レーヌの手紙
レディーヤが取り出した手紙は全部で数通。と思ったらまるでマジックの様に十枚近くに増えていた。
綺麗な便箋にしたためたであろう彼女の手紙。それらが王家の紋章がついた蜜蝋によってしっかりと閉じられている。
「詳しくお話したいところですが今は長く話すと近衛兵に怪しまれます。とりあえずこちらをお持ちになってください」
「おいおい、秘密の手紙なんて穏やかじゃねぇなぁ。危ない橋ならこいつに渡らせるつもりはねぇぞ」
差し出された手紙と自分の間にドルンの短い腕が差し込まれる。
え、え、と困惑し始めるレーヌだったが、ドルンの目は真っ直ぐレディーヤへと向けられていた。
「そうですね、秘密の手紙であることは間違いないですが陰謀など危ない話ではありません」
「…………」
「ドルン、大丈夫だよ」
彼の腕に手を置きゆっくりと下に降ろす。
確かにこの国のトップの手紙を秘密裏に運ぶなんて穏やかな話では無いが、だからと言ってこの二人が自分を嵌めたりするなんてとてもじゃないが思えない。
「では手紙は確かに預かりました」
差し出された手紙を受け取り手早く外の面々に見られない様にカバンへとしまい込む。
折り目がつかない様後でしっかりと保管しないとなぁと思っているとレーヌが不安げな視線をこちらに向けていた。
「おにいちゃん、その、私……」
「大丈夫だって。レーヌを疑ったりしてないよ」
安心させるようにそう言うとレーヌはほっとした様に胸を撫で下ろした。
ともあれここでの目的はこの手紙の譲渡だったんだろう。
後ろめたいことをしてる自覚が無いわけではないが、これも自分が信頼されているってことだと思うと悪い気はしない。
「さて表の人らもやきもきしてそうだし、ちゃんとカーゴの事を説明しているって見せなきゃね」
と言う訳でコンソールを呼び出しカーゴを移動モードへ。
ゆっくりと地面から浮き上がると同時に足に少し力が掛かる。エレベーターが上昇するときの様な感覚が妙に懐かしい。
「おに……んん、コホン。これで浮いているんですよね?」
「えぇ、ドア開けますので外をご覧になりますか?」
レーヌが女王モードになったのでこちらも再度話し方を合わせる。
《生活の音》を解きドアを開けると外からの風が室内へ流れ込み心地良い。
「そこまで高くないですが落ちないよう気をつけてくださいね」
一応注意するとレディーヤが側に立ちレーヌが落ちぬよう注意を払う。
ドアから身は乗り出さないものの、本当に浮いていることにレーヌは感嘆の声を漏らしていた。
「ヤマル様。確かこれは人の手で動かせるのですよね?」
「はい。ポチだけでなく自分達でも引けるはずです。テストはこれからですが……」
「そちらも見せていただいても?」
うーん、別に何人乗ってても重さは変わらない筈だしレーヌらが乗ってても動かす分には問題は無い。
ただ乗せた状態で動かすと近衛兵らがうるさそうだしなぁ……。
まぁだからと言って立場的に断われるはずもないし、断わったら断ったで怪しまれそうなので了承をする。
「……了解しました。エルフィ、お願いしても良い?」
「え、えぇ?! わた、私ですか?」
一番力仕事に向いて無さそうな自分に声が掛かった為か、いつも以上に驚くエルフィリア。
そんな彼女に一つ頷き何故選んだのかちゃんと説明をする。
「一応カーゴは全員で引けるようになってるからね。この中で一番……あー、か弱そうなエルフィが動かせると他の人にも凄さが分かってもらえると思ってさ」
「わ、分かりました。そう言うことでしたら……」
こちらの言葉に納得したのか、エルフィリアは一つ頷くとカーゴの外へ降りていった。
その背中を見送りつつ考える。一応言葉選んだつもりだったけどあれで大丈夫だったかなぁ、と。
しかし『力無さそう』と言えばストレート過ぎる。
何か他に良い言い方あったか……ん?
