模擬戦 コロナvsヤマル18(11~14)'
時間はコロナ模擬戦の後、ヤマルが彼女らと離れた直後まで遡る。
◇
「何か……こう、ちょっと落ち着かないかも……」
「仕方ないかと。コロナさん凄かったですし……」
レーヌらがいる場所まで戻っている最中も、先の戦いを見て興奮した観衆からの視線がものすごい。
エルフである自身の目ではどれだけの人がこちらに向けられているかつぶさに感じ取れる。コロナであれば視覚外の感覚で感じ取れてるのかもしれない。
「嬢ちゃん、すごかったぞー!!」
「可愛いー! こっち向いてー!!」
ただ周囲の反応は概ね好意的に受け取ってもらえているようで、個人的にはとてもうれしい。
あれほどの巨体の敵と相対し圧倒すれば少し位は畏怖の念も向けられるのでは、と思っていたがそんな事は無さそうだ。
もしかしたら模擬戦と言うイベント形式をとっているためか、全てが催し物の一部に見えているのかもしれない。
(ウルティナさんはそれも見越して……? ……どうでしょう、微妙な気がしますね)
変な服着せられたり妙な事をやらされた記憶から今一つ自信が持てない。
そうこう考えている内にレーヌ達がいる関係者スペースへと戻ってきた。
するとパチパチと誰かが拍手している音が耳に届く。見れば音の発生源はテーブルに座っていたレーヌを始めとする少女三人組からだった。
「コロナさん、すごかったです。戦ってるところを見たのは初めてですが、本当に強いんですね」
「あ、えーと……ありがとう、ございます?」
どうにも戸惑っているコロナではあったものの、声色から察する限りはまんざらでもないようだ。
その後二、三言交えては彼女らと同じ席に腰を下ろす。
「コロナ様、お疲れ様です。こちらをどうぞお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます。……わぁ、良い香り」
レディーヤから出された紅茶に舌鼓を打つコロナだったが、ふとその視線がシンディエラの……いや、その後ろにいる執事のセバスチャンへとむけられる。
前髪越しに自分もそちらに目を向けるも、特に彼に目立った様子はない。
しかしコロナには何か感じるものがあったのか、カップを置くと右腕をゆっくりと持ち上げた。
「あの、これ……ですか?」
「おや、気づかれてしまいましたか」
自分は気づかなかったが、セバスチャンの言い方から察するに他の面々も彼女の右腕が気になっていたらしい。
そのやり取りから彼がわざと泥をかぶるような形でコロナに気づかせたと言うことが分かった。
そしてそんな彼らが興味を示したのは、コロナの手首から肩口付近にかけて纏っている緑色の液体のような何か。先ほどヤマルが『魔力固定法』を用いて治療した跡だ。
「えーっと……ポーションです、ヤマルが作った……あ、でもポーション自体は普通のでこうなってるのは魔法でこう……」
説明が苦手なのか若干しどろもどろになるコロナ。そう言えばこういう時は大体ヤマルがやってたなと思いだし、彼女の推移を見守る。だって自分も人前で話すの苦手だし……。
「ふむ? 粘性のポーションみたいなものですかな」
「確かに打ち身のような怪我には効果ありそうですね。従来は包帯にポーションを染み込ませてましたが、こちらの方が……」
「軟膏のように塗るタイプもあれば良いかもしれません。少量で要所要所に使えるように出来れば幅が広がるかと」
コロナの説明に従者三名がそれぞれの解釈を持ったところで何とかこの話は乗り越えられたようだ。
ちなみに主人であるレーヌ達はあまり分かってなさそうな顔をしていた。人間の中でもかなり高貴な身分なので、ポーションに対しての知識がそこまでないのかもしれない。
そんなやり取りがあったり先の戦いについてコロナがあれこれ聞かれたりと和やかな雰囲気が流れる中、先ほどから少し気になることがあった。
(あ、また見てる……)
関係者スペースの少し向こうに配置された男性貴族らのテーブル席。
こちらが気になるのか何度か視線を向けられていた。
(コロナさん可愛いし強かったですしね。それにレーヌさん達も集まってれば目は引きますよね)
一応自身とてこの国では物珍しいエルフと言う自覚はあるものの、王都に来てからは何度も街を歩いているしそれなりの時間は過ごしている。今更目を引くものではないのが分かっているのは結構気が楽だった。
そう考えると最初に大騒ぎになってしまったアレが今思えば正解だったと感じられる。
それにこちらに視線を向けているのは貴族の人たちだけではない。
周囲の護衛の兵士やこの会場に来ている一般市民の人たちも先ほどからこちらを見ているのだ。
流石に護衛兵がいる中で近づくような人はいないものの、物珍しそうな視線は何度も感じていた。
