その2
森の中をひたすら進む。
出てきた魔物は私が何をしなくてもクエンドさんが倒してくれた。
一回だけ戦い方を教えてくれようとしたけど、その時に魔物の眉間に銃弾一発を撃ち込んだら、何も言わなくなった。
食べられる肉は持ち帰りたいって言ったので、アイテムバッグに入れたら感謝された。
あれ? 私っていまのところ異世界風生活上手にやれてるんじゃないかな?
運が最低値だったときは少し心配したけど、何の問題も起きてない……って、そういえばここに転移させられたことが既に不幸だった。
「さっきから笑ったり悲しんだり何をしているんだ?」
「世の儚さを嘆いています」
「まぁ、死の森に迷い込んだんだ。情緒が不安定になる気持ちはわかる」
「クエンドさんはなんでこの森に?」
私が尋ねるとクエンドさんは少し押し黙り――
「仲間だと思っていた奴らに嵌められた。この森から出てそいつらに復讐してやりたい。皮肉なものだ。奴らに裏切られた俺が、そいつらへの復讐心のお陰で生きていられるのだからな」
「……はぁ」
「悪い、興味がないよな」
クエンドさんは自嘲するように笑った。
うぅん、本当に生きている人が喋っているようにしか見えない。
でも、考えて見たらダンジョンに現れる魔物だって生きているんだし、クエンドさんもただのシステムじゃなくて本当に人間なのかな?
「クエンドさん、生きてます?」
「唐突に失礼だな。幽霊にでも見えるのか!?」
「あ、ええと……そうじゃなくて、人間ですか?」
「魔物に見えるか? ふっ、まぁ、確かに俺は復讐心にとりつかれた時点で人としての心を失ったのかもしれない」
「そういう意味じゃなくてですね……自分の意志で考えて動いていますか?」
「さっきからミルクは何を言っているんだ?」
あぁ、ダメだ。
どう質問したらいいかわからない。
わからないから、生きている人として扱おう。
「本当に大丈夫か?」
「問題ありません、考えがまとまりました。クエンドさんは生きている人間と仮定します」
「……仮定じゃなくて断定してくれ。あぁ、見えた」
案内された場所は森の中でも特に大きな木の根元だった。
そこに、七人がいる。
女性が五人、男性が二人(クエンドさんを含めたら八人)。
女性は一番若い人が二十代後半くらいで、最高齢が四十歳くらいかな?
木と枝と葉っぱを組んだ、なんとか雨を凌げるんじゃないかというような屋根もあるし、なんと木の蔦を編んだハンモックまであった。
家の壁よりもハンモックを優先したのは、地面の上で直接寝ると病気になりやすいからだろう。
女性は女性で、男性は男性で固まっている。
ここに来る途中に説明されていたが、この場所にいる人は何らかの理由で死の森に入り込んできた者らしい。
死の森は中に入るのは容易いけれど、外に出るのは非常に困難な場所なのだとか。
「クエンド、そいつは?」
「森の中で拾ったミルクだ。腕は立つ。一つ目を魔法の一撃で倒していた」
「なっ! あの一つ目を!?」
「ああ。職業はおそらく女魔術師か精霊術士だろうな。だが、歩き方を見ていてわかるが、物理もなかなかやるぞ」
いいえ、算数大好きっ子です。
ってあれ? 今の話を聞いて、何人かが露骨に嫌な顔をしたんだけど。
……あぁ、そうか。
女性は何人かいるけれど、そういう場所だもんね。
もしも私が弱いって言われていたら、実は貞操の危険とかあったのかも。
でも、ここって異世界召喚風にダンプルが再現した世界な上に学校内にある施設だから、そういう十八歳未満禁止の展開は倫理的に起こらないか。
たぶん襲われそうになってもクエンドさんが助けてくれたり、運が悪い展開だと魔物が襲い掛かってきてそれどころじゃなくなったりするんだろうな。
「初めまして、ミルクです。結婚して夫が帰りを待っています」
といって指輪――といっても結婚指輪ではなく成長の指輪だけど――が見えるように手をかざす。
一度言ってみたかったけど言えなかった台詞を言うと、クエンドさんは露骨に驚いた顔をした。
「……結婚してたのか?」
「はい。三カ月ほど前に」
ダンジョンに潜っている時間が長いせいで体感では一年以上前になるけど。
「……そうか」
クインドさんが不憫そうな目で私を見たんだけど……幸せだよ?
クエンドさんは私がここから脱出できないと思ってるけど、たぶん脱出できるからね。
それが無理だったら泰良が絶対に助けにきてくれるから。
「これで全員ですか?」
「いや、あと十人ほど森の中で狩りをしたり水を汲みに行ったりしている。戦える奴は貴重だからな」
「……水汲み場ってここから遠いんですか?」
「二時間歩いた場所に川がある」
「そんなに遠いんですかっ!?」
「川の近くは魔物が多い。安全を考えるとどうしても距離を取る必要がある」
「じゃあ、出口はもっと遠いんですか?」
「森の出口はここだ」
「え?」
出口って、どう考えても森の中なのに?
