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────飲めや歌えやの騒ぎから、どうにかこうにか離脱する。
こちらの世界に戻って来て数年経つが、やはりこの手の騒ぎは嫌いでは無いが、それでも火中に巻き込まれるよりかは、参加しつつも遠目に眺めているのが俺の性には一番合っている、と言う事だろう。
まぁ、主役として巻き込まれているのだから、そもそも離脱するな、と言われればそれまでなのだが。
なんて事を思いながら、賢者の石を起動する。
それなりに量を呑まされ、回り始めていた酔いをどうにかほろ酔い程度に抑え込むと、同時に襲って来た尿意に任せて手洗いへと進む。
程なくして用を足し、そろそろ騒ぎに戻らねば、と進んでいると、不意に父であるサルートの姿が目に入る。
灯りも着けずに、と言う訳では無いが、それでも何故か光量を落とした部屋にて1人、何かを熱心に覗き込んでいる様子であった。
不思議に思い、そちらへと向かって入り口をノックする。
すると、流石にこちらに気が付いたらしく、視線を上げて振り返って来た為に、こちらも視線で何を見ていたのか?と問い掛ける。
すると、父の手元には、何時ぞや見た覚えの在るガラスケース。
円筒状のソレの中身は、まるで膿の様な黄濁したモノであり、自ら内部にて蠢き、流線を作っていた。
「…………おいおい、まだソレ残っていたのか?
てっきり、もうとっくに処分したモノだとばかり思っていたんだけど?」
「ええ。
資料の整理をしていたら出て来まして。
懐かしくなって、つい眺めてしまったんだよ。
この件は、良く覚えているからね。
珍しく、君が大怪我して、その後も上手く対応出来ていなかったケースだったし」
「うっ!?
そう言われると、確かにその通りなんだが……。
もうちょっと言い方とか無かったん?」
「ですが、事実ですからねぇ。
あの時の事は、良く覚えていますよ?
何せ、あの一件が切っ掛けだったでしょう?
君と彼女が、より良く付き合う様になったのは、ね?」
「……………………それも、ノーコメントで」
自分から話を振っておいてなんだが、気不味くなって顔ごと視線を逸らす。
確かに、あいつとはあの件で関わりが強くなり、現に今も騒ぎの場に参加して呑んでいるが、だからと言ってあまり弄られて嬉しい話題では無いし、それが親からなら尚のこと、と言うヤツだ。
「…………で、結局何でソレを眺めてなんていたんだ?
ただ単に、懐かしい資料を見付けた、ってだけで、そこまで懐かしむ様な性格して無かったと思うんだが?
それに、そんな無駄な事は好んでいなかったハズだ。
違うか?」
「…………まぁ、そう言われてしまえば、その通りなんだけど。
でも、別に嘘は言ってはいないよ?
コレを見付けて懐かしくなったのも、コレにまつわるアレコレを思い出していたのも、本当の事だし。
ただ、コレを見ていたら、少し考え込んでしまってね」
そこで、一旦サルートは言葉を切る。
まるで、自身の内に渦巻く疑問を上手く表現する為の、言葉を探しているかの様でもあった。
「ねぇ、キミヒト。
結局、コレって何だったんだと思う?」
「……………………何って、ナニが?」
今度は、俺が言葉に詰まる番となってしまう。
父であるサルートの口から放たれた言葉の意図を読み取る事が出来なかった為に、手持ち無沙汰な衝動のままに、テーブルに置かれたままとなっていたガラスの円筒を指先で突いて転がす。
「正しく、ソレだよ。
ソレは、君が感染し、寄生され、君を内から喰らって増え、分裂して株分けすらも行い、こうして未だに生き延びている。
彼女曰く、統率個体を倒せば同じ群の所属の個体は、著しく知能が後退するだけでなく、生存と存続に関わる繁殖や捕食に関する行動への意欲も著しく減退する、のだとか」
「…………あぁ、その事か。
そのお陰で、ヤツを潰した後からは、かなり大人しくなったからな。
あの時の被害者共も、大概は無事に生きていた訳だし、その辺の結果から考えればまぁまぁ良い戦果、と言えるんじゃないか?」
「えぇ、結果だけを見れば、ね」
またしても、言葉を切るサルート。
その思わせ振りな言葉選びに、このオッサン何が言いたいのだろうか?と若干ながら残ったアルコールによって痺れた脳髄にて考えるが、それで答えが齎されるよりも先に、サルートが再び口を開く。
「ねぇ、キミヒト。
コレって、彼女の世界にも居たモノ、で間違い無いのだよね?」
「…………んん?
まぁ、そのハズだけど?
そうだったから、あの時ちゃんとヤツを始末する事が出来て、こうして今も俺達は無事に過ごせている訳なんだし?」
「…………では、どうやって移動したんだろうね?コレ」
「…………?
…………ッ!」
「気付いたかい?