(ヤマルさん、大丈夫かな……)
周囲の視線についての意識を横に置き、先のゴーレムを思い出してはこの後の事についてふと考える。
コロナの様に正面から行く人ではないが、危険が付きまとうのは目に見えているためどうしても心配になってしまう。
彼の身体能力は自分とあまり変わりない。つまり先の戦いで自分があのゴーレムと相対したと考えれば……。
(でもヤマルさんなら……)
一応ウルティナとポチを除き彼の修業の場を一番見ていたのは自分だ。
コロナの様に圧倒するような事は難しくとも、少なくとも一方的にやられる展開にはならないと思う。実際彼は別れ際に『一方的にはならない』と言っていた。
ヤマル自身がそう言ったのならちゃんと戦える算段はあるのだろう。
それでもやっぱり心配なものは心配なわけで。
そんなことを考えていたら、シンディエラの一言によって意識がこちらへと戻される。
「……ところであの人はどこに行ったの?」
彼女が向ける視線の先は模擬戦会場の中央。
もはや隠す必要性も無いとばかりに、コロナが戦ったゴーレムと全く同じものが中央で待機していた。
先ほどの戦いで斬られていたはずの武具も元通りになっていたので、あれは別の個体なのだろう。
「お嬢様、ヤマル様の事ですから何か考えがあるのではないでしょうか」
「あら、フレデリカは相変わらず……いえ、何でもないわ。レーヌ様はどうお考えに?」
「私もフレデリカさんと同じですね。具体的に、と言われたら困ってしまいますが……」
その折、少し離れた観客席で騒いでいる男性の声がこちらまで届いてきた。
内容としてはヤマルに対する野次だ。多少酔っているのか、自分の目から見ても赤みがかかった顔で大声で叫んでいるのがわかる。
「…………」
「…………」
「…………」
そしてコロナ、レーヌ、フレデリカの三人がその男に対し明らかに敵意の眼差しを向けていた。
唯一シンディエラだけがどこ吹く風と言わんばかりの表情で流しているものの、彼女は彼女で侮蔑めいた表情を一瞬だけ浮かべていたのを見てしまった。
何だかんだでこの場にいる面々は彼に対し好意的のようだ。もちろん自分もだけど……。
(私の場合はどっちなのかな……)
ヤマルに対し好意はある。けど恋愛かと言われたらちょっと違う気もする。
親愛と恋愛の中間? でもそれとは別に惹かれる感覚はあるし……相談しようにもコロナに話すのにはちょっと勇気がいるし、ウルティナの場合は後が怖すぎた。
(セーヴァさんの時も急に来たし……何だったんだろう)
一目惚れと言われたらあの時はそれがしっくり来ていたし、今でもそれで納得はしている。
でも何というか、あの時はエルフの本能に妙に火が付いたような感じだった。今のヤマルに対するこの感情もあの時ほどでは無いもののそれと同じような感覚がある。
実はこの感覚は人間の男性に対して結構な頻度で発生していた。もちろんセーヴァの時のように大きいものではなく、現在ではヤマル以外はそこまで気にならない程度の小さなもの。
しかし自分が異性に対しそこまで節操無しだったのかと軽く凹んでしまうぐらいの回数を感じてしまっていた。
(そう言えばドルンさんやブレイヴさんにはこの感覚は無いんですよね。同族の人も……人間にだけ?)
思えばエルフの村を出て以降様々な場所を巡った。けれどあの感覚は獣亜連合国や魔国では一度も発生しなかった。
セーヴァの事を引きずっているだけかと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。
「――さん、エルフィリアさん」
「っ!? は、はい!!」
思考がまた明後日の方向に飛んで行ってたのをレーヌの言葉で再び呼び戻された。
「えと、すいません……何でしょうか」
「エルフィリアさんから見たお兄様の戦い方ってどうなのかなって思いまして。あの、大丈夫ですか……?」
気づけば全員がこちらに対しやや心配そうな顔をしていた。
流石に変なことを考えていたとは言えず、大丈夫と返してはレーヌの問いかけに対し思考を巡らせる。
「そうですね……コロナさんの戦い方が皆さんの予想を上回る感じに対し、ヤマルさんの戦い方は予想もつかないことをする感じ……でしょうか」
そう答えたこちらの言葉に対し全員がきょとんとした表情を見せる。確かに彼の性格を知ってる人からすれば『予想もつかないことをする』なんて対極の言葉なのだから仕方の無い事なのかもしれない。
ただコロナだけがこちらの意図をくみ取ってくれたらしく苦笑を漏らしていた。
『それでは後攻第二戦。ヤマルvs木念人君二号――』
そんなやりとりをしていたらいつの間にか開始時間になっていたようだ。
すでに模擬戦場には先ほど同様に光の壁が展開され、残すところはウルティナの合図のみ。
