ダンジョン局大阪支部長の憂鬱#side相原
私の名前は相原。元防衛省の人間で、いまではダンジョン局大阪支部の支部長をしている。
三十七にして防衛相(省)の企画官へと出世した私はそのままキャリア組として出世をし、将来は事務次官になるのではないかと言われていたが、当時の審議官の覚えが悪く、気付けば出世の道から外れ、十年前、ダンジョンが生まれた機に設立されたダンジョン管理局の大阪支部の支部長へと追いやられた。
しかし、結果的にそれはよかったのかもしれない。
仕事一筋で生きてきた私だったが、妻も娘も急な転勤に怒ることもせずに大阪についてきてくれた。
それに、出世街道から外れたことで張りつめていた空気から解放され、いまでは家族水入らずで過ごす時間も増えてきた。
共に仕事をする者は、媚を売る上司、蹴落とす同僚、利用する部下と思っていたが、いまでは共に戦う仲間だと思えるようになっていた。
平穏な時間が過ぎて行った。
「支部長――これから支部長に面会できないか連絡が」
と新人秘書の山辺くんが入ってきた。
やれやれ、16時以降の急な面会は受けないと決めていたはずなのだが。
「悪いが今日は妻が得意のカレーを作っていてね。昨日から煮込んでいる渾身の作だ。食べないと妻の機嫌を損ねてしまう。明日にしてもらってくれないか?」
私は余裕のある笑みを浮かべて言った。
「それが……相手は押野姫様なのですが。なんでも、支部長に見て欲しいものがあると――」
「何故それを先に言わない! 応接間の空き状況は!?」
「応接間はこれから斎藤忠商事の方と打ち合わせ予定が――」
「会議室に回せ! 緊急体制だ!」
私はそう言って、ボタンを押すとサイレンが鳴った。
部屋の外から部下の悲鳴が聞こえる。
「きょ、局長。これは一体――」
「君は中途採用だから知らないのだろう。押野姫が何者かを――」
「いえ、知っています。天下無双の理事長であのチーム救世主のアルファ様ですよねっ! ダンジョンシーカーズとの激戦はこの目で見ました。当ダンジョン局にも様々な貢献をなさっている文字通り大阪支部の救世主のような方たちだと」
「その通りだ! だから問題なのだよ!」
彼女がこれまでこのダンジョン局に持ってきたのは何か?
戦わずに経験値が入る打ち出の小槌を格安で貸与してくれ、さらには魔物をテイムする捕獲玉、魔石を高ランクなものへと昇華する魔石融合装置の開発に成功し、その提供をしてくれている。
山辺君の言う通り、その貢献値は計り知れない。
だが――やり過ぎだ。
一つのダンジョン局の支部で扱うにはどれも重大事項だらけだ。
彼女たちはそれらの使用や流通をダンジョン局の東京本部ではなく、目の届く大阪支部で行ってもらいたいと打診をしているのだが、東京本部はそれを快く思わない。
本来ならば私が天下無双の担当を説得し、どうか本部預かりにしてほしいと頼むべきなのだが、それより先に、上松防衛大臣から彼女たちの願いを極力聞き届けるようにとお達しが届いたため、それもできない。
ダンジョン局大阪支部の収入は過去最大になったが、同時に残業の量も過去最大になった。そのため、中途採用を多くとり、山辺君のような新人も多く入職してきた。
ようやく落ち着いてきたところで、彼女たちの再訪。
なにかある、きっとなにかある。
「園山くんを呼べ」
打ち出の小槌の交渉をまとめた彼に、今回も一緒に対応をしてもらう。
そう思って言ったのだが――
「彼は新婚旅行でフランスに出かけてます。さっきダンジョン局のSNSグループに凱旋門の写真が――」
「なに? 私のところには来ていないぞ」
「あっ……すみません。もしかしたらディスコードの方だったかも」
なるほど、上司抜きのSNSグループが別にあるのか。
仕方がない、私が相手をするしかないだろう。
彼女たちとはダンジョンシーカーズとの件で共闘した仲だ。
訪れたのは、押野姫と、そして壱野泰良。
壱野くんはチーム救世主でベータと名乗っている青年だ。
幸運の尖端異常者であるが、しかし実際に見てみるとどこにでもいる高校生にしか見えない。スーツを着てはいるが、慣れていないのだろう。
スーツを着ているというより、スーツに着られているような感じだ。
しかし――
(あの最強鈴原に勝った男か……)
最強鈴原――鈴原西郷は決して弱い男ではない。
その力は決して偽物ではなかった。
