家主の心中は察せず、猫道まっしぐら 前編
その日の夜、ミラジェは昨日と同じくシャルルのベッドにいた。
「ミラジェ……。ここで寝なくともいいと言っただろう? ジャンとアレナにも俺たちが何も関係がないことは知られている。もう君が気を遣う必要はないよ」
妙な義務感を感じているなら申し訳ないという気持ちでシャルルが言うと、ミラジェはシラーっとした薄目で答える。
「気を遣うですか? 私はそんなことはいたしませんよ。だって猫ですもの」
「へ?」
「旦那様が昨日おっしゃったのでしょう? 私は猫だと。私もそれを理解し、体現しようと思ったので、こちらに参りました。猫は自由気ままに好きな場所で寝るでしょう?」
ミラジェはコテンと首を傾げながら言う。
うーんかわいい。一瞬無意識にそう思ってしまった自分の思考にハッとしたシャルルは、ぶんぶんと頭を振り、不埒な考えを打ち消そうとする。
その様子を見たミラジェは、閃いたようにシャルルのすぐ側に忍び寄り、腰に腕をぐるりと回した。
「な、なんで腰に手を回すんだ⁉︎」
「……だって。猫なので。人間で暖を取ることもありますでしょう?」
ミラジェは反論を挟む暇さえ与えなかった。
「ではおやすみなさーい」
そのまま、ミラジェは何食わぬ顔で眠る。
シャルルは抱きつかれた腕を払うこともできず、しばらく硬直していた。
(困れ、惑え。昨日の私の思いを思い知るがいい……)
ミラジェはシャルルの広い背中の暖かさを堪能しながらニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
ミラジェの仕返しは始まったばかりだ。
*
(アレナがやり返す、と言っていたから、どんなことをやられるかと思ったら……。大したことではないな……)
シャルルは腰にくっつくミラジェを追い払えないまま、うんうん考え込んでいた。横になった途端、ミラジェはういしょ、と動き密着度を上げた。
……思ったより、腹黒い仕返しではなかった。これじゃあ、可愛いだけだ。と、冷静にシャルルは思う。
だが、気まずいことには変わりない。
(ああ……。こんな格好でいるのを人に見られたら、もう言い逃れはできないだろう。誰もがきっと、あの男は少女趣味だったのだと言い広げるな。だが、それだけなら私が被害を被ればいいだけだが、この子が風評被害を受けるのは……)
うじうじ虫のシャルルはせめてミラジェが大人になるまで時間を稼ぎたいと思っていた。だが、そんなシャルルの気持ちを察することもなく、ミラジェは行け行けどんどんである。
考え込んでいるシャルルの腰に抱きついたミラジェが寝ぼけているのか、頭をぐりぐりと押し付けてくる。その瞬間、髪からふわりと、せっけんの微かな香りが溢れ、鼻腔をくすぐった。寝位置を変え、柔らかな肌が触れるたび、小さな子供だと思っていたかったミラジェが女性であることを思い知らされる。
(ああ……! こういう猫いるけどっ! 彼女は人間だ)
大人になる前の少女が持つ、危うい魅力は、理性的だと自負していたシャルルを揺さぶるだけの威力を持っていた。
猫だなんて、言わなければよかった。そう思ってももう遅い。
シャルルはうーんとうなされながら、眠れぬ夜を過ごした。
*
翌日は雲一つないさわやかな朝だった。この晴れ渡った天気の清々しさは、まるでミラジェの気分を表しているようだ。
「若奥様。なんだか今日はご機嫌ですね」
昨日の様子が嘘のように晴れ晴れとした表情を浮かべるミラジェを見て、アレナは嬉しそうに声をかける。
今日も勉強に励み、書き物をしているミラジェの万年筆の動きも、昨日より心なしか滑らかだ。
「ええ。仕返しができたんです」
「……ちなみにどんなことをされたのですか?」
「そんな大層なことはしていません。ただ、猫のように抱きついて眠っただけです」
昨日は大変愉快な気分を楽しめた。猫のように擦りつくと、うーんと唸り声が聞こえていた。確実にシャルルは困っていただろう。
しかし、一度君は猫だ! と言った手前、やっぱりダメだ、猫みたいなことをするな、と意見を変えるのも憚られたのだろう。
結局昨夜はそのまま朝まで同じ体勢で過ごすことを許してくれた。
筋肉質なシャルルは暖かく、まだ明け方は寒いこの季節に暖を取るのにぴったりだった。
