新商展とその後
「暇だなぁ……」
「暇だね……」
「時間持て余しちゃいますね……」
「わふ」
新商展も最終日の三日目。
それもお昼過ぎともなれば後数時間で勝敗が決する大事な時間だ。
他のテーブルには人が集まり色々と品物を見定めているが、反面こちらのテーブルには全く人がいない。
いや、無いのは人だけではない。
テーブルの上には空になったかごが置かれ、商品の説明用の絵も『ごめんなさい』と頭を下げているデザインになっていた。
理由は単純だ。売る物がもうない。
つまり完売である。
普通ならとても喜ばしいのだが、視線の先に見える光景を見るとそんな気持ちにはとてもじゃないがなれない。
商品が無いテーブルを挟み、カイナが来てくれた買い物客に申し訳なさそうに頭を下げていた。
物が無いと分かったお客さんの顔を見るととても悲しくなってくる。
「まさかここまで効果があると思わなかったなぁ……失敗した」
現状を考えると思わずため息が漏れる。
何せ出せば出すほど売れる状況なのに肝心の売る物が無い。
折角の商売のチャンスを棒に振っているようなものだ。
「完売するのは目標だったんでしょ?」
「結果的にはそうなんだけどね。予想では今日頑張って売り切れればいいなぁだったんだけど……」
まさかこんなに客が来るとは思わなかった。
そもそも事前にカイナと話し合った予想では、初日でその日に用意した半数が売れれば良い方と思っていた。
二日目からは奥様ネットワークとコロナ達の宣伝効果が出てきて、前日の在庫と当日の納入分合わせた数の七割ぐらいが理想。
最終日にギリギリ完売できたら万々歳、みたいな事を話していたのだ。
しかしふたを開けてみれば予想が合っていたのは初日だけ。
まだまだ宣伝効果が出てない為初日は用意した在庫の四割を消費。
半数以上を在庫として抱え、二日目分の納入を終えたところが一番保有量が多かったと思う。
問題はここからだった。
別に長蛇の列になったわけではない。大量買いを食らったわけでもない。
ただ宣伝効果が出すぎたのと市場調査がガバガバだった結果、ほぼ客足が途切れることなくリトルポーションは売れ続けた。
初日の在庫を合わせた数は結構な量だったのだが、閉店する少し前にそれらが全て掃ける。
予想外の出来事にカイナと揃って頭を抱えたのは言うまでもない。
何せ最終日は初日、二日目の在庫があるからと思って納入分は少なくしていたのだ。
そしてあまり良くない最終日の予想図が頭の中で描かれ、そしてそれは見事に的中する。
二日目に買った人達が今度は使用感を広めたせいか、更に大勢のお客さんが詰め掛ける形になった。
そして最終日である本日のお昼少し前にリトルポーションは完売。
新商展用の試作品でもあるため今後売り出す確約は出来ず、現在はカイナが店頭で来たお客さんに頭を下げていると言う光景を遠巻きに見ている状態だ。
「ヤマルさん。全部売れたんですからもっと喜んでも良いような……」
「お客さんのあの顔見たら流石に手放しで喜ぶのはちょっと、ね。ちなみに売り上げはそこそこあるけど、実は今回の純利益は完売してようやくトントンぐらいなんだよ」
「あれ、そうなの? 結構売れたと思ったのに」
「一つ当たりの値段が安いからね。薄利多売な上に支出が結構あったからなぁ」
主に支出は自分達に回ってきたお金のことだ。
特に今回のポーション作製は自分が駆り出されている為、最初の費用に比べ更に金額が上がっている。
「後はプレミア価格で転売されないことを祈るしかないな……」
「ぷれみあ?」
「あー、希少性って言えば良いのかな。欲しいけど物がない、でも売ってくれるなら多少値が張ってでも買うって人はいるよね。そう言う人達に買ったときよりもずっと高い値段で転売するってのが起こらなきゃいいなぁって」
コロナ達に配ってもらった試供品ですら売られる可能性はある。
下手をすれば自分らが関与してない粗悪品を売りつける輩が出るかもしれない。
「理想は欲しい人にほぼ行き渡った形だけど……。商売って本当に難しいね」
