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観覧車の告白

 というか、いま、俺のことをモルモットって呼ばなかったか?


「あの、失礼ですがお会いしたことがあるでしょうか?」

「自分の記憶力を過信しないのは良いことだ。安心したまえ。我々は初対面だ」

「だっ――」

「だったら何故自分のことを? という質問の答えは私の身分を明らかにした方が早いだろう。そういう意味では日本の名刺文化はとても便利だ。こんな紙切れ一枚で身分を証明してしまうのだから」


 と彼女はそう言って、白衣の袖の下から名刺を取り出した。

 俺も鞄の中から、姫に持ち歩いているようにと言われた名刺を取り出して交換をする。

 飾り気もなにもないその名刺には、名前しか書かれていなかった。

 名刺の意味があるのだろうか?


【月見里閑】


 月見里と書いてヤマナシと読むっていうのは最近覚えた。

 名前は……かん?


月見里閑やまなししずかだ。しずかちゃんと呼んでくれたまえ。猫型ロボットアニメ風に」

「わかりました。では、自分のことはの〇太さんでいいですよ」


 俺は冗談には冗談で返すタイプなので、思わずそう言った。

 閑さんはその冗談にはクスリともしない。

 滑ったと後悔する。


「あの、普通、名刺って社名とか役職とか書いているものでは?」

「東アヤメの言うことはもっともだ。ただ、研究所としての付き合いではなく、個人として付き合いを望む者にはこれを渡している。特に君たちのようなモルモット……失礼。優秀なモルモット相手にはね」


 モルモットの部分を訂正しろよ。

 そう叫びそうになるが、それより気になるのは、研究所という言葉だ。

 彼女の言う通り、月見里という名前を見ただけで、彼女が俺のことを知っている理由がわかってしまったのだ。


「やっぱり月見里研究所の方だったんですね」

「その通りだよ、の〇太さん。私はそこで所長をしている。年齢は25。闇属性の覚醒者だ」

「岩倉さんのことは大変お気の毒でした」


 アヤメが曇った表情をして言う。

 西条さんの事件では多くの死傷者が出た。西条さん自身もキングさんから貰った英雄の霊薬がなかったら片腕を失っていた。悪いけれど、同情はするが、自分の英雄の霊薬を差し出すことはなかっただろう。

 手元にある英雄の霊薬は俺にとって命綱の一本。

 同情したからといって誰にでも使うものではない。

 たぶん、姫が右腕を失って、見知らぬ人が死にそうな状態であったとしたら、俺は迷わずに姫に英雄の霊薬を使うだろう。

 たとえ姫から恨まれたとしても。

 と話が逸れてしまった。

 その多くの死傷者が出た中で、岩倉さんは唯一の死者だ。

 ホワイトの石化ブレスにより、石になって砕けたと聞いている。

 俺が駆け付けたときには既に破片しかなく、死体を直接見たわけではないが、会話した相手がそう言っていた。


「気にすることはない。20階層を越えて進む探索に犠牲は付き物だ。何度か地上での勤務に専念するように言ったのに聞く耳を持たなかった彼が悪い」


 閑さんはそう毒を吐く。

 俺たちを気遣っての発言というより、心の底から怒っている気がする。


「それで、閑さんはここでなにを?」

「なに。エルフくんのおかげでこの景色が異世界を模写したものであるとわかったからね。その調査をしていたのだよ。君たちと出会ったのはただの偶然だ。もしかしたら、壱野泰良くん――君の幸運値に導かれてのものかもしれないがね」


 と閑さんはニンマリと笑う。

 

「そうですか。じゃあ俺たちはこれで失礼します」


 なんか危ない気配がした俺は、そうそうに退席することにした。

 絶対に呼び止められると確信していたわけだが、


「ああ、さようならだ。の〇太さん」


 と彼女は最後まで律儀に俺のことをそう呼び、素直に見送ってくれた。

 一体、なんだったんだ、あの人は。


 その後、俺たちは25階層まで行く。

 もしかしたら、閑さんが23階層で待ち構えているかもしれないと思った俺たちは、そのまま迷宮転移(ダンジョンワープ)で21階層の入り口に移動し、そこから転移陣を使って地上に戻ったのだった。