むふん、と鼻息をしながら報告するとアレナは頬を赤らめてながらきゃあとはしゃぐ。
「まあ! 若奥様。情熱的ですね」
「ふふふ。これからは押して、押して、押しますよ! ……なんていうか私、遠慮をするのをやめたんです。よくも悪くもシャルル様は優しくて……どんなことをしても怒らない気質だと言うことがわかりましたので、私は妻という立場を利用して、迫ってやろうと思いまして」
「若奥様……」
「シャルル様にその気はなくても、その気にさせて、絶対に私はこの家のために役目を果たしますよ!」
ミラジェは左手を天に突き上げて、勇ましく宣言する。
「若奥様! なんて頼もしい!」
アレナはもう泣きそうだった。初夜遂行に失敗した、ヘタレなシャルルに愛想を尽かしてもおかしくないのに、ミラジェ自ら粘ってくれるだなんて……。
「でも、もちろん旦那様が嫌がることは致しません。私……。自分が今まで虐げられて生きてきたので、何をされたら人間が苦痛を感じるかは、よくわかっているつもりなんです」
「若奥様……」
アレナはミラジェの経歴を思い出して、苦しげに眉を寄せた。ミラジェは、底の知れない発言をすることはあるが、基本的に優しい娘だということは、仕える中でひしひしと感じとることができ、今では使用人全員が知っている。
「でも、人が嫌がることのギリギリもわかります! だからそのギリギリを攻めて、旦那様を追い込むつもりです」
凄まじく清らかないい笑顔でミラジェは言い放つ。
__開かなくていい扉が開いてしまった気がする。
アレナは、こんないたいけな少女が、復讐のために闘志を燃やしている状況に、多少慄きはしたが、見ていてとても面白いのでこのまま見守ることにした。
*
不発の初夜から一週間が経った。
シャルルはミラジェに「じゃあ、君のことは家にもらってきた猫だと思うことにしよう」と思いつきで告げたことを、今になって深く後悔していた。
そもそも“猫”という発言は、ミラジェを軽視した発言ではない。
ミラジェは“公爵の妻”としての役割を全うしようと、躍起になっていた。それはシャルルの目にもわかるほど露骨な努力だった。
しかし、シャルルは幼いミラジェに妻としての役割を求めてはいなかった。それよりも今は、ミラジェが取りこぼしてきた、温かな愛情や、しかるべき教育、小さな日々の楽しみを少しずつ取り戻してほしいと思っていた。
だが、実情のミラジェはどこか役割に固執しているように見える。強迫観念にも思える必死さは、見ていて痛々しさを感じてしまうほどだった。
きっと、そんな固定概念を持ったミラジェから役割を取り上げてしまったら、彼女は公爵家での足場を見失い、崩れ消えてしまいかねない。そんな確信がシャルルにはあった。
屋敷中の誰にだって、無条件に愛され、大切にされる存在。それを一言で表そうとした時。出てきた言葉が、猫という単語だっただけだ。
(ただ……言葉の選択を間違えたな、とは思っているが……)
それを言った日から、ミラジェの行動が急に大胆になり始めた。
まるで、拾ってきた当初こちらを警戒していた野良猫が主人に対してはどんなことをしてもいいと、学んだ時のような傍若無人っぷりが今のミラジェからは見受けられる。
最初の日、腰に抱きついて眠り始めた時はどうしようかと思ったが、それは計画の序章に過ぎなかった。
昨夜、シャルルが寝室のベッド横に置いてある一人がけのソファで本を読んでいたところ、ミラジェはノックもせずに(本人曰く猫なので、ノックはしないらしい。他の部屋ではするくせにシャルルの前では猫であることを貫く)部屋に侵入してきた。そしてそのまま何食わぬ顔で、膝の上に登り、ちょこんと座り始めたのである。
「な、何やってるんだ! ミラジェ! 君は立派な淑女なのに、はしたないだろう⁉︎」
ギョッとした顔でミラジェを見つめると、ミラジェはニンマリとした表情でこちらを見つめる。
「やだなあ、旦那様。猫は膝に乗るものですよ。そして本を読んでいるご主人様の邪魔も得意です」
そう言って、持っていた本のページを勝手にめくり、栞の位置を勝手にずらしてドヤ顔で顔を見つめてきた。はて、これはどういった反応をするのが正解なのだろうと、困った表情を浮かべていると、一連の悪戯に満足したのか颯爽と去っていった。