経験不足と見通しの甘さを露呈した結果になってしまい本当にカイナには申し訳ない事をしたと思い、本日何度目かのため息をついたのだった。
◇
「んで結局その新商展の結果はどうだったんだ?」
隣を歩くドルンが結果が知りたいとばかりに早く話せとやや急かす。
あの新商展から既に一ヶ月も経った。
現在自分達はカーゴを引き魔国に向けて移動している最中だ。
王都を出て大よそ半月。位置的にはもう国境付近まで来ているらしいが、関所らしきものはいまだ見えない。
ドルンには合流時に少しだけ話はしていたものの、ひょんなことから詳しく聞きたいと言うことで道すがらあの時の事を話していた。
そして当時の事を思い出しつつも、残念ながら結果は最下位だったことを伝える。
「売り上げも利益も他の人が勝ったよ。まぁこっちは色々と出費嵩んだからこればかりはね」
せめて物があればもう少し張り合えたかもしれないが、限られた予算内でどうにかするのが新商展のルールだ。
そしてカイナ以外の面々は一人で何とかやってのけていた。
もちろん初日にカイナに協力者がいることに対して不満は漏らしていたものの、店主公認であり予算内での事だから問題ないとはっきりと伝えた。
もしかしたらあの中の誰かが次の新商展あたりで売り子だけでも雇うかもしれない。
「ほー。お前が手を貸してもダメだったか」
「そんな何でもかんでも出来る人間じゃないよ。むしろ出来ない事のほうが多いし……」
「でも何だかんだで手助けはしてたんだろ? 他の奴がしない手で何とかやりそうな感じはしたんだがなぁ」
そんなに奇天烈なアイデアを出す人間に見えてしまっているのだろうか。
異世界の知識の流用は確かにそういった風に見える部分もあるが、さすがにそれを扱う人間が自分のようなその辺にいるモブではちゃんと扱いきれるものではない。
「あぁ、でも負けはしたけどリトルポーションは商品化したよ。流石にあの状態じゃ店主さんも出さざるを得なかったって感じもしたけどね」
「まぁ出しゃ売れる事が確実で欲しがってる人間がいて、しかも真似される可能性があるならそうなるわな」
「一応カイナさんには最後にプレゼン風の資料は渡しておいたけどね。それも商品化の後押しになってればいいけど……」
普段忙しいカイナに代わり作製した資料。
それはリトルポーションのレシピから掛かる費用、流通ルートに見込まれる売り上げ等々をなるべく分かりやすく纏めたものだ。
特に既存の技術の流用、原材料費がほぼ掛からないなど、一番受けが良さそうな利点の項目をプッシュする形にして作りこんだ。
それを渡したときカイナは最初は驚いた感じではあったが、同時にとても喜んでくれた。
「まぁ結局量産が軌道に乗るまで、最初の数日間は俺が作ったんだけどね」
本来なら色々精査するところなのだろうが、店主のダイネスは時流に乗り遅れる方がNGと判断したらしい。
新商展の翌日から指名依頼と言う形で彼から仕事を請け負うことになった。
この仕事は数日間続き、その間ダイネスは生産ルートを確保するために奔走していたのを覚えている。
「んじゃ今はヤマルがやってた部分は丸投げした形になってんのか?」
「うん。流石に《生活魔法》を使って色々と短縮できるのは俺しかいないけど、普通に作る分にはそれこそ魔法使いや薬師でも十二分に行えるからね」
今回の商品は既存ものので代用できるものばかり。
流石に自分ほど短い時間で出来ないが、それでも自分より経験を積んだ薬師の人間なら苦も無くこなせるだろう。
「何かラガーのときもそうだったが、お前って今ある物を上手く昇華する方法が得意な感じがするな」
「そう? 単純にその完成型知っているだけだよ。そりゃこの世界でやれる方法かどうかは考えてるけど、ゼロから生み出してるわけじゃないからね」
「まぁそうかもしれんが……」
「こうしてやっていけてるのも俺の世界の先人達のお陰だからね。こんな形で感謝するとは思ってもみなかったけどさ」
科学の基礎、生活の知恵にその他諸々。
向こうで得た知識と経験がこの世界で思わぬ形で役立ち助けられたことは一度や二度ではない。
