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何気無い動作によって振り被り、振り下ろした『羅刹』は、何事も無くヤツの装甲へと到達し、そして貫通して見せた。
しかし、常識的に考えて、ソレは本来であれば有り得ない事だ、と言えるだろう。
何せ、弱点である銀を用いて、最早大砲と呼ぶのに相応しいだけの威力と口径を誇る銃であっても、弾が弾かれる程の装甲。
ソレを更に固めたモノであるハズなのにも関わらず、特に射出する訳でも、勢いを付けた訳でも無いのに、装甲を貫通して見せるだなんて、有り得るハズが無い。
────とか、コイツ考えてるんだろうなぁ。
既に俺の目線よりも下に在る、真っ赤な真円の瞳と視線を合わせながら、そう考える。
大方、物理的に装甲さえ固めておけばどうにかなる、とか思っていたのだろうが、こっちが『金剛』だとか『修羅』だとかを使っている内なら、それも正解だったのだろうが、『羅刹』に限ってはそうじゃないんだよなぁ。
チラリと視線を向ければそこには、『羅刹』がその先端をヤツの身体に埋めている光景が。
瞳の位置やらから鑑みるに、人間であれば額に相当する箇所に突き立っているそれだが、物理的に穴を開けてそこに嵌っている、と言う訳では無い。
何故なら、物理的にそうなっているのであれば、決して起きる事は無かったであろう現象。
接触箇所が液体の様に波打ち、まるでそこに無理矢理映像を投影している、と言った様な具合に見えているから、だ。
「不思議か?
これだけ固めた装甲が、何の意味も無かった、って事に。
まぁ、俺としても、なんでこうなっているのか分からんから、不思議で仕方無いよ。
何せ、理屈と理論は分かっている訳だから、他の装備とかで再現しようとすると、何故か上手く行かないんだよ。
まぁ、どうせコレの中身が悪さしているんだろうが、使用時以外で開放すると、普通に俺の事を殺しに来るから実験も出来無いんでな。
確かめようが無いんだわ」
『羅刹』の中身たる呪詛が、何やら悪さをしている。
そこは判明しているし、実際こっちに戻って来る際に、次元の壁を打ち破るのに利用もしている。
が、例えそうであったとしても、再現出来無いモノは出来ないのだ。
空間干渉なんて、それこそ機能を限定し、作用する場所も固定して漸く使い物に出来る魔導具に落とし込める、と言ったレベルの難易度であり、それも希少な素材を山程注ぎ込んで漸く1つ完成する、と言ったレベルなのだ。
俺が普段使っている空間収納だってそうだ。
アレも、『俺の手元に出入り口を創る』『一定量まで収納出来る空間を展開する』の2つに効果を絞って漸く造れたのであり、俺以外の錬金術師や、もしくは魔導具作りを専門としている魔術師なんかでは、中々に作れる様なモノでは無い。
そんな現象を、何故か引き起こしているのだ、コレは。
しかも、幾ら解析して、それらしいデータを元に再現しようとしても出来無いソレは、齎されるべき本来の効果では無く、あくまでも副次的なモノだ、と言うのだから製作者としてはやるせない気持ちになる。
例の空間収納だって、俺本人もそう自負しているが、かなりの傑作なんだからな?
本職の人間に見せたら、失禁しながら即座に気絶し、起きてきたと思ったら『製法を教えろ』『どうやったらこんな事を思い付く』『殺してでも奪い取る』なんて反応のオンパレードだったのだから、やはり成功例として間違ってはいないし、製作者としての腕も確かなハズなんだけどなぁ。
と、そんな風に思考が脇道に逸れかけたが、大筋へと戻して右手で腕輪を操作する。
すると、こちらからは目視出来ないが、ヤツの身体に入り込んでいる杭の先端部が、ヤツの体内にて開かれる事となる。
僅かとは言え、空間の位相をずらして無理矢理滑り込んでいる為に、完全に双方不干渉、と言う訳では無い。
とは言え、こちらに関しては完全な物質である賢者の石をベースに、これでもか!と希少金属の類いを山盛りにして創り出した外装である為に、ちょっとやそっとでは揺るぎもしないだけの強度はある。
────が、果たしてコイツは、外装の方は頗る現状であったとしても、内側に関してはどうだろうな?