「……」
「……いや、そんな風に腕出されても」
じーっとコロナがこちらを見上げると、自分の腕はどうかとばかりにこちらへ突き出してきた。
パッと見ではコロナの腕は太いわけではない。歳相応の普通ぐらいだと思う。
しかしその腰に梳いてある片手半剣を普段から振り回してる手前、流石にか弱いと言うには無理があった。
こちらの言わんとしてることが分かったのか、ぷぅと不満げに彼女が頬を膨らませる。するとその横からレーヌが一歩前へと出てきた。
「か弱いでしたら私が動かすのはいかがですか?」
「女王様に荷を引かせたら自分の首が物理的に飛びますので……」
レーヌがこの中で一番力は無いだろうけど、家臣の前でそんなことはさせられない。
女王陛下に荷を引かせた冒険者、なんて国が許すはずも無いだろう。
流石に本気で嫌そうな顔をしたせいか、レーヌも不承不承気味ではあるが大人しく引っ込んでくれた。
「とりあえず動かしますのでここでお待ちを。コロ、二人をお願いね」
「うん」
「んじゃ俺はとりあえずベッド片すわ」
よろしく、とドルンに頼むと自分もカーゴから降り外へ出る。
カーゴが浮いてる高さは大体一メートル弱ぐらいだろうか。流石に自分でも難なく降りる事が出来、そのまま前の方へと歩いていく。
「エルフィ、持ち手下ろすから手伝って」
「は、はい!」
エルフィリアに手伝ってもらい人が引く時の持ち手を二人掛かりでゆっくりと下ろす。
前面に立てかけられる様に固定された引き手は地面に対し水平ぐらいまで角度を変えるとストッパーに引っかかり動きをそこで止めた。
「じゃぁエルフィは合図したらカーゴを引いてね。最初は力を込める必要あるけど動き出したら軽くなるから」
「わ、わかりました」
「それといきなり動かすと中の人が転ぶかもしれないからゆっくりでね」
コクコクとエルフィリアが頷くのを確認し再びカーゴの元へ。
ドアから中を覗き込む様に皆を見ては動いて良いか確認を取る。
「大丈夫だと思いますが、念のため転ばないよう座るか支えるかしてくださいね」
それだけ言うと再びエルフィリアの元へ。
彼女も準備が出来たようでいつでもどうぞと言わんばかりに準備を終えた状態だった。
何となく屋台をいつでも動かせますよ、みたいな感じに見えるのだがそこは心の内にしまっておく事にする。
「じゃぁエルフィ、お願い。とりあえず十歩ぐらい前進で」
「ん、行きます!」
ぐぐっとエルフィリアの細腕に力が込められ一歩、また一歩とゆっくり前に進み始める。
すると彼女が移動したのと同じ分だけカーゴもゆっくりと前へ進みだした。
そんなカーゴを引くエルフィリアの隣を一緒に歩きながら何か問題無いか確認していく。
「いいよ、そのまま慌てずゆっくりね」
特に問題無く予定通りに動いてくれて自分としてはほっと一息と言った所。
エルフィリアでも動かせると言うことは他の面々は元より自分も動かせると見て良いだろう。
そのまま彼女が指示通り十歩ほど歩いたところでゆっくりと速度を落としカーゴを止める。
「じゃぁ次はカーゴを中心に向きを反対にしよっか」
次の指示を送るとエルフィリアはカーゴを支点とし、弧を描くように大回りで反転し始めた。
やはり車輪が無い分その場で反転できるのは大きいと思う。
これが馬車だと片側の車輪を支点にしてU字の様な感じになるが、カーゴだと戦車の様にその場で反転が出来る。
今はエルフィリアが弧を描くように動いているが、やろうと思えばカーゴ本体を押せば同じことが出来そうだ。
「ヤマルさん、どうですか?」
「そうだね、予想通りで安心してるよ。ちょっと交代しよっか」
むしろ順調すぎで何か見落としていないか怖いぐらいだ。
とりあえず自分も体感するべくエルフィリアと場所を交代。彼女に中の人らにまた動かすと伝言を頼む。
少ししてOKが取れたのでエルフィリアが辿った道を今度は自分がカーゴを引っ張っていく。
