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日菜の考えごと

 別に、焦ったわけでもないし動揺したわけでもなかった。


 ただいつも通り、練習した通り。人並みの努力を火種にして人並みの結果を望んだ。


 ゴール寸前、わたしの視線は急降下した。受け身をとった手のひらがヒリヒリと熱を持ち始める。すぐ横を通り過ぎていく風。足音が次第に遠ざかっていくと代わりに歓声が大きくなる。


 だけど、レースは終わらない。タイマーの数字は止まってくれない。まだゴールしていない者がいたから。


 悔しいわけじゃなかった。目指すものがないわたしにとって大会なんて勝てばラッキー負ければしゃあなしと割り切れるほどのどうでもいい代物だ。


 じゃあどうしてこの膝はいつまで経ってもしゃんと立ち上がってくれないのか。理由はきっと、報いの訪れないこの世の理不尽さにあった。


 頑張ることが、怖くなった。


 高校生になったわたしは陸上部には入らずに帰宅部となった。


 退屈になった放課後を埋めるため、彼氏を作ろうと思った。わたしだって年頃の女子高生だ。その程度のことならいたって健全な行為であるはず。


 陸上をやっていた時には伸ばせなかった髪を思う存分伸ばして茶色に染めたりなんかもした。男という生き者に媚びて、好いてもらえるようにファッションまでも勉強した。


 結果、わたしはギャルという人種に分類されていたわけだけど特に悪影響はなく、そのおかげかは分からないけど普通に彼氏は出来た。告白したのはわたしの方。誰もいない美術室に呼び出して、絵の具臭い部屋の中で青春臭い台詞を吐いたのを覚えている。


 初めて出来た恋人だったから、相手に好きになってもらえるよう、そしてわたしも彼をもっと好きになれるように頑張った。


 付き合って二ヶ月ほど経って、わたしは振られた。


 別に、一生一緒に添い遂げようとか思っていたわけではないしわたし自身ぞっこんの相手というわけではなかった。


 ただ、人並みの努力を火種にして人並みの結果を望んだだけだった。


 じゃあどうしてわたしは彼がいなくなったあとも、屋上で涙を流したのか。


 理由は同じだった。報いの訪れないこの世の理不尽。


 頑張ることが怖くなった。


 頑張っても実らない、頑張っても無駄に終わる。それならば全然いいほうだ。わたしだって全てがうまくいくほどこの世が救いに満ちているとは思っていない。


 だけど、頑張れば頑張るほど後味の悪い終わり方をするのはどうにも納得がいかない。神様が意地悪をしているんじゃないだろうか。そう思わずにはいられないほど、わたしの頑張りはバッドエンドを誘った。


 まぁそれでも、人間っていうのは器用なもので。それならそれでやりようはある。


 本気にならなければいいんだ。本気にならずに、頑張らずに、結果が奮わなくても納得できるような生き方をすれば、特段この世は理不尽を振りかざすことはない。


 幸いにも、二年生にあがるころ仲良くなった結芽ゆめとの付き合いは非常にいい塩梅で進行できている。


 結芽と一緒にいると自然体でいられる。人との関わりで必要不可欠となってくる頑張りが彼女との間には生まれない。


 絶対に悪い方向に行くことはない。延々に続く円満なレールに、わたしは安心して身を預けることができる。結芽となら、いつだって楽しい。最高のハッピーエンドを迎えられると信じていた。


 だって、頑張っていないのだから。



「陽太ー栞ー起きなさーい。あれ、始まっちゃうよー」


 土曜日だというのに朝早く起きたわたしはテレビの前で行儀良く正座をしていた。


 わたしの声に反応して陽太と栞がぱたぱたと周りに集まってくる。


 時計の針が7時を回ったのと同時に、テレビの中にとんがり帽子を被ったおばさんが現れる。


 彼女は有名な占い師で、コンビニに行けば彼女の本がズラリと並んでるほどの人気者。わたしもこの人の占いは好きで、毎朝かかさず陽太たちと見ている。


「今日はわたしが勝つから」

「どうせまた最下位だろ」

「ろー」


 確かにここ最近わたしの星座であるおひつじ座は最下位続きだ。だけど最下位には必ずラッキーアイテムというものが提示され、それを使えば意外と不運を中和できたりするのだ。


 この前も最悪な一日になるなんて言われた日、わたしは青い顔をしながらカバンに黄色いタオルを押し込んで学校に行ったんだけど、朝一番にちょんまげみたいな寝癖のついた結芽を見ることができた。あれは傑作。笑いをこらえるのに必死だった。まぁその日は体育がマラソンだったから悪い一日ではあったけど最悪にはならなかった。


 それに、運というのは収束するもの。そろそろわたしが1位になってもいいはずだよね? テレビの前で手を合わせて祈る。ここ最近3位内をキープし続けているやぎ座の陽太は余裕綽々。いて座の栞はぼーっと指を咥えて画面を見ていた。


「おっしゃ2位!」


 陽太がガッツポーズをして、わたしはチッと心の中で舌打ちをする。ちなみに1位はさそり座だ。お母さんが確か、さそり座だったはず。そして3位がいて座。嬉しいんだか興味ないんだか分からない声色で栞がわーいと両手を挙げる。残るはわたしだけ。嫌な予感しかなかった。


『最下位の人は、残念。おひつじ座のあなた!』


「またぁ!?」


 もう何度も見た光景に抗議する。ケラケラと笑う陽太の頬をつねってやる。こんにゃろ。


「いや、でもまだラッキーアイテムがあるから」


 そう、占いにおいて真の最下位は11位。わたしにはとんがり帽子のおばさんがくれる救いの手段がある。


『ラッキーアイテムはシンデレラです。それでは今日も一日頑張りましょう』


 台本を読むような感情のないキャスターの声と共に画面が暗転して地方の情報番組に変わる。


「ねぇ栞、シンデレラの絵本ってまだある?」

「なーい」

「そっかぁ」

「ねえちゃんよわ」


 占いに弱いも強いもないからと反論しようとしたけど、たしかに最近のわたしは一度も陽太と栞に勝てていないので、相手になっていないという点では合致がいった。


 なんでこんな順位が悪いんだろう。おひつじ座に私怨でもあるのかな。でもあの人はそういうことをする占い師じゃないはず。・・・・・・根拠のない信頼である。


「シンデレラかぁ」


 抽象的すぎて、それが一体何を指すのかが分からずに陽太と栞が部屋を出て行ったあとも1人考えていた。


 今日は結芽と靴を買いに行く約束をしている。なんだろう、売り上げの情勢悪化が影響して靴屋がまとめて潰れてるとかそういうことが起きたりするのだろうか。規模が大きすぎる。そもそも最初からドンキに行く予定なので関係ない。


「ごめん日菜。コンロが壊れちゃったみたいで、ご飯遅くなるけどいい?」


 お母さんからの悲報を受けて、さっそく最下位の片鱗を見せたわたしは大の字に寝転がりながら目を瞑った。

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