未だヤマルは会場には現れていない。でも実はほんの少し前、自身の視界の隅の方に映る彼の姿を捉えていた。
会場から離れた丘の上で武器を構えるヤマルの姿を見て、これから彼が何をしようとしているのか即座に理解する。
そして……
『始め!!』
開始早々ゴーレムの兜が吹き飛び、予想通りの『予想もつかない』戦いが開始された。
◇
(……何と言うか、ですね)
会場外からの狙撃から始まり、《軽光》魔法の鎧を纏ったポチに乗っての登場。
そこからは見慣れた《軽光剣》を飛ばしたり、氷塊を作って"転世界銃"から発せられる風でそれを打ち出したりしていた。
そして現在、模擬戦場の中央ではあのゴーレムが地面にどんどん沈み込んでいる。
そんな彼の戦い方に対する周りの反応は予想通り。
レーヌら三人や一般観衆は繰り出される攻撃に対し一喜一憂し感情を露わにしていたが、他の面々は一言も発することなく難しい表情を浮かべていた。
何せヤマルの戦いはとにかく目立つ。
先のコロナの場合彼女の動きが速すぎたため『攻撃した結果』が見える形だった。
対する彼の場合は常人でも十分追える速度のため『攻撃の手段』が見える形になっているから余計に際立っている。
まさに手を変え品を変え多彩な手法で敵を翻弄するその戦い方は、ウルティナと通ずるものがあるかもしれない。
『ふっふーん、どう。結構カッコよく仕上がってるでしょ』
『ぐ……』
実況を半ば私物化しブレイヴを煽っているウルティナだが、見栄えという点では彼の方に軍配が上がりそうだ。
実用性や威力に関しては文句無くコロナが上だと素人目でも分かる。ただ彼女の場合動きがすごすぎて、カッコよさよりも驚きの感情の方がどうしても勝ってしまう。
ヤマルは身体能力が劣っている(本人談)なので、この場にいる観客の人たちにも何が起こったのかすぐに分かるのも盛り上がる理由の一つなのだろう。
「あのゴーレムも動けそうに無いし、これで決まりかしらね。意外にやるじゃない」
「ヤマル様、カッコイイです……」
「…………」
(あ、コロナさんがあまり面白くなさそうな顔をしてる……)
ちなみにレーヌは何も言っていないが、ずっとヤマルから目を離してないあたりその心中は推して知るべしと言ったところか。
ただセバスチャンをはじめとする周囲の人たちもレーヌと一緒で相変わらず一言も発していない。しかし考えていることは多分違うだろう。
護衛を生業とする彼らなら、あの戦い方について色々と考えることがあるのかもしれない。
魔術師としてなら自分の意見は出来るけど、ここの人たちはそれ以外の目線で見れる人たちだ。
果たして彼の戦いはこの場にいる人の目にどの様に映ったのだろうか。
(……あれ?)
未だ沈むゴーレムに対し氷塊を落とすヤマル。だが自分の目はあるものをとらえていた。
それはゴーレムの頭部のある個所。人間でいえばたんこぶのように盛り上がった小さな歪み。
氷塊での傷なら頭部は凹むはずだ。生物でないゴーレムである以上、あのように盛り上がるような歪みは絶対に無い。
何か嫌な予感が……と思っていると、まるでこちらの心の声を聞いたかのようにウルティナの声があたりに響き渡る。
『かーらーのー……』
それは先のコロナ戦でも聞いた言葉。
まだまだ終わらせないぞと言わんばかりの口調でウルティナがそう言うと、まるで呼応するかのようにゴーレムが割れ中から新たなゴーレムが這い出てきた。
『……あんなの入ってたのか?』
『ふっふっふー。中~遠距離主体の対ヤマル君用モードよ』
『……成程、速度を上げた高速戦仕様か。コロナの時に出さなかったのは単純に速度負けするからか?』
『せいかーい! コロナちゃん相手だとあの状態は逆に弱体化するようなものだからね。それに……』
世間話のようなのんびりとした実況のやり取りとは裏腹に、ヤマル達の方は緊張感が増しているのがこの場からでも分かった。
『弱点は克服してナンボって言うしね。接近戦が不得意な子がどう動くか、見せてもらいましょう』
その言葉を皮切りに先ほどまでの鈍重さとは打って変わって素早く動き出したゴーレム。
対するヤマルが全力で逃げ出したのがこの席からでもありありと見えたのだった。
~おまけ~
ヤマル「『掴む腕』使ってポチに一芸を仕込んでみたよ」
コロナ「どんなの?」
ヤマル「まぁ実際に見てもらうね。まずここに焼きたてのお肉を用意します」
コロナ「うんうん」
ヤマル「そしてポチにナイフをフォークを持たせます」
コロナ「うんう……うん?」
ヤマル「『掴む腕』を使えばポチの肉球ハンドでも物が持てるからね。上手い感じに使ってるでしょ?」
ポチ「わふ!!」
エルフィリア(なんか物凄いシュールな光景が……でも満足そうにしてるからいいのかな……?)