まだこれは可愛い方だ。
先日、ミラジェはついに、これは淑女として……いかんだろう、と眉を顰めてしまうような行動に出た。
*
その晩、ミラジェは自室で眠るのだろう、と高を括っていたシャルルは、就寝時間になってやってきたミラジェの姿に瞠目した。
「ミラジェ……。何度も言うが、君は自室があるのだから、そちらで寝た方が熟睡できるだろう? わざわざ俺の部屋にくる必要はない。無理はしなくてもいいんだ」
窘めるようなシャルルの言葉に、ミラジェはなんのこっちゃと言わんばかりに瞳を瞬かせた。
「あら? こちらも何度も言わせていただきますが、私は猫ですよ? 猫はどこでも自由に眠る生き物です。旦那様に私の寝場所を指定する権利はございません」
そう言って失礼しますー! と布団に潜り込んだミラジェはベッドの端っこの方で枕も使わずにくるりとまるまりこむ。
(本当に猫のようだな……)
当たり前だがシャルルの寝室にベッドは一台しかない。しかしシャルルの愛用のベッドは大柄なシャルルが手足を大きく広げても、はみ出ることのない立派なキングサイズだ。幸いにも小柄なミラジェが一人増えても、狭いとは感じない代物ではある。
(仕方がない……。今日は一緒に寝るしかないか)
ソファで寝るにもシャルルは大きすぎる。諦めてそのまま大人しく眠ることにした。
うとうとと、意識が落ちそうになった頃だった。
背を向けて寝ていると、シャルルの背中にヒヤリとした感覚が走った。
「⁉︎」
シャルルは未知の感触にベッドから飛び起きる。
__何が起こったか説明をしよう。シャルルの服の中に顔を突っ込んできたのだ。
「何をしてるんだ⁉︎」
「え? 顔を旦那様の寝間着の中に突っ込みました……? こういうことも……猫、することあるでしょう?」
(ヒヤリとしたあれは、唇の感触だったか!)
一瞬、何をしているのか、わからず動揺したが、流石にそれはだめだ、とミラジェを叱るとキョトンとした顔をした後、変な顔をしていたが、最終的には納得したようで二度としなくなった。
ミラジェは家主であるシャルルに嫌われるのは避けたいようで、真剣に叱ると素直に聞き入れてくれるところだけは本物の猫とは違ってありがたい部分だった。
そして、ミラジェは何よりも頭の悪い子供ではないのだ。これらの行動はあくまでもシャルルの前でだけ行われる。
シャルルのいない使用人の前や来客時などは、楚々とした淑女らしい様子を崩さないところが、憎たらしいところだ。
(どうやら、彼女の目的は家自体に損害をもたらしたいわけではなく、俺を少しだけ困らせたいだけなのだな……)
最初はそんないたずらっ子なミラジェの行動にどう対処すればいいかもわからず、ほとほと困り果ててしまっていたが、最近はそんな行動が可愛らしいとも感じてしまっている。
今まで家族に蔑ろにされていたミラジェが自分にいたずらをしている様子は、求めても与えられなかったスキンシップを得ようとしているようにも見えた。
なんともいじらしい。
シャルルは、鋭利な美貌と評される男だがかわいい生き物にめっぽう弱いのだ。
かわいいいたずらが心に刺さってしまい、抗えぬシャルルはミラジェの悪戯を次第に許容するようになっていた。
*
その日のミラジェはいつものように自室で勉強に励んでいた。ノック音が聞こえ、入室の許可を出すとシャルル付きの従者であるジャンが、こんにちは〜と陽気に顔を出した。
「若奥様。アレナに聞いたのですが、最近何やら面白いことを坊っちゃんにされているようですね」
ジャンがミラジェの楽しみのことを知っているのは意外だったが、考えてみれば、アレナとジャンの二人は夫婦だった。きっと二人の間で情報交換が行われているのだろう。
「はい。……もしかして、やりすぎでしょうか? お叱り……ですか?」
仮にもシャルルは公爵家の当主だ。長年仕えてきた使用人たちから見ると、ミラジェの行動は目に余る行動なのかも知れない。
若干の心配と後ろめたさを抱えながら、ジャンの顔を上目遣いで覗き込む。
しかし、ジャンは全く怒ってはいなかった。
「いいえ。どうせ旦那様が不用意なことを言ったのでしょう。それよりも、私どもは若奥様がこの屋敷に馴染んできたことの方が数倍喜ばしいことだと思っていますよ。坊っちゃんにいたずらができるようになったのも、彼を信頼できるようになってこその行動でしょう?」
