら無理って言えよ」
水の致死量は6リットルだって言われている。
それよりは少ないが、しかし5分というのも短い。
無理をして飲むものではないと思っていたが、クロが余裕でいけるというのなら信じよう。
犬用の皿だと舐めるのに時間がかかるので、バケツに5リットルと少しの牛乳を入れる。
クロは二本の前脚でそれを掴むと、飲み始めた。
みるみる牛乳が減っていき、5分どころか3分も経たずに牛乳がなくなった。
そして、クロはおかわりを要求してきたので、残っている牛乳を追加でプレゼントしてやる。
さて、D缶の中身はなんだろうな?
どれどれ――
「なんだ、水筒か」
ダンジョン産の水筒ならインベントリの中に入れられるから便利か。
いや、でも水を入れたらインベントリに収納できなくなるのか。
と鑑定をしてみる。
【魔法の水筒(牛乳):魔石を入れると絶品牛乳が出るようになる。魔石(黒)で約5リットル牛乳が出る】
おぉっ! なんか激レアアイテムっぽいな。
水の出る魔法の水筒ってのは知ってるけれど、牛乳が出る魔法の水筒なんて聞いたことがないぞっ!
大当たりだ!
でも……普通の魔法の水筒の方がいいな。
魔石(黒)で5リットル……500円で5リットルと考えると個人で使う分には節約できていいが、ダンジョンの中だと普通の水の方が良さそうな気がする。
これは母さんに魔石と一緒にプレゼントして、姫に余ってる魔法の水筒がないか聞いてみよう。
次は何を開けよう。
簡単なものにしたいんだが。
今日はこれでラスト。
最後くらいいい物が欲しいんだが。
と思ったら、クロが一個のD缶を咥えて持ってきた。
ん? このD缶、穴が開いてないか?
クロの歯で穴ができるとは思えないんだが。
いや、穴の模様があるだけか。
へぇ、こんなD缶もあるんだな。
【開封条件:穴を絆創膏で塞ぐ】
あぁ、あったあった。
穴の意味がわからないで意味不明のところに分類してたんだが、そういうことね。
自宅に戻り、救急箱を見る。
「えっと、絆創膏絆創膏――どこだ? 母さん、絆創膏ってどこ?」
「下駄箱の中よ。父さんが靴擦れを起こして使ってたから」
「救急箱に戻しておいてよ」
あったあった。
ちなみに、我が家の絆創膏は、バ〇ドエイドだ。
さっそく穴(の模様)を絆創膏で塞いでみる。
正解だったようで、D缶が開いた。
中に新しい絆創膏が入ってたら切れるぞ! って思ったら入っていたのはスキル玉だった。
よっしゃ、最後の最後に当たりが来た。
どんなスキルが覚えられるのかいまから楽しみだ。
次回、面接……つまりあの二人が出会うことに。
修羅場「俺の出番のようだな」