スキルによる優位性があったとしても、それだけで勝てる相手ではない。
十八歳の高校生が勝てる相手ではないのだが――いや、詮索はよそう。
「お久しぶりです、相原支部長。今日は園山さんは一緒ではないのですね」
と柔和な笑みを浮かべる押野さん。見た目は小学生なのだが、こちらはスーツをしっかり着こなしている。
押野グループの令嬢であり、そしてあのキング・キャンベルの娘か。
俊敏の尖端異常者であり、分身というユニークスキルを使う。
「園山は休暇を取っています。それで、今日はどうなさいました?」
「今日はダンジョン局に引き取って欲しいアイテムがあります。貴重なアイテムなので、どのように扱っていこうか話し合いの席を用意していただいた次第です」
貴重なアイテムか。
事前に聞いていたが、どのようなアイテムか聞いていない。
「現物をお見せいただけますか?」
「はい、まずはこちらを」
と彼女が出したのは片眼鏡。
これは鑑別のモノクルか。
鑑定スキルと同じ役割を持つ魔道具だ。
非常に貴重なアイテムだが、しかし日本のダンジョンでも何度か出現例がある。確か、梅田の販売所の社長も個人で所有していたはずだ。
彼女の提供したいアイテムが鑑別のモノクルだけだったら、警戒するほどではないか。
確か、販売所の買い取り価格は3000万円だったはずだ。優先的にダンジョン局に売ってくれるというのならば喜んで買い取ろう。
「いやぁ、これはありがたい。鑑定スキルは貴重ですからね。鑑別のモノクルがあれば助かります。こちらの買い取り価格ですが――」
「ああ、待ってください。話は終わっていません」
と彼女はそう言って、鑑別のモノクルを次から次に出していく。
その数10。
これはまさか――
「当ギルド――天下無双は鑑別のモノクルの開発製造に成功しました」
「なっ!?」
「とはいえ、貴重な素材を多く使います。安価で作れる物ではありませんが――」
彼女は必要な素材を教えてくれた。
その素材は貴重なものだった。
ダンジョン局に在庫がないわけではないが、追加で三個作ることができる程度か。
よくもまぁ、十個分の素材を集めることができたものだ。
押野グループの、いや、GDCグループのコネを使ったのだろう。
その素材を買い集めようとすれば、ワンセットで約700万円か?
鑑定士に支払う費用と手間を考えると破格と言える。
確か、大阪支部の今年度の鑑定にかけた費用は約600万円だったはずだ。仮に鑑別のモノクルを1000万円で買い取りしたとしても2年弱で元が取れる。
こちらは鑑別のモノクルを3000万円で買い取るつもりでいたのだから。
数を十分に揃えられないのなら、今すぐ鑑定士の仕事を奪うことにもならないので反発も少ないだろう。
……ただ、これは大ごとだな。
当ダンジョン局に鑑別のモノクルを提供してくれるということは、各ダンジョン局への鑑別のモノクルの割り振りはこちらに一任してくれるということだ。
どこから支給していくか?
各支部に多大な恩を売る事もできるし、なんなら他の部分で便宜を図ってもらうことも可能となる。
それこそ、これを利用すれば防衛相(省)の出世コースに返り咲くことも――いや、それはいい。
「ありがとうございます。早速鑑別のモノクルの買い取り希望価格について一度会議を通して決定いたします。関係各所への連絡と予算を組みなおす必要がありますが、可能な限りそちらの希望に叶うように善処しましょう」
天下無双のこれまでの行いからみても、吹っ掛けて来ることはないだろう。
「相原さん。見て欲しいアイテムはもう一つあります」
壱野くんがそう言って取り出したのは水筒だった。
魔法の水筒か。
恐らく、ここに持ってくるということは普通の魔法の水筒ではないだろう。
本来、魔法の水筒は魔石を入れると水が出てくるアイテムだ。
しかし、亜種は多く、お茶が出てくるものやジュースが出てくるもの、海水が出てくるものなど多岐にわたる。もちろん味も千差万別で、石油が出てくる魔法の水筒なんていうものもある。皮肉なことに、魔石の誕生により石油の価値が著しく下がり、使えば使うほど赤字となるアイテムになってしまったが。
「これは何の魔法の水筒でしょうか?」
「よろしければ、こちらの鑑別のモノクルをお使いください」
壱野くんがそう言ったので、鑑別のモノクルを使わせてもらい――絶句した。
回復薬を生み出す水筒……だとっ!?
