閑話 壱野家の夕食
普通に壱野家の食事の様子です。
特にストーリーの進展とかはありません。
天王寺に行ってダンジョン攻略をして、家に帰ってPDに潜ってレベル上げを続ける日々が続いている。
「泰良、最近はまた……ん、このユッケは何の肉だ? 牛肉じゃないよな」
俺との会話中、父さんがビールと一緒にユッケ肉を食べながら言う。
「泰良がダンジョンから拾って来たダチョウのお肉なんだって。ダンジョン産のお肉は寄生虫の心配もないから生でも食べられるそうよ」
「これはうまいな。母さん、料理の腕を上げたな」
「食材が豊富だからいいわね。毎日何を作ろうか悩んじゃうわ。はい、トゥーナちゃんとミコトちゃんは先に栗ご飯ね」
と母さんがお茶碗に栗ご飯をよそって持ってくる。
「……ありがとう。いただきます」
「これは美味しそうなのじゃ」
俺の前にも栗ご飯が盛られたお茶碗が置かれた。
うん、栗の優しく甘い香りがここまで漂ってくる。
三人で栗ご飯を食べる。
うまい。
絶妙な塩加減、母さん、腕を上げたな。
「そういえば、父さん、さっき何を言おうとしたんだ?」
「さっき? あぁ、最近また頑張ってるなって言おうとしたんだ。ダンジョンに潜ってるんだろ?」
「あぁ、そのことか。うん、ちょっと近いうちに40階層のボスまで倒したいって思って」
「40階層か。泰良もやる気だな。もうすぐ国民栄誉賞の授与式だから張り切ってるのか?」
「え?」
国民栄誉賞?
そういえば、11月3日に授与式があるから、2日から東京に行くことになっていたんだった。
普段は絶対に行かない洋服店で一式数十万円のスーツをオーダーメイドで注文したり準備してたもんな。父さんと母さんも当日会場に行くって言ってた。
「まさか、忘れてたのか?」
「忘れてない忘れてない」
本当は半分忘れていた。
そういえば、姫たちも言ってた。
だから、それまでに――11月1日が俺たちのタイムリミットだ。
11月1日にダンジョンに潜り、ダンプルがエネルギーを奪われている原因を探る。
原因がわかっても俺たちに対処できないとなったその時は、牛蔵さんに出張ってもらう腹積もりもしている。
作戦に変更はない。
「よくわからないが、泰良も大変だな。母さん、俺も栗ご飯」
と俺の横で茶碗を差し出したのは、兄貴だった。
いつの間にか俺の横に座っていて、飯を要求している。
「兄貴、なんでここにいるんだよ」
「仕方ないだろ。葵が家にいないんだから一人で飯食っても寂しいだろ」
「葵さんがいないって、振られたのか?」
「ちげぇよ。身重だから実家に帰ってるんだ」
授かり婚だからな。
ただ、実家といっても近所なので直ぐに会いに行けるはずだけど、嫁さんの実家に行くのってやっぱり気苦労するんだろう。
「予定日っていつだっけ?」
「11月26日だ。今日から産休取ってる」
「男の子? 女の子?」
「知らない。産んでからのお楽しみにしてるんだ。どっちが生まれてもサプライズで喜べるだろ?」
兄貴はそう言ってご飯が来る前に、父さんのビールを勝手に取って手酌でグラスに注ぐ。
「あ、そうだ。ミコトちゃん。実家に帰る前に作ったから、持って行けって葵から預かってた」
と言って兄貴がタッパーをミコトに差し出す。
中身はいなり寿司のようだ。
「おぉ、いなり寿司とはありがたい。感謝する。よし、神の力で安産祈願の祈りをしてやるのじゃ」
「神様直々の安産祈願とは、そりゃ心強いな」
普通に馴染んでるし。
まぁ、兄貴も葵さんもたまに家に遊びに来るので、ミコトとトゥーナにも何度も会っているからな。
……葵さんの手作りいなり寿司か。
「ミコト、俺にも一つ」
「断る。これは妾への供物じゃ。主には主に美味しい手料理を作ってくれるおなごが他にいるじゃろ」
「神様なのに心が狭いな」
「なんとでも言うがよい。いなり寿司の魅力の前にはそのような暴言、些事じゃ」
そう言ってミコトがさっそくいなり寿司を食べる。
くそっ、美味しそうに食べやがって。
母さんが松茸の土瓶蒸しを運んできた。
兄貴が父さんのお猪口に出汁を注ぎ、ついでに自分のお猪口にも出汁を注ぐ。
「兄貴も育休を取得するのか?」
「ああ、それなぁ……考えてるんだよ。うちって給料そんなに高くないからさ。子どももできることだし、ここは転職も考えようかって」
「あてはあるのか?」
「ない! これから考える!」
と兄貴は言い切った。
子どもができるんだから、地に足付いた生活をしてほしい。
「何かないかな。元手があんまりかからず、金になる仕事」
「そんなのあったら苦労しないだろ……いや、待てよ。一つあるな」
「本当か?」
「ああ。ワイン造りなんてどうだ?」
「ワイン? まぁ、大阪といえば葡萄だが、葡萄農家に伝手はないぞ?」
うん、大阪は実は葡萄――その中でもデラウェアという小さな葡萄の生産量が国内三位と葡萄の名産地である。
だが、葡萄農家があるのは少し離れた柏原市周辺で、この辺りには少ない。
しかし、それを覆すアイテムがある。
「魔法の水筒があるんだが」
「魔法の水筒? あぁ、この家にもあるよな? 牛乳が出てくるやつとカレーが出てくるやつ」
「そしてこれは葡萄ジュースが出てくる魔法の水筒なんだが、これを熟成樽に入れると一瞬でワインになる。しかも、魔石を入れて熟成も可能。これなら魔石さえあれば簡単に極上ワインを作れて大儲けできるんじゃないか?」
「それはいいな」
「だろ?」
「だが、断る!」
と兄貴は俺にそう言った。
「兄たるもの、弟の施しはうけない!」
「……兄貴」
俺は兄貴を見た。
兄貴はドヤ顔で俺を見て言う。
「少しは見直したか?」
「だったら、兄貴が今食べてるのは俺がダンジョンで取ってきたダチョウの肉のユッケだし、その栗も俺がダンジョンで取ってきたもんだぞ?」
「うっ――」
「う?」
「うまいな、この松茸の土瓶蒸し。父さん、もう一杯もらっていいか?」
と兄貴が土瓶蒸しの出汁を飲んで言うと、父さんが笑って兄貴のお猪口に追加の出汁を入れてやった。
そして――
「……栗ご飯、美味しい。栗ご飯カレーの可能性を感じる」
「うむ、このいなり寿司も実に美味じゃ」
トゥーナとミコトが喜んで食事をしている中――
「泰良、そのブドウジュースと熟成樽を使って試しにワインを作って見たらダメか?」
と父さんが物欲しそうな目でこちらを見て来る。
「それ、違法らしいから。普通だったらバレないと思うけど、この家の周辺、トゥーナの護衛で公安が常に見張っているから勘弁してくれ……………………ところで母さん。台所からめっちゃいい匂いがするんだけど、昨日の松茸ご飯と今日の土瓶蒸しで松茸の大半を使い切って、ほとんど残っていないからって一人で焼き松茸にして食べてないよね?」
俺は大きな声で問いかけたが、母さんからの返事はなかった。




