エルフの世界のダンプル
エルフの村の中にある中層ダンジョンへと向かうはずだった俺だが、さすがは祭り中とあって、道中面白いものがいろいろと売っていて目移りしてしまう。
さっきタイガーウルフを売って手に入れたDコイン。
地球で換金できるかどうかも微妙なので、いろいろと使うのもありな気がする。
特にダンジョンのアイテムならインベントリに収納できそうだし。
『魔法の水筒が樽とセットで3000D』
タイガーウルフの報酬の全てがなくなるが、しかし鑑定してみると面白い。
【魔法の水筒(葡萄汁):魔石を入れると葡萄ジュースが出るようになる。魔石(黒)で約500ミリリットルの葡萄ジュースが出る】
【熟成樽:葡萄ジュースを入れると一晩でおいしいワインになる。さらに魔石を使うと一瞬で熟成できる】
つまり、一瞬でワインが作れるセットってことか。
酒好きの父さんが喜びそうな組み合わせだし、葡萄ジュースが作れるだけでも俺たちは嬉しい。
『ミレリー、これ買うよ』
『イチ様。お酒が好きなんですね! でも、魔石って一個10Dくらいするから普通にワイン買った方が安いですよ?』
と言われて近くの店を見ると、ワインが5Dで売っていた。
どうやらエルフの村はワインが安いらしい。
もしかして、世界樹の実とかで作れるワインがあるのだろうかと思ったが、近くの森に葡萄がいっぱい採れる森があって、そこの葡萄で作っているらしく、かなり安いらしい。
フランスとかだと水よりワインの方が安いって聞いたことがあるし、エルフの世界でもそんな感覚なのかもしれないな。
『うん。でも魔石は結構持ってるし、何より旅の途中だと買うこともできないからね』
と言って、納得してもらった。
そして、魔法の水筒(葡萄汁)と熟成樽を購入。
ミレリーが値引き交渉してくれて2300Dで買うことができた。
とてもありがたい。
よく見ると、その下にブローチが1個100Dで売っていた。
エルフの鍛冶師の意匠の品らしく、けっこうデザインが凝っている。
鍛冶スキルで作ったらしく、これもインベントリに収納できそうだ。
中途半端に残るのもあれだし、これを買うかな。
残った700Dを渡して身振り手振りでブローチを7個購入した。
ミルク、アヤメ、姫、トゥーナ、あと水野さんと閑さんにもお土産に渡すとして、後一個。
青木?
いや、あいつに女物のブローチは絶対似合うが嫌がらせだろ。
やっぱり明石さん――いや、
『ミレリー、一個受け取ってよ』
『え?』
『ミレリーが値切ってくれたおかげで買えたんだしさ。今日の道案内のお礼ってことで』
『でも、私、イチ様に命を助けていただいて、御礼をするのはむしろ私の方な気が……』
『気にしない気にしない』
たとえ記憶の世界であっても、礼には礼を持って返すべきだろう。
『……ありがとうございます、イチ様。大切にしますね』
いや、安物だしそこまで大切に思わないでよと思った。
俺の世界だったらダンジョン産の、しかも異世界の品は貴重かもしれないが、現地人のミレリーにとっては2000円くらいの価値しかないはずだ。
でも、嬉しそうにブローチを見ている彼女を見たら、そんなことは言えなくなった。
気に入ってくれたのならそれでいいや。
って、心から思えた。
『なぁ、ミレリー。もしかして、ダンジョンって入場料が必要だったりするのか?』
『入場料は無料ですよ』
『よかった――』
危ない危ない。
ブローチをプレゼントして、入場料が足りないからってお金を借りるところだった。
さすがにそれは情けなさすぎる。
ということで、やってきたダンジョンの入り口。
うん、安定の地下への階段だ。
更衣室はない。
スマホとか預ける必要がないからかもしれないが、エルフたちの服装って、元から動きやすい服装っぽいもんな。
階段を降りていくと、ロビーに到着。
換金所があり、一階層に続く扉もある。
普通のダンジョンっていう感じがする。あっちの扉は21階層への転移用魔法陣があるのだろうか? いや、でも中階層ダンジョンは20階層までしかないんだったか。
と二十歳くらいのエルフが声をかけてきた。
その笑顔がとてもやさしそうに思える。
もしかして、ミレリーの恋人だろうか?