「……ええ。そうかもしれません。以前は粗相をしたらすぐにこの家から追い出されてしまうのではないかと……萎縮していたのですが、最近はそんなことしないってわかりましたし」
「わたくしたちはあなたを追い出したりはしませんよ。あなたはこの家の者たちが待ちに待った、若奥様なのですから」
穏やかな微笑みを浮かべたジャン。
「まあ、あの手の悪戯をやり始めたのも、どうせ追い出されるならと、逆に吹っ切れてなんでもしてやろうと思ってのことなんですけどね」
「いいじゃないですか。きっかけはなんでも。それにあなたが咎められることはありませんよ。全て猫だとかいう不用意な発言をした坊っちゃんの責任ですから」
「そう思って、今私は猫として旦那様を存分に困らせることに執念を燃やしているのですが……」
ミラジェが宣言すると、ジャンは「ぷはっ!」と軽く吹き出す。
「いい心がけですね。あの方は……。なんでも抱え込んでしまうクソ真面目人間で面白味もないですが……」
「クソ……」
ジャンの遠慮のない主人批判にミラジェは口をポカンと開けて慄く。
本当にここの家に仕える使用人たちはシャルルに対して遠慮がない。しかし、その関係性はアングロッタ男爵家になかった信頼と従者と主人の関係性の深さが窺える気がして、嫌いではなかった。
「ええ。だからこそあなたのように柔軟な思考を持つ方に遊んでもらうくらいでちょうどいいのでしょう」
「なんというか……。アレナさんもそうだったのですが、ここの使用人さんたちは、旦那様に辛辣ですよね……それだけ距離が近いのでしょうが」
「そうですねえ。あの方は基本的に、貴族らしく偉ぶることもありませんし、怒ったりしない寛容な方ですからね」
「……私、氷の公爵なんて呼ばれているから、もっと怖い方かと思ってました」
「ただのヘタレでしょう?」
ジャンは、にこりと素敵な笑顔で言い放つ。
「ヘタレです」
失礼にあたる発言だということは重々承知しているが、ジャンの意見にはミラジェも同意見だった。
(この家の存続を第一に考えるのであれば、私の幼さなんて考えずに、家ぐるみで子を孕ませる方に舵を切るのが一番手っ取り早い。しかし、旦那様はわたくしの心情なんてものを慮り、それをしなかった……。でもそれは彼本来の優しさが滲み出た判断だとも言える)
他者への優しさは美点とも言えるが、弱さに限りなく近い。
きっとそんな性格で今日までシャルルが公爵としての職務を全うできていたのは、ジャンを始めとした支える者達の力量によるところもあったのだろう。
ジャンは最初に家にミラジェが訪れた時から、好意的な態度を見せていた。しかしそれと同時に、ミラジェを見定めるような目で見ていたこともわかった。
この人間はシャルルに寄りかかるだけではなく、支えられるだけの力を持っているか、と。
ジャンは、ミラジェのことを、その育ちのせいもあるが、割り切りがよく、比較的冷徹な性格をしていると評価していた。その性質を生かして、シャルルが苦手な人を切り捨てるような仕事は彼女に任せられるのではないかと内心考えている。
……まだ試したことはないのだが。
「あの方は正直、元々持っている気質では持て余してしまうほどに、身分が高い立場です。冷酷な立場を求められる王族の懐刀の公爵、という立場を全うするにしては心根が優しすぎるんですよ」
ジャンが淡々と言った言葉にミラジェは驚く。
「なかなか手厳しい批評ですね……」
「これは私たちの評価でもありますし、シャルル様本人も幼い頃から自覚していたことです。だからこそ社交の場面でシャルル様は表情を消し、冷たく振る舞うことで他の貴族が入り込む隙をなくしているのでしょう」
(そっか。あれは旦那様が頑張って作り上げた、仮面なんだ……)
ミラジェは幼き日のシャルルの姿を想像した。
三十を超えた今だってあんなに朗らかで優しい心根を持っている彼のことだ。きっと少年時代はもっと優しく、柔らかな心を持っていたに違いない。
大人になるにつれ、不要だと判断した部分を痛みを伴いながら削ぎ落としたのだろう。
「下手に貴族に近づくと、利用しようとする人間ばかりですからね。貴族に心を開けない分、家でのびのびしたい方なんでしょう。家の中で身分差による区別を作ることを嫌がりますから、わたくし達にもフランクな態度を求めます」