「これを見てみろ」
クエンドさんは地面を払いのけると、そこには石床があった。
「これは転移の魔法陣でな。この魔法陣を使えば森から出ることができる」
「え? そんな簡単なことで?」
「ミルク、MPはどのくらい残ってる?」
MPって魔力のことだよね?
私のMPは10しかなかったけど、俺TUEEEモードで通常のステータスを加算しているから900はある。
「100以上はあります」
「そりゃ凄い。ここのメンバーの最高でも20しかないのに。じゃあ、ここにMPを流してみな。床に手を触れるだけでいい」
「やってみます」
私は魔力を流した。
すると、目の前に半透明のウインドウが浮かび上がった。
【5098/1,000,001】
え? なにこれ?
「この魔法陣を起動するためにはのMPが100万と1必要だ」
100万って……私の魔力が900だから、万全な状態から魔力を使い切るまでのローテーションでも1111回必要ってこと?
回復速度も上がってるとはいえ、魔力を使い切ってから完全に回復するまで5、6時間くらい必要だから5時間と計算しても5555時間、231日魔力を注ぐ必要がある
「そんなの無理じゃないですか! だったら歩いて出るしかありませんね」
「それこそ無理な話だ。この死の森は孤島だからな」
「孤島? だったら、森の中心じゃなくて、海岸に行った方がいいんじゃないですか? 船が助けにくるかもしれないですよ」
「いや、船は絶対に来ない。それについては明日説明しよう。もうすぐ夜も更ける。ここでのルールを説明するから、それが終わればゆっくり休むといい。ちょうど一人分のハンモックに空きが出たところだ」
クエンドさんが言ったけど、誰も脱出できないはずの死の森で、ハンモックに空きができるって……つまりはそういうことなんだよね?
森の中のルールはわかりやすかった。
リーダーの命令には従えとか、食べ物は分けあえ、仕事をしろ、水は煮沸して飲め、安全が確認できない食べ物を口にするな、魔物を引き連れた状態でこの森に戻ってくるなというもので、リーダーはクエンドさんだった。
ちなみに、寝る場所は男女別。
そして、私にとって最大のピンチが訪れた。
「遠慮するな、食え」
クエンドさんが進めてくれた料理は蛇を開いて焼いたものだった。
食べたくないです――って言える状況ではない。
私は目を瞑って蛇のお肉を食べた。
吐くほどじゃないけど、硬くて臭くて、正直二度と食べたいとは思わなかった。
決めた、明日何がなんでもこの死の森から脱出してやる!
寝る前に、薬魔法で化粧水を取り出して顔につけてから泰良と定時連絡を取る。
死の森に関する情報はわからないらしい。
『例の件は王様じゃなくて大臣の差し金だった。情報を吐かせようとしたんだが、転移魔法を使う子どもと一緒に逃げられて死の森に関する情報が手に入らなかったんだ。ごめん』
『ううん、大丈夫。私もなんとか自力で脱出するから。もう蛇の肉は食べたくないし』
『ヘビの肉?』
『こっちのこと。ねぇ、泰良。眠くなるまで一緒に話してていい?』
『もちろんだ』
私はその夜、眠くなるまで泰良と念話で会話した。
気付いたらそのまま眠ってしまっていた。
そして――
「……なにこれ?」
私の服の上に十枚のカードがあった。
【5】【5】【4】【1】【+】【+】【-】【商品の値段(万の位)】【所持金(千の位)】【取得経験値】
なにこれ?
わからないけれど、私の枕元にあったってことは私のものだよね。
アイテムバッグに入れておく。
さぁ、今日は海岸に行こう。
もしかしたら、向こう岸が見えるかもしれない。
地形が見えたら死の森の場所の手がかりが見つかるかも。
「ミルク。どこに行く」
「えっと、海を見に行こうかと」
「……ついてこい、ここから一番近い島の端まで案内する」
「ありがとうございます」
「最初から案内するつもりだった。実際にその目で見た方が早いからな」
引っかかる言い方だったけれど、案内してくれるのなら助かるよ。
クエンドさんは私を島の端に案内してくれた。
そして、海の向こうに陸地――は見えなかった。
海はないけれど、その代わりにあったのは雲海だった。
「どういうことですか!? 孤島って聞いていたけど、山の頂上だったってことですか?」
「ここは浮遊島――空に浮かぶ島の一つだ」
空に浮かぶ島って……チュートリアルにしてはいきなり大ピンチだよ。