ゆっくりと開かれる先端の動きに合わせる様に、ヤツがその身を左右に捩る。
内部構造までは解剖した事も無い為に把握出来ていないが、それでも物理的な強度はそこまででは無かったらしく、生きながらに内部を強引に引き延ばされる激痛に、既に無い手足を振り回しているつもりなのだろうが、その程度で逃れられるのであれば、俺もここまで近付いたりなんてはしない。
尤も、可能性としては0では無い。
なら、さっさとやる事はやって、その可能性を確実に0にしてしまうのが吉だろう。
そう決断した俺は、躊躇う事無く手元を操作し、開いた先端からヤツの内部に呪詛を流し込む。
内部の機構によって外へと押し出された呪詛は、その粘度の高そうな外見からは考えられない程の速度により、周囲に在るモノを侵食し始める。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!』
限界を超える程に、ヤツの真円の瞳が見開かれる。
既に身を捩る事すらも考えられず、実行出来ず、ただただ己の内側を食い破られるばかり、となったヤツは、文字通り瞳を深紅に染め上げながら、声無き絶叫を周囲へと響かせて行く。
まぁ、それも当然の話だろう。
何せ、今ヤツの体内で暴れ回っている呪詛は、世界そのモノに対する呪い。
有機物に触れれば生きながらに腐敗させ、無機物であれば崩壊を始め、何も無い空間に触れれば文字通り空間を侵食して虚無を生み出し始める。
初めて封じ込めを行おうとした際も、偶然素材に賢者の石を練り込んでいた器が在ったからどうにか閉じ込める事が出来たが、ソレを使う事を思い付くまで、かなりの痛手を負うことになった。
具体的に言えば、身体の半分近くが『ダメ』にされた、と言えばお察し頂けるだろう。
「痛いか?
だが、ソレが、ソレこそがお前がこの世界に来てしまった代償だ。
…………最初から、こんな世界に来ようと思わなければ、少なくとも、俺相手にちょっかい掛けて来なければ、こんな目に遭わなくても済んだのに、な」
ほぼ無意識的に、呪詛に蝕まれるヤツへと声を掛ける。
特に思い入れは無いが、少なくとも同じ痛みをかつては味わい、そして今は共に味わっている身としては、何処かに何かしら思う所があった、と言う事だろう。
そんな事を思いながら、チラリと視線を右腕へと落とす。
するとそこには、ヤツと同じく、『羅刹』から滲み出る呪詛に冒された俺の右腕が存在していた。
ドス黒く、ヘドロの様に粘性が在る見た目をしているが、その実サラサラと流れて何処にでも染み込んで周囲を破滅させる。
そんな特製を持っているが為か、こうして封印を解いて使用するとなると、どうしても使用者である俺に対しても侵食が発生してしまう。
近接して使っているから、と言うのが最大の理由だろう。
が、こうして至近距離から、キッチリと状態を観察しながらでないと、危なくて使えないんだよなぁ。
多ければ世界に孔が空いてどうなるか分からないし。
かと言って少な過ぎると、今度は相手の体内でどんな作用をするか分からない。
下手をすれば、与えたダメージ以上に謎の強化を施されて、手に負えない状態に進化する可能性だって無きにしもあらず、と言う訳なのだから。
そんな訳で、俺は右腕を侵食されながらも、取り敢えずはもう大丈夫だろう、と判断し、腕輪を操作して『羅刹』に再封印措置を施し、空間収納へと急いで放り込む。
ソレが終わると同時に、最早痛みすらも返して来なくなった右腕を肩から切断し、急いで一足飛びにヤツから距離を取る。
未だに呪詛に蝕まれる激痛に苦しむヤツは、俺が離れた事に気付いてもいない様子。
ならば一思いに楽にしてやるか、と俺は、空間収納から取り出した奥の手その2かつ今回の『当て』、魔力式簡易テルミット焼却爆弾『唐澤』を取り出すと、周囲の空間へと侵食を始めようとしていた俺の元右腕を巻き込む位置に放り投げ、急いで周囲に結界を構築する。
瞬時に、周囲が白く染まる。
結界によって隔てられているにも関わらず、灼熱が肺を焼き、肌が焦げる様な心持ちがする。
が、それらの負傷も、賢者の石が腕を再構築する過程で、ついでに治してくれるハズなので、只管に耐え忍んで行く。
暫く、地獄の様な時間が続き、結界が軋みを挙げ続ける。
が、不意に白く染まっていた世界が色を取り戻し、結界に掛かっていた圧力が消えて無くなる。
閃光によって焼かれていた肌と瞳が修復され、視覚と肌感覚が戻って来る。
それにより、周囲が未だに灼熱を帯びているのが感じ取れるのと同時に、ヤツと俺の元右腕が確りと焼却されており、最早爆心地に影が残されているだけ、と判断出来た事により、今回の件がコレで片付いたのだ、と漸く実感する事が出来たのであった……。
些か急ですが次回エピローグを挟んで一旦終了となります




