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俺が振り被り、振り下ろさんとしている1本パイル『羅刹』。
コレは、他のシリーズの様に賢者の石を火薬として使用し、杭を射突させる機構は付いていない。
ついでに言えば、先端こそ賢者の石で作られているが、そこまで鋭利に尖っている、と言う事も無く、取り敢えず『杭』と呼称は出来る、と言った程度でしか無い為に、外見は本当に『腕輪と杭』と言った風情だろう。
しかし、ヤツは怯えをその瞳に色濃く灯している。
自らに効くハズが無い、自身の装甲をソレで破れるハズが無い、と理解していながら、なお『羅刹』から視線を外す事すらも出来ず、ただただ自らに訪れようとしている破滅を前にして、目を逸らす事すらも出来ずにいた。
「…………まぁ、当然だよなぁ?
何せ、コレには俺のありったけの呪詛と怨嗟が詰め込まれているんだから。
お前には分かるか?
日々世界を呪い、破滅を想い、こんな世界滅んでしまえ!と幾度と無く乞い願った事が、一度でもあったか?
それでもなお、周囲からは強要され、自らが願う結末を阻止するべく全力を振るわされる気持ちが、欠片でも理解出来るか!?
…………そんな、物理的に溢れそうな程の憎悪を抱えた者が、魔力なんて思えば叶う不思議パワーに溢れる世界で、実際に怨嗟を撒き散らしたら、どうなると思う?
正解は、コレさ」
そう言って、俺は軽く宙に浮く杭を叩いて見せる。
それだけで、まるで爆弾でも叩いて見せたかの様に、怯えを強く見せるものの、ソレに構ってやらなくてはならない道理は持ち合わせていない為に、俺は俺自身の自分語りと言うヤツを続ける事になる。
「いやぁ、まさか世界を呪っていた俺自身も、よもや呪詛が実体化するとは思って無かったから、当時はかなりビビったもんだぜ?
何せ、世界そのモノを呪って放たれた呪詛だからな。
幾ら、矮小な一個人に過ぎないとは言え、無から有を創り出す錬金術師の願望に、魔力が応えた結果生み出されたモノだからな。
そりゃあ、威力はお墨付きだが、その分扱いが面倒でな。
素手で触れようものなら、俺自身ですら侵食して破滅させようとしてくるんだから、大概だろう?」
思い起こすは当時の頃。
丁度、あの阿婆擦れ共が寝取られている、と知った時であった。
当時はまだ、連中の事を信じてはいたのだ。
そこまで共に前線へと赴く機会は少ない、とは言え、あまり会話も何も出来てはいないが一応は仲間であり、婚約者なのだから、と彼らの為にも思って、日々を必死に過ごしていた。
…………唐突に召喚され、地獄へと放り込まれた不満と憎悪を心の奥に押し殺し、必死に見て見ぬふりをして。
一度直視してしまっては、全てを壊してしまいそうに思えたから。
だが、俺のそんな気遣いや心配りは虚しく、真実を知る事となってしまう。
人々の為に、世界の為に、召喚された事で力を手に出来たのだから、との俺の思いと尊厳は踏み躙られ、必死に目を逸らして来た怨嗟は世界へと噴出した。
その当初は、身の内に蓄えられていた諸々が一緒に噴出してしまったからか、今思えば馬鹿な事をした、と思う。
何せ、どうにかして押し留めようとした、のだから。
結果的に言えば、世界を侵食し、周囲のモノを破壊しながら広がって行く漆黒のヘドロに対して、アレやコレやと工夫をした結果、どうにか封じ込める事に成功した。
幸いにして、噴出した場所も、任務で飛ばされた先、と言う事もあり、その場には騎士団から派遣されていて、俺の耳へと決定的な事を囁いてくれたシュヴァインの配下と目標であった魔族しかおらず、しかも双方共に呑み込まれて消滅していた事も相まって、隠蔽には特に苦労する事は無かったのは良しとするしか無いだろう。
と、そこまではまぁ、あんまり良くは無いのだが、取り敢えずは良しとするしか無い状況となっていた。
実際問題、それまで胸の内に巣食っていた澱の様なモノも一緒に排出されてしまい、何故かそこから暫くの間は心の内まで明るく綺麗になってしまっていたのだから。