だからこそ、逆にもっと色々学んでおけば良かったと後悔もしている。
助けられた回数以上に、身につけていない知識や技術に悔しい思いもしているからだ。
「まぁとりあえず新商展は成功って形で終わったんだよな?」
「結果的にはだけどね。甘かった部分あったなぁとは思ってるよ」
「それでも目的だった新商品の採用は叶ったんだからそこは喜んでおけば良いと思うぞ。全てにおいて完璧なんて無理な話だからな。……なんだよ?」
「いや、ドルンって完璧な仕事するイメージだから、そんな言葉が出てくるのが意外だと思って」
「そりゃ仕事は完璧にするぞ? ただその完璧はあくまで自分が現在成しえる最高の形でってことだ。作ってからこう出来たらもっと良くなるとかはいつも思ってるぞ」
ドルンの様なベテラン鍛冶職人でもそう思うのか……。
いや、ベテランだからこそ先が見えてそこに至る道をいつも模索しているのだろう。
その上で現在やれた仕事についてちゃんと自分で評価する事が出来ているのは正直羨ましく思う。
自分に置き換えた場合、今出来る最高の結果がどうしても想像することが出来ない。
もちろん仕事自体はちゃんとやっているつもりだが、それが完璧と言われたら……。
「ま、そんな小難しく考えるな。ずっと鍛冶職人やってた俺ですらこうだからな。若いお前は経験を積めば自ずと見えてくるもんだと思うぞ」
真面目な顔でそう締めくくるドルンは何と言うかとてもかっこよく見えてくる。
仲間としてではなく、人生の先達としての助言。自分には無いそれが今の彼を魅力的に見せているのだろう。
「んでその新商展関連以外だと他には何もしなかったのか?」
「仕事はほぼそれだけだね。お店が落ち着くまではずっと手伝ってたし。あぁ、後はレーヌと一回会ったぐらいかな」
魔国に行くにあたり一度会っておいた方が良いと思っていたら、タイミング良く彼女からのお茶会に誘われた。
体裁としては義兄であるラウザと一緒にと言うことでのお誘いだ。
「前回獣亜連合国に行くときにしれっと付いてきそうになったからね。顔を見せておかなかったらまたするかもしれないと思って」
「中々アグレッシブな女王様なことで。でもまぁ今回はそう言うのは無かったんだろ?」
「うん、レディーヤさんも目を光らせてたみたいだしね」
ただその茶会で胃が痛くなりそうな感じになった。
何せ集まった面々が自分達に家族であるラウザと彼女にとっては気の許せる面々。
その為女王様モードから個人としてのレーヌにスイッチが変わり、いつも通りに彼女が過ごしていたらラウザに滅茶苦茶睨まれたのだ。
口には出してなかったが多分この言葉に彼の気持ちは集約されていただろう。
『義妹とベタベタするな羨まけしからん』、と。
だがレーヌに対して大甘なラウザは彼女の行動に何も言えず、結果笑顔のまま呪い殺さんとばかりの圧に終始晒され続けるはめになった。
そもそも自分はラウザの代わりでは無かったのか。せめて当人がいるのだから今日はあっちに甘えれば良いのに、と内心で思い続けてはいた。
その言葉を口にしたとき、ラウザが即座に両手を広げ受け入れ体勢を取ったのは中々印象深い光景だ。
しかしレーヌは恥ずかしいから出来ないとこの提案を何故か却下する。
あの時のラウザのこの世の終わりとの思えそうな顔は印象深いを通り越して『人間ってこんな顔できるんだ』と思えるほどの落胆振りだった。
とは言え兄妹仲が悪いわけではなく、久しぶりの対面で和気藹々とした雰囲気だったのは付け加えておこう。
「まぁまた帰って来たらお茶会しようとは言ってたけどね。今度はドルンも来る?」
「酒が出る夜会なら考えたかもしれんがなぁ。俺じゃ肩こりそうだしパスするわ」
まぁドルンだとこんなところだろう。
頭の固い人なら不敬だとか言い出しかねないだろうが、ドルンは最初に見たときがラムダンの家での宴会だったためか女王としてはあまり見ていないのかもしれない。
「お、ヤマル。あれが国境じゃねぇか?」
そんなことを考えていたらドルンが不意に前方を指差す。
言われ見た視線の先には街門のような建造物が見え始めていた。