ミラジェは貴族社会にあまり馴染んでいないので、シャルルの立ち位置がどれ程のものなのか、知識として分かっていても、体感として完全に理解している訳ではない。ミラジェにとって、貴族は一律に自分よりも上位で偉いものだったので、その詳しい階級差がよくわかっていないのだ。
そもそも国内の貴族の勢力というものは複雑で、必ずしも爵位によって貴族としての全ての階位が定められているわけではない。
ミラジェが育てられたアングロッタ家は国の中でも末端の貴族だったが、同じ男爵家でも領地が持つ産業が国を支える柱となる事業とされ、王家に近しい立場の家だってある。
反対に、歴史は古く爵位も侯爵家であるが、今は名前だけで領地を一切持たない家だってあるのだ。
しかし、そんな複雑な関係性を持つこの国の貴族の中でもエイベッド家は随一の階位を持つ家だろう。
何も知識を与えられていなかったミラジェでも、その存在を知っていたほどであったし、勉強する中で、エイベッド家が準王家扱いされていることも知った。そのくらいの家柄でなければ、結婚式に王が参列したりはしないだろう。
そんなシャルルとお近づきになりたい人間はそれはそれは多いだろう。あの、末端貴族の姉たちだって、なんとか関係を持ちたいと試行錯誤していたほどだ。
だがそれは“シャルル”という一個人よりも“エイベッド公爵家”に近づきたいと考える者ばかりだ。
そんな彼にとって、幼馴染のように、時に家族のように接し、自分を導いてくれる使用人たちは失い難い大切な人たちなのだろう。
「あなたは使用人が主人であるはずの若奥様や旦那様に対して、馴れ馴れしく接することに、不快感を感じますか?」
ジャンの不安そうな問いに、ミラジェは首をブンブンと横に振って否定する。
「いいえ! まさか! むしろありがたいです。みなさん優しいですし、一人一人ユーモアがあって面白いですし。私前の家ではほとんど話していなかったので、話すのも下手ですが、みなさんそれも気にせず話してくれて……」
微かに顔を赤らめながら、照れ臭そうに話すミラジェを見て、ジャンは嬉しそうに微笑む。
「私たちもあなたが、少しづつ話をしてくれるようになる様子をとても微笑ましく思っています」
ミラジェはジャンの兄のような親しい話し方に心が暖かくなるのを感じていた。エイベッド家の暮らしはミラジェが今まで欲していた家族との繋がりを作り直せている、宝物のような日々だ。
余すところなく、この幸福を享受したい気持ちでいっぱいになる。
「だからこそあの方の伴侶となる方は、公爵、という立場を重んじすぎず、一人の人間として接してくれる人が必要だと考えていました。どうしようもないヘタレですが今後も見捨てずに、是非ともおちょくって、遊び続けてください」
「はい……。でも旦那様の反応が楽しいのでしばらくは飽きないような気がします」
「坊っちゃん、反応が面白いでしょう?」
「面白いです!」
ははは! と二人で笑い合う。シャルルに聞かれたらそれはそれは不敬な会話だとは思うが、きっと優しい彼は怒らないだろう。
「私たち使用人もついつい、坊っちゃんをからかって遊んでしまいますからねえ」
「そうなんですね! ……でも最近、驚かせるパターンが乏しくて……。何かいい案があればジャンさんにもご教授いただきたいです」
「できることは猫がやること、に限られているんですよね……床に寝転んでお腹を見せる……とかは猫、やりがちですけど、若奥様が汚れてしまいますしね……」
「はい……。私も汚れたりすることはちょっと……。水差しに指を突っ込むとかも猫はやりがちな行動ですけども、肝心の旦那様にはなんのダメージも与えられませんし……」
「それもそれで、謎のかわいらしさは演出できる気がしますけどね。……あ、指を舐めるとかはどうですか?」
「なるほど……舐める」
(なかなかジャンさん。ぶっ飛んだ提案してくるわ……)
それだったら、指じゃなくて、もっと動揺させられるところがあるじゃないか。
ミラジェはとっても素敵なアイデアを思いつき、ニヤリと悪人の顔で笑った。
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