推薦入試を控えて
高校三年生のこの時期はいろいろと大変だ。
まず就職組と進学組に分かれる。
進学組の中でも、俺は総合型選抜を受けることになっていて、既に出願と課題の提出は済んでいるため、ほぼ面接の練習だ。
最近、ダンジョン局の局長さんや職員との打ち合わせを姫が作った台本で行うことが多く、これが思った以上に練習になっていたらしく、閑さんからも合格のお墨付きを貰った。
国民栄誉賞を貰っている俺を落とすのは大学にとっても損失になるので、たとえ面接に失敗して棒立ちしていたとしても合格するという身も蓋もないことを言われたが。
「泰良は大学生で俺は社会人。別々の道を進むんだな。全然実感湧かないな」
教室で帰る準備をしながら青木が言う。
「社会人と言っても探索者兼配信者だろ? 俺もほとんどダンジョン探索と配信しているみたいなもんだし、実際変わらないと思うぞ」
「そうだけどさ。お前、来年引っ越すんだろ?」
「青木もくればいいじゃん」
「いや、たまには行くけど、今みたいに行くのは無理だろ。お前だけの家じゃないわけだし」
俺は来年、引っ越す予定だ。
現在は俺の家にみんなで集まってPDに入っているが、周囲の目を考えると、できることならPDの入り口は庭ではなく家の地下にしたい。
それに、みんなで集まれる拠点も欲しい。
どうせ正式に結婚したら全員で住むわけだし――ということで、兼ねてより新築の準備をしていた。
その家は大学からも近いため、来年家が完成したらそこに引っ越すことになるだろう。
うーん、まぁ俺ももしも青木が同棲をして二人で住むことになったら、その家に何度も遊びに行くのは気が引けるかな。
と考えていたら、閑さんが教室に戻ってきた。
「ちの太くん、よかった。まだ帰っていなかったのか。少し来てくれないか?」
「はい。青木、悪いけど――」
「待ってるよ。早く用事済ませてこい」
俺は閑さんと生徒指導室に行く。
「閑さん、どうしたんですか? 推薦関係ですよね?」
「いや、仕事の話だ。ちの太くん、トヨハツ探索の人たちと知り合いになったのだろう?」
「え? なんで知ってるんですか?」
「トヨハツ自動車は月見里研究所のスポンサーでもあるからな。その関係でトヨハツ探索の人間とも密に連絡を取っている」
閑さんレベルの探索者だと、たまにダンジョンに潜るだけでも普通のサラリーマンの何十倍も稼げる気がするが、それでも研究は金がかかるんだろうな。
「もしかして、ドラゴンの鱗で戦車装甲を作るのも閑さんのところの研究ですか?」
「いや、あれは私とは別だ。むしろ、私は竜の遺伝情報の方が興味がある。ヴェロトルの遺伝子情報は中生代白亜紀後期に東アジアに生息していたヴェロキラプトルと酷似している点が多い。しかし、ヴェロキラプトルは本来は羽毛恐竜であったというのが定説となっている。しかし、ヴェロトルには羽毛は一切なかったという。羽毛恐竜といえば、ティラノサウルス・レックスも1990年代から羽毛の有無が議論の的にあがり、歴史とともにその説が変わってきているが、もしもかつての恐竜とダンジョンの魔物の竜種が同一、またはそれに酷似している個体である場合、羽毛の有無は一体どこまで――」
「閑さん! すみません! 青木を待たせてるんで、その話は今度で! 用事ってなんですか!?」
「おっと、すまない。今度、EPO法人の定例研修会が行われる。あちらの理事長の本城さんはいつも東京本部のダンジョン局で研修を受けているのだが、今年は大阪支部で受けるらしい」
「理由は知ってるんですか?」
「娘さんが大阪のダンジョン学園に通っているから、彼女に会うため――というのが表向きの理由らしい。それに彼らの拠点は愛知だから、東京より大阪の方が距離的にも近いからな」
そういえば、トヨハツ探索のお嬢様がダンジョン学園の生産科に通っている――という話はどこかで誰かから聞いた気がする。
でも、表向きってどういうことだ?
裏の理由があるのか?
「閑さん、他に理由があるんですか?」
「近々、ダンジョン局の本部の機能が一部東京から大阪に移される噂がある。特に素材と魔道具を統括管理する部門だそうだ。そうなってくると、トヨハツとしては東京より大阪に近付きたいって思うのも当然の流れだ」
なんでそんなことに……ってもしかして、原因は俺たちか?
大阪支部にいろいろな物を卸してきたからな。
中でもミスリルが一番大きな理由かもしれない。
「それで、大阪支部で研修を受けた後、食事に誘われてな。それはいつものことだが、話の流れ的に、ちの太くんたちも食事に誘う可能性が高そうだ。話を受けるのならいいのだが、断るのなら私に前もって連絡をくれ」
「閑さんに?」
「私は君の担任教師だからな。教育的理由で君を食事に同席させないことなど容易い。何しろ研修が終わるのは夜の二十時だ。いくらでも言い訳はできる。トヨハツは大きな企業だから、行き過ぎた引き抜きや情報を盗むようなことはしないと思うが、しかし、彼らは先日、君たちと出会ったことで随分と興味を持ったようだ。隠しておきたいことがあるのなら、そういう席では特に注意をしないといけないぞ」
と閑さんは目を細めて俺を見る。
あぁ、俺の秘密ってめっちゃ多いからなぁ。
閑さんが知っていることだけでも、真実の鏡のことは世間に知られたら怖い。
「いくら合格間違いなしとはいえな、ちの太くんには大学推薦の方に集中してほしいんだよ。担任としてはな」
「わかりました。姫と相談して、必要なときは協力お願いします」
俺は閑さんに礼を言い、生徒指導室を出て教室に戻った。