なるほど、確かに昔数回だけ引いた事のあるリアカーの感覚に近かった。
ただこれだけ巨大な物を一人で引いているギャップにはどうにも違和感がある。
もし自分が怪力を手に入れて巨大なものを動かしたらこんな感じになるのかもしれない。
(こんなところかな)
ゆっくりと速度を落とし最初の位置へと停止する。
そしてエルフィリアがやったように自分もカーゴを反転させるとほぼ元にあった通りになった。
まだ少しだけしか動かしていないが結果は上々。
後はこれをドルンやコロナ、ポチにも動かしてもらい意見を集めてより良いものにするだけだ。
「冒険者よ。そろそろ女王陛下を降ろしてくれ」
「あ、はい」
流石に痺れを切らしたのか、一番豪奢な鎧を着込んだ隊長らしき人が自分にそう声を掛けてきた。
別に威圧的な態度でも雰囲気でもないのだが、一種の圧を感じるのはやはり近衛兵のトップ所以だろうか。
とりあえずコンソールを出しカーゴを地上へと降ろすと、こちらのやり取りが聞こえていたのかレーヌが中から姿を現す。
大した段差ではないものの一応手を取って降りる手伝いをした方がいいかな、と思い動くも、それよりも先に別の使用人が前に出て彼女の手を取った。
(女王様も大変だなぁ)
あまり女王としての姿を見ていなかったのもあるが、何かをする際に必ずそれに従事する人間がいる。
それを生業としている人間がいる以上、この場でこれ以上自分が何かすることは無いだろう。
王族と一般人の距離を感じつつ、しばらくその様子を眺めることしか出来なかった。
◇
「んじゃとりあえずカーテンを作るってところか」
「うん、ドルンにはカーテンを吊るす部分をお願い。カーテン本体はエルフィが作ってくれるんだよね?」
「はい! レディーヤさんに良い生地頂きましたので頑張りますね」
現在時刻は夜、そして場所は宿の自分の部屋だ。
ここで皆を集め昼間のことについて話し合っている。
あの後レディーヤから外から中が丸見えなのでカーテンを付けてはどうかと提案された。
乗合馬車はそもそも窓自体無いため、その提案は自分達が完全に見落としていた部分だった。
聞く所によると貴族の馬車は中が見えないよう工夫がされているものも珍しくないらしい。
カーテンを取り付ける改造が簡単なのとカーテン用の布をレディーヤがくれたためその案はすぐに採用される事になった。一応カーテンの譲渡の名目はレーヌへの説明の礼となっている。
その後は椅子の下の収納箇所に何かしまった物を固定できる物が欲しい、椅子はともかくベッド状態は現状硬いためどうにかならないか等現状分かる気になった点を皆で出し合う。
まぁ基本カーゴ本体はそれ単体で完成しており動かす分にはなんら問題ない。出し合った改善点も殆どは道中の快適性についてのものだった。
「つーか良かったのか。あの子もカーゴ扱えるようにして」
「まぁ問題無いと思うよ。メリットも大きかったし」
そして話題はレーヌらと別れる直前のこと。
こちらもレディーヤにより、カーゴの操作権限をレーヌにも持たせてはどうかとの申し出があった。
一応カーゴは王城に置いてあるものの、それは教授らが色々調べるためであり所有権は自分達にある。
遺跡から発見された物は発見した人物に所有権があるため、例えレーヌと言えどおいそれとそれを破ることは出来ない。
しかしレディーヤが言ったことはレーヌに所有権を持たせるではなく、レーヌが……と言うより女王がカーゴに対し一枚噛ませておく事が大事らしい。
先も述べた通り所有権は自分だが、強い権力や武力を持った人物がこれを奪いに来る可能性だってある。
何せカーゴは現存する稼動する古代の遺物、そしてその利便性はこの場にいる全員が身を持って知っている。
そんな物を持っているのがただの一介の冒険者であり、悲しいことにそんな人物ではバックボーンが全くと言っていいほど無い。