これは――現在、ダンジョン産の回復薬の最低販売価格は2000円。しかし、どのような怪我でも治すことが可能なポーションの需要は高く、供給が追い付かないのが実情だ。
それが魔法の水筒で生産可能になるだとっ!?
魔石は供給が需要を上回り、買い取り価格が落ちてきて、在庫がだぶつき保管費用も高く、探索者からの反発も多くなってきた。
だが、魔石融合機のお陰で保管費用が安くなったところで、この魔道具。
できる回復薬の質にもよるが、これが本物なら魔石の買い取り価格を400円から500円に戻すことも可能になるし、薬局や病院から回復薬が足りていないと嫌味を言われる心配もなくなる。
だが、気になる。
「何故、その情報を我々に提供してくださるのですか? これは金の生る木です。貴方たちが独占すれば、金も栄誉も思いのままでしょう。何しろポーションの安定供給は世界の悲願。なんなら、我々はあなたたちがこの魔法の水筒により生産したポーションの販売権を頂けるだけでも御の字です」
そのことに気付いていないはずがない。
「あなたたちは見返りとして我々に何を求めるのですか?」
私が尋ねると、押野さんはニヤリと笑った。
一体何を望むのか?
「私たちが望むのは、ダンジョン局がこれから入手するD缶の全てです」
「D缶……?」
「ええ。ダンジョン局はD缶を一個5000円で買い取ってください。私たちはそれを同額で全て買い取りさせていただきたいのです。世間には知られない形で。その約束さえ果たしていただければ、魔法の水筒のレンタル費用は――」
と彼女が語ったのはまたも格安価格だった。
「独占購入――ですか」
優先購入ではなく独占購入。
しかもD缶か。
彼女たちの貢献値に鑑みても、生活の必需品でも探索の必需品でもないD缶なら独占供給も可能だろう。
一個5000円ならば、オークションの平均落札相場とそう変わらない。
送料や手数料が必要ない分、その値段なら今後ドロップされたD缶はダンジョン局に持ち込まれるだろう。
だいたい、一日300個、一年だと約10万個のD缶が出るという。そのうち8割が売られるとしても、年間4億円分のD缶を彼女たちは独占的に入手したいという。
魔法の缶切りを買い求めていることといい、一体、D缶に何が?
あんなもの、よほどの強運でない限り、そう簡単に開いたりしないし、なにより中身も当たり外れが――
と私は壱野くんを見て気付いた。
幸運の尖端異常者である彼を。
つまり、そういうことなのかっ!?
だとしたら、これらの珍しいアイテムの入手先も頷ける。
「…………わかりました。ひとまず、大阪支部におけるD缶の買い取りと独占販売についてはお引き受けいたします。そして、他支部についても交渉が終わり次第となるので、いつになるか――」
「わかりました。あぁ、そうそう。鑑別のモノクルの卸売価格は一個900万円で構いません。とりあえずお預けしますので、売れた分だけ後日精算させていただきます」
一個900万――想定より安い。
なるほど、押野さんはこの鑑別のモノクルをうまく使って、他の支部との交渉を速やかに終えろと言いたいわけか。
鑑別のモノクルの買い取りと、そして魔法の水筒の貸与に関する誓約書を作成した。
天下無双のD缶独占購入をダンジョン局本部に認めさせるために、まずは最低でも過半数の支部長を抱き込まねばならない。本丸を射るには、まずは堀を埋める作業が必要になる。
今夜の残業は確定だな。
妻の渾身の作のカレーを食べることもできないだろう。
「あぁ……壱野さん。サインをいただきたいのですが」
「契約書のサインは姫……押野がいたしますが」
「いえ、そちらのサインではなく……娘がベータさんのファンなもので。色紙を用意いたしますので」
「そういうことでしたら喜んで」
と言って壱野くんは快くサインを書いてくれた。
これで娘を抱き込むための切り札はできた。
妻への謝罪と切り札を使うタイミング――これが重要だ。
天下無双の貢献値、大幅プラス