コレが、そもそも何処に居たのか、に付いてはデータが無さすぎるから置いておくとして、少なくともこの世界とあちらの世界に同じ存在が居た、と言う事になる。
で、確実にこの世界で発生したモノでは無さそうだし、被害の広がり方を鑑みるに、ソレは向こうの世界でも同じ事。
となると、確実にコレは『発生元となった世界』から『向こうの世界』と『こちらの世界』への、2つの世界へ移動している、と言う事さ。
発生した世界を含めれば、3つの世界に存在している、と言えるだろうね」
「…………だが、コレにそんな技術も、魔術も在るとは思えないんだが?」
「勿論、ソレはそう。
技術に関しては、もしかしたら発生元となった世界では、何かしらの身体や容れ物を使って、そう言った技術を作っていた、と予想は出来る。
まぁ、魔術に関しては、元々魔力こそを主食とする様な生態をしているのだから、本来ならば使えても不思議では無いけど、それでもやっぱりちょっと考えられない、かな?」
「なら、どうやってだ?
偶然やウッカリなんかで世界を跨げない、なんて事は、俺が説教してやらなくてもあんたが1番良く理解しているハズだろう?」
「だからこそ、だよ。
なんで、コレはわざわざ世界を跨ぐ、なんて事までしたと思う?
私はね、コレが世界を渡った理由は、そうしたくてした、と言うよりは、そうしなくてはならなかった、んじゃないかな?と思っているんだよ」
「…………何かしらの理由が、それも必要に駆られての『ナニカ』が在った、と?」
「多分、だけどね。
そもそも、コレはコレだけでは完結しない生き物だ。
他の身体を必要とし、その上でその生物が発する魔力を喰らう事で活動し、繁殖する、なんて非常に不安定な生態をしている。
そんな生物が、わざわざ世界を渡る、なんて事をする、なんて事を何の理由も無く考え付くとは、私にはとても思えなくてね」
「…………となると、大まかに分けて、原因は3つ、って処か?
1つは、食料に出来る魔力が無くなったか。
もう1つは、繁殖に使える相手が無くなったか。
最後の1つは、自分達を狩る存在が現れたか、って感じかね?」
「えぇ、そんな感じだろうね。
と言っても、その1つ目と2つ目は同じモノとして纏められるだろうけど。
何せコレは寄生を介して繁殖と食事を同時に行う存在。
なら、新たに寄生する相手が無くなってしまい、殖える事が出来なくなった、と言う事ならば、即ち食糧危機にも等しい事態だと言えるだろうからね」
「そうなると、ケースとして異なる場合は最後の1つ、『自分達を狩れる存在が現れた』か。
外部から、別の世界からの来訪者か、はたまた元居た世界でバグ的な存在でも産まれたか。
どっちにしても、危機感を抱くには十分と言えば十分か」
「まぁ、現実的に流れとして有り得そうなのは、最後のケースで別の世界からの侵略者が現れた、かな?
その侵略者には寄生出来ず、情報を集めた結果として、世界を支配する程の規模になっていたとしても、撃退する事が不可能だ、と判断出来てしまう程の勢力であった場合、どうにかして別の世界に渡る技術を奪取して使用した、とかなら説明は付くね。
一応は、だけど」
「…………なら、その時に使ってた身体だとか、その他諸々を一緒に持ってこなかったのは何故か?だとか、その技術の大元の持ち主共が追い掛けて来なかったのは何故か?だとかのツッコミ処が幾つか即座に思い浮かんだけど、その辺に関しては?」
「さぁ?
私も、自分で言っておいてアレですが、確信も証拠もクソも無い様な、戯言だからねぇ。
そう考えれば一応は説明が付く、って程度のアレなので、まぁ信用はしない方が良いんじゃないかな?
私自身、この説が正解だ!とは欠片も思ってはいない訳だし」
おいおい……と呆れの言葉が口から溢れかける。
仮にも、国の魔導科学者のトップ(但し裏側だが)が、そんな根拠の欠片も無い説を振り翳し、剰え本人すらも信じていない、とか口にするでないよ。
まぁ、それだけコレが得体の知れない謎生物だった、って事でもあるのだろうけど。
だからと言って、そこまで適当に放り投げるモノを、わざわざ懐かしかったから、と眺めながら突き回して遊ぶかね?
そんな俺の疑問は、サルートが宴会場へと化しているリビングへと戻る事を促して来た事で、口に出す事も無いままに霧散する。
そうして俺は、数年ぶりに見た黄濁したそのガラスケースの事を記憶の隅へと押しやり、そのまま再び忘れ去る事となるのであった……。
別段このあと『テケリ・リ』と鳴き出したりガラスケースにヒビを入れたりする演出が入ったりはしない
と言う訳で(?)これにてこの物語はお終いとなります
ここまでお付き合い頂けた方々には感謝を(^^)
取り敢えず内容は兎も角完結まで書いた事は評価してやるよ!と言う心優しい方は最後にポイントや感想を投げてくれると次回作のやる気に繋がるので是非ともよろしくお願いしますm(_ _)m




