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事件の顛末とこれからの話 後編


 廊下で話し合っていても仕方がないので、場所をシャルルの執務室に移す。

 執務室のソファには何が原因かは定かでないが、明らかに機嫌が急降下したミラジェがむくれた顔で座っていた。


「ミラジェ……。私が悪かった……許してくれ」

「旦那様が何に対して謝っているのか、私には分かりませんが……」


(昨日も今日も、旦那様は謝ってばかりだわ)


 シャルルとの認識の間にミラジェは齟齬を感じていた。圧倒的なズレは、今後の生活を徐々に崩していきかねない気配を孕んでいる。


「君みたいな守られる立場にいる子供をこんな事件に巻き込んでしまったことだとか……私の言葉が足りなかったことだとか……」


 また子供。


「……旦那様は私を、守られているだけの子供扱いされるのですね!」

「そ、そうではない! 今、言葉を間違えてだな……!」


 わたわたと言い訳を考えるシャルル。ミラジェも本気で怒っているわけではないが、こうも子供扱いされるとじわじわと腹が立ってくる。


「ミラジェ様。これが以前あった王宮に侵入した刺客の情報です」


 ジャンが二人の不穏な雰囲気を察知し、それに割り込むように資料を手渡す。

 ミラジェはプンスコしながも、きちんと書類に目を通す。


「ふうん。あの時乱入してきた御令嬢が、今回の事件を起こしたのですね……。はあ、愚か、愚か」

「「……」」


 シャルルとジャンはミラジェの豪胆さに閉口した。


「ホーライド家の方々はこのことを、どう落とし前つけるんでしょうね?」

「間者を捕らえたことで、決定的な証拠ができてしまったから、逃れることはできないだろう。私から、今回の罪に関して報告書を王宮に出そう」

「そうですか……。じゃあ、直接会って、女の縄張り争いキャットファイトはする必要がないんですね……」


 ミラジェはどこか残念そうとも取れる表情で、ため息をついた。


「君は……今回のことについてあまり怖いと思っていないのだろうか?」

「怖い? このくらいのことじゃ、私、全然怯えもしませんよ? 人間がもっともっと、酷いことができること、身を以て知っていますから!」


 そう言ったミラジェの顔はものすごくいい笑顔だった。


「私の母はこう言った事件の度に怯えて、耐えられず実家に逃げ帰ったのだがな……」

「やっぱり若奥様はこの家にぴったりの女性ですね!」

「お、お前……」


 目を輝かせるジャンを見てシャルルは呆れた顔を見せた。


「……はあ。今回は無事だったが、次回はどうなるかわからない。それに……君はまだ子供だ。これからは危ないことはしないと約束してくれるか?」


(……また子供扱いする〜!)


 グツグツとしたマグマが吹き上がる前のような怒りをミラジェから感じ取ったシャルル。


「……ミラジェ?」


 宥めるように、ミラジェの顔を覗き込むと、ミラジェは勢いよく啖呵を切った。


「旦那様は私に、一般的な御令嬢たちのようにお淑やかな子女でいて欲しいのですか?」


 そう言うと、シャルルは考え込んだ後、納得したわけではなさそうな、微妙な言葉を返してくる。


「まあ……そう言われればそうかもしれないな……」

「それはできません」


 キッパリとした否定だ。ミラジェは何かシャルルの想像もつかないようなことをしでかしたとしても、基本シャルルの意思を尊重し、拒否するようなことはなかった。

 そんなミラジェがシャルルの意見を退けたことに、シャルルは驚く。


(ここは引かずにはっきり言って置かなければならない)


 ミラジェは覚悟を決めた。


「旦那様の中に一般的な女子像があって、周りの女性たちがそれに似通った方々だとしても。私は……私にしかなれないのです」


 ナイフの様な鋭さを持った言葉に、シャルルはハッとした仕草を見せた。


「私は……所詮、下賤者の生まれですから……やられたら、やり返すことしかできません。そういう育ちの人間なのです」


 諦めたような、力が抜けた表情で、ミラジェは言う。


「そんなことは……」

「いいえ。無いなんて言えません。だって普通の御令嬢は自分自身の手を汚そうだなんて思わないでしょう?」


 その言葉にシャルルは何も言えなくなる。


「何かあった時、自分で落とし前をつける……。それが私のやり方ですが、私自身はその手段しか選べない私のことが全然嫌いじゃありません。むしろ誇りに思っていますもの。誰かに何かをやられたときに、旦那様の影に隠れているような女ではいられないのです。先程、旦那様が私のことをかわいいと言ってくれたのはとっても嬉しかったのですが……もしその可愛いが、私自身ではなく、一般的な子女たちにカテゴライズされた形容だとしたら、その賛美を受け入れることはできません」


 今にも泣き出しそうな顔だった。


「だってそれは、ホーライド家の御令嬢が、旦那様のことを理想の男性だと思った思考と同じでしょう?」

「ミラジェ……」


 シャルルは今まで以上に翳りのある困った顔をしていた。


(あ……言いすぎた)


 怖い、怖い、怖い。

 この人に嫌われるのが怖い。


 自分はこの屋敷の主人になんてことを言ってしまったんだろう。人の話を聞かずに、自分の意見を押し通そうとしている自分の方が、よっぽどホーライド家の御令嬢に近しい気質なのに。それでも言葉を止められなかった自分の低俗さに寒気がして、体が小刻みに震えた。