そこで女王と言う分りやすい権力者を噛ませる事で抑止力としたいとのこと。
流石に一国のトップが手をつけている物を奪おうとすれば、国そのものと敵対していると見なされかねない。
今後このカーゴが様々な所へ行き目立つのは想定されるのでその申し出はありがたく受けることにした。
最悪出先でカーゴを取られるなんてこともこれで無くなるだろう。
「でも登録のときも慌ただしかったね」
「まぁあそこにいる人らは遺跡とか行かないだろうしなぁ。胡散臭い魔道具辺りにしか見えなかったんじゃないかな」
近衛兵は基本貴族の出しかなれない。
これは武術の腕はもちろん、城の、それも王族や高位の貴族を守る立場上高い教養が求められるからだ。
極端な例を挙げればSランク傭兵のイワンでも無理と言うことになる。
……まぁあの人は宮仕えは絶対に無理そうだから頼まれてもやらなさそうだけど。
「手袋一つ取るにしてもめんどくさい手順踏んでたしな」
「まぁ、理解できなくてもそう言うものだって割り切るしかないね」
カーゴの認証登録時にやる手を当てる行為ですら周囲から止められていたぐらいだ。
過剰すぎではと思うも、女王と言う立場だと仕方ないと言うのはレディーヤの弁。
そもそも以前と違い最後の王家の血を引く人間なので過剰になってしまうのは致し方のないことなのだそうだ。
「んで、その女王様から昼間の手紙の件で話があんだよな?」
「そうそう。皆を呼んだのもそれだね。一緒に話聞いて欲しいし」
全員を部屋に呼んだのもレーヌらからの依頼の説明があるためだ。
一応どうしてこんな話が舞い込んできたのかはすでに話してある。
以前レディーヤと街で会った時に今度そう言う依頼を出すかもと言われた。本決まりではないので詳しい話はまた後日、とも確かに聞いた。
しかし依頼を受けるにしても先に内容を聞いてからと思ってた。まさかいきなり手紙を渡されるとは思わなかったし……。
「なんの手紙でしょうね?」
「態々自分の様な人間に頼むぐらいだからね。訳有りなんだろうけど……」
流石に開封して中身を見るわけにも行かない。
その辺も聞かないとなと思っているとスマホから軽快なメロディが流れだした。
ポケットから取り出しテーブルの上に立てかけボタンを押すと、画面の正面にはレーヌ、その後ろにはレディーヤが映っている。
部屋の調度品から察するに場所はレーヌの私室。以前話す時は研究室だったが最近はメムを呼ぶようにしたらしい。
よく入れてもらえたなと質問を投げたところ、メムの本職である医療補助の能力を王室の主治医の下で振るっているとのこと。
治療行為は主治医によって禁止されているものの、現在の技術では出来ない診断もメムだったら可能なこともあり、レーヌの毎日の健康チェックはメムの仕事になっているそうだ。
その為最近ではレーヌが呼べば部屋まで入れるようにはなってるらしい。
まぁそれはさておき。
『あ、おにいちゃん。聞こえてる?』
「はいはい、聞こえてるよー」
ヒラヒラと画面に手を振るとレーヌは嬉しそうに手を振り返してきた。
こんなやりとりをあの近衛兵らが見たらどう思ってしまうのだろうかとふと考えてしまう。
「んじゃ早速で悪いんだけど昼間の手紙と依頼について聞かせてくれる?」
『うん。あの手紙をとある貴族の人に直接手渡しして欲しいの』
レディーヤ、とレーヌが声をかけると後ろから彼女が前に出てこちらにとある地図を見せてくる。
これは王国領の地図だ。その中で彼女が指している場所が目的地なんだろう。
『距離にして片道七日程。この領地の領主へレーヌ様のお手紙を届けて頂きたいのです』
見たところそこまで大きな領地ではない。むしろ小さい方だ。
しかし何故こんなところの領主へ?と訊ねると、再びレーヌが画面に現れおずおずとその理由を告げる。
『あのね、そこの領主……私のお義父さんなの』