 更衣室で着替えを済ませて外に出ると、既に夜になっていた。

 草原は道がない分、かなり広い。

 しかも階段がわかりにくいから苦労した。

 アヤメの風の道標(ウイングポスト)は風を出してその反射で周囲の道がわかる魔法なのだが、大草原だとその風を遮るものがないから使えなかったのだ。

 時間を確認する。

 夜七時。

 うん、むしろちょうどいい時間だ。

 アヤメと一緒に万博公園の隣の商業施設に行き、夕食を済ませると、俺は彼女を観覧車へと誘った。


 観覧車は普通のゴンドラだけでなく、地獄のゾンビ観覧車というものもあった。

 絶対逃げられない密室空間で、プロジェクションマッピングや立体音響を使った恐怖の18分って、怖すぎるわ。

 そもそも、これからの目的を思うと、これに乗るのは絶対にない。

 お金を払い、通常のチケットを購入。

 観覧車に乗る。


「わぁ、綺麗ですね」

「本当だな」


 生駒山上遊園地からの夜景ほどではないが、それでも吹田市や茨木市の夜景を楽しむことができる素敵な空間だった。


「壱野さんと観覧車で二人きり。ちょっとミルクちゃんや押野さんに申し訳ないですが、幸せです……」

「ああ。本当に四月の俺からしたら信じられないよ。アヤメのようなかわいい子と二人きりで観覧車に乗れるなんて」

「ふふっ、ありがとうございます」


 本当に幸せな空間だが、少し緊張してきた。

 景色を見る余裕もなくなってきて、透明になっている床の先に見える自転車や車に目がいってしまう。

 だが、俺は意を決し、観覧車が天辺に到達したところで、ポケットから箱を取り出すと、その蓋を開けた。


「アヤメ、君にこれを受け取って欲しい」

「これって……ええと、どんな効果のある指輪でしょうか?」


 もしかして、成長の指輪のように特別な力のある指輪と思ったのだろうか?


「特別な効果はない。順番は逆になっちゃったけど、婚約指輪だ」

「えっ!?」


 アヤメが固まる。

 想像すらしていなかったって顔だ。


「好きだ。愛している。これからも一緒にいてくれ」


 一切の言葉を飾らずに思ったままを伝える。


「はい! ありがとうございます。とても嬉しいです」


 アヤメが涙を流し、笑顔で言った。

 彼女の左手の薬指に婚約指輪を嵌める。


「さっきの大魔術師の首飾りに比べると見劣りするかもしれないが――」

「そんなこと言うと怒りますよ。女の子にとっては最高の憧れなんですから、これ以上のものはありません」

「……そう言ってもらえるなら、一生懸命選んだ甲斐があったよ」

「ありがとうございます。あ、あの、壱野さん。少しだけ目を閉じてもらっていいですか?」


 なんで? とは聞かない。

 俺は言われるがままに目を閉じる。

 そして、ゆっくりと地上に向かって降りていく観覧車の中で俺たちは唇で愛を確かめあったのだった。


   ※ ※ ※


 万博公園から帰るタクシーの中。


「ミルクちゃんと押野さんにも指輪を?」

「あぁ、ミルクには渡した。姫にはまだ」

「それって好きな順番ですか?」

「違う違う。好きに順番はないよ。考えないようにもしてる」


 だから、誰が一番好きかって言われても困ってしまう。


「そうですか。私はずっと壱野さんが一番です。二番はありません」

「ありがとう」


 俺は礼を言うけれど、タクシーの運転手さんがどういう気持ちで聞いているのか気になる。

 アヤメってときどき、凄く積極的になるんだよな。

 そこがカワイイんだけど、そろそろ話を変える。


「アヤメももう夏休みも終わりなんだっけ?」

「はい。二週間だけです。明日から学校で憂鬱です。壱野さんも終わりですよね」

「俺は一カ月以上あったけどな」


 PDに潜っている時間が長いから二ヵ月くらい学校に行っていない気がするよ。

 俺がベータであることがバレてしまったので、いろいろと騒がれそうだな 


   ※ ※ ※


 結果、凄い騒ぎになってた。


「壱野くん! 壱野くんがチーム救世主(メシア)のベータなの!?」


 始業式の日にクラスの女子にいきなりそう声をかけられた時には流石に観念した。

 認めたらもう大騒ぎだ。

 それから質問三昧だ。

 ほとんどは適当にはぐらかす。

 どうやってそんなに強くなったのかなんて答えられないし、どれだけ稼いでるかなんて答えるつもりもない。

 「30億円稼いでる」って言ったら、絶対に「奢れ」って言って来るに決まってる。

 離れたところにいる女子が「壱野って顔はいいわよね。玉の輿ねらいにちょうどいいかも」って言っているのが聞こえる。

 

 と、始業のチャイムが鳴った。

 これで質問責めから一時的に解放される。

 扉が開き、高橋先生が入ってきて、グラウンドに移動を促す――と思った。


 入ってきたのは高橋先生ではなかった。


「ああ、君たちの担任の高橋先生は急遽、別の高校に赴任することになったため、今日から私がこのクラスを受け持つことになった。卒業まで残り少ないがよろしく頼むよ」


 と白衣を着た新任教師を名乗る彼女はそう言って、チョークで黒板に自分の名前を書いた。


『月見里閑』


 というその名前を。

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― 新着の感想 ―
不正に学校教師になった(悪魔)生物教師を思い出した
[一言] しずかちゃんっていいキャラ立ちしてるよねぇ モルモットを言い直さない辺り好感持てる
[気になる点] しずかにのび太を呼ばせるなら「のび太君」じゃなくて「のび太さん」だろう。 [一言] まあ友人でも知人でもない人間をモルモットと呼ぶ女なんぞ、どうでもいいか。
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