で、問題なのはその後、であった。
何せ、物理的に世界を侵食し、破壊してしまうブツを、意図的では無いにしても製作してしまったのだ。
しかも、他種族との戦争真っ只中で、尖兵として扱き使われている最中に。
もし、欠片でもバレようモノなら、確実に使用を強制される。
しかも、俺自身を巻き込む形で、遠慮も配慮も微塵もされる事は無く、さも当然の事だ、と言わんばかりの様子で命じられること間違い無し、だろう。
なので、隠蔽した。
毒気が抜けたお花畑な脳みそでも、碌な事にはならない、と理解出来たので、それはもう全力で隠蔽した。
とは言え、当時は利用出来るモノは全て利用しないと、そもそも生存すら出来無い、と言う状態。
なので、対大物用、として開発しようとしていた兵器へと転用し、結果『羅刹』が完成する事となった、と言う訳だ。
尤も、使用したのは本当に数える程度。
最初こそ、どの程度の威力に収まったのかな?と興味本位で、幹部級の魔族へと使ってみたのだが、その時はエラい目に遭う羽目になった。
火力が高過ぎて、使った俺の方が死にかけたのだ。
無論、標的として使った幹部級は消滅した。
その場に影も残さず、と言うかその場自体が大きく抉れ、ヒビ割れ、別の世界の存在を感じ取れる程に世界に亀裂を入れる結果となった為に、使用を自重し、ほぼほぼ封印するのに等しい扱いをする結果となった訳だ。
まぁ、とは言え、その時は既に、帰還する為の魔導具を開発する条件はそれなりに判明していたし、七魔極の連中の魔石は集める必要が在った為に、使う機会はそんなに無かった。
何せ、一度使えば使った対象だけでなく、周囲の空間にまで影響が出る上に、結界やら何やらで保護しておかないと、使用者たる俺まで普通に死ねるのだから、使う機会が無かった、と言うのは不幸中の幸いと言うヤツだろうか?
と、そんな訳で、今俺の右腕にくっついているコレには、その呪詛がタップリと詰め込まれているのだ。
勿論、何度か使った為に、最初に封印処置を施した分は減ったのだが、定期的に毒気として溜まる事はあの時以来感じ取れていたので、定期的に毒抜きと称して抽出・封印をしていたら、こんなに大きくなってしまった、と言う訳だ。
尤も、ソレをわざわざコイツに対して語ってやるつもりも、毛頭ないが。
聞かせてやった所で、俺がコイツをブチ殺す、と言う結末は変わらない。
ソレに、聞かせた所で理解する訳も、改心して何処かでひっそりと、なんて殊勝なタマでは無いだろうから、やはりやってやるだけ無駄、と言うヤツだろう。
更に言うのであれば、コイツを生かしたままにしておく方が不味い、と言うのも在る。
何せ、コイツが生きているままだと、いつまた増え始めるか分かったモノじゃないからな。
少なくとも、この場でトドメを刺しておくよりも、良い結果にはならないのは保証出来るだろうさ。
そんな思いから、俺は更に一歩前へと踏み出す。
すると、最後の悪足掻き、とばかりに、背中から再び触手を生やして放って来た。
至近距離であれば!と言った処なのだろうが、まぁ想定内。
これでも、生きてさえいれば挽回出来る、死ななければ一時の敗北なんてなんてことは無い!って信条の魔族とも延々と追いかけっこさせられた事すらも在るのだから、その辺の警戒に抜かりは無いんだよ。
少なくとも、初見で不意打ち、なんて事にならない限りは、食らってやる道理は無いんだよなぁ。
なんて呟きを胸中でのみ零し、一歩、また一歩とヤツへと近付いて行く。
宙を裂く触手の軌道を、最早完璧に見切った俺の歩みはさながら散歩するが如くであったが、ヤツにはソレを止める術は無く、呆気なく真正面へと立たれてしまう。
そして、最後に放たれた触手による抵抗も虚しく、最硬の状態で固めていたハズの装甲へと、あっさりと『羅刹』の先端が滑り込んで来るのを、その真円の瞳を更に円くしながら見詰める事になるのであった……。