いや、顔立ちも似ている気がするし、兄妹の可能性もある。
ミレリーがその人に声をかけて、何か話をする。
『イチ様。私のパパです』
パパ? パパ活?
さすがに実父というのは年齢が近すぎる。
パパっていうよりお兄さんだろって、そういえば町も大半が若いエルフでおじさんやお婆さんエルフは少なかった。
きっとサ〇ヤ人みたいに、肉体年齢が若い期間がかなり長いのだろう。
6000歳くらいまでいまのヴァンさんくらいの姿をキープして、そこから一気に老けていくのかもしれない。
『こんにちは。ミレリーの父のヴァン・ノ・ハンデルマスだ』
ヴァンさんも念話を使えるらしい。
『はじめまして、イチ・ノ・タイラです』
ヴァンさんと握手を交わす。
どうやら本当にお父さんのようだ。
『あのね、森でタイガーウルフに襲われて危ないところをイチ様に助けてもらったの』
『なんだって、本当かい、それは!?』
『うん。凄かったんだよ。見たこともない剣でズバっと一太刀で――』
『そうじゃなくて――』
とヴァンさんは俺を見て頭を下げた。
肩が震えている。
『娘を助けてくれてありがとう』
『いえ、そんな、頭を上げてください』
牛蔵さんの時もそうだったけれど、そんな風にお礼を言われるのは気恥ずかしい。
特に本人からのお礼ではなく、娘の命を助けてくれてありがとうとか――そういうのは。
『それより、俺、ダンプルに会いに来たんですけど、会えますかね?』
『えっと、いまは客を待っていると――ん? 待ってくれ――え?』
ヴァンさんが耳に手を当てて黙った。
誰かと念話をしているのだろうか?
暫くして――
『ダンプルから念話が来た。君を通してほしいとのことだ。案内しよう』
とヴァンさんが言った
ダンプルが俺に会いたいと言ってきた?
あいつはダンジョンの管理人だ。
ここの様子も見ることができたのだろう。
そう言って、ヴァンさんはカウンターの向こうにある扉の奥に案内してくれた。
ダンジョンは洞窟のような雰囲気だったが、扉の奥は中世ヨーロッパのお城の廊下のような感じだった。
赤い絨毯の上をヴァンさんに案内されて進んでいく。
そして、その先にいた。
黒い大福――ダンプルが。
エルフの世界でも地球であってもダンプルはダンプルだな。
「やぁ、待っていたよ。異世界の人間くん」
「…………っ!?」
ダンプルは日本語でそう言った。
そして、ダンプルはヴァンとミレリーの方を見て、何かを言う。
エルフ語なので何を言っているかはわからないが二人が退室したことで、二人で話をするとか言ったのだろう。
「ダンプル、日本語話せるのか?」
「僕はありとあらゆる世界と時間軸の言葉を修得しているからね。このくらいは朝飯前だよ。しかし、そうか。君がこうして来たということは、この世界はこのままだと失敗するのか」
ダンプルは見透かしたようにそう言った。
やっぱりわかるのか。
「なぁ、ダンプル、お前に聞きたいことがある。俺はエルフの世界を救いたい。世界を渡る方法をお前は知っているんじゃないか?」
「……?」
ダンプルは俺の問いに何故か少し身体を傾かせ、目を瞑り、そして言う。
「……ちょっと待て。君はまさか――気付いていないのかい?」
「え? なにを?」
「君が今何をしているのかをだよ」
「何って、廃世界の記憶をDエネルギー缶を使って再生して、この世界に滞在しているんだろ?」
「……なんということだ……一体、そっちの僕は何を考えてこんなのを選んで――いや、しかし……」
ダンプルがぶつぶつと何か呟く。
そして、ダンプルは俺の目を見て言った。
「ここは記憶の世界ではない。正真正銘エルフの世界だ。君はいま、時間と次元を超えてこの世界にやってきたんだよ、異世界の勇者くん」
「………………え?」