 __捨てられる、と反射的に思う。


「ミラジェ。聞いてくれ。私も君に言いたいことがある」

「私、猫なので、何も聞きません! 何もわかりませんっ! 自分の思った通りに進みますから〜!」


 ミラジェは耳を思いっきり塞いだ。



 シャーと威嚇する猫の様な、ミラジェの表情は年相応の幼さを感じさせてとても愛らしくシャルルの瞳に映る。


(聞き分けが良すぎて、心配になるところはあったが、ちゃんとこの子は自分に意見を言える様になったのだな……)


 公爵家に相応しい人間になろうと、自分の身の丈以上に大人びた様子を見せていたミラジェの子供らしい一面に頬を赤く色づかせた。


 ぶつかる時は真正面からぶつかった方がいい。


 シャルルはもう話なんてする必要がないとでも言いたそうな、ミラジェと向かい合う。


「ミラジェ、聞いてくれ」

「聞きませんっ! だって、どうせ……旦那様は私のやることを許してくれないのでしょう⁉︎」

「……そんなこと一言も言っていないよ。私は君が一人で戦うことに、異議を唱えているだけだ」

「え?」


 ミラジェは瞠目する。てっきり、シャルルは自分が持つ他の令嬢よりも少々『おてんば』な質を黙認できずにいるのだと思っていた。最悪捨てられるか、元家族の様に自分を甚振るかもしれないとまで思っていた。


 しかしそれは被害妄想だったらしい。落ち着いてよくよくシャルルの顔を観察すると、シャルルはちっとも怒っていない。自分にも、ホーライドの御令嬢の様に思い込みが激しい一面があることに恥ずかしくなる。


「君はエイベッド家の一員だ。君がこの家を守る義務があると同時に、この家も君を守る義務があるんだ」


 シャルルは男爵家で虐げられていたミラジェには、家が自分を守ってくれるという意識すら持ち合わせていないのではないかと考えていた。家だけでなく、他人が自分を守るために行動してくれるという意識すら希薄なのだろう。


「自分の身くらい自分で守れます……」


 掠れた、消えそうな小声でミラジェがいう。


「本当に君はたった一人で公爵家における全ての脅威を取り払えると思っているの? 確かに君は強いよ。……だからこそ君は弱いんだ。君は人に頼る術を知らないからね」


 ミラジェはシャルルの指摘にハッとした。元々自分が人に頼るということを不得意だということには随分前から気がついていた。

 公爵家ではジャンやアレナを始めとした、たくさんの使用人たちが働いていて、皆ミラジェの世話を焼いてくれる。もちろんそれが仕事だ、ということを頭では理解できていても、申し訳ないなと思ってしまう気持ちを拭いきれずにいるのだ。


 その意識は、自分の夫であるシャルルに対してもある。


 シャルルは不幸な事故によって自分を娶ることになってしまったというだけで、多大な不利益を被った人だ。そんな人にあれをしてくれ、これをしてくれと、多くのことを要求をするのは憚られる。

 せめて自分がこの家に来てよかった、と思って欲しくて、成果を出そうと必死になっていた部分は少なからずあった。


「君は君一人で戦う必要はないんだ。何かあれば、私を頼ってくれよ……。私は君の夫だろう?」


 懇願するように揺れる瞳。ミラジェはシャルルの表情を見て、息が詰まるような苦しみを覚えた。


「でも……旦那様は……ヘタレ……いや、ん。ええっと……争い事を苦手とされているでしょう?」

「今、ヘタレって言わなかった? ……その通りだけれど」

「いいえ。言ってません」


 ミラジェはシラを切った。シャルルはピューと口笛でも吹きそうなミラジェを訝しげに睨んでから、はあ、と深めにため息をついた。


「……。まあいい」


 シャルルはこんなくらいのおちょくりで怒ったりはしないのだ。


「君の目に私は、自分の手を下すことを苦手としている人間に見えるのだろうけど、私だってだてに長年公爵をやっていないんだ。必要であれば、自分で始末をつけることだってある。なんなら、その回数は君よりも多いかもしれない。その経験値を以て、君を守ることはできる。君が私を守ろうとしているように、君を守ることだって私はしたいんだ」

「私にそんな価値はありません……」

「あるよ」

「え……」

「君は妻という立場は公爵家の駒だと思っているようだが……。君は駒じゃない。私の……大切な人だよ」

「猫ではなく?」


 ミラジェは泣きそうに表情を歪めた。


「一人の人として君を大切に思っている。……何も、一人で傷を引き受けて、全てを守ろうとする盾になろうとしなくても良いんだ」


(ああ、どうしてこの人は……)


 こんなにも面倒な自分と真正面から、向き合ってくれるのだろう。


 歪で、足りなくて、不完全で、考えが足りなくて……認めたくないけれど子供で。


 一人では何も意味を持たない自分だけれど、この人の助けになれるとしたら。


「ずるいです……。いいところだけ、しっかり決めるなんて……ヘタレのくせに……」

「そればっかりは年の功だな」


 ミラジェの目はほんのりと涙で濡れていた。シャルルは彼女をそっと優しく抱きしめた。ミラジェは腕の中で、人の体温だけではない温かさを感じていた。


 ……この場にまだいたジャンは、私は壁、と心で唱えながら必死に存在を消そうと努力していた。




実質あと1話+まとめが1話で終了します〜。

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